小さなモジュール内で電波を受信
日本中の空には時間が長波帯の電波となって飛び交っている。それも、ほとんど誤差のない正確な時間が四六時中。その飛び交う電波をとらえて、目に見える時刻として表示するのが「電波時計」だ。時刻情報をのせた標準電波の受信を毎日自動的に行い、正確な時刻に修正するため、オフィスや大型施設などはもちろん、正確な時間を必要とするビジネスマンから一般個人にまで広く普及している。一見すると普通の時計と変わらぬ外観だが、どのように電波をとらえ時刻を表示するのか。電波時計のモジュール開発を担当するカシオ計算機の奥山正良氏に、そのメカニズムを聞いた。
「では、電波時計の内部を見ながら説明しましょう」。奥山氏はバラバラに分解した電波時計を取り出した。フルメタルケースの美しい電波時計「オシアナス」だ。「電波時計としての機能は、すべてこのモジュールの中に組み込まれています」と、奥山氏は500円玉を一回りほど大きくした基板のようなものを指差した。時計自体はがっしりとしたデザインだが、モジュールは驚くほど小さい。こんな小さなモジュールが、いったいどのような働きをしているのか。奥山氏は順を追って説明してくれた。
電波受信から時間調整まで
まず、空を飛び交う日本標準時の電波を内蔵のアンテナでとらえることが第一段階。モジュールの最上段に配置されている、銅線をコイル状に巻いたものがアンテナだ。そのサイズは驚くほど小さい。初期の電波時計では、アンテナが大きかったためモジュールの外側に付けられていた。そのせいで、時計のデザインが制限されてしまうこともあったのだという。しかし、現在では小型で高感度のアンテナができたことでモジュールに内蔵でき、電波時計のデザインは格段に美しくなった。「小さくて、しかも感度のいいアンテナは、電波時計のポイント」と奥山氏は語る。
アンテナで受信された電波は、すぐ下にある「検波IC」へと送られる。数ミリ角の小さな黒いチップだ。受信した電波を増幅したり、水晶でフィルタリングをかけたりして、必要な時刻コード読み取り、デジタルデータ化する。アンテナの感度とともに、この検波ICの性能が電波時計の感度を決めるといってもいい。さらにこのICでは、水晶で周波数にフィルタリングをかける。初期設定は40kHz、福島県にある「おおたかどや山送信所」の周波数だ。これを受信できなければ、別の地域にいると判断して、60kHzの電波を受信しようとする。このように、現在いる場所の電波を自動的に探し出すのだ。日本は、40kHzと60kHz、米国と英国が60kHz、ドイツが77.5kHz。3つの周波数に対応することで、全世界5地域の電波を使えるという。これが「マルチバンド5」という機能だ。
また、受信する機能は一日に最大6回まで、電波状況がよくなる深夜帯に1時間おきに受信する設定になっていて、一度受信して正しい時刻が得られれば、この作業は完了する。もともとクオーツ時計として、月差20秒程度で時刻を刻んでいる性能を持っているため、一日に1秒と狂わない。
こうして「検波IC」で得られた時刻データは、次にさらにその下にある「LSI」へ送られ、ここで表示中の時刻と刷り合わせがおこなわれる。もしズレがあれば修正を加えて、正しい時刻表示の信号を出すという。その信号に従って針が動かされ、正しい日本標準時が表示されるのだ。
最新機種「オシアナス」(右)を分解すると、こんな小さな部品の組み合わせでできあがっている |
基板の裏表。左側の基板の上部に見えるコイル状のものがアンテナ。小型化によってモジュール内に組み込むことが可能になった |
短期間に進化を続けた時計技術
ドイツで世界初の電波時計が売り出されたのは1986年。そして、カシオが欧州でドイツ電波に対応した電波時計を発売したのが1995年。その歴史はまだきわめて短いものだが、IT技術の革新的な進歩と時を合わせて、電波時計は年々めざましい進化を遂げている。カシオだけでこれまでに世界に販売した電波時計はすでに1,000万個を超えた。そして、世界で一年間に販売される電波時計は600万個以上。時計の主流はすでに電波時計に移ったといえるだろう。
1995年「FTK-100」独標準電波対応 | 2000年「GW-300」耐衝撃電波時計 | 2001年「WVA-300」ソーラー電波時計 | 2002年「GW-300」耐衝撃ソーラー電波時計 | 2004年「OCW-500」フルメタルソーラー電波時計 |
誰もがこれほど正確な時刻を手にできる時代は、人類史上かつてなかった。技術の進化と文明の進歩の中で、私たちは素晴らしい時代に生きているといえよう。しかしながら私たちは、時間をうまく使えているのだろうか。「時間がない、時間がない」という悲鳴が、あちこちから聞こえてくる。どうやら時計の進化ほどに、人間は進化できていないらしい。道具が進化したら、それを利用する私たちも進化しなくてはならない。かのゲーテもこう言っている。「常に時間はたっぷりある。うまく使いさえすれば」。