エミリーが描く生き生きとした絵画に、観覧者も立ち止まり時間を忘れて見入っている

続く「ヤムイモ」の章では、エミリーにとって最も重要な世界観を支えるヤムイモに焦点が当てられている。「カーメ」というエミリーの名前はヤムイモの種を意味する。黒と白を基調とした縦約3メートル、横約8メートルに及ぶ大きな作品「ビッグ・ヤム・ドリーミング」(1995年)は2日間で制作。エミリーはあぐらをかいてカンヴァスの上に座り、下書きや描き直すことなく、一つの場所を仕上げては他の場所に移りながら描き進めた。絡み合うような有機的な線は、ヤムイモが芽を吹く時に地面に現れる割れ目や、地中に網状に張り巡らされた根のようだ。

エミリー・ウングワレー、カーメ(ヤムイモの種)Kam[e]、1991年、137.8×303.1 cm、National Gallery of Victoria, Melbourne(c)Emily Kame Kngwarreye. Licensed Viscopy 07

エミリー・ウングワレー、ビッグ・ヤム・ドリーミングBig Yam Dreaming、1995年、291.1×801.8 cm、National Gallery of Victoria, Melbourne(c)Emily Kame Kngwarreye. Licensed Viscopy 07

1991年から1993年にかけて、エミリーが最も色彩に傾倒した時期に描かれた作品は、「色彩主義」の章に並ぶ。エミリーの色彩は、感情よりは季節の移り変わりに従うものであり、エミリーが「緑の時期」と呼ぶ雨季のあとには緑色が色面に表れる。22枚のカンヴァスからなる「アルハルクラ」(1993年)は色彩主義が頂点に達した作品であり、輝くばかりの色彩は雨後の一瞬に花開く生命を捉えるなど、エミリーが先祖の代から住み続ける故郷への想いが伝わってくる。

「身体に描かれた線」の章では、1994年前半には初期の点描と線による表現から白地に黒のミニマルなストライプを配した簡潔な表現へ向かっていたことが作品から窺える。しるしを施すように描かれた作品は、儀礼に際して女性の体に線を描くボディ・ペインティングに由来している。「しるしを施す」という人類の伝統的な行為に新たな表現を吹き込むことで、現代と過去の美術、地域性と国際性の境界を超えていった。

エミリー・ウングワレー、ユートピア・パネルUtopia Panels、1996年、263.2×87.0 cm、Queensland Art Gallery, Brisbane(c)Emily Kame Kngwarreye. Licensed Viscopy 07

同展の終盤に向かうと、1992年~1993年を境に、初期のカンヴァス作品を特徴づけていた点描や単純な線による構成が点描による大画面へと変化していたことが理解できる「点描」の章へ移る。線の網目は、場所や人やすべてにものの結びつきを表すとともに、先祖や動物や人類の旅でもあり、ある時は植物の根でもあり、具象性と抽象性の両面を備えている。点描は繊細なものから荒々しいものまで多様であり、それはひとつの点であったり、二重三重の点であったりする。大きな点描が繋がってつくる形は、大地を舞う種のように、ダンスのリズムや成長の力強さを想起させる。

最後の章「原点」では、ボディ・ペインティングからカンヴァス画への転換期にあたるバティックの作品も合わせて展示され、まさにエミリーの原点を同展の最後に目の当たりにすることとなる。エミリーがアクリル絵の具という新しい媒体と出会うこととなり、初めて手掛けたカンヴァス作品「エミューの女」(1988~89年)で締めくくられる。描かれているエミューや植物のほか、儀礼の際に女性の胸部に施されるしるしが描き込まれているが、これもエミューの祖先を称える女性の儀礼のためのものである。

全作品に通底するのは、エミリーが自作を包括して語った言葉である「すべてのものこそが私が描くもの」の"すべてのもの"。エミリーにとって、自らの故郷に関するものであり、描くとは"すべてのもの"と結びついた行為であったという。

同展を監修したオーストラリア国立博物館のマーゴ・ニール氏は「一見現代的に見える作品だが、精神的な源は自然や先祖を敬い、儀式を大切にする日本とも通じるでしょう」とし、「新しい宝箱の世界を紹介できる機会となり、皆様は必ずや彼女の作品を大切に想い、心から気に入ってくれるでしょう」と話している。また、B2F会場には「ユートピアルーム」として、エミリーの作品の背景やその芸術の源泉についてより深く理解できるように、エミリーが日々暮らし、作品制作を行った土地やコミュニティについて、写真や岩石、オブジェを展示して紹介している。

会場にはカンヴァス画やバティックの作品も合わせて展示され、エミリーの芸術世界を堪能できる

エミリーの芸術の源泉がより理解できるように、故郷の土地やコミュニティに関わる写真や岩石、オブジェを展示する「ユートピア・ルーム」も設置されている

観覧料は一般1,300円、大学生1,000円、高校生600円。月曜休館。時間は10時~17時で、毎週金曜日は19時まで(入場は閉館の30分前まで)。関連イベント(いずれも要本展観覧券)としては、3月1日14時からマーゴ・ニール氏による記念講演会(当日11時から整理券配布)、3月15日と4月5日の両日14時よりギャラリートーク、3月23日15時には岡登志子さんのダンスと内橋和久さんによる音楽での即興デュオ、3月29日13時半~16時半には小学4年生から中学3年生までを対象としたワークショップ「点描に挑戦!」が行われる(要申し込み、詳しくはこちら)。

作品紹介

エミリー・ウングワレー、ビッグ・ヤムBig Yam、1996年、401.0×245.0cm 、National Gallery of Victoria, Melbourne(c)Emily Kame Kngwarreye. Licensed Viscopy 07

エミリー・ウングワレー、無題Untitled、1992年、164.0×228.0cm 、Stephen Bush(c)Emily Kame Kngwarreye. Licensed Viscopy 07

エミリー・ウングワレー、エミューの女Emu Woman、1988-89年、92.0×61.0 cm、The Holmes à Court Collection,Heytesbury(c)Emily Kame Kngwarreye. Licensed Viscopy 07

エミリー・ウングワレー、無題Untitled、1992年、163.8×226.3 cm、Alternative Museum(c)Emily Kame Kngwarreye. Licensed Viscopy 07

エミリー・ウングワレー、私の故郷My Country (from the Last series) 、1996年、58.0×87.5 cm、 Collection of Amanda Howe(c)Emily Kame Kngwarreye. Licensed Viscopy 07

エミリー・ウングワレー、無題Untitled、1996年 152.3×91.7cm、Laverty Collection、Sydney