レコードに針を落としたときの無音の音、泉から水が滴る音、ごろごろという猫の喉の音……、ツェ・スーメイの作品からは音が聞こえてくる。殊更に音楽を発する作品ではなく、どこか音を感じさせてくれる、という意味で。ツェ・スーメイの日本初の個展『ツェ・スーメイ』展は、水戸芸術館現代美術ギャラリーにおいて、5月10日まで開催されている。

ツェ・スーメイの日本初の個展が開催されている

オープニング・レセプションで挨拶するツェ・スーメイさん。水戸芸術館近くのカフェ、trattoria blackbirdの珈琲とパスタがお気に入り、と語っていた

エコー / L′echo
2003 / ビデオ(4分54秒)

Courtesy Peter Blum Gallery, New York

Commissioned by MUDAM for the 50th Venice Biennale

『視線の基準』より。紅梅が使われているのは、まもなく梅の時季を迎える水戸を意識して?

ルクセンブルク大公国出身のツェ・スーメイ(Tse Su-Mei、1973年生まれ)は、2003年のベネチア・ビエンナーレにおいて、同国に金獅子賞をもたらした世界が注目するアーティストだ。中国人バイオリニストの父と英国人ピアニストの母という、国際色豊かな音楽一家に生まれ育った彼女は、自分自身もチェロを演奏する。作品から感じられる音や音楽、東西文化やアイデンティティを感じさせる作家性は、そうした彼女のバックグランドが大きく影響しているようだ。そしてどこか知性とユーモアが感じられるのは作家自身の資質なのだろうか。本展では、ビデオインスタレーションや彫刻、写真などが展示されている。

ロマン派の絵画のように、アルプスの山々を前にした牧草地のような場所で作家自身が弾くチェロの音が「こだま」となって返ってくる映像作品『エコー』が、ベネチア・ビエンナーレで金獅子賞をもたらした。こだまは単純ではなく、山々に意思があるかのように、違う音が返ってきたり、先に音を送られてきたりする。まるで自然と奏者が対話しているようだ。