少し前まで、多くの IT 担当者が "クラウドは安全か?" という疑念を抱いていました。しかし、テクノロジーの進化や各クラウド事業者の企業努力もあり、今では "クラウドはオンプレミスにも劣らない信頼性を有している" ということが社会の集合知となりつつあります。これに伴い、従来はオンプレミスにあることが当たり前だった基幹系システムをクラウド化する動きも大きく加速してきました。アニメーション業界で圧倒的なプレゼンスを堅持する東映アニメーションも、基幹系システムのクラウド移行を実施した 1 社です。
コスト削減やアジリティ (経営や IT の俊敏性) の獲得等、企業がクラウド移行で目論む狙いは様々です。東映アニメーションが SAP ERP のクラウド移行で狙いとしたのは、事業継続性の確保にありました。
同社では従来、IBM のホスト コンピューター AS/400 を利用して SAP ERP を運用。この AS/400 は導入から 14 年にわたり、ノン トラブルで同社の事業を支えてきたといいます。しかし、管理が属人化する、保守部品の調達が困難になるなど、"これから先も変わらずに稼働し続けられるのか" という観点では課題が生じていました。将来を見据えた事業継続性を確保するために、東映アニメーションは 2018 年度、この環境をクラウド化することを決意。電通国際情報サービスの支援の下、Microsoft Azure に SAP ERP 環境を移しました。同取り組みで東映アニメーションは、先述した事業継続性を確保しただけでなく、アプリケーションの性能向上や従来比 30% にものぼるコスト削減等、数多くの成果を得ています。
これから先も、感動を提供し続けるために
東映アニメーションは 1956年に産声をあげてから「白蛇伝」、「長靴をはいた猫」に始まり、「鬼太郎」や「ドラゴンボール」、「プリキュア」、「ONE PIECE」といった世間に広く浸透したアニメーション作品を数多く生み出してきました。近年は新たな経営指針として「創発企業2.0」を定義し、"新たな作品" に加えて "新たなビジネス" を創発していくことも目指しています。
この「創発企業2.0」への歩みが加速していることを示す、あるデータがあります。東映アニメーションは 2019 年 1 月、第三四半期決算報告の中で、2015 年度より既存作品のアプリケーション化や映像配信といった「版権事業」が右肩成長していることを報告。既存事業のみならず新たなビジネス セグメントも、その規模を大きく伸ばしているのです。
東映アニメーション株式会社 経営管理本部 情報システム部の榊原 健司 氏は、「私たちが生み出してきた作品は、当社にとって "ビジネスの可能性" そのものです。だからこそ、近年この版権を適切に管理することがきわめて重要となってきています。」と語り、どのような管理が "適切な管理" であるのかを説明します。
「どの組織とどのような条件で契約を結んでいるか、ただそれだけを管理すれば良いわけではありません。版権管理は、"新たなビジネス" の芽を見つけることが目的にあるからです。拡大する市場、複雑に進化する取引やサービス分野に対して各契約がどのような収支状況にあるのか、契約毎で何か傾向はあるのか、突出してニーズが増えている契約はあるのか――これらを常に見ること、そこから先述した芽を見つけ出すことが、適切な版権管理の在り方だと考えています」(榊原 氏)。
経営指標との相関性を見るために、東映アニメーションでは版権管理システムを、SAP ERP 上にフル アドオンで構築しています。「SAP ERP では、フル アドオンの版権管理のほか、 FI (財務会計) と CO (管理会計) 、PS (プロジェクト管理) や SD (販売管理) を利用しています。管理部門のためのデータだけでなく、作品別や事業別といったセグメントで分析できるデータを SAP で作成し、BI で可視化することで、製作や営業、経営層といったあらゆる社員がこれらのデータを用いて戦略を立てられる仕組みを提供しています。」こう榊原 氏が述べるように、同社にとって SAP ERP は、既存事業とこれからの事業を支える極めて重要なシステムだと言えます。
東映アニメーションでは従来、この SAP ERP を IBM の提供する AS/400 の下、オンプレミスで運用してきました。AS/400 は RDB (Relational Database) の稼働に特化した、ハードウェア・ソフトウェア一体型のホスト コンピューターです。極めて高い信頼性を有するのが特徴であり、榊原 氏も「14 年間 AS/400 を利用して SAP ERP を運用してきましたが、その間、動作不良は一度もありませんでした。」とこの点を評価します。
しかし、東映アニメーションでは 2018 年度、SAP ERP をオンプレミスから Microsoft Azure (以下、Azure) へ移すことを決断します。これまで一度も止まったことが無い中でなぜ環境を移すのか、この理由について榊原 氏は、事業継続性を挙げて説明します。
「AS/400 は専用のソフトウェア・ハードウェアで構成されているため、どうしても管理が属人化してしまいます。実際に、私の部署ではこれを管理できる人員が異動してしまい、ノウハウをもっているメンバー不在の中、試行錯誤で運用しております。また、機器はどうしても故障するものです。専用ハードウェアは代替部品の調達が困難で、故障した場合にすぐ復旧することができない点も課題でした。システムの停止は、事業の停止と同義です。SAP ERP の環境をオープン化して管理を標準化する、パブリック クラウドを選択して故障リスクを排除する、これらの取り組みが、事業継続性を高める上では有効だったのです」(榊原 氏)。
東西のデータセンターで物理冗長化。Azure ならば今以上の事業継続性が得られる
東映アニメーションにとって、パブリック クラウドの採用はこの SAP ERP が初の試みとなります。それ故に本プロジェクトは、同社にとって大きなチャレンジでした。
「オンプレミスよりもクラウドの方が安全とまで言われる時代です。パブリック クラウドへ移行しても AS/400 と同等の信頼性を確保できるだろうという前提で、プロジェクトを進めました。」こう榊原 氏は述べますが、進行にあたって 1 つ懸念点があったと続けます。
「パブリック クラウドでは OS 以下のレイヤーをクラウド ベンダーが管轄します。このブラック ボックスの中身まで深く理解していなければ、プラットフォームの信頼性は高くとも同じようにはシステムの可動性は高められないと考えました。SAP ERP とクラウドの双方に長けたパートナーが不可欠と判断し、長年の取り組みの中で信頼関係を築けていた電通国際情報サービス (以下、ISID) さん に本プロジェクトを支援頂きました」(榊原 氏)。
プロジェクトの成功を左右するのは会社を超えたメンバー間の信頼関係だと、同氏は述べます。たとえ高い技術力を有していたとしても、腹を割って会話できる信頼関係なくしては取り組みに歪を生んでしまうのです。榊原 氏は「2004 年の SAP ERP 導入以降、ISID さん には 15 年近く当社の IT をサポート頂いています。長年の関係性の中で、ISID さん の技術力、誠実な対応力を心から信頼しています。」と述べ、同社がパブリック クラウドに Azure を選択したのも、ISID の助言あっての判断だったことを明かしました。
ここに続けて株式会社電通国際情報サービス ビジネスソリューション事業部の小枝 康二 氏は、本プロジェクトにおいては Azure の選択が最適解だったとし、このように理由を説明します。
「東映アニメーション様は海外にも拠点を構えています。SAP ERP は全世界の業務の核となるシステムと言えました。アクセシビリティを考えた場合、グローバルで展開されているサービスを選択すべきです。Azure は検討当時、グローバルで展開し尚且つ日本国内東西 2 リージョンで利用できる唯一のサービスでした。クラウド移行の目的は事業継続性の向上にあります。物理冗長化によって万が一災害などでデータセンターが片方ダウンしてもシステムの稼働を継続できる、この点は Azure の大きな優位性でした」(小枝 氏)。
業務標準化という視点でも Azure は高く評価されました。属人的な管理から脱却するには、従来環境にあった専用ソフトウェアをオープン化する必要があります。株式会社電通国際情報サービス ビジネスソリューション事業部の岩瀬 剛志 氏は、本プロジェクトにあたっては SQL Server へのマイグレーションを実施したと述べ、意図についてこう続けます。
「東映アニメーション様は、オンプレミスにある多くのシステムで Windows Server や SQL Server を利用されています。お客様にとってスタンダードな技術を用いることで、属人性を排除できると期待しました。Windows Server、SQL Server を利用するならば、当然プラットフォームは Azure であるべきでしょう。また、同じマイクロソフトのサービスのため、包括契約によって情報関連経費が最適化できる点も魅力でした」(岩瀬 氏)。
環境構築時にオンプレミス環境で故障が発生。クラウド化が英断だったことを確信
東映アニメーションでは 2018年 4 月より構築作業をスタートし、2018 年 11 月には Azure の運用を開始しています。榊原 氏は、構築・移行フェーズに起きたある出来事を挙げて、クラウド化したことは間違いなく英断だったと語ります。
「構築の最中、AS/400 の部品が故障するという事態が発生しました。しかも、問い合わせてみると、なんと国内に 1 つしかこの部品の在庫がなかったのです。幸い東京に保管されていたため、すぐに調達して復旧することができました。もしこれが地方や海外にあったなら、数日は業務が停止していたでしょう。クラウド化という決断は正しかった、そう強く感じました」(榊原 氏)。
さらに同氏は、ISID をパートナーに選定したことも功を奏したと言及。「データ移行の際には大きめのトラブルが発生しました。ISID さんの支援によってこれを解消することができましたが、当社だけではきっと手詰まりになっていたでしょう。」と述べ、ISID のサポートによって遅延無くプロジェクトを終えられたことを高く評価しました。
実際にデータ移行作業を担当した株式会社ISID-AO テクノロジー&コンサルティング本部 藤本 康仁 氏は、データ移行時に発生した出来事を小枝 氏とともに振り返ります。
「SAP ERP へデータをインポートしている最中にどうしてもエラーが出てしまう事態がリハーサル時に発生しました。検証環境では問題なく完了した処理が、同じ手順でもなぜかリハーサルでエラーとなってしまうのです。SAP に問い合わせたところ、"時刻ズレ" を示唆された為、改めてサーバーを確認したところ、エラーの原因になっていそうな OS のログが発見できました。この情報を基にマイクロソフトと検証を進めた結果、問題が発生した翌日にこれを解消することができました」(藤本 氏)。
「通常は問題の切り分けが必要となります。インフラ、ネットワーク、OS、RDB のどのレイヤーで時刻ズレが発生しているのかを特定しなければ、該当するベンダーへ相談することができません。今回のポイントは、インフラから RDB に至る全レイヤーでマイクロソフトのサービスを採用したこと、これによってサポートの窓口を一本化し、早期に解決できたことだと言えるでしょう」(小枝 氏)。
"窓口の分散は問題解決までのリード タイムを長期化させます。Azure や SQL Server を採用したことで、マイクロソフトからワン ストップにサポート頂ける体制を築くことができました。これは私たちSIer のサービス水準を高める上でも有効だったと考えます。"
-小枝 康二 氏 : ビジネスソリューション事業部
株式会社電通国際情報サービス
Azure を活用し、情シスの業務を見直していく
2019 年 4 月現在、Azure 上で稼働する SAP ERP は無停止で稼働を続けています。榊原 氏は、「柔軟で安定したインフラ基盤を得られたことで、今後のシステム改修を進めやすくなりました。また、今まで情シス業務であったインフラ管理をアウトソース化することができたので、業務負荷が軽減されたと感じます。」と述べ、情シスが本来やらなければならない業務が行えるようになると笑顔を見せます。
また、当初は構想していなかった効果もクラウド化によって得られたと同氏は述べます。
「SQL Server 2016 は優れたファイル圧縮機能を有しています。従来の RDB と比べてディスクの総容量を大幅に引き下げることができ、これによって SAP ERP の性能は大きく向上しました。レポート実行で言えば、2 倍近く処理性能が向上しています。また、総容量の引き下げによって情報関連経費も削減することができました。クラウドならではのスケーラビリティを活用することで、約 30% のコスト削減を見通しています」(榊原 氏)。
"従来環境では物理冗長化の仕組み自体ありませんでした。Azure 移行によって、
現時点の事業継続性も高められたと考えます。同じような形で社内の数多くあるサーバーの運用や情シス業務を適正な形になるよう更に見直しをかけることで、"創発企業2.0" の歩みへ貢献できると考えます。今回の取り組みはその第一歩を踏み出せたという面で、大きな成果だと言えるでしょう。"
-榊原 健司 氏 : 経営管理本部 情報システム部
東映アニメーション株式会社
榊原 氏は、今回の SAP ERP のクラウド移行について大きな成功だと評価。これを受けて現在、周辺のシステムについても Azure へ移していくことを検討していると述べます。ここに続けて小枝 氏は、「Azure の環境を運用する保守サービスも東映アニメーション様にはご利用いただいています。定常運用は私たちにお任せいただき、お客様にはクラウド シフトや 2025 年までに進めねばならない SAP S/4 HANA 移行といった『攻めの IT』にリソースを費やしていただきたいですね。」と語りました。
東映アニメーションが生み出した数々の作品は、これまで、テレビや劇場といったシーンで人々の心に感動をもたらしてきました。"創発企業2.0" を掲げる同社は、今回の取り組みで獲得した事業継続性の下、テレビや劇場に限らない様々なシーンから、私たちに感動体験を提供し続けてくれるに違いありません。
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