リビングでノートPCを開き、ダイニングチェアに長時間座って仕事をする。こんな在宅勤務をつづけることは、私たちの健康にどんな影響を与えるのでしょうか。ニューノーマル時代にケアすべき心身の問題と、その解決策を産業医の大室 正志先生に教えていただく当連載。後篇となる今回は、肩こり・腰痛や生活習慣病など、身体面の不調を取り上げます。

  • 株式会社大室産業医事務所 代表
    大室 正志先生

「運動不足」と「同じ姿勢」がもたらす悪影響

──テレワーク・在宅勤務がポピュラーになったことで、ビジネスパーソンの身体にはどんな影響があるのでしょうか?

健康診断にもとづいた詳しい研究結果が出るのはまだ先のことですが、現時点で顕著なのは「運動不足」です。出勤時間が減ったことによって睡眠時間はやや伸びているようですが、「睡眠の質」は必ずしも伸びていません。どうやら、身体の疲れと頭の疲れのバランスが悪くなっているようです。

私が産業医を務めるある会社ではテレワークの実施後、従業員の1日の平均歩数が2,000歩にまで落ち込んでしまいました。ほとんど動かず、数百歩もいかない日もあるようです。

──確かに、家のなかでは休憩するにも、トイレに行くにも、ほとんど歩く必要がありません。

それはつまり、同じ姿勢でいる時間が長くなったということです。硬直した姿勢が首・肩・腰に良いわけがありません。筋肉というのは天然のコルセットなのですが、アジア人は白人に比べて筋肉がつきにくいため、もともと日本人の腰痛リスクは高いんです。腰痛は最も労災申請の多い症状でもあります。

昔は仕事にデスクトップPCを使っていましたが、いまはノートPCが主流になりました。ノートPCを使って長時間前屈みで仕事をしていると、首・肩・腰に悪影響を及ぼします。例えば30度くらい前に傾いた姿勢は、スイカ1個をあごに吊らしたくらいの負担を首にかけています。

肩こりや腰痛に加えて、「眼精疲労」も増えているようです。目というのは筋肉がピントを合わせているのですが、近くを見るばかりで遠くを見ないと筋肉のストレッチができず、凝り固まってしまいます。1時間のうち最低10分くらいは休憩して、外の景色を見るなり、コーヒーブレイクをするなりと、リラックスする時間を設けると良いでしょう。

あと、「いつでもおやつを食べられる」ことも健康への不安材料のひとつです。

──「おやつ」がどんな問題が……?

ストレスが貯まると人は刺激物に頼ろうとします。甘いモノに手を出すのは、急激に血糖値を上げることで一瞬“ハイ”になれるからです。何かのご褒美で少しだけ甘いモノを食べる程度ならまだしも、毎日休憩のたびにムシャムシャしてるのは……、マズい。生活習慣病のリスクがぐんと高まります。

──生活習慣病について教えてください。

「生活習慣病」とは、検査の数字が悪くて警告される時期と、実際に自分のQOL(quality of life=生活の質)が下がる時期に、タイムラグがある疾患です。

たとえば、健診でLDLコレステロールが140mg/dl以上ならば、D判定となります。これはざっくり言えば「将来の心筋梗塞リスクが心配」という意味であって、明日働く分には特に困りません。実際に痛くも痒くもないわけですから。

中長期的なリスクを抱えているにも関わらず、多くの人が気にしないでしまっているのが、生活習慣病なのです。

会社や自分が、健康管理のためにできること

──働き方改革関連法案の施行によって、従業員の健康管理がクローズアップされるようになりました。

実際、健康管理に関する相談はとても増えています。上場を控えているようなスタートアップ企業は、証券会社から「労務」を厳しく審査されるようになりました。労働基準監督署も、昔は健康診断の受診率くらいしか見なかったのが、いまでは健康管理の内訳までチェックしています。

自由な働き方が推奨される一方で、健康管理については、ホワイトカラーであっても厳しい目が向けられるようになってきています。

──しかし、「健康診断を受けろ」「痩せろ」などと口やかましく言われるのには、お節介さを感じてしまいます。

なんで会社がそこまでお節介かというと、日本の場合、非常に厳しい労働法制があって、正規雇用した従業員に対しては、重い責任が課せられているからです。血圧が高いままに働かせて脳卒中になったら、会社の管理責任が問われます。たとえ本人が暴飲暴食していたことが原因だとしても、会社としては、その人が病院にちゃんと行って血圧を下げたことを、労務管理のひとつとして見届けねばならないんです。

それに解雇規制が厳しいですので「ダメなら交代」、ではなく会社としてはできるだけ長く働いてもらう必要があります。そのために口やかましくなっているのです。ここまで健康診断を受けさせている国も珍しいんじゃないでしょうか。尿酸値など法定項目じゃない検査までしてくれるのはある意味福利厚生ですから、サラリーマンでいることのメリットのひとつだと思います。

病院に行けとか再検査しろとか「めんどくさいな」と思うでしょうが、それによって守られる10年後の健康があること、そして会社も重い責任を背負わされていることは、これは知っておいて欲しいですね。

──日本の健康管理が「お節介型」だとすると、欧米の会社はどうなのでしょうか?

健康管理アプリや、チャットで指導してくれるサービスなどが導入されています。会社が強制しているわけでは無いのですが、アメリカの場合、医療は国民皆保険ではなく民間保険が主ですで、最近では保険会社が「このアプリを使わないと保険料出さないぞ」などと言ってくる例もあります。医療費がとても高い国ですから、みんな従うというわけです

日本の場合も、保健師を雇って社員に食事指導を行うなどの「お節介」はコストが高くつきますから、欧米流にシフトしつつあります。しかし、健康意識の高い人でなければ、自分の意思でヘルスケアサービスを活用することはなかなか難しいでしょう。オフィスで顔を合わせることが少なくなるなかで、どうやって従業員の健康管理をしていくかは、大きな課題となりそうです。

──自分自身の不調に気づくには、どうすべきでしょうか?

予防医学は、一次予防・二次予防・三次予防の3段階に分かれています。一次予防はランニングをしたり、食事に気をつけたりすることによって、病気にかからないようにすることです。二次予防は、早期発見。そして三次予防は、治療によりこれ以上の悪化を食い止めることです。健康診断は二次予防にあたります。

人間の身体は、深刻な状況になるまで予兆が出にくいものです。いつもと変わらない生活ができる限りは自覚も難しいですから、健康診断を始め、体重計や歩数計・スマートウォッチといった計測機器を取り入れることはおすすめです。

あと、現在の健康診断で用いられる基準値は、性差や年齢差を考慮していないざっくりしたものなので、“自分にとっての基準値”を見極めていきましょう。できれば、同じ時期に同じ検診機関で健康診断を受けて、経年変化を追っていくと異常に気づきやすくなると思います。

──会社のファシリティ面から、従業員の身体不調をケアできるようなことはあるでしょうか?

肩こりや腰痛に関わる筋骨格系は普通の健康診断で可視化されません。でも、従業員が正しい作業姿勢を取っているかどうかはとても重要です。日本は長年工場での労働を前提としていたせいか、ホワイトカラーが使う椅子・机・PC環境が脆弱な会社が非常に多いんです。誰もが知っているような大手企業でも、窮屈なデスクで働いていることがあります。これは工場の機械のようなコスト意識なのかもしれませんが、知的産業は時間当たりの生産量で必ずしも測れませんし快適な空間で生まれたアイデアが莫大な富をもたらすこともありえます。

これが欧州企業だと、人間工学にもとづく厳しいルールが定められており、ノートPCをそのまま使うことを禁止している会社もあります。ノートPCを使う場合は、前屈みにならないようにモニターを別途設置するか、スタンドで高さを調整してキーボードを外づけするようにと決められているんです。

考えてみればもっともなルールです。野球選手が自分に合ったバットやグローブを特注するように、机やイス、PCはプロフェッショナルの仕事道具なのですから、身体に合わせるのは当然でしょう。

在宅勤務では、ノートPCを使ってリビングで仕事をしている人がたくさんいるでしょうが、本当に自分に合った姿勢なのかどうか、厚労省や中央労働災害防止協会の発信する情報を参考にしてみてはいかがでしょうか。

昭和の時代は55歳で定年でした。しかし、いずれは70歳定年と言われる時代が来るかもしれません。長時間労働から、“長期間”労働へ、人生における仕事のあり方がシフトしています。短距離走ではなく、マラソンのような長距離走として仕事を捉え、長く働き続ける環境づくりを心がけてください。

──ありがとうございました。

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