データ分析をビジネスに活用する企業として知られる大阪ガス。近年力を入れているのは、機械学習の現場への適用を「高速化」することだ。AI/IoTの取り組みでMATLABを効果的に活用している。
経営からエネルギーの上中下流すべてで機械学習を活用
関西圏600万件へのガス供給を柱に、電気、石油開発、LNGタンカー賃貸、不動産開発、情報サービスなどを手がける大阪ガス。Daigasグループとしても2030年までの長期経営ビジョン「Going Forward Beyond Borders 2030」を掲げ、ガスにとどまらない9つの事業分野を強化し、「暮らしとビジネスの “さらなる進化”のお役に立つ企業グループ」を目指して邁進中だ。
大阪ガスといえば、データ分析への取り組みが有名だ。今から19年前にデータ分析の研究組織として「ビジネスアナリシスセンター」を設立、情報通信部に移管後、ガスの安定供給に向けて、さまざまな設備や機器、サービスから得られるデータを分析し、需要予測や故障予知などに生かしてきた。長くセンター長を務めていた河本薫氏(現・滋賀大学データサイエンス学部教授)は、多数の著書の刊行や講演などを実施。自社のみならず、日本国内のさまざまな企業のデータ分析を黎明期から支援してきた。
そんな河本氏の薫陶を受けたビジネスアナリシスセンターの國政秀太郎氏は、大阪ガスの現在のデータ分析について「分析の対象領域は、経営からエネルギーの上流、中流、下流すべてです。全組織、全業務、全サービスでデータ分析の機会を発掘し、分析力で新たな価値を創造することに取り組んでいます」と説明する。
例えば、本社企画部では「ガス販売予測」や「エネルギーマーケット分析」などを、技術開発本部では「機械学習による故障予知」や「気象データ活用のための分析」などを行う。また、財務部や人事部などでも「業務効率化に向けた分析」を活用する。
エネルギーのサプライチェーン全体を見渡しても、資源海外事業部による「タンカー配船計画」から、ガス製造発電事業部による「タンク運用計画モデルの立案」「プラントの故障予知」、導管事業部による「緊急車両配置」「勤務シフト自動作成」、リビング事業部やエネルギー事業部による「家庭用ガスや業務用ガス機器の故障予知」「メンテナンス部品の在庫最適化」などまで、ありとあらゆる領域に及ぶ。
機械学習の現場導入は1年以上かかるのが当たり前
國政氏によると、特に近年は機械学習のニーズがかつてないほど高まっているという。さまざまな機器やサービスの故障を予知したり、配置の最適化を行うなど、スマートメンテナンスでは、機械学習が中核的な技術となるためだ。
ただ、現場活用までは長い時間がかかることが多い。その道のりは大きく分析フェーズとビジネス化フェーズに分けられる。分析フェーズは「テーマ決定」「データ準備」「分析モデル作成」で、それが終わるとビジネス化フェーズとして「ビジネス検討」「要件定義」「決裁」「開発」「現場説明」「活用」に入っていく。
「テーマ決定から活用までは1年以上かかって当たり前です。分析モデルで数ヵ月、ビジネス検討から決裁までは半年以上かかる。いくら分析フェーズをはやく終わらせても、ビジネス化フェーズでは現場の課題にぶつかり、前に進まなくなります」(國政氏)
現場でよく起こりがちなのは「とりあえず案件を開始する」ことだという。「機械学習でなんかできそう」という声が現場から上がり、「なんかよさそう」と思ってはじめてみても、実際には何も前に進まない。それは前に進むモチベーションがないためだ。
また、社内プレゼンで精度に固執するあまり、本来無視できる異常まで過剰に検知することもよく起こる。モデル作成で誤差や的中率、捕捉率など、数学的な側面ばかり見てしまい、現場的に使える解からかけ離れてしまうという。
「分析モデルを現場に導入しても、業務へどう組み込むか、検知したときの対応をどうするか、上長への説明をどうするかなど、不確定要素が多く判断が難しいことがほとんどです。決裁にも途方もない時間がかかったうえ、結局は保留になるというケースも少なくありません」(國政氏)
結果として、機械学習の現場活用は1年以上のプロジェクトになってしまうというわけだ。
1年以上の導入期間を1週間に短縮するための「3か条」
今後さまざまな領域で機械学習を活用しようとすると、現場導入のスピードを飛躍的に高めることが重要だ。そこで同社が力を入れているのが「1年以上かかっている現場導入を1週間にするという取り組み」だ。
國政氏によると、現場導入に時間がかかる理由は「ジブンゴトではないために案件の筋が悪くなる」「モデル開発に時間がかかる」「うまく現場がまわらないのではという恐怖がある」という3点にあるという。そこで、同社では、この3つを解決するために、「現場担当者と覚悟を決める」「開発の半自動化」「ラピッドプロトタイピング」の3か条を対策の方針とした。
1つめの「現場担当者と覚悟を決める」は、強制的にビジネスへの影響を意識させることだ。大阪ガスの分析プロジェクトは、スポンサーシップ制度で運用されている。この制度は、当初の予算をゼロとし、プロジェクトを進めるためには、事業部から予算をとってきて(スポンサーを見つけてきて)、ビジネスで活用されてはじめて評価されるという仕組み。「予算がつくことでビジネスインパクトを否応なく意識するようになり、ジブンゴト化が進む」というわけだ。
2つめの「開発の半自動化」では、ツールを活用する。特に、機械学習ではMATLABをうまく使うことがポイントだという。「MATLABでは、王道な手法を総当たりで試して適したモデルを作ったり、精度評価を自動化したりといった機能が提供されています。特に、コードの自動生成はとても強力です。予兆検知では数千件のデータをそれぞれ機械学習させますが、人間がそれらを見ることはできません。そこでMATLABのAutoEncoder(自己符号化器)を使って大量の分析処理を自動で行います。数行のコードを書くだけで予兆検知ができるのでたいへん便利です」(國政氏)
IoT/機械学習はアジリティファーストの世界へ
3つめの「ラピッドプロトタイピング」もMATLABをフル活用している。現場活用の「恐怖」はモデルが本当に使えるかどうかがわからないために起きるという。プレゼン資料を丹念につくってモデルの精度を力説しても、それが現場で本当に正しく動くかわからないから怖くなる。
「そこで、最初から動くプロトタイプを作って現場でまず動かすようにしました。担当者と一緒にその場で結果を判断できますし、実際に動くので作業員への説明もしやすく、理解しやすい。その際は、現場がよく使う"インタフェース"に合わせることがポイントです」(國政氏)
現場とのコミュニケーションはメールが標準だ。そこでMATLABを使って、異常を検知したときのアラートメールをプッシュ通知して、現場が受け入れやすい仕組みをつくった。
「メールのプッシュ通知も数行のコードで実現できます。MATLABのApp Designer(アプリ開発環境)も使いやすく、アプリケーションをEXEファイルとして展開できるので現場でも対応しやすい。プロトタイプを少し改善してそのまま本番に用いることも多いです」と國政氏はプロトタイプによる迅速な開発と展開の効果を説明する。
こうした3か条を実践することで、データ活用の俊敏性を手に入れた大阪ガスだが、今後は、この取り組みをIoTデバイス分野に適用していくという。IoTデバイスを電気やガス機器に備え付け、データをクラウドに上げて、データを見える化したり、故障予知を行ったりするものだ。
「今後、IoT/機械学習はアジリティファーストとでもいうべき世界へ入っていくと思います。機器を設置した瞬間からデータが見えるようになり、予兆保全などに活かしていく。そうした世界のなかでMATLABは大きな役割を担ってくれることを実感しています」(國政氏)
また、そのようにしてデータドリブンな意思決定ができるようになると、他社とのコラボレーションも重要になってくる。國政氏は「他社とのさまざまな協業を通して、暮らしとビジネスのさらなる進化に貢献していきたいと思っています」と今後を見据えている。
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