朝日新聞社 デジタルメディア本部 編成セクション サイトディレクター 北元均氏

朝日新聞社が運営するニュース・サイトasahi.com(アサヒ・コム)がこの6月にリニューアルした。これまでにも、2年に1回程度の割合でリニューアルを行ってきた同サイトだが、その多くはデザイン変更や機能改善といった小幅な変更にとどまっていた。しかし、今回は、トップページのレイアウト変更や記事カテゴリーの刷新、生活情報コンテンツの拡充など、これまでにない大規模なリニューアルとなった。

朝日新聞社のデジタルメディア本部 編成セクションでサイトディレクターを務める北元均氏は、今回のリニューアルの大きな目的は読者ターゲットの拡大にあったと指摘し、次のように語る。

「従来、アサヒ・コムの読者は、朝日新聞の購読者を中心に構成されていた。リニューアルでは、そうした層だけでなく、ネットでニュースを読むことに慣れた若年層や、ニュース以外の情報を多く読む主婦層にもアサヒ・コムを親しんでもらうことを目指した。その目的にそって、ネット業界のトレンドや技術を積極的に取り入れ、生活情報系コンテンツを拡充させた」

ニュース・サイトから総合情報サイトへ

具体的には、まず、トップページのレイアウトを2列から3列に変更したうえで、右ラインに注目トピックスや特集企画といった特定のテーマを深く知るための導線を配置した。一方、左ラインには、記事のアクセス・ランキングのほか、動画、天気、交通、為替/株価といった実用性の高い情報を集約した。また、画面上部のメニューについては、ニュース、スポーツ、エンタメ、ライフ、シッョピング、プレミアムの6項目に絞り込み、メニューの項目にマウスを重ねると、動的に、社会、ビジネス、政治、国際などのサブ項目が表示される仕組みを採用した。

機能面では、記事の見出しを表示するボックスの順番を入れ替えたり折りたたんだりできるカスタマイズ機能や、おすすめの記事を左右にスクロールして表示できる機能を新たに導入した。これらは、いずれも、画面遷移なく行うことができるなど、使い勝手の向上が図られている。また、Silverlightを使った動画コンテンツの高画質配信や、記事の関連リンクの自動抽出など、技術的な面での先進的な取り組みも行った。

コンテンツ面では、フォトギャラリーやアフィリエイトと連携したショッピングなどを拡充したほか、有料サービス「アサヒ・コム プレミアム」の提供を開始。同サービスでは、芸能、音楽、マンガ、鉄道・動物写真、過去記事の検索といった、新聞紙面では提供されないサービスを展開する。

このように、今回のリニューアルでは、新聞購読者を中心としたニュース・サイトから、ネットに慣れた若年層にも使いやすく、主婦層がニュース以外のコンテンツも楽しめるような総合情報サイトへの脱皮を図ったというわけだ。

トップページのレイアウトが2列から3列に。中央の画像が並んでいる部分は左右にスクロールする

朝日新聞社のニュース・サイトという強みと弱み

1995年8月に開設されたアサヒ・コムは、大手新聞社の厳しいチェック体制をくぐり抜けた信頼できるニュースの提供元として、長く親しまれてきた老舗だ。サイト開設の時期は、Yahoo! JAPANの1996年4月と比べて半年以上も早く、国内ニュース・サイトの先駆けとして、地方版の配信、記事データベースの提供、RSSによる記事全文配信など、新しいサービスをいちはやく展開してきた。

とはいえ、アサヒ・コムは、あくまでも、新聞に慣れ親しんだ人が利用するニュース・サイトであった。このことは、アサヒ・コムのユーザー特性からも明らかだ。

2006年12月に同社が行った調査では、アサヒ・コムのユーザーのうち、朝日新聞を購読していると回答した人の割合は、じつに約56%に達している。他の全国紙(読売新聞、毎日新聞、産経新聞、日本経済新聞)を購読しているとする回答者の合計は約31%で、逆に、スポーツ紙を含めて新聞をまったく購読していないとする回答者は約16%にとどまっている。

ユーザーの年齢層は、20歳未満~20歳代が約11%、30歳代が約19%であるのに対し、それ以外の40歳代~60歳以上で全体の約70%を占める。性別については、男性が約75%と圧倒的だ。さらに、今年5月のページビュー実績を見ると、総ページビュー月間2億6416万件のうち、トップページのビューが8927万件とダントツで多い。

つまり、アサヒ・コムは、朝日新聞を中心に新聞を愛読する年配の男性が、実際に新聞が読めないような場合に、Webサイトにアクセスし、新聞の代わりにニュースを読むというスタイルが定着しているサイトと言うことができる。実際、北元氏によると、まずトップページにアクセスして、一面記事、天声人語、社説に目を通し、そのうえで政治面、経済面、社会面などを読み進めるといった利用のパターンが多いのだという。

ただ、新聞を購読せず、ネットでしかニュースを読まない若年層や女性層は、こうした伝統的とも言えるスタイルで新聞を読むことはまれだ。むしろ、Yahoo!やGoogle、mixiなどに転載されたニュース記事から気になったものを拾い読みしたり、RSSリーダーなどで特定の記事だけを集めて読むほうが主流になっているとも言える。

こうしたネットでしかニュースを読まない層が増えていることは、新聞購読者の総数が減少を続けていることと無関係ではない。朝日新聞という国内を代表する新聞社のリニューアルは、紙媒体からWeb媒体への移行をいかに進めるかという新聞業界が共通に抱える課題に対しての同社なりの1つの回答でもあったはずだ。

実際のところ、サイト構成をリニューアルしただけで、新たなユーザーを獲得することは難しいのではないか。

記者がみずから記事を更新できる体制へと変更

その点について、北元氏は、「そもそも今回のような大規模リニューアルが可能だったのは、当社の危機感の表れにほかならない」と語るとともに、今回のリニューアルにともなって、新聞とWebの運営体制を大きく変更させたことを明かす。

従来、アサヒ・コムの運営は、システム開発担当者から記事更新担当者まで約60名で構成されるデジタルメディア本部編成セクションが「アサヒ・コム編集部」として専任で担当してきた。編集部の主な業務は、新聞記事として掲載された記事データベースから速報性の高いものやネットにふさわしい記事を選び出し、サイトを更新していくことだった。

だが、リニューアル後は、全国240支局の約800人の記者と、記事に見出しをつける整理部が直接、アサヒ・コムの記事作成にかかわるとともに、アサヒ・コム編集部でも、独自に企画、取材を行うことができる体制へと移行させたのである。

「これまでは、新聞の内容を単にWebサイトに引き写しただけだったとも言える。しかし、現在では、現場の記者が新聞では書ききれなかったネタをネット上で展開したり、より速報性の高い記事をリアルタイムで報道したりといったことが可能になった。アサヒ・コムの独自色を強め、朝日新聞にとらわれないコンテンツの提供を目指していく方針を明確にしたわけだ」(北元氏)

この運営体制の変更こそ、今回のリニューアルのキモというわけだ。