テクノロジーがビジネスや社会に浸透し、あらゆる領域でデジタルトランスフォーメーション(DX)への取り組みが行われている現在、営業部門におけるテクノロジーの活用、いわゆる“Sales Tech”への注目も高まっている。SFA(営業支援システム)やCRM(顧客関係管理)を利用した営業改革は以前より行われてきたが、それだけでは“営業の現場”が感じている課題の解決には繋がらない。本稿では、EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング株式会社 ディレクター 千葉 友範氏と、アステリア株式会社 ネットサービス本部 副本部長 黒柳 開太郎氏を招き、営業におけるDXの課題と、これからのSales Techの在り方について語ってもらった。

  • (右)EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング株式会社 ディレクター 千葉 友範氏、(左)アステリア株式会社 ネットサービス本部 副本部長 黒柳 開太郎氏

    (右)EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング株式会社 ディレクター 千葉 友範氏
    (左)アステリア株式会社 ネットサービス本部 副本部長 黒柳 開太郎氏

なかなか進まない営業のDX、重要となるのは現場を“見える化”するための仕組み

――営業部門におけるSales Techの現状について、どう考えていますか?

黒柳氏:Sales Techの取り組みとしてはかなり前からSFAやCRMといったソリューションが使われてきましたが、最新テクノロジーを積極的に使う風土はまだできておらず、営業活動はアナログ的な「努力」や「経験」「勘」に支えられています。ほかの分野に比べて遅れている営業のDXを成功させるためには、まずはこうした現状を確認していく必要があると感じています。

千葉氏:そうですね。営業分野に限らず、DXではクラウドへの移行が進められています。SFAやCRMをオンプレミスからクラウドへ移行することで「営業管理」の見える化は実現されつつありますが、現場の状況、すなわち「営業活動」の見える化はできていない企業がほとんどです。本来はマネージャーが現場に同行するのが理想ですが、近年の“働き方改革”の動きもあり、すべての案件に同行することは困難です。担当者を育成しながら期日までに目標達成させるためにはどうすればよいのか。マネジメントにおけるラストワンマイルを埋めるために、Sales Techをどう活用するか考えることが重要です。

  • Sales Techより一歩先を進むFuture Sales Tech群

    Sales Techより一歩先を進むFuture Sales Tech

黒柳氏:SFAやCRMを活用して効率的な営業管理を行っている企業は少なくありませんが、実際に「売上をアップする」ためにテクノロジーを活用しているケースはあまり見られません。たとえば、ほかの部門における「生産管理を効率化したい」「経理の決算早期化を実現したい」といった課題には、テクノロジーを活用した施策が当たり前のように出てきます。ところが営業部門の「売上を向上させる」という課題に対してはほとんど出てこない。ここから営業のDXに欠けている要素が見えてくるのではないでしょうか。

千葉氏:一番大きな問題は、Sales Tech活用の目的と手段が明確になっていないことだと思います。生産性を上げたいという目的でSFA、CRMを導入しているケースもあれば、販売力を上げる目的で導入しているケースもあります。とはいえ、実際の営業担当者が販売力を上げるために求めているのは「効果的なセールストークができない」「お客様の課題を聞き出せない」「お客様との関係性が作れない」といった課題を解決するための方法であり、そこをSFAやCRMだけで対処するのは難しい。

黒柳氏:テクノロジーやツールの使い方が間違っているんですね。

EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング株式会社<br>ディレクター 千葉 友範氏

EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング株式会社
ディレクター 千葉 友範氏

千葉氏:はい。そのため営業分野のSales Tech活用では、期待値とのギャップが大きくなっています。昨今、営業部門では人材不足が深刻化し、担当者個人の能力に依存する属人化が進んでいます。個人ごとに異なる営業活動をすると、マネージャーの営業管理にかかる負担が高まります。数人の部下を管理する場合は容易にできることでも、数十人規模になると話を聞くことすら難しくなります。社内SNSなどを使う流れにはなっていますが、それだけでは現場の状況を客観的に見られないため、適切なアドバイスができません。そこで「マネージャーが現場の状況を把握するための仕組みを作る」という目的と手段を正しく理解することで、営業分野におけるSales Tech活用の期待値とのギャップを埋めることができます。

営業現場そのものを可視化するFuture Sales Techに必要な3つの「C」

――これからSales Techに取り組むうえでの課題は何でしょうか?

黒柳氏:最近では営業分野におけるテクノロジー活用が注目されていますが、Sales Techが実際の営業成果に紐付いているケースは多くありません。「売上を向上させるためには何をどう使えばよいのか」を示すマイルストーンが求められているのではないでしょうか。

千葉氏:SFAやCRMを有効に活用することで、ダッシュボード上でそれぞれの商談のフェーズを可視化することが可能になりました。「1つのフェーズで滞留している期間が30日間を超えると商談成立は難しい」といった洞察がデータから得られるようになり、適切なマネジメントが行えるようになっています。ただし、現在求められているのは、そこから一歩進んだ“Future Sales Tech”であり、商談現場全体を客観的なデータとして“見える化”していく必要があります。

  • Future Sales Techによる"見える化"

    Future Sales Techによる"見える化"

黒柳氏:確かに営業の“見える化”という意味ではSFA/CRMは有効なソリューションといえますが、その反面、不十分な点があることも見逃せません。一番の問題は、入力したデータに主観が入っていることです。商談現場にいた担当者の理解をとおしたデータしか得られないのでは、商談現場の“本当”の状況がわからない。現在は管理システム上のデータと実際の商談状況のギャップを、マネージャーと営業担当者の理解力、伝達能力で埋めるアナログ的な解決方法がほとんどで、そこにテクノロジーを活用するという発想すらないのが現状です。今後は、千葉さんがおっしゃった「商談現場全体の見える化」に対してテクノロジーをどう使うのかが大きなテーマになると思います。

千葉氏:現場の営業活動をテクノロジーを使って可視化するFuture Sales Techでは、3つの「C」、すなわち「Contents(コンテンツ)」「Communication(コミュニケーション)」「Curriculum(カリキュラム)」の見える化がマイルストーンになると考えています。実際、これら3つの「C」を可視化するためのテクノロジーは実用段階にきており、たとえばコンテンツ領域では、現場で「誰が・いつ・どんな資料や情報を使っているか」という利用状況や操作ログなどの情報をコンテンツごとにグラフとして“見える化”するソリューションも登場しています。

  • Future Sales Techの3C

    Future Sales Techの3C

黒柳氏:アステリアが提供している「Handbook」も、コンテンツ領域 で商談現場を見える化するためのツールといえます。Sales Tech向けのテクノロジーやサービスは多数登場していましたが、どのような領域に組み込んでいけばよいのかを指し示す指標はありませんでした。千葉さんが語る3つの「C」は、これからSales Techに取り組む企業にとって、重要な指標になると思います。

現場の状況を客観的なデータとして収集する「Work Log」に注目

――3つの「C」を見える化するためには、どうすればよいのでしょうか?

黒柳氏:商談に使うための「コンテンツ」と、営業現場で行われる「コミュニケーション」、それらを体系化するためのトレーニング、すなわち「カリキュラム」は、営業活動における「『何を』『どう』伝えるか」の重要性を表しています。これらを可視化するには、客観的なデータを取得するための仕組みが必要です。

  • 3つの「C」を見える化するための順

    3つの「C」を見える化するための順序

千葉氏:その仕組みを構築するには、現代の営業活動に欠かせないアイテムとなった「スマートデバイス」の活用が有効です。タブレットや2in1PC or スマートデバイスを使って 商談を行うのも当たり前となり、動画を活用するなどスマートデバイスならではの営業手法も増えてきています。タブレットを使えば、商談現場の位置情報から商談相手とのコミュニケーション、使用したコンテンツといった「Work Log(ワークログ)」の情報を自動的に収集することができます。SFA/CRMで取得するデータは「手動」で収集された「主観」的な「暗黙知」であり、これだけでは従来の勘・経験・根性を重視する3K営業から脱却できませんでした。そこに「自動」で収集した「客観」的な「形式知」データの集合体であるWork Logを組み合わせることで、営業プロセス全体を見える化し、Data Driven(データ主導型)の営業活動が実現します。

  • Work Logを組み合わせることで営業プロセス全体を"見える化

    Work Logを組み合わせることで営業プロセス全体を"見える化"

黒柳氏:Work Logの収集でポイントとなるのは自動化ですね。客観的なデータを収集するには、スマートデバイスを使ったデータ収集の自動化が不可欠です。営業担当者が手動でデータを収集するやり方では、どうしても主観的な要素が入り込んでしまいます。

千葉氏:営業担当者にはデジタルテクノロジーの活用に懐疑的な人も多く、「自動化」して余計な作業を行わせないことは大切です。その意味では、顧客体験を向上させるUXに加え、従業員体験を向上させるEXも意識してWork Logの環境を整備する必要があります。お客様の意思決定に合わせ、営業が適切に動けるようにナビゲーションするのがFuture Sales Techの理想型。その実現にはWork Logを収集するための仕組み作りが急務となります。

アステリア株式会社 ネットサービス本部 副本部長 黒柳 開太郎氏

アステリア株式会社
ネットサービス本部 副本部長
黒柳 開太郎氏

黒柳氏:そこで重要な役割を担うのがスマートデバイスです。コンテンツを見せる手段としてタブレット を活用している営業担当者は多いと思いますが、スマートデバイスの本質は“センサーとして現場のデータを自動収集する”ところにあると考えています。その意味では、スマートデバイスはWork Logの収集において換えが効かないものといえるでしょう。私は5年以上前から「スマートデバイスの価値は営業現場をIoT化する力だ」という持論を展開していたのですが、ようやくその時代が到来したと感じています。



営業現場でのWork Log収集が、Future Sales Techの第一歩となる

――ここまでの話をふまえ、営業DXに取り組む企業にメッセージをお願いします。

千葉氏:何はともあれ、重要なのはデータです。まずはWork Logの収集を開始することが重要となります。どんな未来を思い描いたところで、現状を客観的に捉えることができなければ先に進むことはできません。長い時間をかけて営業DXの目的や手段を検討していくよりは、現場の客観的なデータを蓄積して、そこからインサイトを得て目的や手段を模索していくほうが効率的といえます。大量のデータを使えば精度も向上するため、一刻も早くWork Logの収集を開始することが大きなアドバンテージになると思います。

黒柳氏:Work Log収集を支援するソリューションはSaaSタイプがほとんどです。短期間で導入可能で、スマートデバイスを含めても少ない投資でデータの収集を始められます。

千葉氏:サービス/アプリの選択に時間をかける企業も少なくありませんが、Sales Techを新たなステージに導くためには、ツールの機能より営業現場の客観的データが重要です。じっくりと検討するより、まずは始めてみることをおすすめします。

黒柳氏:そうですね、SaaSのソリューションは、ユーザーの要望に合わせて常時機能が追加されるものが多く、オンプレミスの製品と比べて柔軟な活用が行えます。多少の失敗があってもリスクは少ないので、スモールスタートでWork Logの収集を始めてみてはいかがでしょうか。

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