昨年開館した埼玉の「鉄道博物館」は依然人気だというし、鉄道居酒屋や鉄道カフェも注目を浴びている。そして、なんと鉄道床屋(!?)なるものもあるという噂を耳にした。「これはぜひ行かねば」と私、鉄子は、カットモデルの鉄ちゃんを連れて取材に行ってみた。
店名は「BB.つばめ」
金曜日の20時。1週間の仕事を終えた鉄ちゃんことSさんと私、鉄子は東京・清瀬にある「BB.つばめ」に入店した。ドアを開けると、まず目に飛び込んできたのが列車の座席。そして、サボ(昔の列車に付いていた行き先を表示する板)、どこかで見たことがあるような懐かしい駅の看板。Sさんは、どのお宝から鑑賞したらいいのやらと視線が定まらない模様。そしてそこからなかなか離れようとしないSさんを奥のカット席に促す。店は、店主の渡辺和博さんと奥さんが切り盛りしている。実は渡辺さん、ご実家も床屋だったそうな。渡辺さんは超人気店で修行後、家を継ぐことも考えたが、「頑固理容師だったオヤジがこの内装を許可してくれなかった」という理由で、この地に独立開業したというわけだ。理容師は渡辺さん1人。なので、やってくるお客さんも1人ずつ。予約して行けば店は貸し切り状態になるのだ。誰にも邪魔されることなく鉄ちゃん話をするのもいい。
今日Sさんが受けるメニューは、「カット」。シャンプー、脂出しマッサージ、顔そりが付いて4,000円である。まだ緊張気味のSさんに、カットしながら積極的に話しかける渡辺さん。鎌倉に撮影に行った話、ドクターイエローの話など、自然なペースで鉄道の話題を振っていく。一口に鉄道の話題と言っても分野は多岐に渡る。「話が合わないお客さんの場合はどうしますか? 」と渡辺さんに質問すると、「どんなお客さまにも合わせられます」とキッパリ。「旅や故郷の思い出など、誰もがこの店の内装から何かを思い起こすでしょうし、お客さまがその話をし始めたら、あとは静かにお聞きすればいいんです」というのである。渡辺さん、実はとっても「聞き上手」なのであった。
カット前のSさん。某写真事務所に所属するバリバリの「撮り鉄」。カットは2カ月に1度で、床屋派。好きなカマはEF58 61 |
ヘアカタログを見ながらスタイルの相談。普段のセット方法や、前回カットしてからの期間など基本的な情報とともに、希望のスタイルについて話し合う |
「国鉄最後の日」で盛り上がる
店内を見渡すと、壁面には鉄道グッズの数々が飾られている。こちらは、季節によって架け替えるのだそう。例えば冬の時期なら、北国の地名のものが多いといった具合。これらは自慢のコレクションという以上に、お客さとのコミュニケーションツールという意味合いが強い。
そのうち、「国鉄最後の日に何をしていたか」という話題になると、2人が意気投合し始めた。約20年前、中高生であった2人は、それぞれの場所で迎えた「あの日」を語る。そして「たくさんの鉄道路線が残っていたあの頃、もっと大人だったらよかったのに。あと5年早く生まれたかった」としきりに悔やんでいた。これで緊張が解けたのか、Sさんの鉄ちゃんトークは一気に熱を帯びていく。ちょうどカットは細かい仕上げの段階に入っていて、軽く相づちを打ちながら鋏に集中する渡辺さんと、鉄ちゃん用語全開で話すSさん、話すトーンは低めで静かだが、とても楽しそうだ。
古い車両のものだったであろう天井灯の、やさしい光の下で語り合う2人を見て、男女平等の世の中になったとはいえ、「鉄道趣味には女が遠慮すべき一角があるのかな」と女性の立場から見て感じた。でもそれは素敵なことだと思う。その一角こそが「男のロマン」なのだろうか……。