怪我や病気の診断に欠かせないレントゲン撮影。現在は、レントゲンフィルムではなく、「カセッテ」と呼ばれる装置を使ったデジタルX線撮影が主流になっている。1936年から80年に渡りレントゲン撮影関連製品を作り続けてきた富士フイルムは、2014年にDR方式・カセッテサイズデジタルX線画像診断装置「CALNEO Smart(カルネオ スマート)」を発売した。医療現場に革新をもたらすこの装置はどんな特徴を持ち、いかに生まれてきたのだろうか。企画開発を担当した富士フイルム メディカルシステム事業部 モダリティーソリューション部 商品企画グループの高見実氏と、日本のものづくりの開発支援を進めるプロトラブズ合同会社 社長 トーマス・パン氏による対談を前後編でお届けする。
50秒から1秒への飛躍
トーマス・パン氏(以下、パン氏):レントゲン検査を受けた経験は誰しもあるでしょうが、そこでどんな装置が用いられているのかについては、あまり詳しく知らないと思います。まずは「カセッテ」とはどのような役割の製品なのか、ご説明いただけますでしょうか。
高見実氏(以下、高見氏):カセッテとは、レントゲンを撮るときに胸に当てていただく板状の装置のことです。この板に照射されたX線エネルギーを読み出すことで、診断画像ができるのです。当社は創業から2年後、1936年に医療分野へと参入し、レントゲン用のフィルムを作り続けてきました。1981年には世界で初めてデジタルX線撮影を可能にしたCR方式カセッテを発表し、さらに2010年から次世代型であるDR方式カセッテを発売しています。
パン氏:最近のレントゲンの診断画像の「現像」処理は、やけに早いなあとは思っていましたが、やはりデジタル化という変遷があったのですね。最新式のDR方式は、それまでと比べてどのような違いがあるのでしょうか。
高見氏:DR方式の優位点は大きく3点あります。簡便性と即時性、そして被ばく線量の低減です。CRでは、X線エネルギーが照射されたカセッテを読み取り装置にかけてデジタル化するプロセスが必要であるのに対し、DRではカセッテそのものにプロセッサが入っているため、画像を読み取るという作業が不必要になりました。感覚としてはデジタルカメラに近いです。撮影した画像を見るまでに、CRでは約50秒かかっていましたが、DRでは約1秒で済むようになりました。
パン氏:それはものすごく大きな差ですね。患者さんの待ち時間が圧倒的に短縮されたと思います。しかし、50秒から1秒を実現するにはデジタルコンポーネントやプロセッサの改良だけでは済まないように感じますが、どのような工夫がおありだったのでしょうか?
高見氏:画像の扱い方に変化をつけたんです。放射線技師さんは、まず画像を見て患者さんを撮影室から解放して良いかを判断します。そのときの画像は、診断用の高画質な画像である必要性はありません。つまり、放射線技師と診断医とでは、求める画像品質が違うんです。「CALNEO Smart」は、画質が異なる画像を同時並行で処理し、最初に撮影のやり直しの必要性を判断するための画像を1秒で提供します。その後、表示までに時間がかかる診断用の高画質な画像を提供します。
歴史が決めた技術の選択
パン氏:被ばく線量を低減させる事も大変だったと思います。レントゲン画像の画質を上げるためには、普通で考えると被ばく線量が多い方が良いのではないでしょうか。
高見氏:おっしゃる通りで、X線エネルギーを検出するための感度をいかに鋭敏にするかが、技術開発の勝負所となっています。通常はX線を受けたシンチレーター層の裏面から画像データの信号を読み取るのですが、当社はX線を受けた側(表側)から直接信号を読み取るやり方を見出し、被ばく量を3割減と大きくリードすることができました。
パン氏:すると、データを読み取るセンサーを通過した後のX線エネルギーを読み取るということですね。エネルギーの高いX線によってセンサーが劣化しそうな印象がありますが、その点はいかがでしょうか。
高見氏:もちろん懸念事項としてそれはありました。当社はCRの時代からのデータを蓄積しておりますので、撮影の年間件数を洗い出して、その10年分のX線を当てた場合どう変化するか調べたんです。実際に試したところ、劣化が無いと分かったのでこの構造を採用しました。実は、CR時代から表側から読み取ることが当社のポリシーだったんです。その方が良質なデータが得られますから。DR方式の開発にあたって、先行会社さんはもちろん十分検討された上で、裏からデータを読み取る方式を採用されたと思いますが、当社は諦めずに表側にこだわった結果、これを実現させることができました。当社ではこれを「ISS(Irradiation Side Sampling)方式」と呼んでいます。
パン氏:どの方法を選ぶかについて、過去に培った御社特有の要素技術の差によって判断の分岐が起きたという点が興味深いですね。
限りなく被ばく線量を減らすために
高見氏:被ばく線量に関しては、2014年に発表した「バーチャルグリッド」という画像処理技術によって、さらに半減させています。X線が身体に入ると体内物質との衝突により、X線の軌道が変わります。これを散乱線と呼び、画像の質を落とす要因になります。この散乱線をカットし、まっすぐなX線のみをカセッテがキャッチするために、従来は重さ1kgほどのグリッドと呼ばれる金属の板を使っていました。この「バーチャルグリッド」は、それを画像処理技術で代替しようと取り組んだ結果です。
パン氏:物理的なフィルターを使っていると、作業工程が増えるだけでなく、ずれたときに撮り直しになるなど、被ばく量が増えてしまう原因にもなりそうですね。
高見氏:はい。ですから、昔から放射線技師の皆さんには「ソフトウェアでできないか」と冗談交じりに言われていました。今回、本気でそれを実現しようと取り組んだわけです。CRの時代から蓄積している莫大な画像データを分析して、2次元のレントゲン画像から身体の厚みを推測し散乱線の成分を洗い出すことで、散乱線を元画像から取り除くことに成功しました。これは経験でしか蓄えられないノウハウとデータをもとにしています。一つの技術があればできるというものではありません。
パン氏:根拠のあるデータを積み上げてきたというのは強いですね。そうして徹底的に被ばく線量を減らすということは、エンドユーザーである患者視点で見れば当然だと思いますが、機材を購入される病院側も、そのメリットを要望されているのでしょうか?
高見氏:福島の原発事故から「被ばく線量」という言葉が一般化して、患者さんからどれくらいの線量かよく聞かれるようになったそうです。ですので「被ばく低減しています」というポスターを作る病院さんは増えてきています。
CALNEO Smartによる新しいレントゲン撮影
パン氏:CALNEO Smartの登場によって、医療現場に起きている変化などはあるでしょうか?
高見氏:従来のDR方式カセッテは重さが5~6kgもありました。緊急性を要している患者さんは動けませんから、身体をずらしてそこに差し込む必要があるのですが、重さ5kgの板ではそれもできません。しかし、2014年に発売した「CALNEO Smart」は、重さ2.6kgと非常に軽くなっています。これにより、災害現場や手術室など、緊急性を要する場面で瞬時に撮影することができるようになったことは大きいと思います。
パン氏:レントゲン撮影といえば、専用の部屋に行って据付型の装置で撮影することがまだまだ常識ですが、持ち運び可能になったことで、より幅広く活用されるようになったのですね。
医療現場にさまざまな革新をもたらしたCALNEO Smart。後編では、開発に至った経緯と、現場からの声についてお届けする。
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