約束の時間に、先程の外国人見学者の2人と、柔道着を着た可愛い男の子が現れた。その男の子が住む5階の1部屋にお邪魔する。男の子の母親である住人のマダムが招き入れてくれた。見学者に慣れているようで部屋の特徴を順番に詳しく説明してくれた。
玄関を入ると、まず右手に台所。驚いたのが、ドアを開けて入ると来客に台所の様子が直接見えないように、開けたドアが目隠しの役割になっている。玄関横には台所内につながる小さなドアがあり、そこからスーパーからの買い物袋などを入れることができる。ダイニングと台所の間には仕切り棚があり、引き出しを開けてそこから出来上がった食事を手渡したり、外の景色まで見通すことができる。ここまでだけでも主婦の気持ちが分かっていたル・コルビュジェを尊敬。少しは夫も分かってくれればいいのだが……。
ご好意を受けて、実際の住人の部屋を見学。すっかり気に入ってしまった部屋のポイントは(1)玄関を入りドアを開けると、ドアが台所を遮るように開くので来客に台所を見られなくて住む(2)2階部分の寝室から東側の壁一面の窓からの風景を見ることができる(3)部屋を仕切るドアは黒板になっており、子供は自由に絵を描くことができる(4)階段の板は台形になっており、視覚的に昇り降りしやすくなっている……など切りがない! |
リビングは吹き抜けになっており、階段で2階部分へつながる。2階にはマダムの寝室、トイレ、浴室、洗濯機置き場、子供部屋があった。部屋の仕切りのドアが黒板になっており、男の子が自由に絵を描いているのを見ると、コルビジェは子供心も分かっていたのかと感心しきり。家族みんなが居心地良く生活できる素敵な住居だった。ライフスタイルを設計するのも建築家の仕事なのだろうか。山側からは朝日が、海側からは夕日とどちらもが望めるというのも贅沢な構造だった。
すっかりお宅にお邪魔して1時間半。実際に住んでいる部屋を見ると、ル・コルビュジェの建築の意図も理解しやすかった。マダムの話し振りからも、価値を理解した上でこれまで18年間住み続けており、愛着を持って住んでいることが伝わってきた。見学した部屋は1階部分に台所とリビングがあり、2階部分に寝室などの各部屋やトイレ、浴室などの水回りがあったが、ユニテダビタシオンは住戸の配置も独創的で、ほかの住戸とはL字型のユニットが互い違いに配置されている。壁が厚いなどの防音構造のため、ご近所との騒音トラブルとは無縁で楽器演奏なども気兼ねなく楽しめるという。
その後、3階の屋内商店街を歩き、家具店や書店も眺める。改めてこのユニテダビタシオンの特徴でもある力強いピロティに感銘を受ける。ずっしりとたくましい脚のようだが、約350戸の住戸の生活を一身に支えていると想像すると信じられない気持ちになる。これを設計してしまう建築家は凄い勇気と夢を持っていたのだと、考え込んでしまう。陽が沈む頃には、また屋上に出て地中海に沈む夕日を眺めた。
3階にあった屋内の"商店街"。本屋や家具屋、オフィスなどが入っていた。生活雑貨や食品を売る商店もあり、朝食は焼きたてのパンの匂いに誘われて、ここで調達 |
宿泊部屋に入った筆者は唖然とした。巨匠と言われるコルビジェがこんな狭い部屋を作るとは?!しかし、無知だった筆者は一晩経った後、納得することになる。
部屋が狭い理由。その背景には、ル・コルビジェが提唱した尺度システム「モデュロール」が関係している。モデュロールは、182.9cmの身長を基準とし黄金分割とフィボナッチ数列を用いて算出して建築に利用することで普遍的な美を求めたもの。実際に宿泊すると学生時代のワンルームを思い出すような、狭さながら、生活に必要なものがすべて自分の周りにあるという居心地の良さを実感した。
ユニテダビタシオンへの宿泊1日目の部屋「3階G2」。1泊1部屋59ユーロだった。部屋に入った途端、「狭い! 」と言った途端、無言になってしまった筆者……。しかし、宿泊してみると広さや天井の高さが、学生時代のワンルームを思い出すような居心地の良さだった |
ル・コルビュジェが建築などに普遍的に適用した人体の寸法に合わせて調和した寸法システム「モデュロール」。ユニテダビタシオン内の3階廊下や外壁にもアピール?! |
翌朝は、大きな窓から差し込む朝日で起床。1日のサイクルをも大事にして設計してくれているコルビジェに、朝から感心する。部屋を移動して、もう1泊。フロントに向かうと、イタリアから訪れた建築を学んでいる学生がぞろぞろ……。著名な建築家や建築家の卵たちが宿泊して学んでいくそうだ。ル・コルビュジェの建築から何を学んで、どんな夢を見るのだろう、そんなことを考えているだけでも楽しい。
ユニテダビタシオンでの2日目、泊まった以外の部屋も見せてもらった。台所付の広い西向きの部屋だった。西側が一面窓で、同氏が1926年に提唱した近代建築の5原則の1つ、「水平横長の窓」も確認することができた。そして、筆者が1泊した4階の18号室は、前日とは打って変わって広い部屋。宿泊者のために改装もするらしいが、浴室などは高級ホテルさながら。狭い部屋に感銘を受けていた筆者としては、少し残念な気もした。
台所付で西側向きの3階354号室。台所には玄関横の小さなドアから買い物袋などを入れられるようになっている。西側は壁一面が窓になっていて、差し込んでくる自然光で部屋は暖かい |
ユニテダビタシオン滞在2日目に宿泊した4階の18号室。空き住居をホテルの部屋に改装しているため広い部屋で、1泊104ユーロだった。我が家では高価過ぎて到底購入できないル・コルビュジェの代表的な家具である黒いレザーのチェア「シェーズ・ロング」もあり感激。ゆっくりくつろぐのに適した部屋だった |
前日に満席だった3階のレストランを利用しようと思ったら、日曜は定休日……。3階や4階に入っているオフィスや店舗も休み。あきらめて静寂な屋内の雰囲気を味わう。部屋では大きな窓から差し込む夕日の温かさに、昼寝をしてしまいながら時が過ぎていった。
1日目は満席、2日目は定休日だった3階のレストラン。地中海を望めるテラス席や吹き抜けの2階席もあり、素敵な雰囲気 |
旅立つ日の朝は焼きたてのパンの匂いで目覚めた。1階下の店舗から漂う食欲をそそる香りに誘われて朝食を調達しに行く。同じくパンを買って、そのまま隣室のオフィスに出勤していく男性もいた。屋上の幼稚園での「教育」、体育館での「運動」、屋内のオフィスでの「仕事」など社会生活がユニテダビタシオンでは成り立っていて、同氏の都市計画思想「輝ける都市」の夢が少し垣間見えた。
「建築」と一言で言っても、楽しい仕掛けがあったり、建築家の独創性が発見できたり。建築にも個性があることをフランスに来て知った。