「リターンを得る手段が減っている」「出資者が資金を引き揚げ始めている」という理由により、VCの経営環境はかなり厳しくなっていると考えられる。投資活動は唯一のリターンを得る方法でもあり、今後もVCの活動が急停止するということはないが、そのペースにはいくらかブレーキがかかることになるだろう。結果としてVCがベンチャーを審査する目は厳しいものとなり、ベンチャーは最初のフェーズだけでなく、2回目以降の増資フェーズで増資することも難しくなってくる。すぐに資金調達ができなくても十分な運転資金を確保するため、ベンチャーは必然的にコストカットで資金の節約を行わなければならない。冒頭でSequoia Capitalが出資先に収益体質への転換と厳密なコストカットを再度徹底したのも、今後より資金調達が難しくなることへの警告だととれる。
豊富な経験と潤沢な資産を持つVCや後援者がいて、そこに優秀な人材が集まって新たな企業を興し、さらに新たな資金や技術を惹きつける――というシリコンバレーの成長の源泉となっていたサイクルが資金的理由から崩壊しつつあるが、シリコンバレーの魅力そのものが"色あせた"とは筆者は考えていない。いまでもシリコンバレーには世界をリードする企業群があり、優秀なエンジニアや経営者がいて、新たな技術やサービスを提供し続けている。こうしたリソースを目当てにいまでも人が集まってくることには変わりない。
インターネットの急拡大で沸いた1990年後半、本当にさまざまな企業が登場して、そして消えていった。見渡してみれば、当時のままの姿で生き続けている企業がほとんどないことに気付くだろう。ある企業は大手に買収され、またある企業は存在そのものが消えていった。また生きていたとしても、すでに業態や活動規模を大きく変え、当時の姿をしのぶことが難しくなっている企業もある。本当に生まれたばかりの企業が次々とIPOしていたのも当時ならではの現象だ。前述の記事によれば、当時のIPOまでに必要な期間は誕生から5年未満だったという。現在は審査の厳格化もあり、平均8.6年にまで伸びている。人材不足を解消するため、移民法の改正で米国労働ビザの発給枠を3倍にまで増やしていたのも今は昔だ。
だが時は経ち、IT業界はもはや新興産業ではなく、かつての自動車産業がそうだったように成熟産業の1つとなりつつある。体力競争に勝つために企業は買収や合併を繰り返し、大手と呼べる企業は数えるほどまでに減ってしまった。ドットコム・バブル時代には年間成長率が30%を優に超えていたCisco Systemsのような企業も、現在では10%程度の成長率にまで落ち込んでいる。コモディティ化が極限まで進み、それだけ市場が成熟しつつある証拠だ。シリコンバレーの成長サイクルが金融危機で崩壊したと単純に考えるのではなく、成熟市場にふさわしい新たなスタイルを模索する時代が到来したのかもしれない。
いまは仕込みの時期だというのが筆者の考えだ。こうした厳しい時期にこそ、次世代を担う新たなアイデアや人材が登場し、業界をリードしていくのではないだろうか。ほ乳類の祖先が氷河期を生き抜いたと言われているように、この厳しい時代を生き抜いた企業が次の時代を切り開く。春の目覚めのときが来るまで、長い冬をしっかりと確実に生き抜いていきたい。