「うつ」がもはや一般的な病気となっている昨今。「私は大丈夫」なんてことは決して言えない。では、どうすれば「うつ」にならない生活を送れるのか? また本当に「うつ」という病気は世の中に増えてしまったのか? 聖隷沼津病院の現役内科医である三井康利先生に話をうかがった。
『心医術―わくわくする生活と健康の理論的関係』
(1,890円、パレード)
本書は、現役内科医による人間関係とよりよい生活習慣を提案する"ストレス社会"に生きる人たちに向けた1冊 。医学だけでなく、進化学、心理学、人間行動学をはじめとする様々な学問の知見を合わせ、ホリスティック(全体的・包括的)な視点から、ストレスを円滑に解消し、よい生活習慣や「こころ」の持ち方を提案。「健康に関心の出てきた中高年の方だけでなく、20代、30代の方にも読んでほしいですね」(三井氏)。
--現代社会はストレスが多く、「うつ」など心の病気に悩む方が多いといいます。このことについて、どう思いますか?
三井先生「『うつ』など心の病気に悩む方が多いというのはそのとおりだと思います。厚生労働省の患者調査によると、うつ病・躁うつ病の患者総数は2000年あたりから増加を始め、2005年には1999年と比較して2倍以上に増えています。また、精神の失調が極めて重篤なると自殺などの行動に結びつくと考えられますが、WHOの調査によると日本は国際的にも他の国と比較して自殺による死亡者数が多い傾向があるそうです。『うつ』の発症には持って生まれた性格だけでなく、環境も影響しますから、心にストレスになりやすい現代の風潮は解決されなければならない問題ではないかと思いますね」
--昔から「うつ」という病気はあると思うのですが、近年特に「うつ」が取りざたされる気がしますが、どうしてなのでしょうか?
三井先生「この点については2つの大きな要因があると思います。まず、ひとつは『うつ』という病名だけを考えた場合、診断の基準が変化してきているという点です。つまり、以前よりも広い範囲の『気分障害』を『うつ』に含めて考えるようになってきたということです。もうひとつは、その診断の基準の中で、新しいタイプの「うつ」の患者数が増えてきていることです。従来の『うつ』は『メランコリー親和型』といわれ、どんなにすばらしい出来事に対しても喜びを感じることができなくなってしまった状態が、毎日しかも長期間続くものを言っていたのですが、異なった精神障害とされていた、従来の『うつ』と似ている『大うつ病性障害』のほかに、『気分変調性障害』、『特定不明のうつ病障害』などが含まれるようになってきました。
その中で、特に若者を中心として、『ディスティミア親和型』気分変調症と呼ばれる『うつ』が増えてきているといわれています。これは、趣味などの好きなことはできるけれども、仕事などで自分の考えと葛藤を起こすような事態に直面すると抑うつ症状が出て、動悸や過呼吸などの身体症状を起こしたり、体が動かなくなって、出勤できなくなってしまうようなタイプの『うつ』ですね。しかし、診断方法という『うつ』の線引きとは関係なく、いずれにしても精神的苦痛を感じる方が増えていることは間違いないことでしょう」
--子どもの心の病気などが問題になった背景に何があると思いますか?
三井先生「子どもの心の病気についても様々な背景を考える必要がありますが、私は次の2点が大きな要因ではないかと感じています。
1つは、大人が子どもと接するときに、大人のストレスが子供に対する行動に影響を及ぼすことは言うまでのないことだと感じています。現在の社会を考えると、親が子どもと接するべき時間が、仕事などによって奪われてしまったり、自らのストレスによって受容的に接することができませんよね。そういったことが、子どもの精神に影響してきているのではないかと考えています。もう一点は、進化学の視点から考えると、現在の生活環境はあまりにも自然とかけ離れてしまったことが起因しているのではないでしょうか。動物の実験で、自然環境で育てられた動物と、人間が作った人工的環境で飼育された動物の脳を比較すると、自然環境で育てられた動物のほうが発達していたという研究結果が存在します。自然環境の中に身を置き、時には他の子供とも触れ合うことが大切なのではないかと考えています。また、朝食を摂らなかったり夜更かしをしたりといった生活習慣の不規則も、こどもの脳の発達や心理状態に大きな影響を与えていると考えられています」