手塚作品を現代の時代に合わせて映像化する

谷口悟朗
『絶対無敵ライジンオー』(1991)、『熱血最強ゴウザウラー』(1993)、『機動武闘伝Gガンダム』(1994)、『勇者王ガオガイガー』(1997)など、多くの作品で絵コンテ、演出を手掛ける。既存のロボットアニメのカテゴリを飛び出した大胆な作風で強い支持を集め、『ONE PIECE 倒せ!海賊ギャンザック』(1998)で初監督を務める。『コードギアス 反逆のルルーシュ』(2006)、『コードギアス 反逆のルルーシュ R2』(2008)では、監督、ストーリー原案、演出などを担当。最新監督作はテレビアニメスペシャル『ジャングル大帝 ~勇気が未来をかえる~』(2009)

「フジテレビ開局50周年」、「手塚治虫生誕80周年」の記念作品として放送されたスペシャル・テレビドラマ『ジャングル大帝 ~勇気が未来をかえる~』が3月15日にDVDで発売される。4度目の映像化となる手塚治虫の名作に、『コードギアス 反逆のルルーシュ』などで高い評価を得る谷口悟朗監督はどう挑んだのだろうか?

――今回の『ジャングル大帝 ~勇気が未来をかえる~』ですが、手塚治虫の原作に大きなアレンジを加えたリメイクというよりは、ほとんどリ・クリエイションのような印象を受けました。

谷口悟朗監督(以下、谷口)「『ジャングル大帝』は、何度か映像化されているのですが、どれも原作通りではないのです。原作の"この要素"、"このテーマ"という感じで、時代ごとに取り上げる所が違っているんですよね。今回も、原作に対して改変したり、アレンジを加えたという感覚は私のなかではありません。ただ、時代に合わせる必要はあると考えました。原作が描かれた当時、アフリカやそこの住む人々、動物たちは、未知の文化そのものだったんです。それを観るだけで、日本人にとっては楽しいものでした。でも、現在、アフリカや動物の姿も人々は他のテレビ番組などを通じて見慣れてしまっているんです。つまり、文明が発展して動物の楽園も消えている……。その事実を子供でも知っている以上、そこは変えないと、ただの夢物語になってしまうと思います。それは、『ジャングル大帝』ではないと思います。今の時代に組みなおしたら、今回のような作品に自然となりました」

――時代に合わせても、谷口監督がはずさなかった『ジャングル大帝』らしさというか、コアは何だと思いますか。

谷口「『ジャングル大帝』はコミュニケーションの話だと思うんです。動物と人間、親と子、友人、様々な関係でのコミュニケーションの物語ですね。そういうコミュニケーションが通用しないものといえば自然。原作でも、大自然に大しては、生きる死ぬに関して、動物も人間も平等に描かれています。人や動物といった物の前に、厳然と存在する自然。だから、コミュニケーションも際立つ。そういう部分だと思います」

――コミュニケーションという部分で言うと、今回の『ジャングル大帝』には携帯電話が重要なアイテムとして登場したり、動物の声がわかる能力を持つ賢一という少年が出てきたりと、とにかく驚きました。

谷口「賢一に関しては、裏設定はあるのですが、あえて観客に説明しないで『これはこういうものです』という見せ方をしようと思いました。携帯電話に関しては、今の子供にとっては自然なもので、ないほうが逆に不自然にも感じられると思い、自然に登場させました」

ジャングル大帝

20XX年、地球では環境破壊がその激しさを増していた。失われる自然や動物を守るために、巨大企業 エターナルアースは「ネオジャングル」という人口のジャングル開発、運用していた。このネオジャングルで生まれ、父親のパンジャのような「ジャングル大帝」に憧れる子ライオンのレオは、ある日、ひとりの人間の少年 賢一と出会うのだった……

――『ガオガイガー』や『Gガンダム』などでも、谷口監督は、ロボットアニメの定番や王道を外しつつパワーで押し切り突き抜けてしまうという印象があります。そういう谷口監督が伝統ある手塚作品、しかも動物モノを監督するという事で、なにか感じるものはありましたか。

谷口「私の資質というか好みなのですが、私はいつも自分を否定して作品を作っていきたいと思っている人間なのです。そのやり方は、支持してくれたお客様を次の仕事で否定する事にもなりかねないのですが、そうして幅広くやっていくい事が私らしさかも、という事は今回も感じましたね」

――確かに、思い切ったやり方というか、良い意味で、乱暴ですが新しい『ジャングル大帝』だと感じました。

谷口「それは、そうしなければならないだろうという想いでそうしました。これは『手塚治虫の作品を未来に残すためには、時には乱暴な事をしなければならない。だから私が呼ばれたんだ』と理解しているんです。手塚さんが亡くなられて21年、漫画の神様といわれて評価が定まってしまったがゆえに、逆に子供たちは手塚さんの作品を知らないし、読まない物となってしまっていると思うんです。完全に大人のものですよね。現在、40歳ぐらいでも、手塚ファンとしては下の世代です。そういう人、限定された世代の物となって子供が触れなくなってしまうと、そのコンテンツは衰退してしまいます」

――確かに古典というか、伝統的な作品という範疇にカテゴライズされて、気楽に楽しむ漫画ではないというようなイメージもあります。

谷口「手塚作品は絶対に残すべきなんです。ただ、映像化すると、手塚的なる表現方法や手塚的なる作画にどうしてもなってしまいます。ただですね、これは、手塚プロのせいではないんです。手塚的な存在を残し、守り引き継ぐことが手塚プロの使命ですから。ただ、それにより、どうしても『立派だけども古いもの』になってしまう。これを残すためには、壊さなければならないと思いました」

――残すために、壊すという発想なんですね。

谷口「そういっても、手塚プロの人はどこまでやっていいかわからない。そのために外部の人間を必要としたんでしょうね。私が適任かどうかわからないが、『残すために壊す』という能力のある人間のひとりであろうという自負はあります。とはいえ、完全に壊すのではない、リフォームという感覚ですが……」

――その残すという部分で、コミュニケーション以外に、手塚的な部分として意識したことはありますか。

谷口「出来うる限り、物語に明確な答えを受け手に出しきらない部分です。もちろん作品に関して、作り手としての答えはあります。そのように誘導もしています。ただ、最終的なジャッジは観客に委ねます。『ジャングル大帝』では、そうしようと思っていました。手塚作品でも、手塚さんの中で答えはあったんだろうという作品は多いのですが、受け手に対しては明確な100パーセントの答えを出さない。それが手塚治虫の魅力のひとつだと私は思います。世界の複雑さを描くというか、あくまでも受け取る側が判断するというか」

――「明確な答えを受け手に出さない」という部分では、ラストのテキストも少なめで、受け手に委ねている部分が多い作品ですよね。

谷口「そこはわざとですね。ある程度、受け取るお客さんの中で物語は完結しなければならないと思うんですよ。あれでも、テキストは多すぎたと思うんです。ただ、ラストであれ以上テキストを削ると、テレビ番組としては成立しないですから」

――子供に残したい反面、子供には「委ねる結末」は難解かもしれません。

谷口「私自身、『ウルトラマン』、『ウルトラセブン』、『一休さん』など、とても子供では完全に理解できないというか、明確な答えの示されない作品を沢山観て、それから影響を受け育ってきました。今の子供でも、大丈夫だと思います。むしろ、こういう部分こそが大事だと思っています。子供向け番組であるからこそ、ハードルを上げなければならないと思うんです。子供には色々な事を感じて、考えて欲しいんですよ。逆に、日々の生活で疲れている大人には、逆にハードルを下げなければならないと思います。私は、そういう発想なんです」

「ジャングル大帝 ~勇気が未来をかえる~ 特装版」 6,825円(通常版3,990円) 発売元:フジテレビ/手塚プロダクション 販売元:ポニーキャニオン ※画像は特装版のものです