練習が終わった後を見計らって、参加者に話を聞くことにした。先ほど、『喝采』を弾いた60代の男性は定年退職を迎えた、いわゆる団塊の世代だ。「仕事を辞めてから何か文化的なことをやりたいと考え、電子キーボードを始めることにしました。教室の雰囲気がよかったことは勿論のことですが、1曲を弾きこなす喜びは何事にも変えがたいですね。上達すると、ヘッドホンを外して家族らに聞かせています」と笑顔を見せる。

なぜ、電子キーボードを習うのか。質問を続ける中で、ふと先ほどのレッスン風景を思い出した。1人の生徒が曲を弾く間、他の生徒はヘッドフォンをしながら自分の練習をする。その際、他の人の演奏を聞いている人も多い。「こんな風に弾きたい」「次はあれを習おう」と思いながら、練習の励みとするのだという。また、練習時間を過ぎても生徒達はなかなか帰らない。3年程同教室に通っている女性は「皆さんがとても優しくて、楽しい雰囲気なので続けられます」と微笑みながら話し、初めて間もない70代の男性は「まだ現役で働いていますが、楽しい雰囲気で学べるのがいいですね。今は音符読みから練習しています」と譜読みに余念がない。「他の人の演奏を聞いたり、仲間同士で交流をしたり……。生徒さんの憩いの場としても活用されているようですね」(上山先生)という話を聞き、やはり教室の雰囲気のよさは、習い事を続ける上で一番重要であることを再確認した。

実際に使用した『もしもピアノが弾けたなら』の楽譜(初級・中級用)

使わせていただいた電子キーボード

そこでいよいよ、自分が演奏する番となった。弾くのは西田敏行の『もしもピアノが弾けたなら』(故・阿久悠氏が作詞を手がけた名曲で、テレビドラマ『池中玄太80キロII』の主題歌)。もしもピアノ(ここでは電子キーボード)が弾けたなら……。うわ、今の自分の心境にぴったりの歌だ。学生時代、ピアノで1曲好きな曲を弾いてみたいと一念発起し、楽譜を買ってみたが、最後まで弾ききれなかったという苦い経験がある。それなのに1日で、本当に弾けるのか。半信半疑の状態で電子キーボードの前に向かう。