蜜月の関係にあった者同士が、ある出来事をきっかけに最もいがみ合う存在になるというのは珍しい話ではない。だが過去のITの歴史上でも極めて醜く、最も大きなエゴのぶつかり合いだと表現されるのが最近のAppleとGoogleの関係だ。米New York Timesは「Apple’s Spat With Google Is Getting Personal」(AppleとGoogleの争いはより個人的なものに)という記事の中で、複数の関係者の証言を元に、対外的なポーズの裏でいかにライバル関係が築き上げられてきたかをつづっている。ここ数年のイベントを振り返りつつ、その軌跡を追っていこう。
「Googleの協定違反だ」と憎悪を剥き出しにするJobs氏
ここ最近の話題を除外して、AppleとGoogleが密接な関係にあることに異論を唱える人は少ないだろう。SafariやiPhotoなど、さまざまな製品にGoogleのサービスが標準実装されており、Google自身もここから大きな利益を得ている。特に顕著なのは、iPhoneにおけるMapsやYouTubeアプリ、そしてMobile SafariにおけるGoogleのデフォルト検索エンジン対応だ。トラフィックベースでシェア7割超といわれるスマートフォン検索のクエリーがそのままGoogleに流されており、これが多くのメリットをもたらしている。Webブラウザのレンダリングエンジンでは、ともにWebKitを推進するグループの一員だ。
これは米Apple CEOのSteve Jobs氏、そして米Google会長兼CEOのEric Schmidt氏の個人的関係についてもいえるかもしれない。両氏ともIT業界30年以上のベテランでありながら互いにクロスする機会は少なく、友人関係でもないとはいわれているものの、たびたび食事の席を共にして意見を交換し合う様子が目撃されているという。またつい最近までは、Schmidt氏はAppleのボードメンバーの1人であり、初代iPhoneを2007年1月に発表した際にはMacworldでのJobs氏のキーノートのステージに登場して賛辞を送っている(「Macworld 2007 - たっぷり見せます、携帯電話を変える「iPhone」 - 基調講演後編」)。こうした関係はどこでこじれたのだろうか?
NYTでは複数の業界関係者や投資家、そして過去に両社で勤めていた経験のある近親者の証言を匿名を条件に集め、その変化の根源が「憎悪」と「野心」にあるとしている。そもそもの根幹は、Googleが携帯市場に参入したことをJobs氏が「互いの領域は侵さないという協定違反」と考えていることにあり、GoogleがiPhoneの技術やアイデアをそっくり真似たライバル製品を発表したことに対し、「友人のポケットから盗みを働いた」といった感情を抱いているという。
今年1月末のiPad発表会直後の全社会議で、Jobs氏は従業員らに対してAdobeやGoogleをけなすコメントを発したこと(「Apple ジョブズCEOの"怠け者"発言にAdobe CTOが反論 - Flashの裏事情と見解」)が知られているが、そのときに「我々は検索ビジネスに参入していないのに、奴らは電話ビジネスへと参入してきた。間違えてはいけないのは、GoogleはiPhoneを倒そうとしていることだ。そうはさせるものか」と述べ、話の途中で何度も「Don't be evil.」というGoogleのスローガンを引き合いに出して罵りの言葉とともに非難し、聴衆の喝采を浴びていたという。
Jobs氏は若きGoogle創業者たちの師だった
一方で対照的なのが、Google側の態度だ。NYTによれば、Google共同創業者のLarry Page氏とSergey Brin氏の2人はJobs氏に対する賞賛を公言しており、Google自身も「Appleはパートナーであり、30年以上にわたっての業績すべてを賞賛している」と両社が敵対関係にあることを否定している。これはSchmidt氏も同様だ。
過去を振り返れば、Schmidt氏は2006年から2009年までにわたってGoogle CEOでありながら、Appleのボードメンバーに参加している。またGoogle黎明期には、Page氏とBrin氏は米Apple本社のある米カリフォルニア州クパチーノのJobs氏のオフィスをたびたび訪ね、Jobs氏を助言者として尊敬していたという。
パロアルトにあるBrin氏の自宅近くを同氏がJobs氏とともに歩いていたことも知られており、テクノロジーの未来を語り合ったり、将来的にジョイントベンチャーのような共同事業をスタートさせる計画なども練っていたようだ。実際、Googleが組織として大きくなり、彼らが会社の中核として存在感を増すごとに、その師としてJobs氏から受けた影響は大きかったようだ。そのため、今回のような結果となったことに一番落胆していたのはPage氏とBrin氏の2人だったという。
"第3次世界大戦"
だが両社の溝は深くなる一方だ。何十年にもわたってIT業界の研究を続けているハーバードビジネススクール教授のDavid Yoffle氏は「これが今後よりひどくなることは間違いない。Appleを倒すために、Googleはより積極的に攻める必要がある。もし成功すれば、AppleとiPhoneに価格上のプレッシャーをかけることが可能だ」と分析する。あるシリコンバレーの投資家は両社の状態を"第3次世界大戦"と表現し、「これほど感情的で巨大なエゴ闘争は見たことがない」と述べている。