システムに業務を合わせる――業務標準化を目的にしてこうした IT 変革を推し進める企業が増えています。ただ、全ての業務を標準化すべきかというと、そうではありません。商品開発やマーケティングといった企業価値を左右する領域は、リソースを集中させてでも業務にシステムを合わせる。そしてこのリソースを捻出するために、汎用的な業務領域の標準化を進めていく。こうした "選択と集中" が、先に挙げた IT 変革では求められるのです。
飲料、食品、調味料の大手総合メーカーであるカゴメ株式会社 (以下、カゴメ) は、2018 年度より進めている基幹システムの SAP S/4 HANA 移行の中で、この IT 変革を推進しています。同社はプロジェクトを通じて、従来の SAP ERP 6.0 環境に存在していた 1,000 以上ものアドオンの数を 100 未満にまで削減。経理や会計、人事、購買に関わるおよそ 91% の業務を標準化しました。さらに、同社では SAP S/4 HANA の本番環境として、Microsoft Azure を利用。 IT の標準化やクラウド化で得たリソースを商品開発やマーケティング領域に割り当てることで企業価値をいっそう引き上げていくことが目指されています。
企業価値を追求するための "選択と集中"
「当社グループではこれまで、利用者満足度に傾倒して全ての IT を運用してきました。」取材冒頭このように述べたのは、カゴメグループのバック オフィス業務を管轄するカゴメアクシス株式会社 業務改革推進部 BPRグループの村瀬 智史 氏です。
企業として独自の価値を生み出す。業務を効率化して生産性を高める。IT はこうしたあらゆる側面から、今日の企業運営において不可欠な存在になっています。利用者である社員の満足度を高めることは、より有効に IT を活用することに繋がります。それが企業としての競争力に繋がるわけですから、村瀬 氏が先に挙げたカゴメグループの IT 方針は決して否定すべきものではありません。
ただ、利用者や業務に IT を合わせることは、"独自仕様を持った IT" の氾濫を引き起こします。運用リソースには限りがあります。仕様が異なる全てのシステムに人材や予算を割り当て続けることは困難だと言えるでしょう。
村瀬 氏は、「商品開発や品質管理、マーケティングといった業務は、企業価値を左右する領域です。競合差別化のために、これらの業務は前衛化を進めなければなりません。IT も、業務の独自性にどんどん合わせていくべきでしょう。」と言及。だからこそ、利用者満足度を追求すべき領域とそうでない領域を切り分ける "選択と集中" が求められていると続け、同氏がリードして進められている SAP ERP 6.0 の移行プロジェクトについて説明します。
「経理会計や購買といった管理業務は、独自性ではなく、正確さ・効率が求められます。当社グループではこの管理業務の多くで SAP ERP を利用していますが、業務にシステムを合わせてきた結果、SAP ERP で稼働するアドオンの数が 1,000 を超えていました。加えて、ERP 以外にも独自に構築して来た .NET システムが多数乱立し、ERP とのシステム間連携の複雑化やスパゲティ状態を引き起こしていました。10 名以上の常駐開発者と AMO (アプリケーション マネジメント アウトソーシング) サービスという体制でこのシステム環境を運用してきましたが、利用者からの問合せは年間約 1 万件にも達します。その対応に終始する事となり、当社にとって本当に取り組むべき業務領域にリソースを割くことができなくなっていました。正確さや効率などを維持向上しながら管理業務を標準化したい。これによって得られるリソースを、利用者満足度を追求すべき領域に割り当てたい。この考えの下で 2018 年度から取り組んだのが、SAP ERP の刷新でした」(村瀬 氏)。
2020 年 1 月の稼働開始を目指し、Azure を利用したフル クラウド環境で SAP S/4 HANA 移行を進行
カゴメ グループでは、FI (財務会計) や CO (管理会計)、MM (購買管理)、HCM (人事管理) など SAP ERP の備える数多くのモジュールを管理業務で利用しており、グループ内にはこれを利用する社員が数多くいます。アドオンを廃止して標準化を進める場合、管理業務が効率化されることを提示しなければ、利用者の理解は得られないでしょう。
村瀬 氏は「検討当初の文脈には無かったのですが、より高い効率化効果が得られると判断し、このプロジェクトでは SAP ERP 6.0 を SAP S/4 HANA へ移行することを決断しました。」と言及。SAP S/4 HANA では同 ERP に最適化されたインメモリー データベースによって性能が向上すること、また周辺システムとの高い連携性によって業務の連続性を高められることを理由として挙げました。
続けて、同プロジェクトのインフラ構築をリードしたカゴメアクシス株式会社 業務改革推進部 システム運用グループの磯谷 亮太 氏は、オンプレミスではなく Azure を利用したフル クラウドで SAP S/4 HANA 環境の構築を進めたと説明。その意図を交えながら次のように語ります。
「将来的に効率化が進むとはいえ、業務移行にあたっては管理部門に少なくない負担がかかります。プロジェクトが自身の業務だけでなくグループ全体を加速させる取り組みであることを示せば、社員は前向きに業務移行に取り組んでくれると考えました。ここにあたって、クラウドにはインフラの運用負荷が低減できるという大きな利点があります。リソースの最適化によってグループ全体を加速させる、その効果を最大化する上ではクラウド化が必須だと考えたのです。当然、これによる情報関連経費の増額は避けるべき項目でしたが、我々のシミュレーションでは情報関連経費の視点でも、オンプレミスで整備・運用する場合とほぼ同額のコストで稼働できると見込めました」(磯谷 氏)。
カゴメグループでは Windows Server や SQL Server など、数多くのマイクロソフトのサービスを利用しています。これらを含む包括ライセンスとして Azure を契約することで大きなコスト メリットが見通せたこと、また、複数サービスを横断したワン ストップのサポートが得られることが Azure を選択した理由だったと磯谷 氏は明かします。
さらに同氏は、高い信頼性を持つ Azure だからこそミッション クリティカルなシステムのクラウド化を断行できたとし、このように説明します。
「マイクロソフトのデータセンターは世界でも有数の堅牢性を持っています。この点を評価し、当社では 2015 年以降、Azure を利用した社内 IT のクラウド化を戦略的に進めてきました。また、今回の取り組みでは JSOL をパートナーに迎えてインフラ検討などを進めたのですが、SAP の実績に長けている同社からも、Azure をプラットフォームに本番環境を稼働させることには何の懸念も無いと太鼓判を押して頂けました。当社内の実績、SAP 案件に数多く携わるパートナーの見解、この双方から Azure は SAP S/4 HANA を稼働するに足るクラウドだと判断しました」(磯谷 氏)。
利用者へ配慮した移行作業と安定稼働する SAP S/4 HANA 環境が、スムーズな業務移行を背中押しする
システムの規模、ミッション クリティカル性を理由に、多くの SAP プロジェクトはその開発に長い期間が費やされます。ですが、カゴメアクシスと JSOL では、開発に着手した 2018 年 7 月から半年後の同年 12 月には、システムの一次実装を完了。同時期でアドオン開発の単体テストまでを済ませ、以後も開発・検証作業が進められています。
村瀬 氏は、「『J-Model』という JSOL の SAP ERP 導入ソリューションを利用することで、1,000 以上あったアドオンのおよそ 9 割を標準化することができました。独自仕様の開発領域を狭められたことが、短期構築の理由でしょう。おかげで統合テストや社員用の手順書作成などに期間を割り当てることができ、大きな問題なく SAP ERP の刷新を完了できる見通しです。」とこの点について説明。
続けて、株式会社JSOL 法人事業本部 東日本営業部の風間 健太郎 氏は、J-Model の概要に言及しながらこのように言葉を紡ぎます。
「ERP 導入は、日本特有の商慣習や各社の業務プロセスと、標準化というテーマについてバランスを取りながら進めることが重要です。当社ではこれまで食品・消費財・医薬・組立製造業等、製造業のお客様を中心に数多くのお客様へ SAP ERP 導入を支援してまいりました。『J-Model』は、これらの実績を基にして構築した、当社独自のテンプレートとなります。SAP S/4 HANA をベースに『J-Model』を活用することで、追加開発を極力減らし、効率的・効果的なシステム構築、弊社導入方法論に基づいたアドオン化承認プロセスなど、標準化を徹底したアプローチによりアドオンの極小化を実現することが可能です。今回、9 割の業務標準化が果たせたのは、村瀬様に弊社の導入実績や導入方法論、『J-Model』テンプレートを信頼いただけたこと、またグループ各社様・業務部門様への綿密な業務ヒアリング・アドオン判定会議等において的確なご判断を頂けた結果でしょう」(風間 氏)。
ヒアリングの場では管理部門を対象にして、1 つひとつのアドオンの標準化有無を判定する場も設定されたといいます。明確な根拠に基づいて判定を行う。新たな業務フローで効率が上がることのエビデンスを示す。こうした働きかけもあって、カゴメグループでは利用者の理解を得ながら、1,000 以上あったアドオンを 100 未満にまで削減できる見通しだといいます。
村瀬 氏は、「2019 年 6 月より受け入れテストを開始し、テストで一部社員には利用してもらっています。従来の "かゆい所に手が届く" アドオンを止めて標準画面を利用してもらうわけですから、反対意見は決してゼロではありません。重要なのは、稼働後に問題を引き起こさないために移行にあたっては利用者と逐次コミュニケーションを取りながらこれを進めることです。2020 年 1 月の業務移行までには利用者教育・業務習熟期間を設ける予定です。また、稼働前にパフォーマンスの検証など十分な受入れテストを行い、リリース後 "システムが遅い" "使えない" といった声が挙がることなくスムーズに業務移行が進むことを目指しています。」と語ります。
同氏が触れたリリース後に安定して稼働という点について、株式会社JSOL プラットフォーム事業本部の渡邉 友 氏は、可用性を重視した設計を採ることで高い信頼性を堅持していると説明し、詳細を続けます。
「SAP S/4 HANA は、ASCS (ABAP SAP Central Services) と呼ばれるシステム インスタンスとアプリケーション インスタンス、データベース インスタンスという 3 つのインスタンスで主に構成されます。クラスタ構成によって Azure のメイン サイト内で冗長化を行っている他、Azure Site Recovery を利用して DR 対策も実施しています。主に当社が SAP S/4 HANA の構成を管理、健全性を監視することで、安定稼働を堅持します」(渡邉 氏)。
利用者と足並みを揃えて業務移行を進めていく
カゴメアクシスの見通しでは、J-Model を利用した SAP S/4 HANA への移行によって管理業務のおよそ 91% が標準化される予定です。
「IT 管理だけでなく管理部門の業務についても大幅に削減される見通しです。現在のシミュレーションでは、管理部門の業務を年間 4.6 万時間分ほど効率化できると見込んでいます。人的リソースの最適化とその "選択と集中" によって、企業価値をいっそう引き上げていきたいですね。そのために正式リリース後も、管理部門とともにシミュレーションした通りの数字が達成できているかを確認しながら業務移行を進めてまいります」(村瀬 氏)。
「私が担うべきは、安定稼働の追求と情報関連経費のさらなる圧縮と考えています。今は移行スピードを重視して IaaS でのリフトを進めていますが、今後は PaaS の活用も進められるでしょう。こうした Azure の機能も積極的に利用しながら、安定稼働とコスト最適化を追求してまいります」(磯谷 氏)。
カゴメ グループで稼働するシステムは、2020 年 1 月の SAP S/4 HANA 移行を以て業務システムの大部分がクラウド化されるといいます。クラウドと SAP S/4 HANA、双方が持つ高い連携性によって、システムや業務の連続性はいっそう高まっていくことでしょう。ひいてはそれが、社員全体の生産性を引き上げていく。カゴメという企業は、これから先も高い存在感を業界に示していくに違いありません。
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