また、これまでの論調では、ARMのプロセッサ・アーキテクチャそのものと、Intelのチップ製品(Atomプロセッサ)との間で優劣が語られているような側面が強いというが、平田氏は、これは比較対象の"段階"が違うとし、そこではIntelとARMのビジネスモデルの違いもふまえる必要もあるのだと説明する。
Intelはプロセッサ・アーキテクチャのデザインからその半導体の製造、プラットフォームまでをすべて手掛けているのだが、先にも少し述べられたように、一方のARMはプロセッサ・アーキテクチャのデザインが主であり、アーキテクチャのデザインを起点に、様々な半導体ベンダがそれぞれに最適化したチップ製品を作って、さらに各デバイスメーカーが多様な搭載デバイスを開発する。ライセンス先次第となる部分が多大にあるため、アーキテクチャやチップ製品といったある"段階"のみで、単純に双方を比較すること自体がそもそも適切ではないのだという。
そして平田氏は、このビジネスモデルの違いに由来する実際の結果として、Intelとの最大の違いとなっているのが「製品の多様化」なのだと説明する。あわせて、その製品の多様化を実現している一番の要因は、組み込み分野などに向けて長期に渡り取り組み、培った、アーキテクチャレベルでの「一貫した低消費電力志向」だとされる。アームの意見としては、Atomも省電力性に優れたプロセッサではあるが、それは"一貫した"ものではなく、あくまでパソコン分野から派生した「パソコンのチップとして見れば非常に低消費電力な部類」なのだそうで、現実に、現時点ではまだ「携帯電話には入らないチップ」という評価なのだそうだ。
ARM側のキーワードである「製品の多様化」では、対するIntel側、というよりPCプラットフォーム一般には、多様化への対応ではなくサイズとスピードの追求による「一様的な製品群」という差異があるのだという。まず平田氏は、小型モバイルパソコンやMIDなどにおいて、PCプラットフォームの延長線上で一様的な製品群で展開する際のメリットは、早期に製品の出荷が可能になることだと認める。
それではARMは、というと、"一様的な製品群"に比べて製品展開の時間こそかかるが、ここまでも繰り返し述べられているように、各デバイスメーカーが、それぞれに最適化された非常に特色のある多様な製品を投入出来ることがメリットなのだと説明される。例えばMIDと呼ばれるジャンルの中にある製品でも、ARMの場合は、ひとつのプラットフォームの製品というよりは、メーカーが違えば製品の用途も違うような、それぞれに特色がある、まったく方向性まで異なるような製品が生まれることがあるのだ。
平田氏は、特に争点となっているMIDでは、その製品トレンドが本格化するのは「来年になってから」だと述べている。時間軸で、当初こそ、最初の製品としてPCプラットフォームの製品(Intel Atom)が話題となるが、時を追うごとにARMアーキテクチャのバラエティ豊かな製品が増加し、迎え撃つだろうというのがアーム側の見解だ。
さて、アームが今回主張した内容は、確かに、現実に携帯電話や組み込み機器での実績に裏付けられた、成功モデルとして確立されていると言ってもいい様な方法論に沿ったものではある。ただ一方、「一様的」と評されたPCプラットフォームのMIDへの取り組みもまた、パーソナルコンピュータの世界では実績のある成功モデルに沿ったものだと言える。
あるパソコンで利用できるソフトウェアは、別のパソコンでも同じように利用出来るとか、インターネットのWEBページは、どのパソコンでも同じようにアクセス出来る……といったようなことは、PCプラットフォームでは殆ど当たり前のことだ。一様的であるからこその利便性であり、これをポケットに入るサイズの製品にまで延長しようというのがIntel Atomということになる。
これまでは異なる世界でそれぞれ実績を積み重ねてきた両者が、その普及の幅を拡げてきた結果、"MID"という新たなジャンルを中心に、同じ土俵でバッティングしてしまったというわけで、どちらの主張も尤もなものだと思える。ただ、より優れたアーキテクチャの開発や、売り込み方なども重要になるだろうが、その決め手は、使う側のユーザーが、MIDといった新たなジャンルの製品に対し、進化したスマートフォンのような利用スタイルを必要としているのか、それとも、小型パソコンの延長として受け入れようとするのか……というあたりが最大のポイントになるのではないだろうか。