昨今、技術の進歩により半導体の高集積化、微細化が進んだことで、わたしたちの身の回りを支える電子機器の小型化が進んでいる。しかしその一方で、宇宙から降り注ぐわずかな放射線が装置の誤作動の原因となってしまうことが確認されている。
「いま改めて見つめなおす宇宙線中性子によるソフトエラーの評価と対策」と題した本連載では、こうした放射線による誤作動にはどのようなものがあるのか、またその要因と具体策について紹介したい。第1回目の本稿は、宇宙空間から降り注ぐ放射線が身の回りの機器に与えている影響についてフォーカスする。
“技術の進歩”により、招かれた誤作動
大気圏よりも外に広がる宇宙空間。そこから地球へと降り注いでいる放射線が、パソコンや携帯電話をはじめ、すべての電子機器に搭載されている半導体に、大きな影響を及ぼしている。
一昔前のディスクリート部品を利用した電子回路では、半導体のチップ面積も昨今のものと比較しても大きく、宇宙からの放射線による影響は軽微なものだった。しかし集積度の高いLSIにおいては、動作電圧の低電圧化の影響により放射線の影響が無視できなくなっている。特に昨今のSRAMメモリやFPGAなど、技術の進歩により半導体の高集積化、微細化が進む時代ではこの影響を予め考慮して設計しなければ、誤作動の発生率が増加してしまう傾向がある。こうした放射線の影響については2010年代初頭から世界各国でも議論されており、欧州であればRADECS(RADiation and its Effects on Components and Systems)、米国であればIEEE NSREC(Nuclear and Space Radiant Effects Conference)、IEEE IRPS(International Reliability Physics Symposium)などの国際会議の場において、議論の対象となっている。
かつてはこうした国際会議での議論対象は、航空宇宙分野向けが中心だった。それは、航空宇宙分野が大気の薄い、あるいは大気圏外の宇宙空間で強い放射線をうけることが前提での動作であるためだ。ところが最近では、High Performance Computing、いわゆる高性能計算処理の分野や産業機器、自動車分野向けなども対象となっている。
自動車分野については、「なぜ」、と疑問を持つ読者もいるかも知れないが、実は自動運転車の実現を目指すなか、車体の周辺状況を把握しながらブレーキやハンドル操作などの車体制御をするうえで、高い演算処理能力を備えた半導体は欠かせない存在となっている。自動運転車の車体制御を考えた場合、放射線の影響で誤動作を起こせば人命にかかわる重大なインシデントに直結してしまうため、国際会議の場ではホットトピックスとして議論が交わされている。もはや放射線の影響を無視できない状況である。
放射線による誤作動にはどのものがあるのか-その種類と対策
放射線による誤作動とは、具体的にはどのようなものがあるのだろうか。ここでは、放射線が半導体に入射することで起こる誤作動を紹介したい。
まずは上記の図をご覧いただきたい。誤作動は大きく「ハードエラー」と「ソフトエラー」にわけることができる。ハードエラーは電子回路に物理的にダメージを与えるもので、いわば「恒久的な故障」になる。TID(トータルドーズ効果)やDD(はじき出し損傷効果)がこれに相当する。
ハードエラーへの対策としてあげられる例としては、冗長回路を用意して、全システムが動作しなくなるまでの時間的猶予を確保しておく、物理的な放射線への遮蔽策を予め講じる、あるいはそもそも多量の放射線が入射する環境では使わない、などが考えられる。しかし、人工衛星向けや、X線機器/原子炉向けのシステムでもなければ、現状として重要ではないだろう。
一方で、多くの議論の対象になっているのはソフトエラーである。ハードエラーが「恒久的な故障」であることに対し、こちらは、放射線が1回入射しそれによって回路が誤動作する「一時的故障」になる。本来の意図ではない経路で電流が流れるSEL(Single Event Latch)に関しては、最終的に回路損傷を招くこともあり、ハードエラーに近い分類がなされることもあるが、単一放射線事象によるソフトエラーであるSBU(Single-bit Upset)やMCU(Multiple Cell Upset)に関しては、極めて一過性のものである。どちらも高エネルギー粒子の突入で、内部のデータが反転するもので、これをまとめてSEU(Single Event Upset)と呼ぶ。
こうしたソフトエラーの対策として一番認知されているのはParityやECCによるエラー検出/訂正機能の内蔵であるが、航空宇宙向けや高信頼性機器向けの場合、例えばダブル/トリプルラッチの採用や、ソフトエラーに強い回路構成の選定、あるいはソフトエラーに強い構造(例えばFD-SOI)の利用などが採られている。ここは本稿の本題ではないものの、こうした回路や構造を取ったとしても、「それが本当に正しくソフトエラーに対処できているか」を確認する必要がある。つまりソフトエラーの評価、という作業が機器開発の際には必ず入る工程である事を理解する必要がある。
ソフトエラーの要因となる放射線-その種類とは
ソフトエラーの要因となる放射線であるが、これまでも説明してきた宇宙からの放射線や、LSIの素材そのものが発する放射線など様々である。大別すると下記の通りである。
α線:アルファ粒子によるもの。電離作用は強いが、大気中の到達距離は数cmで、遮蔽は容易である。ただ半導体パッケージ材料に微量な放射性同位体が含まれることがあり、それが核崩壊によってα粒子を発生することがあるので、対策が必要である。
β線:原子核の崩壊の際に放出される高速な電子によるもの。α線に比べると到達距離は長いが、数mmのアルミ程度で遮蔽できること、また通常の環境でβ線を浴びる可能性が低いことから、航空宇宙分野向け以外ではあまり評価対象とはならない。
重粒子線:ヘリウムよりも重い原子の原子核によるもの。それ⾃体が電離作⽤を持つとともに、核反応によって⼆次粒⼦を⽣成し、それが電離を引き起こすこともある。α線同様に遮蔽は比較的容易であるが、宇宙空間で使⽤するような半導体では、対策が必要である。
中性子線:高速な中性子によるもの。中性子そのものは電荷を持たないため、直接ソフトエラーを引き起こす訳ではないものの、これがシリコンの原子核とぶつかり、原子核が励起状態となって重粒子線などを発生させる。これが先に述べたSBUやMCUの原因となる。中性子線は遮蔽が極めて困難である。
上記により、半導体のソフトエラー評価の際には、α線と中性子線のテストをすることが一般的である。
また、これをどう評価するのかについても説明しておきたい。例えば、開発室の窓際に機材を置いた程度ではなかなかα線や中性子線は入射せず、意図した結果にはならない。そこで通常は別途線源を用意する必要があるが、このうちα線に関しては比較的容易に入手できる。ところが中性子線に関しては入手が難しいうえ、遮蔽設備も大規模になるため、大学や研究所などの放射線設備を利用して測定、というのが一般的である。
本稿では、宇宙空間から降り注ぐ放射線が身の回りの機器与える影響について解説した。 次稿は、半導体デバイスの測定環境を提供するサービス「CloudTesting(TM) Service」を利用してソフトエラーをどう評価するか、についてご紹介します。
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