「われわれは、つねに品質を第一とする」を企業目的に、創業以来60年以上にわたって信頼性の高い電子部品の製造販売を手掛けてきたローム株式会社。LSI、半導体素子、モジュールを世界の多種多様な企業に提供し、2020年3月期の連結売上高は3,628億円に達する。

品質については、開発から製造、販売に至るまですべてのプロセスで品質を高める活動に取り組んでおり、顧客ニーズにきめ細かく応えるために、生産システムも自社開発する。現在の注力分野は、パワー分野、アナログ分野、汎用製品の3つで、たとえばアナログ分野では、超高速パルス制御技術「Nano Pulse ControlTM」や、超低消費電流技術「Nano EnergyTM」などの電源コア技術を提供。マイルドハイブリッド車の電源基板小型化、ウェアラブルやIoTセンサーの長期利用に貢献している。

  • ローム本社工場

    ローム本社工場

そうしたロームの品質を支える方法論のひとつが、モデルベース開発(MBD)だ。MATLAB、Simulinkをアナログ設計環境に適用し、モデルベース開発を推進。モーター、電源(パワエレ)、センサーなどの分野でモデリング技術の開発やMBD手法の導入を積極的に進めている。ローム株式会社 LSI事業本部 回路技術開発部 モデルベース開発グループの浜地健次氏は「モデルベースと言えばローム。そう言ってもらえるように環境の開発や各分野でのモデリング、手法の導入をがんばっています」と話す。

ローム株式会社 LSI事業本部 回路技術開発部 モデルベース開発グループ 浜地健次氏

ローム株式会社 LSI事業本部 回路技術開発部 モデルベース開発グループ
浜地健次氏

浜地氏は、MATLAB、Simulinkを活用したモデルベース開発手法で、新しいトポロジーを採用した「共振PFC」と呼ばれるAC-DCコンバータの技術実証を行った。

「共振PFCでは、AC-DCのダイオードロスを回避するための整流用ブリッジダイオードを使っていません。2つのコイルを活用して全波整流を行い、整流したあと、LC共振のエネルギーを無駄なく利用して効率アップを図るというアプローチです。同僚と2人で昼食を取っているときにこのアイデアを思いつき、すぐにホワイトボードに回路の動作原理を書き出して、実際にうまく動作するのかどうか議論し合いました」(浜地氏)

翌日にはSimulinkを使って簡単なモデルを開発し、LC共振回路が正しく動作することを確認。その日以降、通常業務のかたわらアイデアを具体的に検証するために、モデルの作り込みやシミュレーション環境の整備、検証を進めていった。

Simulinkを活用して制御部の仕様設計を効率よく行う

浜地氏は、ロームに入社して10年間、医療機器の設計開発、製造、修理を担当し、5年前から小信号のアナログICの設計開発に携わるようになったという。

「小信号しか扱ったことがなく、高電圧の実験は不安がありました。回路がミスしていたら危ないですし、部品も変わってきます。そもそも部署内には設備もありません。そこでMATLAB、Simulinkを活用しました。Simulinkには、原理検証で便利なANDやNORといったMath Operationsのロジックブロックもありますし、Simscape Electricalを使えば実部品のシミュレーションもできます。『まずはMATLABとSimulinkを使ってとことんやってみよう』、そんな感じでスタートを切りました」(浜地氏)

具体的な開発の流れとしては、まずSimulinkを使って仕様設計・仕様検証・バグ出し&修正し、次にSimscapeを使って回路設計・回路検証・バグ出し&修正。その後、HDL Coderを用いてデジタル部をFPGAにインプリし、PCBレイアウトを起こして、プロトタイプボードを作成するところまでを行った。

「MATLAB、Simulinkを使うことで、プロトタイプボードの作成までを試作なしで行うことができました。これは、SimulinkとSimscapeの段階で、技術の実現のため仕様設計と仕様検証を考えられるだけシミュレーションしたため、試作相当の評価ができたのだと思います。アイデアをもとに仕様設計するのにSimulink、Simscapeはうってつけです」(浜地氏)

Simulinkは制御部の仕様設計を効率よく行うことができるツールだと浜地氏は評価する。たとえばスイッチングの動作を検証するときに、FETのオン/オフのタイミングの制御や、NOTやANDなどのロジック、切り替えスイッチのブロックが豊富に用意されており、それを組み合わせるだけで済む。また、原理確認を経て、回路設計の段階になるとブロック数が数個から数百個に増えるため、仕様設計が難しくなるが、その前の段階で効率よく仕様が設計できる点が優れているという。

「出力帰還やPFCもロジックブロックを中心に、ゲインやサチュレーション、絶対値などのブロックを使って、機能にフォーカスして制御部を作り上げました。まさに機能を作っていくという感覚で、仕様設計に集中できたと思います」(浜地氏)

仕様検証でも、ゲート信号、トランスとFET間の電位、出力電力が狙い通りのDC420Vになっているかなど「共振PFCの基本的でかつクリティカルなところをしっかり押さえた検証ができました。見つかったバグはその都度修正し、修正の効果をすぐに確認するといった素早いループを回せています」と評価する。

Simscapeを活用して実機レベルの検証を高精度で行う

実機レベルの回路設計・検証では、SimulinkのロジックブロックやMath OperationsのブロックをSimscapeの回路素子として、現実の電子部品の特性を代入したブロックに置き換えていった。実際に回路にする際は、過電圧検出や過電流保護などの機能を追加する必要がある。そのため、回路設計の段階で、それらの機能を盛り込んだ。

「この段階では、回路を機能ブロックに分け、機能ごとにモデル、回路を作りつつ、回路仕様を固めていきました。具体的には、入力電圧の極性を検出する部分や、入力の過電流検出を保護する部分、出力過電圧を検出する部分、出力帰還や誤差増幅のON幅の生成部分などです」(浜地氏)

その後、機能要素ごとに回路仕様を固め、個別に仕上げたモデルを統合し、回路全体を1つのファイルにまとめて、全体のシミュレーションをして検証。

「入力電圧の条件、負荷条件、起動条件、初期条件を変えて、異常動作がないか確認していきました。異常があれば実機を作ったときに必ず起こるはずなので、回路モデル上で修正し、その修正の効果をすぐ確認するというループをてきぱきと回せました」(浜地氏)

この段階で見つかったバグとしては、ある条件で過電圧保護が働かないというものがあった。出力電圧の狙いは420Vだったが、それを超えて上昇し続け、出力を止める制御がかからなかったという。

「制御の信号をたどると2つの信号のパルスがぶつかるところがあり、パルスかぶりが原因だとすぐにわかりました。もし全体シミュレーションの検証をおろそかにしていたら、高電圧であることから、実機が燃えた可能性もあったとゾッとしたことを覚えています」(浜地氏)

回路検証が完了したら、ボード開発時にデジタル部をFPGAにまとめることにした。FPGAの場合、ボードが小さく簡潔に済むため、レイアウトも楽になるためだ。

「全体シミュレーションしたSimscapeの回路モデルからデジタル部分を集め、それをサブシステム化しました。その後はHDL CoderでRTLコードに変換し、FPGAにインプリしました」(浜地氏)

システム全体にわたる実機レベルでのモデリングを目指す

実証ボードの制作では、Simscapeモデルをベースに回路図、部品表を作り、それらからPCBレイアウトを起こした。部品の名前は、回路設計時から実際の部品名にしていて、パラメータも実際の部品通りに設定していたという。

「Simscapeのモデルは回路図そのものです。ただ高電圧なので、安全性の注意事項等は高電圧の知見のある人に加わってもらい、Simscapeモデルを見ながら、配線の太さや部品間の距離、低電圧領域と高電圧領域の分離などを調整して、レイアウトを仕上げていきました」(浜地氏)

実証用ボードを作製し、デジタル制御基板、アナログ制御基板、メインパワー基板、全体のそれぞれについて順番に火入れを行ったところ、回路動作は完全にシミュレーション通りだった。

「起動、定常動作、過電圧などの異常時の保護や制御もすべてシミュレーション通りであることが確認できました。MATLAB、Simulinkを使ったMBD手法を用いることで、素早く検証と修正のループを回すことができます。仕様設計では、Simulinkを使うことで、実現性について正確な判断ができました。また、Simscapeを使った回路検証では、実機精度のシミュレーションができていたので、新技術をスピーディに実証できました」(浜地氏)

このように、ロームでは、MBDを活用してホワイトボードを用いたアイデア確認という開発初期段階から、設計、検証、修正までのループを素早く回し、試作や実機検証の手間を最小限にしながら、新技術を素早く実証。アイデアからボード作製開始までの実時間は1カ月程度だ。また、Simscapeを活用することで実回路そのものの設計を行い、正常時だけでなく、異常時や故障時の検知、制御も含めて、さまざまな条件下で実機レベルでの検証を行っている。

特に、新技術の開発には、担当者の経験や実機検証などがハードルになりやすい。MATLAB、Simulinkを活用し、モデルの段階で実機レベルの精度の高い開発を行うことができる点はMBDの大きな魅力だ。

「ロームがMBDというときに重視しているのは、システム全体にわたる実機レベルでのモデリングです。MBDのメリットとして、よくフロントローディングによる開発効率や設計品質の向上が言われますが、それが本当に価値を持つのは、ICや電子部品単体にとどまらず、周辺の部品などを含めたシステムとしてのモデリングが可能になるからです。そのためロームでは、周辺ツールのツールチェーンを作ったり、プラントも現実に合わせて検証できるように作ったりすることに力を入れています。また社内にワーキンググループを作ってMBDの普及に務めています」(浜地氏)

「モデルベースと言えばローム」が実現する日もそう遠くないだろう。

[PR]提供:MathWorks Japan(マスワークス合同会社)