千葉県の中央に位置し、約 27 万人の市民が生活を営む市原市では、「市民サービスをDXで、もっと前へ」「仕事の生産性をDXで、もっと前へ」の 2 つの視点から、フロントオフィスとバックオフィスの一体的なデジタル変革(DX、デジタルトランスフォーメーション)を推進しています。同市の情報政策課 デジタル推進室では、バックオフィスのデジタル化を支えるデジタルワークスタイル基盤として、Microsoft Power Platform を採用し、ローコード・ノーコード開発ツール Microsoft Power Apps を利用したアジャイル開発で、旅費、文書管理、予算執行システムのデジタル化に着手。システム開発やプログラミング経験のないメンバーをアサインし、内製化を見据えたバックオフィスの DX を推進しています。
バックオフィスの DX 基盤に、Azure AD の認証機能との連携に優れた Power Platform を採用
積極的な IT 利活用に取り組む地方自治体として知られる市原市は、フロントオフィスである市民サービスと、バックオフィス業務の一体的かつ抜本的な変革を目指しています。少子高齢化による就労人口の減少や、新型コロナウイルス感染症の拡大といった社会情勢の変化は市政におけるデジタル化の原動力となり、市民サービスの DX(デジタルトランスフォーメーション)が加速。市原市では、 市民サービスの DX を担う基盤として、ID に紐付くパーソナライズ化されたサービスを提供するために都市 OS を導入しています。市原市の都市 OS では、認証基盤として、マイクロソフトの Azure Active Directory B2C(以下、Azure AD B2C) を採用し、各種 SNS やメールアドレスログインなど多様なログイン認証を提供しています。
こうしてフロントオフィスのデジタル化が進んでいくなか、バックオフィスがアナログのままでは市民サービスを支えられないという課題が顕在化。アナログを前提とした業務システムの再構築やアナログ業務の BPR を含めデジタル化していくことが急務となったと、市原市 情報政策課 デジタル推進室 副主査の安藤 善文 氏は語ります。
「市民のタッチポイントとなるフロントオフィス領域では、市民サービスのデジタル化と個々のニーズに応えるパーソナライズ化を進めてきました。一方で、電子申請、電子契約といった手続きのデジタル化推進にあたっては、バックオフィスがアナログ業務のままでは立ちいかなくなることが、特別定額給付金への対応で明らかになりました。そこで、フロントオフィスとバックオフィスを一気通貫でデジタル化する基盤の整備に取り組みました」(安藤 氏)。
特別定額給付金と時期を同じくして、国から全国の自治体に交付金が交付され、市原市ではその一部を活用してバックオフィスの基盤整備に着手。その一環として、全庁的な共通業務のうち、旅費、文書管理、予算執行プロセスを対象にした業務プロセスの変革プロジェクトが始動しました。
自治体の業務は多岐にわたり、システムのサイロ化が進んでいることが課題となっていたと安藤 氏。「バックオフィスのデジタルワークスタイルを支える汎用的な台帳システムが市場になく、フルスクラッチで開発するリソースもなかったため、内製化を見据えたローコード・ノーコード開発の導入を検討しました」と、プロジェクト発足の経緯を語ります。
市原市における DX・デジタル化推進を統括する役割も担っている情報政策課の課長 中田 直樹 氏も「エンジニアが不足し、既存システムのブラックボックス化が進んでいくと予想されるなか、これまでのパッケージシステムを導入して更新し続けるというスキームは通用しなくなってきています。こうした状況下においては、自治体においてもローコード・ノーコード開発の採用を進めていく必要があると感じています」とローコード・ノーコード開発導入の意義を説明します。
地方自治体でローコード・ノーコードに対応したサービスを、バックオフィスの基盤として大規模に採用された事例は少なく、そのようななかで、市原市ではいくつかのサービスを比較検討。ハンズオンを含めて検証を行い、Microsoft Power Platform(以下、Power Platform)の採用が決定されました。安藤 氏は、Power Platform を選択した要因についてこう語ります。
「マイクロソフトのサービスで、Azure AD を利用して認証システムを管理できることが、採用を決めた要因の 1 つです。他のサービスでは認証の仕組みから考える必要があり、一元的に認証を管理できる Power Platform ならば、開発工数の削減だけでなく管理コストの軽減も見込めます。また、画面設計や UI の自由度を考えても、キャンバス、モデル駆動型に対応した Power Platform に優位性がありました」(安藤 氏)。
また市原市では、以前より Microsoft Office 製品をはじめ、Microsoft SharePoint、Microsoft Exchange などのマイクロソフト製品を導入しており、当時から Microsoft InfoPath を使い、電子フォームの構築を内製化するなど、システム開発に活用してきました。近年ではバックオフィスの業務効率化と生産性向上を実現するソリューションとして Microsoft 365 を導入し、Microsoft Teams を用いたオンライン会議などテレワークの推進にも活用してきました。すでに構築している Microsoft 365 の環境を利用できることが、Power Platform が採用された決め手になったといいます。
開発経験のないメンバーをアサインし、アジャイル開発で 3 つの業務プロセスをデジタル化
こうして Power Platform の採用を決定した市原市は、2021 年 10 月から本格的にプロジェクトを始動させます。モデル駆動型とキャンバスの選択から、情報損失ポリシーやオンプレミスとのデータゲートウェイなどの実行可能性を検証。ローコード・ノーコード開発ツールの Microsoft Power Apps(以下、Power Apps)を用いた旅費、文書管理、予算執行システムの構築をアジャイル開発で進めていったと安藤 氏は語ります。
「IPA の契約モデルの活用、委託事業者の支援のもとアジャイル開発に取り組み、デイリースクラムを含めて 10 月から約 5 カ月間、契約した委託事業者と毎日開発を行っていきました。約 3 カ月でプロトタイプを構築できましたが、はじめてのアジャイル開発ということに加えて、情報政策課のメンバーにプログラムやシステム開発の経験がなかったため、かなり苦労しました。プロトタイプをベースに関係者と今後の展開を詰めていき、2022 年 2 月に旅費のデジタル化に必要な規定改正を完了。段階的にリリースし、3 月からは、全庁でデジタル化された旅費プロセスを稼働させています」(安藤 氏)。
Power Apps を活用したアジャイル開発を進めるにあたり、最初に行ったのは業務プロセスの見直しであったと中田 氏。「まずは現在の業務が適切なプロセスで進められているかを確認し、最適化したプロセスをシステムに落とし込んでいきました」と語り、システム構築前に業務プロセス改善を図ることの重要性を解説します。
3 つのプロセスのなかで先行してリリースされた旅費の請求に関するシステム開発を担当したのは、情報政策課 デジタル推進室 主事の髙根 美里 氏です。本プロジェクトが始動したタイミングでデジタル推進室に異動したため、プログラミングやシステム開発の経験はまったくない状態からのスタートだったと当時を振り返ります。
「システム開発にはまったく関わったことがなく、経験や知識が足りていない状態で参画したのですが、Power Appsは、Microsoft Excel(以下、Excel)の関数に近い感覚でプログラミングが行えたので、Web サイトや動画サイトの解説動画などを参照しながら 1 つ 1 つ機能の使い方を学んで進めていけました」(髙根 氏)。
手探りの状態からローコード開発に取り組んだ髙根 氏ですが、Power Apps の使い勝手や、アジャイル開発のスピード感などに後押しされ、短期間で大幅なスキルアップに成功。現在では、カスタムページのスクリーン 3 画面を 2 日程度で開発できるほどのスキルを身に付けています。プロジェクトを統括した中田 氏も、プロジェクトに参加したメンバーのレベルアップを喜び、内製化の足がかりになったと力を込めます。
「アジャイル開発は自治体での採用実績が非常に少なく、手探りで進めていくことになりましたが、苦労した甲斐あって、携わったメンバーのレベルは確実に上がりました。継続的にデジタル化を進めていくために必要な経験と技術が身に付けられたことは、内製化の実現に向けて非常に大きいと実感しています」(中田 氏)。
直感的な操作で迅速な UI 改善が可能な Power Apps で、担当職員のニーズに応えるシステムを構築
旅費のシステムに続き、リリースの準備を進めている文書管理システムの開発を担当している情報政策課 デジタル推進室 主任の田村 直樹 氏も、Power Apps は Excel と画面のフィールが同じで抵抗感なく使用開始できると、使い勝手を高く評価しています。
「文書管理システムのデジタル化、クラウド移行を進めるにあたっては、業務プロセスの見直し、すなわち BPR を行ってからシステムに落とし込むというのが前提でしたが、どうしても複雑化が解消できない部分が出てきました。こうした状況のなかでは、ロジックだけでなく実際の画面の動きを担当職員に見せながら開発を進めていけるアジャイル開発は、非常に有効な手法と感じました。その意味でも、簡易な関数を用いてスピーディに画面を作成できる Power Apps は、担当職員と開発メンバーの認識を共有するという部分で非常に使いやすいツールであるという印象を持っています」(田村 氏)。
安藤 氏も、複雑で多様な自治体の業務をデジタル化するには業務への理解が不可欠であると語り、外部事業者に委託するだけでは実現が難しいと自治体 DX 特有の問題を指摘。今回のプロジェクトでは、業務を理解するデジタル推進室のメンバーをアサインしたことで効率的なシステム開発が実現できたと分析しています。
文書管理システムに関しては、旅費のプロセスと比べ扱うデータ量が多いこともあり、現在はオンプレミス環境で稼働している既存システムにある数百万レコードを、Power Platform の Microsoft Dataverse(以下、Dataverse)に投入している段階です。「クラウドへのデータ移行にあたり、Dataverse のセキュリティに関しては、かなり時間を費やして設計しています。部門を跨いで承認プロセスが走っているため、データ保護ポリシーやセキュリティロール、チームを設定して、セキュアで安定した仕組みを構築しました」と安藤 氏。システム開発自体は、旅費プロセスでのノウハウも活用されスムーズに進み、この 6 月下旬の新規稟議分から新システムに完全移行したと説明します。
3 つ目の予算執行については、もともとのプロセスが複雑なこともあり、時間をかけて既存業務プロセスの再構築を進めている段階です。予算執行プロセスのデジタル化を担当する情報政策課 デジタル推進室 主任の佐藤 正人 氏は、取り組みの現状についてこう語ります。
「予算執行の意識決定に関するプロセスから、最終的な支払いの執行までを一気通貫で行えるシステムの構築に取り組んでいます。現在は業務の再構築を進めているところで、3 つあった審査プロセスを 1 つにまとめるなどの効率化を行っている段階です。私自身は本格的なシステム開発にはまだ着手していませんが、Power Apps で簡単な仕組みを構築するなど使い勝手は確認しており、直感的に使えるツールであるといった印象を持っています」(佐藤 氏)。
このように、プロセスが複雑化している予算執行に関しては、BPR を重視した取り組みを推進。システム開発に関しては、先行する旅費、文書管理の画面構成や UI を踏襲することで効率化を図り、2022 年夏頃から段階リリースを予定しているといいます。
プロジェクトの成果を活かして業務プロセスのデジタル化を加速、人材育成も見据えて DX を推進していく
このように、段階的なリリースが進んでいる本プロジェクト。2022 年 4 月の段階では、旅費のシステムが先行して稼働しています。「リリース直後は、想定より多くの問い合わせがありました」と髙根 氏。ユーザーの声に応えて UI の改善や必須項目の変更といった対応を迅速に行ったことで、現在は問い合わせが減ってきていると語り、UI の自由度が高いキャンパスアプリを採用したことのメリットを実感しています。
安藤 氏は、本プロジェクトにおけるマイクロソフトのサポートを高く評価。「Power Platform を全面導入するにあたって、マイクロソフトにはライセンスの選定支援から開発事業者の事例紹介まで幅広い支援をいただきました。システム開発においても、管理センターからの問い合わせをサポートチームに迅速に対応してもらえたことで、短期間でのリリースを実現できたと思います」と喜びます。
今後の展望として、中田 氏は 3 つのシステムのリリースを完了して安定稼働させることが当面の目標とし、その後は Power Platform 在りきのシステム化を定着させていきたいと語ります。安藤 氏も、「今回、セキュリティロールなども含めて安全に運用できる基盤が構築できたことで、他のワークフローへの横展開も進んでいくと考えています」と本プロジェクトの成果を踏まえた今後のビジョンを口にします。
「今後は、Power Apps ポータルを活用して市民とのタッチポイントを最適化するなど、ダッシュボードを含めた手続きポータルの整備に取り組むことを検討しています。また、Dataverse に取り込んだデータを分析して、業務プロセスの可視化を実現する、AI Builderを活用して現場業務を支援する展開も考えています」(安藤 氏)。
委託事業者との契約は 2022 年 3 月に終了し、現在は内製でプロジェクトが推進されています。中田 氏は「デジタルのスピード感に対応するためには、ある程度の内製化は不可欠です。その意味でも、今後は人材育成にも力を入れていく必要があります」と語り、技術面でのサポートにとどまらず、人材育成面においてもマイクロソフトの支援を期待しています。また、今後はデータ利活用も促進していきたいと将来的な展望を語ります。
「これまでは庁内のデータはサイロ化していて利活用が難しかったのですが、今回の取り組みでデータを一元的に蓄積していく仕組みが構築できました。このデータを効果的に活用して、市民に心地よい体験をしていただくサービスを提供していきたいと考えています」(中田 氏)。
実際、市原市が目標とするシステム概要のなかでは Power BI を利用したデータ分析も記載。今回の取り組みで業務のデジタル化が進んだことを踏まえ、今後は Azure の AI、ML サービスと Power Platform を連携させ、蓄積されたビッグデータを有効活用するデータ予測モデルの構築も見据えています。
BPR +デジタル化で効果的な業務変革を推し進め、Power Platform をはじめとしたマイクロソフトのサービスを軸にフロントオフィスとバックオフィスを双方の DX を推進する市原市。その取り組みは、地方自治体はもちろん、DX の実現を目指す企業にとっても重要な“気づき”を与えてくれるはずです。
[PR]提供:日本マイクロソフト