車内は大人の雰囲気。誰もムチャしない。物や身体が飛び、大騒ぎする学生のコンパとかち合っちゃうような居酒屋とは違う。そこがイイ。何せ会場は路面電車の中。車内の普通の横並びシートに肩が触れ合うほどの距離で座るから、たまたま同席した異性とも自然と会話が生まれ、いつしか自分の勤め先や参加理由を話したり、友人を紹介していたり……。またこの電車が案外古いので、揺れもそれなり。その揺れに身を任せ、飲む、出会う、触れるの3拍子。いい感じで"ナチュラル合コン"へと進展するというわけだ。雨雲たちこめる外の日常とは関係ないといった感じで、車内はムンムン、電車はコトコトと進んでいく。
東京の下町、三ノ輪で折り返し、復路をたどるころは、自分の席なんかありやしない。偶然居合わせた20人が、ビールの勢いを借りつつみな打ち解けている。さっきまで見ず知らずの人だった異性に、「あ、ほら見て見て~っ」と肩を叩き、車窓をいっしょに楽しむ。途中、普段見ることができない荒川車庫の中に電車は入っていき、車庫で休憩タイムをとる。これもちょっとしたニクイ演出だ。駅で休憩をとれば、行き交う街の人たちに見られたりして、視線が気になったりもするが、ここは車庫の中。顔を赤く染めた男女をじっと見つめているのは、車庫で休んでいる電車たちぐらい。そこでは、もうすでにこんな会話が聞こえていた。
(男性)「きょう、このあとどうします? もう1軒行ってもいいんじゃないですか」
(女性)「え、まあ…。(横の女性仲間に)どうする? いいよね」
この荒川車庫での休憩を終えると、残すは大塚までの約20分の道のりとなる。この休憩時間で外気に触れ、気合を入れなおして、気持ちを落ち着かせてアタックする時間となる。このあとの男女の結末は想像に任せよう。最後に、イベントを仕切る関係者の言葉で閉めてもらおう。「このテのイベントは、大人が童心にかえれる場所として、みんな喜んで参加する。普通の居酒屋などで見る顔とまた違った、子供のような笑顔になっている。恒例イベントとなりつつあるので、ぜひ来年も参加していただきたいですね」。
なお、電車を移動バーにする試みは、都電だけでなく全国で企画されている。函館市交通局「サッポロ生ビール号」、長野電鉄「ながでんビアトレイン」、豊橋鉄道「納涼ビール電車2008」、明知鉄道「納涼ビール電車」、近江鉄道「近江ビアトレイン星空生ビール号」、松浦鉄道「ビール列車」、熊本市交通局「ビアガー電」などがある。また、都電をはじめ、札幌市電、阪堺電車、岡山電軌、広島電鉄などでは貸し切り列車のサービスもあるので興味のある人は各社に問い合わせてみてはいかがだろうか。