1. はじめに
こんにちは。NTT データ クラウド技術部です。
私たちは、5〜10年先のビジネスで活躍するような先進技術にも焦点を当てて、調査や研究に取り組んでいます。 今回は先進技術の調査レポートして、AWSが量子コンピュータをクラウドサービスとして提供している「Amazon Braket」をご紹介させていただきます。
なお、本記事で量子コンピュータの説明は行わないため、下記もあわせてご参照ください。
2. Amazon Braket
2.1. Amazon Braketとは
Amazon Braketは、AWSがフルマネージド型で提供する量子コンピュータのサービスです。
量子コンピュータやシミュレータによる計算機能をはじめ、古典コンピュータ(現在私たちが利用しているコンピュータ)も活用したハイブリッドな計算機能、アプリケーションの開発環境やSDKなどが提供されます。研究者や専門家だけでなく、量子コンピュータの非有識者でも扱えるようにさまざまな機能が提供されています。
Amazon Braketから量子コンピュータの有力企業が提供するマシンを使って量子コンピュータによる計算ができます。
なお、2022年6月時点で東京および大阪リージョンでは未提供であり、欧米の4リージョンでのみ利用できます。
- 米国東部(バージニア北部):us-east-1
- 米国西部(北カリフォルニア):us-west-1
- 米国西部(オレゴン):us-west-2
- 欧州(ロンドン):eu-west-1
また、量子コンピュータの分野におけるAWSの貢献は、単なるサービスの提供に留まりません。2021年にカリフォルニア工科大学(Caltech)の隣接地域に「AWS Center for Quantum Computing」という専門の研究施設を設立しました。OskarPainter氏, Fernando G.S.L. Brandão氏, John Preskill氏など、この分野で有力な研究者を集めて、ハードウェアとアルゴリズムの双方の開発に注力しています。
2.2. Amazon Braketの特徴
Amazon Braketの主な特徴を下記に示します。
- AWSアカウントを持っていれば、最新の量子コンピュータを誰でも利用できる
- 量子コンピュータの開発ベンダと個別に契約する必要がない
- 前払い金や契約金などが不要であり、リソースの利用量に応じた従量課金制で利用できる
- 量子コンピュータのラインナップが増え続けており、最新機種の追従も早い
- Amazon Braket APIおよびSDKにより、量子ハードウェアの違いを意識せずにアプリケーション開発ができる
- AWS IAM、Amazon S3、AWS KMSをはじめとする他サービスとシームレスな連携ができる
- 近年注目されている量子・古典ハイブリッドアルゴリズムによる計算機能がマネージドで提供されている
これらの特徴について、1つずつ見ていきたいと思います。
- AWS アカウントを持っていれば、最新の量子コンピュータを誰でも利用できる
- 量子コンピュータの開発ベンダと個別に契約する必要がない
- 前払い金や契約金などが不要であり、リソースの利用量に応じた従量課金制で利用できる
これらはクラウドサービスであるAWSならではの特徴です。 AWSアカウントを持っていれば、AWSマネジメントコンソールからAmazon Braketの利用をすぐに開始できます。 既存のAWSアカウントの契約の中で対処できますし、AWSアカウントを持っていなくても5ステップ程度の作業で開設して、すぐに利用できます[1]。
自社のビジネスへの適用可能性を確認するためにPoC(概念実証)を検討する企業も多いと思います。Amazon Braketではさまざまな量子コンピュータを利用できますが、それぞれの開発ベンダとの個別契約は不要です。従量課金制であり、スモールスタートも可能です。
- 量子コンピュータのラインナップが増え続けており、最新機種の追従も早い
2022年6月時点では、下記の量子コンピュータ(QPU: Quantum Processing Unit)が利用できます。
- Rigetti社 Aspen-11
- Rigetti社 Aspen-M-1
- IonQ社 IonQ
- Oxford Quantum Computing社 Lucy
- Xanadu社 Borealis
- D-Wave社 Advantage 6.1
- D-Wave社 Advantage 4.1
- D-Wave社 D-Wave 2000Q
Xanadu社のBorealisは、2022年6月2日にAmazon Braketでのサポートが発表されました[2]。Borealisの量子超越性に関する論文の公開が2022年6月1日でした[3]ので、発表の翌日という驚異的なスピードでサービスの提供が開始されました。また、2022年中にQuEra社の量子コンピュータの提供もアナウンスされており[4]、ラインナップの追加も頻繁に行われていることがわかります。
- Amazon Braket APIおよびSDKにより、量子ハードウェアの違いを意識せずにアプリケーション開発ができる
前述のように、Amazon Braketでは多彩な量子コンピュータが利用できますが、Amazon Braket APIおよびSDKがマシンの違いを吸収してくれます。アプリケーションの開発環境としてノートブックインスタンスを利用できますが、AmazonBraket SDKがプリインストールされています。
また、QiskitやPennyLaneなど量子コンピュータによるアプリケーションでよく利用されるフレームワークも多数サポートされており、開発者の多彩なニーズに対応できます。
- AWS IAM、Amazon S3、AWS KMSをはじめとする他サービスとシームレスな連携ができる
- 近年注目されている量子・古典ハイブリッドアルゴリズムによる計算機能がマネージドで提供されている
これらはAWSで量子コンピュータを利用する際の強みです。
量子コンピュータがビジネスで活躍するためにはエラー訂正機能を備えた100万量子ビットレベルの大規模マシンの登場が必要とされています。どちらも技術的に実現が難しく、まだ5〜10年程度の時間がかかると言われています。
上記の実現までに、「NISQ」と「量子・古典ハイブリッドアルゴリズム」が注目されています。「NISQ」は、NoisyIntermediate-Scale Quantumの略で、ノイズ(計算誤り)が含まれる中規模の量子コンピュータのことです。「量子・古典ハイブリッドアルゴリズム」はその名の通りで、量子コンピュータによる計算と古典コンピュータによる計算をハイブリッドで行う計算手法です。
量子コンピュータによる計算は、大規模になるほど計算に誤りが含まれる確率が大きくなり、精度が低下していきます。そこで、量子コンピュータを得意領域に絞って適用して規模を抑えて、それ以外の領域を今まで通り古典コンピュータに任せます。量子コンピュータは中規模程度でも古典コンピュータを凌駕する可能性が報告されており、「NISQ」と「量子・古典ハイブリッドアルゴリズム」が活躍が期待されています。
Amazon Braketは「Hybrid Jobs」という量子・古典ハイブリッドアルゴリズムによる計算機能をマネージドで提供しています。利用者はハイブリッド計算の仕組みを自分で構築する必要がなく、AWSの機能として利用できます。このような機能が提供されていることや、その他のサービスとのシームレスな連携はAWSならではの特徴と言えるでしょう。
2.3. Amazon Braketのユースケース
前述の通りで、量子コンピュータが実際のビジネスシーンで活躍するまでにはまだ時間が必要です。 したがって、下記に示すようなビジネスへの影響が少ない用途での利用が想定されます。
ユースケース①:研究での利用
- ペルソナ:研究者、専門家
- 利用方法:化学、創薬、機械学習、最適化問題などのシミュレーションに利用する
ユースケース②:企業での PoC
- ペルソナ:先進技術の導入に積極的な企業のエンジニア
- 利用方法:自社のビジネス課題の解決手段としての有効性を検証したり、既存業務の一部に試験的に取り入れる
ユースケース③:教育、体験
- ペルソナ:量子コンピュータに興味がある非有識者、学生
- 利用方法:サンプルアプリを使って、量子コンピューティングを体験する
「Amazon Braket Customers」には、Amazon Braketの顧客事例が多数掲載されています。その中にAioi Nissay Dowa USA社の事例が紹介されています。
Aioi Nissay Dowa USA社は、あいおいニッセイ同和損害保険株式会社の子会社です。 自動運転車のテレマティクスデータから運転リスク評価を行う機械学習モデルのPoC事例が紹介されています。
自動運転車から送付されたデータを元にして、運転が安全か失敗かの二値分類を行う機械学習モデルを構築しますが、自動運転車の普及につれてデータが膨大になる可能性があります。機械学習は量子コンピュータの活躍が期待される領域の1つであり、量子機械学習と呼ばれています。量子コンピュータの計算能力を活用した「ユースケース②」に相当する事例と考えられます。
2.4. Amazon Braketの料金
前述の通り、Amazon Braketはリソースの利用量に応じた従量課金制で利用できます。前払い金や契約金などは一切不要です。
下記に課金要素を示します。ここでは、課金要素とそれぞれの説明のみを示しますので、単価は「Amazon Braket Pricing」を参照してください。
Amazon Braketには無償利用枠が用意されています。使用開始後の12ヶ月間は、シミュレータを1ヶ月あたり1時間無料で利用できます。
表 1. Amazon Braketの課金要素
No. | 課金要素 | 説明 |
---|---|---|
1 | 量子コンピュータ | 後述する「タスク数」と「ショット数」に対する従量課金。利用する量子コンピュータ(QPU)の種類によって単価が異なる |
2 | シミュレータ | シミュレータの実行時間に対する従量課金。利用するシミュレータの種類によって単価が異なる |
3 | Hybrid Jobs | 量子、古典それぞれの計算で利用したリソースに対する従量課金。量子部分は計算に利用した量子コンピュータ(No.1)もしくはシミュレータ(No.2)、古典部分は計算に利用したインスタンスの実行時間とストレージの利用量に対する課金される利用するインスタンスタイプによって単価が異なる |
4 | ノートブックインスタンス | ノートブックインスタンスの実行時間とストレージの利用量に対する従量課金。利用するインスタンスタイプによって単価が異なる |
5 | 他サービス | Amazon Braket以外に利用したサービスのリソース使用量に対する課金。各サービスで無償利用枠が設定されている場合は超過分に対して課金される。Amazon BraketはAmazon S3 Bucketに計算結果を、Amazon CloudWatchにログを出力するため、これらは課金対象となる。AWS KMSの暗号鍵による蓄積データ暗号化の実施など利用者の利用状況によって課金対象が増える |
大きく5つの課金要素がありますが、利用状況に応じて、これらの組み合わせで料金が決まります。
例えば、下記の状況では「ノートブックインスタンス(No.4)」「量子コンピュータ(No.1)」「他サービス(No.5)」が課金対象となります。「シミュレータ(No.2)」「Hybrid Jobs(No.3)」は利用していないため、課金対象外です。
- ノートブックインスタンスでアプリケーションを開発する
- 量子コンピュータ(Rigetti Aspen-11)で計算を行う
- 計算結果格納用のAmazon S3 Bucketの暗号化を行う
また、量子コンピュータの料金計算では、「タスク」と「ショット」の理解が必要です。「タスク」は量子コンピュータに要求する処理の最小単位です。量子コンピュータによる計算では、計算結果が確率的に得られるため、計算結果に信頼性を持たせるために同じ計算を複数回繰り返す必要があります。その1回あたりの計算のことを「ショット」と呼びます。「タスク:ショット=1:多」の関係となります。
「AWS Pricing Calculator 」というツールが提供されており、料金の見積もりにはこれを利用すると良いでしょう。
2.5. Amazon Braketの注意事項
量子コンピュータは非常に高価であり、維持・運用にも専門の知識が必要です。全世界で見てもまだ台数が限られており、貴重な計算資源です。
このような事情から、量子コンピュータの稼働時間が限られている点に注意が必要です。2022年6月時点では、日本時間で下記の時間帯でのみ利用できます。
- Rigetti社 Aspen-11、M-1(毎日0:00-5:00)
- IonQ社 IonQ(平日22:00-11:00)
- Oxford Quantum Computing社 Lucy(平日18:00-21:00)
- Xanadu社 Borealis(平日0:00-2:00)
- D-Wave社 Advantage 6.1、4.1、D-Wave 2000Q(常時稼働)
また、上記の少数の量子コンピュータに全世界から計算のリクエストがあるため、リアルタイムで計算が実行されず、待ち時間がある点にも注意が必要です。
Amazon Braketの制約事項については、開発者ガイド「Amazon Braketのクォータ」も参照してください。
3. おわりに
今回はAWSの量子コンピュータサービスである「Amazon Braket」の概要についてご紹介をさせていただきました。Amazon Braketはクラウドサービスとして提供されており、AWSアカウントを持っていれば誰でもすぐに利用できることが魅力です。従量課金制でスモールスタートも可能なので、まずはAWS公式のサンプルアプリを使って量子コンピュータの体験から始めてみると良いでしょう。 Amazon Braketについてあと1テーマの投稿を考えています。ビジネスにおいて最重要事項となる「セキュリティ」をテーマとし、深掘りする内容としたいと思います。
2.Amazon Braket が、一般に公開されている量子コンピュータで初めて量子優位性を達成したとされる Borealis のサポートを追加
3.Quantum computational advantage with a programmable photonic processor
4.Realizing quantum spin liquid phase on an analog Hamiltonian Rydberg simulator
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