FAO (国際連合食糧農業機関) の統計資料「FAOSTAT」で、日本は農産物生産額において世界 9 位 (2017 年時点) に位置付けています。狭い土地でもその高い品質により一定の付加価値を創出している日本農業は、ある意味で、個人技によって付加価値を創造してきた職人的な産業だと言えます。しかし、世界の農業ビジネスは圧倒的なスケールのもと、急速な生産の効率化、低コスト化が進んでいます。日本の農業は国土の制約から個々の農家の規模拡大に制限があります。今ここで農家同士が手を結び、技術や仕組みの共有化・標準化を進めていかなければ、やがては世界の農業に追従することができなくなるでしょう。

マーケティングと農業技術の融合をプロデュースする Orchard & Technology株式会社 (以下、Orchard & Technology) は、現在、こうした日本の農業が抱える課題を解消するため、ある試みを進めています。同社が取り組むのは、AI を活用した栽培ノウハウの形式知化とこの共有です。

国内の各農家が一丸になって "世界と戦える日本の農業" をつくっていく――そのためにこの試みでは、Microsoft Azure 上に、栽培過程の時系列情報や気象情報などのデータをもとにした機械学習モデルを構築。個々の農家に閉じてしまいがちなノウハウを集積し、複数農家で共有しながらこれを利用する環境づくりが目指されています。日本の農業を変える試みが、キウイフルーツの生産現場をファースト ケースにして始まろうとしています。

世界と比べた日本の農業の課題

国内外において数多くの農業技術指導実績、農業経営実績を連ねる Orchard & Technology株式会社。代表取締役を務める末澤 克彦 氏は、同社の業務以外にも行政の農業施策へ委員として参加する、大学や研究施設における客員研究員を務めるなど、日本の農業の発展というテーマに真正面から挑んでいます。

就農者の高齢化と減少が進む日本の農業は、今、危機的状況を迎えていると言えます。しかし末澤 氏は、危機的状況だからこそ旧態依然としてきた農業経営を大きく変えていくチャンスなのだと言及。日本の農業の発展のために持つべき視点をこう説明します。

「生産者の高齢化と減少ばかりが叫ばれますが、日本の農業を発展させるためにはこれ以外に理解すべき点があります。世界と日本とでは、農業の産業構造が大きく異なるということです。日本は約 170 万ある農家のおよそ 95% を販売金額が少ない生業的な農家が占めています。一方、農業の競争力が強い国、地域では大規模なアグリ ビジネスが拡がっています。急峻で広がりに欠ける国土、多様な気象条件の中で小規模農家が分散して存在している日本と比べると、生産効率や生産コストの面で大きな違いがあります。世界と比較した日本の農業の特徴、課題を前提にして、発展に向けた歩みは進めねばなりません」(末澤 氏)。

日本の農業の在り方を単純に大規模アグリ ビジネスに変えていくべきという話では決してありません。規模拡大による農業経営を推進すれば、確かに日本の農業の競争力は一時的には向上するでしょう。しかし日本の国土と風土の条件のもと、地域の持続性、継続性を考慮すれば、大規模ビジネス農家は単独では存在できません。数としては多数を占める生業的農家との共存が不可欠です。世界の流れに沿うのではなく、独自の在り方へと日本の農業を変容させることが求められているのです。

そのために、Orchard & Technology は現在、キウイフルーツの生産に焦点を当てた、ある試みを進めています。「全体を一挙に変えることは困難です。ただ、たとえ一部の農作物であっても、成功事例ができればそれが日本の農業を変える原動力になります。メジャー作物は産地間競争に陥りやすく、地域を超えたネットワークを構築するという考えはなかなか浸透しません。しかしキウイフルーツは他と比べて歴史が新しいためステーク ホルダーが多くない農作物です。地域囲い込みの殻を破りやすく、また海外業者の国内参入も激しいため "世界と戦える日本農業" になるために各農家が一丸になってくれると考えました。」こう末澤 氏は語り、どのような試みを進めているのか説明します。

「キウイフルーツは、コントラクター ビジネスによってニュージーランドが世界的に生産販売額を伸ばしています。国内で流通するキウイフルーツも 60% 以上がニュージーランド産です。各農家が競合していてはここへ立ち向かうことはできません。日本の農業の強みは、小規模だからこそ生まれる農家間の "深いつながり"、そして密接な地域コミュニティを介した "つながりの広がり" です。水路や農道がそうであるように、どのキウイフルーツ農家も必要になる技術、仕組み、データ、ICT を共通の資産として用意する。あるいは、複数農家が一緒になって新たなビジネスを興す。大きなスタンド アローン コンピューターではなく小型 PC がネットでつながることで膨大な知恵の泉が生まれたように、国内農家は競合ではなく協調することで世界に立ち向かう力を得ることができます」(末澤 氏)。

  • 日本農業とニュージーランドの産業構想の比較(上)。独自の在り方に日本の農業を変容させるためには、小規模であるという特性を生かした高生産性の実現が不可欠だ。そのための1つの試みとして、Orchard&Technologyは現在栽培技術の標準化に取り組んでいる

    日本農業とニュージーランドの産業構想の比較(上)。独自の在り方に日本の農業を変容させるためには、小規模であるという特性を生かした高生産性の実現が不可欠だ。そのための1つの試みとして、Orchard&Technologyは現在栽培技術の標準化に取り組んでいる
    資料提供:Orchard&Technology株式会社

AI による栽培ノウハウの標準化は、日本の農業に何をもたらすのか

各農家が協調する領域を広げていく。そのための 1 つの施策として、Orchard & Technology では AI を活用した栽培技術の標準化に注力しています。

上手くブランディングされた果物は、優良品種をコアとして確固たる栽培ノウハウの下で生産し、生産から消費者に届くまでのトレーサビリティを確保することで、パッケージとして銘柄品種の価値が維持できます。

農家にとって、栽培ノウハウやトレーサビリティを確保する仕組みは "共通して必要なもの" です。これらを共有資産として整備する。そうすれば今ある労働力のまま、高品質なキウイフルーツがより多く生産できる、トレーサビリティで商品価値を守ることができる、1 人ひとりのノウハウを複合させてより高い品質が目指せる、こうした未来が実現できるのです。

末澤 氏は、「ノウハウは暗黙知を多分に含みます。ビジョンの実現にあたり、まずはノウハウを形式知にできるのかどうかを検証しました。」と語り、これが AI を活用した理由だったと明かします。

この試みでは、キウイフルーツの実の大きさや花が咲いた時期、収穫日といった栽培過程の時系列データ、実際に収穫されたキウイフルーツのサイズごとの数量や糖度に関するデータなど、末澤 氏の持つ数年分の情報を学習データとして利用。ここに気象データを組み合わせることにより、開花日や実の大きさを定期的に入力するだけでその年の収穫予測、収穫数を増やすためにやるべき作業を出力できる機械学習モデルが構築されました。

Orchard & Technology の技術パートナーとして同取り組みを支援するキーウェアソリューションズ株式会社 サービス企画部 シニアエキスパートの久保 康太郎 氏は、機械学習モデルの構築とそのサービス実装あたっては Microsoft Azure (以下、Azure) を利用したと言及。その理由を交えながら、機械学習モデルを実装したサービス「アグリコンシェルジュ」の仕組みを説明します。

「本取り組みで第一に優先したのはスピードでした。末澤様は、マーケティングと技術の総合プロデュースの観点から AI の活用は最終目標ではない、生産性向上という経営目標達成のための手段としてAIを利用したい、容易に暗黙知を形式知化できるならば取り組みを強化する、そうでないならば別のことにリソースを集中する、という認識をお持ちでした。この意思決定をすぐに行っていただけるよう、早期にプロジェクトを進める必要があったのです。Azure は機械学習モデルの開発環境として Azure Machine Learning Studio を用意しています。同サービスは開発した機械学習モデルを Web API として公開する機能を持ちますから、構築後すぐに機械学習モデルをサービスへ実装できます。機械学習モデルの構築からサービス化までを迅速に進める。ここにあたって Azure は最良の選択肢でした」(久保 氏)。

これに続けて末澤 氏は、「私は農家に向けたデータ シェア プラットフォームの構築を目指す農業データ連携基盤 (WAGRI) 協議会で普及戦略担当を担っていますが、この WAGRI でも Azure を利用しています。データを活用したプラットフォームを用意する上で、Azure を利用することには何の異存もありませんでした。」と語りました。

  • Orchard&Technology株式会社 代表取締役 末澤 克彦 氏(左)。キーウェアソリューションズ株式会社 サービス企画部 シニアエキスパート 久保 康太郎 氏(右)

    Orchard&Technology株式会社 代表取締役 末澤 克彦 氏(左)。キーウェアソリューションズ株式会社 サービス企画部 シニアエキスパート 久保 康太郎 氏(右)

  • 「アグリコンシェルジュ」では、日々入力する情報を元にして天候の予報情報、これから行うべき作業がカレンダーに提示される(左)。同サービスではシーズンでの収穫予測や、高品質なキウイフルーツをより多く生産するためのアドバイスも提示される(右)

    「アグリコンシェルジュ」では、日々入力する情報を元にして天候の予報情報、これから行うべき作業がカレンダーに提示される(左)。同サービスではシーズンでの収穫予測や、高品質なキウイフルーツをより多く生産するためのアドバイスも提示される(右)

  • アグリコンシェルジュ」のアーキテクチャ画。WebアプリケーションのみIaaSを利用し、そのほかはPaaSによってサーバーレス化されている。Azure Machine Learning Studioで構築した機械学習モデルではWeb APIによって即座にサービスへ実装することが可能だ<br>資料提供:キーウェアソリューションズ株式会社

    「アグリコンシェルジュ」のアーキテクチャ画。WebアプリケーションのみIaaSを利用し、そのほかはPaaSによってサーバーレス化されている。Azure Machine Learning Studioで構築した機械学習モデルではWeb APIによって即座にサービスへ実装することが可能だ
    資料提供:キーウェアソリューションズ株式会社

Azure Machine Learning Studio を利用してわずか 1 週間で機械学習モデルを構築

「アグリコンシェルジュ」を構築した狙いは、栽培ノウハウの形式知化が実現可能かどうかを判断することにありました。末澤 氏は「今のサービスは 1 か月もかからずに完成しました。AI の精度については勿論改良の余地がありますが、このスピード感で再学習を進めていけば、すぐに実用性のあるサービスにしていけると考えています。」こう検証の手応えを語ります。

同氏の言葉に受けて久保 氏は、早期に「アグリコンシェルジュ」を完成できた背景には Azure Machine Leaning Studio という優れた開発環境があったと語り、詳細を説明します。

「システムの開発と機械学習モデルの構築は全くの別物です。私たちにとって本格的な AI 構築は初の試みでした。ただ、短期構築を目指す上で新たな技術を学んでいる時間はありません。Azure Machine Leaning Studio の何が優れているかというと、コード レスにアルゴリズムを作っていけることです。予測モデルのテンプレートとなる機械学習アルゴリズムのチート シートが提供されているため、これを元に GUI ベースで作業を進めるだけで機械学習モデルの構築が進められるのです。同サービスを利用することでわずか 1 週間で一定精度を持った機械学習モデルを構築することができました。今後は再学習によって精度を高めていくこととなりますが、適切なモデル、チューニングを示唆選択してくれる Automated Machine Learning を利用すれば早期にこれが進められると考えています」(久保 氏)。

  • Azure Machine Learning StudioのGUIでは、直感的に機械学習アルゴリズムを構築していくことができる

    Azure Machine Learning StudioのGUIでは、直感的に機械学習アルゴリズムを構築していくことができる

Azure で構築した「アグリコンシェルジュ」が、新たなアグリ ビジネスを生み出す

精度の向上以外にも、Azure には「アグリコンシェルジュ」を実用化させていく上で有用なポイントがあると言います。

現在、「アグリコンシェルジュ」はタブレットやモバイルなどを介して利用することが可能です。しかし、末澤 氏は、「実際の農業現場では常に両手はふさがっています。タブレットを持って入力・閲覧しながら作業を行うというのは、実利用を考えた場合不便です。今後は情報の入出力を音声で行うなどの仕組みを実装する必要があるでしょう。」と言及。こうした発展性を考えた場合にも、Azure で環境を用意したことには大きな意義がありました。

久保 氏はこのように説明します。

「Azure には学習済みのモデルを提供する Cognitive Services があり、その中で音声認識や音声を自動生成するサービスを用意しています。Q&A ボットである Azure Bot Service と組み合わせれば、末澤様の要望をすぐに実装できるでしょう。また、マイクロソフトはクラウドからエッジまでを包括的にカバーする『Intelligent Cloud and Intelligent Edge』を掲げています。例えば Mixed Reality 環境を提供する Microsoft HoloLens と Azure を組み合わせれば、グラス越しでキウイフルーツを見るだけで必要な情報が入出力される仕組みも用意できるかもしれません」(久保 氏)。

1 人ひとりの持つノウハウを複合させるためには、ただ情報を出力するだけでなく就農者が容易に情報を入力できる環境も用意する必要があります。久保 氏の言葉を受けて末澤 氏は、「農作物を見る、あるいは作業中に気が付いたことを発言し、自動記録する。ストレス フリーに農業者の持つ情報を集積していけることは、栽培ノウハウの形式知化を進める上で大きな力になるでしょう。」と語りました。

栽培ノウハウの形式知化・共有化は、これまでの日本の農業が弱かった知的財産ビジネスを強化することにも繋がると末澤 氏は続けます。

「先のニュージーランドで言えば、同国はオリジナル品種の育成者権をZespriシステムという栽培・流通ノウハウでラッピングし、世界統一的なマーケティングで販売網を築き、ロイヤリティによって大きな収益を得ています。このように形式知化によって日本の品種の栽培ノウハウを確固たるものにすれば、そしてしっかりとトレーサビリティが確保できる仕組みをつくれば、知的財産を海外へ輸出する事もできるでしょう。狭い地域の壁を越えて複数の農家が協調することは、既存のビジネス以外の新たな収益を生むことにも繋がるのです」(末澤 氏)。

AI 活用をはじめとし、農家が協調する領域の拡大に向けた様々な試みを進める Orchard&Technology。末澤 氏は、各種取り組みの中から早期に成功事例を生み出していきたいと意気込みます。その先に待つのは、キウイに留まらない日本の農業全体の発展です。同社の取り組みが日本の農業を変えることに期待が高まります。

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