乾杯には日本酒が
参加メンバーが揃ったところで、場所を「あらし山 吉兆」の個室に移した。首脳陣ら15人と通訳で15畳とやや窮屈な部屋のように思えるが、ここで乾杯となった。乾杯には、輪島塗の赤い杯を使用。ここに満たされたのは日本酒「磯自慢・純米大吟醸中取り」で、静岡の磯自慢酒造によるもの。ちなみに静岡は、華やかな香りの吟醸酒がたくさんあり、吟醸王国と呼ばれている。その中でも磯自慢酒造は、吟醸酒造りに定評のある蔵元だ。今回のディナーでは、年1回の限定販売、しかも価格は時価という特別な1本を持ってきた。「兵庫県産特A地区特等山田錦を35%まで磨いて使った贅沢な1本。日本酒愛飲家からも高い評価を受け、国内でも入手困難な銘柄の1つ。日本で開催される晩餐会の乾杯には無難なチョイスなのでは? 」とソムリエ・小山田さんは分析する。
杯に興味津々の首脳陣。殆ど酒を飲まないというニコラ・サルコジ大統領、ジョージ・ウォーカー・ブッシュ大統領もこの時は口を付けていたという |
八寸「流水膳七夕飾膳」には枝笹が飾られ、短冊が結びつけられている趣向 |
八寸は「流水膳七夕飾」と銘打ち、鱧やゴリなど、北海道産だけではなく、日本を代表する食材や料理が出てきている。テーマにある「上質な素朴」が凝縮された膳である。次に来るのが、スープ「オホーツク産毛ガニのビスク"カプチーノ"」だ。ビスクとは、フランス料理のひとつで、名前の由来はブルターニュ地方のビスク湾にあるともいわれている。海老やカニといった甲殻類でダシをとったスープで、ここではオホーツク産の毛ガニを使っている。「トマトソースをベースとして甲殻類のダシでパスタソースをつくることはよくあります。この料理もそのようなイメージでしょうか」(木村さん)。
「オホーツク産毛ガニのビスク"カプチーノ"」 |
「きんき塩焼 たで酢」 |
そしていよいよ魚料理である。網走産の脂がのったきんきを塩焼きにして、シンプルに素材勝負で提供している。たで酢を添えているところが面白い。「今回は彩りでしょうか。たで酢というと一般的に鮎やスズキに添えます。たで焼にしたり、たでを刻んで醤油・酒・出汁のタレと絡めたりもしますね」(木村さん)。合わせた白ワインは「コルトン・シャルルマーニュウ 2005 ルイ・ラトゥール」だ。
こちらは、フランスのシャルドネ種から造られる高級白ワイン。ルイ・ラトゥールはブルゴーニュ地方屈指のドメ-ヌ(造り手)兼ネゴシャン(ワイン商)である。「ヨーロッパ全般的に良年のヴィンテージなので、もう少し熟成させてから開けるのが通常ですが、たで酢の酸っぱ苦いソースと合わせるので若くパワフルなヴィンテージを合わせたのかもしれないですね」(小山田さん)。
「白糠産、乳飲仔羊肉のポワレ香草風と仔羊鞍下肉のロースト、セップと黒トリュフ風味 仔羊のジュと松の実オイルのエマルジョンソース」 |
肉料理に合わせるのは、アメリカのワイン「リッジ カリフォルニア モンテ ベロ 1997」だ。サンフランシスコ近くにあるワイナリー・リッジヴィンヤードが造るカベルネ種主体の赤ワインである。2006年のボルドーVSカリフォルニアワイン対決で、数あるワインの中から見事に1位に輝いている(ヴィンテージは1971年)。「カベルネ・ソーヴィニヨンを主体にメルロ-やカベルネ・フランなど、いわゆるフランスのボルドースタイルで造られているため肉全般に合う。10年以上熟成されているので硬さは消え、成長する前の牛や羊には合うのでしょう」(小山田さん)。
1997年と2005年
さてここで、先に登場したワインとこのアメリカ産ワインのヴィンテージに注目していただきたい。1997年といえばアメリカのデンバーで第23回のサミットが開催され、地球温暖化問題が話し合われた年である。同年12月には、地球温暖化防止京都会議で京都議定書が採択された。そして、2005年には京都議定書が発効している。このワインのチョイスには、環境問題についての日本側からのメッセージが秘められていると思って間違いないだろう。
「熟成チーズ各種とラベンダーの蜂蜜、ナッツの軽いカラメリゼ添え」 |
食事のあとの歓談タイムには、チーズに合わせて貴腐ワイン「トカイ エッセンシア 1999 キライウドヴァール」が出てくる。ハンガリー・トカイ地方の極甘タイプで、エッセンシアはフルミントというブドウを圧力をかけることなく流れ出る果汁のみを発酵、瓶詰めしたもの。「フランスのソーテルヌやハンガリーのトカイとチーズを合わせるのはもはや定番。特に熟成されたチーズは、ネクターのようにとろ~り、ねっとりとした極甘ワインと好相性です」(小山田さん)。
「ファンタジーデザートG8」 |
そしてデザート。ピスタチオのフィヤンティーヌ、抹茶のグラニテ、百合根ムースのジェリー寄せ、水羊羹である。このあとにコーヒーと合わせて果物と野菜のコンフィも出された。
このディナーのために用意された時間は2時間弱で、この品数だと時間ギリギリだったかもしれない。「それでも」と木村さんは言った。「もう1品合ってもよかったんじゃないですかね。ご飯もの、寿司を出したいところです」。
今回のメニューの流れだと、締めの1品を入れるのは難しいかもしれない。しかし、たしかに寿司は日本を、北海道をアピールする最高の料理である。サミットの社交ディナーは、最も注目の集まる食事の場と言えよう。最高の食材が選び抜かれるのはもちろんだが、メニューには主催者側のメッセージも込められる。福田総理夫妻の想いは、きちんと各国首脳に届いただろうか。