京セラは日本予防医学協会さんと連携して、スマートフォンとウェアラブルデバイスを活用した生活習慣改善サービス「デイリーサポート」の提供を昨年から開始した。なぜ今ヘルスケア事業に取り組み始めたのか? 京セラの思い描く未来について、同社 通信機器事業本部 通信機器経営戦略部 新事業推進部責任者 内藤昌宏氏と、日本のものづくりの開発支援を進めるプロトラブズ合同会社 社長 トーマス・パン氏による対談を前後編でお届けする。
生活の全てを記録する
トーマス・パン氏(以下、パン氏):京セラさんは昨年、「デイリーサポート」というヘルスケア分野のサービスをスタートされました。優れたハードウェアだけではなく、ハードとソフトと、さらに知見の応用が連動したヘルスケアサービスとして展開している点に非常に興味を持っております。まずは「デイリーサポート」の概要をお聞かせいただけますか?
内藤昌宏氏(以下、内藤氏):デイリーサポートサービスは、「TSUC(ツック)」というセンサーとスマホアプリの2つから基本的になりたっています。この小さな端末に加速度センサーと気圧センサーが入っておりまして、これを身につけるだけで日々の生活、例えば、歩く・走る・自転車に乗る・電車に乗る、といったさまざまな行動を自動判別し、スマホアプリ上で確認することができます。
パン氏:いわゆる「ライフログ」の機能を持つわけですね。
内藤氏:おっしゃる通り、既に運動や睡眠・食事を記録するためのアプリはたくさんありますが、このアプリではそれをワンパッケージにまとめています。そもそも、ご飯の食べ方が睡眠の質に影響するなど「生活習慣」には関連性があります。人間の生活全部を記録することができる点が「デイリーサポート」アプリの大きな特徴です。
パン氏:すると今お見せいただいている画面には、ご自身の生活がすべて載っているわけですね。
内藤氏:今の画面には私の睡眠の質が表示されていますが、これはスマホを枕元に置いておく事で、自動的に寝具の振動を感知して計測しています。また、朝食の写真も表示されていますが、撮影するとカロリーを自動計算するんです。色で判別しているので精度は7、8割ですが、自分で修正をかけることもできます。
パン氏:そこまでやってくれるのは非常に便利ですね。食事時間もカウントされていますが、健康との関連性もあるのですか。
内藤氏:まるで飲むように食べる方もいらっしゃいますが、これは健康には一番良くない食べ方です。十分に噛んで唾液とよく混ぜれば内臓脂肪になりにくいかたちで体に吸収されますし、満腹中枢が働くようにもなります。
パン氏:そうでしたか。そういった健康に対する背景知識は、何を参考にされているのでしょうか?
内藤氏:日本予防医学協会さんから教えていただいた知識です。私たち京セラがやってきたことはものづくりが中心ですし、ヘルスケア業界においては知名度もありません。日本予防医学協会さんは保険事業者でトップの組織ですから、協業することで互いの強みを活かしたサービスを提供していけると考えています。
続けるためのモチベーションに一工夫
パン氏:アプリを拝見しましたが、用語が本当に日常的でやさしいですね。ボタンが「食事開始」「食事終了」などではなく、「いただきます」「ごちそうさま」と挨拶になっていて、楽しくソフトな印象を受けます。
内藤氏:このサービスは、自ら進んでライフログをやる人ではなく、「やりたくない」「面倒臭い」といった人にも使っていただく事を狙いとしていますので、できる限り簡単にしています。摂取カロリーと消費カロリーのバランスや、乗り物に乗っている回数など、自分の生活状態に気づいてもらう事を最初の一歩としています。
パン氏:続けてもらうことが何よりも大事だと思いますが、ユーザーのモチベーションを持続させるための工夫などはあるのでしょうか?
内藤氏:一定歩数を達成すると、ご褒美となるキャラクターを獲得できる機能や、歩数で競争する機能など、継続するためのメカニズムを設けています。
パン氏:それはいいですね。私どもの会社では以前、「健康のために、ミシシッピ川をミネソタからメキシコ湾まで歩く」というイベントを開催しました。もちろん実際に歩くのではなく、会社でチーム分けをして歩数で競争したのですが、始めたとたんちょっと遠くのコンビニに行くようになったり、散歩してから食事をする、社員の行動ががらりと変わったんです。人間の意識って不思議だなと思いました。
内藤氏:部署対抗などチーム戦は燃えやすいパターンですね。ただ、その時だけ頑張っておしまいでは意味が無いですし、人によってモチベーションの方向も違いますから、ゲームにする、賞品を用意するなど、あの手この手で継続するためのプラスアルファを整えていくつもりです。
京セラの初挑戦
パン氏:御社にとってヘルスケアという事業分野において、サービスを提供するということは新しい試みなのでしょうか?
内藤氏:京セラグループとして初めての挑戦ですね。もともと私どもは通信事業をやっていまして、スマホやガラケーの開発・生産が中心でした。しかし、市場がほぼ飽和状態になり他に付加価値が取れる事業を模索している中で、ヘルスケアという道を見つけました。日本では医療費がどんどん高騰しており、国全体では40兆円以上、一人当たりにすると30万円以上といった深刻な問題を抱えているためです。
パン氏:日本ではすでに4人に1人が65歳という超高齢社会になってしまっているので、。医療は明らかに大きなフォーカスですね。
内藤氏:模索が始まったのがちょうど3年前で、最初は「ハードをどうやったら売れるだろう」「どんな機能を入れたらいいか」という議論が中心でした。高齢者向けに歩数を図れる携帯電話なども作ってみたのですが、全然相手にしてもらえません。そこで「そもそもなぜ健康にならなければいけないのか?」「誰に何が本当に必要なのか?」という根本を考え続けたんです。その結果「健康保険組合が赤字で困っている」という事実が見えてきました。
パン氏:健康保険組合としては、保険料はあまり上げられないのに、コストは上がり続けているなどの事情があったのでしょうか。
内藤氏:「医療費の高騰」が盛んに報道されているのに、私には診療費を支払う際にその実感はなかったんです。それは残りの7割が保険料と税金で負担されていたからですね。さらに、健康保険組合の予算の実に半分近くが高齢者支援金だそうです。そして生活習慣病は医療費の3分の1を占めています。どうしたら健康に長生きできるのか、ここに手を打てば社会問題の解決はもちろん、困っている健康保険組合も助けられるのではないかと気づきました。
パン氏:商品を作る前に「何が必要か」「なぜ必要か」「何を作るべきか」時間をかけて考え、本当になにが必要かということが分かってからこのサービスをかたちにされていったのですね。
京セラ初のヘルスケアサービス「デイリーサポート」は「未来継承型サービス」だと内藤氏は言う。後編では、その発展性について中心に対談をお届けする。
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