MATLABをデジタルマーケティング領域で活用する事例が増えている。リピート通販業界向けにダイレクトマーケティング支援を展開するワンスターでは、MATLABのアドオン製品である Deep Learning Toolboxを用いて、CPA(Cost per Action: 顧客獲得単価)の予測モデルを作成した。アプリ化してAWSにデプロイすることや、システムにツールとして組み込んで自動運用する試みもスタートさせている。将来的には、ディープラーニングを業務プロセスや人材マネジメントの完全にも活用していく考えだ。
リピート通販業界向けにデジタルダイレクトマーケティングを展開
「無数の新しい価値で、多数の世界一を」を企業のビジョンに掲げ、リピート通販業界を専門領域に、デジタル分野でダイレクトマーケティング支援事業を展開するワンスター。デジタル技術とダイレクトマーケティングの手法を掛け合わせながら、DtoC(Direct to Consumer)×サブスクリプションモデルで通販事業を運営する企業向けに、事業計画の立案から広告運用、クリエイティブ作成、顧客育成を行うなど、クライアントの課題に深く入り込んだ支援を提供することが大きな特徴だ。
近年、デジタルマーケティング分野では、データに基づいた顧客分析やパーソナライズ、広告運用の効率化、自動化などが積極的に進められている。データを分析するための基盤としてCDP(カスタマーデータプラットフォーム)やDMP(データマネジメントプラットフォーム)を構築するケースも増え、Webの閲覧データや行動データなどから、どのような広告の場合にCTR(クリック率)が高まるかを予測するといった取り組みもより活発になってきている。
そうした取り組みの背景にあるのが、データの重要性の高まりと、機械学習やAI、ディープラーニングといった技術の進展だ。CTRの予測でも、クリックに関わるデータと、広告の画像、キャッチコピー、説明文などを機械学習などの技術を用いて分析し、広告効果を予測するモデルを作成する事例が一般化しつつある。
ワンスターでもクライアントから広告運用を担う際に、Google、Yahoo、LINE、Facebookといった広告プラットフォームごとに、どのような広告を展開すれば高い広告効果が期待できるかを独自に分析している。第一メディア本部 本部長 櫻井 豪 氏はこう話す。
「機械学習やディープラーニングの技術は、デジタルマーケティング領域でさまざまなかたちで活用されはじめています。クリック率の予測モデル作成もその1つです。ただ、クリック率を分析するだけでは、広告が実際に購入に結びつく際にどのくらいのコストがかかったかまではわかりません。そこで当社が取り組んだのが、CPA(顧客獲得単価)の予測モデルの作成です」(櫻井 氏)
ワンスターにおけるCPAの予測モデル作成で採用されたのが「MATLAB」とアドオン製品の 「Deep Learning Toolbox」だった。
高いスキルとノウハウが求められ、突発的な変化の予測は不可能に近い
インターネット広告において現在主流となっている運用型広告では、さまざまなデータを分析して広告効果を計測していく。代表的な指標としては、表示回数、クリック数、購入数、広告費などがある。CPAは、広告費を購入数で割ったもので、数値が低ければ低いほど良い広告となる。
広告を運用するうえでは、効率が良いであろう広告を作って配信すること、効率が落ちないように広告を配信することがポイントになる。そこで課題になるのが、広告の効率の急激な変化だ。「『ある日突然クリック率が急激に落ちた』『ある日突然CPAが急激に高騰した』といったように、同じ広告を同じ媒体に出しているにも関わらず、急に効率が悪化することがあります。クリック率が急に落ちた場合、高く維持することが必要で、CPAが急に高騰した場合、低く維持することが必要になります。そのため、事前にCPAの将来的な動きが予測できれば、変化の前に動きを察知したり、今日のうちに広告の配信を止めたりといった判断が可能になると考えました」(櫻井 氏)
従来、クリック率やCPAの予測は、日々算出される数字を時系列データにして、運用担当者が自身の経験則をもとに、広告の配信停止などを判断していた。1つの商品をプロモーションする場合でも、クリック率やCPAは、プラットフォームごとに異なるトレンドを示すことが普通で、年代、エリア、掲載期間、クリエイティブの画像・テキストなどによっても変化する。そこで、運用者には、運用方針を適切に設計し、ユーザーの興味関心を予測しながら、配信を行なっていく高度なスキルやノウハウが求められることになる。
ただ、これはある意味で経験と勘に左右される世界でもある。仮に優れた経験と勘を持っていたとしても、突発的な変化の予測は不可能に近い。また、運用者のスキルやノウハウは属人化しやすく、自動化してシステムに組み込むことも難しい。そんななかで、CPAの予測モデル作成に取り組んだ斎藤 嘉人 氏は「さまざまな条件をいったんなくし、数字の推移だけに注目した」と説明する。
「初速数日間の数字推移をもとに、次の日の効率を予測することで、効率が悪化するであろう広告を停止するといった対策をとることはできます。ディープラーニング技術を利用すると、これが実現できそうでした。大学時代の知人から『MATLABなら簡単にできる』とすすめられ、実際に試してみることからはじめました」(斎藤 氏)
複数の広告の時系列データを学習させ、近い将来の広告効果を予測する
斎藤 氏自身は、それまでMATLABを使用したことがなく、また、機械学習やディープラーニングは初めて触れる世界だったが、MATLABを利用することで、データの前処理から、教師データの準備、学習、モデル作成、アプリケーション作成までをスムーズに行なうことができたと振り返る。
「まずは、複数の広告の時系列データを学習させ、近い将来の広告効果を予測することを目指しました。具体的には、表示回数やクリック数など代表的な指標を説明変数にして、時系列データを揃えます。それをディープラーニングで学習し、近い将来のCPAを目的変数として予測します。採用したネットワークは、RNNの進化版とも言えるLSTM(Long Short Term Memory)です。RNNと比較して、時間的に離れたデータの依存関係をうまくモデル化できるとされています」(斎藤 氏)
「反復を重ねていくうちに誤差が少なくなっていきました。教師データ数を300から約4,000に増やしていく中で、実用に耐えうる精度を実現できることを確認しました。少ないデータからはじめてみると適切なデータ数が見えてきます」(斎藤 氏)
さらに、作成した予測モデルを誰でも利用できるようにアプリ化した。MATLAB CompilerとMATLAB App Designerを用いてGUIベースでアプリを作成し、AWS環境にデプロイできるようにした。
本来このようなディープラーニングを含むアプリを誰でも利用できるようにWeb展開する場合、Webブラウザで表示するGUIをHTML/JavaScriptなどで作成してWebサーバー上に置き、サーバー側で実行される処理をPHPなどの言語で書き、そこにPython等の機械学習系の言語を連携させて開発する必要があるが、MATLABではApp Designerで作成したGUIアプリをわずか数クリックでWebアプリにパッケージ化し、MATLAB Web App Serverに展開することでWebサーバー構築の知識やWeb系のプログラミング言語の経験がなくても、簡単にWebブラウザだけで利用できるアプリにすることができる。
「MATLAB言語でGUIアプリまで作成できるため開発効率は高いです。また、アプリ化することで、社員が自分でデータを整形しなくても、RAWデータを投げるだけで好きなタイミングで、予測モデルを利用したりできるようになります」(斎藤 氏)
約2%のCPA改善を確認、今後は運用自動化ツールへの組み込みを視野に
CPAの予測モデルの導入効果として、シミュレーションベースで約2%のCPA改善が確認できた。これは例えばコストが1万円かかる広告が9,800円で済ませられるという意味だ。広告配信数が数万件、期間が数カ月にわたることを考えると、金額ベースでは非常に高い効果が期待できることになる。
作成した予測モデルは現在、さらに精度を高めながら、運用自動化ツールへ組み込んでいく作業を進めているところだ。今後、CPAの時系列データを予測モデルに照らし、特定の条件に合致した場合は、自動で広告配信を停止したりできるようにする予定だ。
斎藤 氏はデジタルマーケティング業務でMATLABを利用するメリットについてこう話す。
「環境構築がしやすいことがいちばんのメリットです。さまざまなToolboxが提供されており、必要に応じてピックアップして利用できます。金融業界や製造業で利用するツールなど、必要のない機能を省くことで使いやすい環境が構築できます。また、いい意味での制約があることも気に入っています。機械学習やディープラーニングというとPythonが知られていますが、Pythonの場合、何でもできるので、初学者が学ぶ場合に何から始めていいか逆に悩んでしまいがちです。MATLABはサンプルモデルが多く用意されていてフレームワークが決まっているので、シンプルに利用し、シンプルに結果を得ることができます」(斎藤 氏)
また、ツールとしての機能の充実だけでなく、コミュニティや周辺ツールとの連携性の高さも高く評価している。
「コミュニティが整備されており、世界中のユーザーからサポートを受けることができます。今回も、不明な点があったときに何度もコミュニティに質問して適切な答えを得ることができました。コミュニティにはMathWorks社員も多数参加していて、距離感の近さを感じます。また、AWSへのアプリのデプロイなど、さまざまな環境やツールと連携できるため、活用の場が広がります」(斎藤 氏)
MathWorksではコミュニティサイトとして、MATLAB Answersがあり、多くの質問が投稿されているので、使い方のヒントなどを得られる。また、より複雑な質問や実務課題に対しては、テクニカルサポートも充実している。
ワンスターでは、外部の学術機関との産学連携も進めている。櫻井 氏も「学術機関での利用が多いMATLABは、産学連携の取り組みを推進する上でもキーになると考えています」と話す。
ワンスターでは今後、ディープラーニングの知見やノウハウをさまざまな業務領域にも適用していく考えだ。「CPA予測モデルをきっかけにデジタルマーケティングで活用を進めています。そのほかにも、お客様へのレポーティングや営業担当者の分析、経営へのアウトプットなどに利用していく予定です。人材の採用やマネジメントなどにも活用できると考えています」(櫻井 氏)
関連リソース
[PR]提供:MathWorks Japan(マスワークス合同会社)