いっときのトレンドではなく、継続して成長し続ける企業となるためには、既存事業にイノベーションを起こしていくことが欠かせません。ビル内設備の監視と管理、制御を総合的に行う BAS (Building Automation System) や、BAS をもってエネルギーを最適化する BEMS (Building Energy Management System) の世界的大手であるジョンソンコントロールズは、まさに連々たる革新によって業界内での高いプレゼンスを堅持している一社です。
かつては専用コンピュータで稼働していた BAS と BEMS を 1990 年に汎用 PC ベースにするなど、同社は兼ねてより、テクノロジーの革新を進めてきました。そして現在は、先進技術である AI のサービス実装をスタートさせています。Microsoft Azure Machine Learning で構築した独自の AI モデルを FDD (Fault detection & diagnosis) と呼ばれる不具合検知サービスに実装することで、建物内の快適性をより一層高めているのです。
膨大な数の空調設備を最適に管理するには、人の手だけでは限界があった
頻発する大規模災害によって温暖化防止への関心が高まり、エネルギー管理の重要性があらためて認識されるいま、室内環境とエネルギーを管理する BAS、BEMS が大きな注目を集めています。最適な BAS、BEMS には、空調や配電、照明、換気といったビル内設備の稼働状況とエネルギー消費量を可視化することに加え、データを元にして高精度な予測を立てることが求められるようになってきました。
世界有数のビル設備メーカー / インテグレーターであるジョンソンコントロールズは、この課題に対して以前からある取り組みを進めてきました。ジョンソンコントロールズ株式会社の小柳 吉正 氏と齊藤 央 氏は、「ビッグデータ」「AI」をキーワードにこう語ります。
「当社はシステムの納入、施工だけでなく、O&M (運用管理) も提供するビルディング ソリューションベンダーです。現在、このソリューション ベンダーとしての価値を高めるべく取り組んでいるのが、ビッグデータを活用した取り組みです。たとえば、当社で提供する製品に VAV( 可変風量:Variable Air Volume) 空調システムがありますが、これは多くの大規模オフィスビルなどで採用されており、10 万平方メートル規模のビルであれば約 1,000 台もの VAV ユニットが稼働しています。温度、風量など、各ユニットがセンシングしているデータは中央監視センターに集積されます。従来、このようなデータは人が見て設備を管理していました。膨大なデータの組み合わせから異常を見極める。熟練者の技術をもって属人的に行われてきたこうした作業を仮に AI によってソフトウェア化できれば、これまで以上に迅速できめ細やかなサービスが提供できるでしょう。いま、まさにこの取り組みを進めています」(小柳 氏)。
「AI による手作業のソフトウェア化は、居住者やテナントの満足度向上に直結します。早期に空調システムの不具合対策を講じることができれば、室内の快適環境を維持継続することが可能だからです。また、AI の導入によって属人的な判断を標準化すれば、人的工数を減らすこともできます。サービス価値を向上させることはもちろん、業界が慢性的に抱える人手不足、技術継承といった課題を解消することにもつながるでしょう」(齊藤 氏)。
ジョンソンコントロールズ は 2017 年、ビル内のあらゆる情報を収集集積するデータプラットフォーム「ジョンソンコントロールズエンタープライズマネジメント (JEM)」をグローバルで発表。これは、各国の拠点が保有するビッグデータをクラウド上に集積して解析、可視化、分析することにより全世界のサービス品質向上を目指すというものです。しかし、小柳 氏や齊藤 氏が語った取り組みは、実は JEM がグローバルで発表される数年前から国内で進められてきました。
日本法人では 2016 年から AI の持つ可能性に着目。この実用化に向けてPOC (概念実証) と学習モデルの構築を進め、2018 年には VAV 空調システムの FDD サービスに AI モデルを実装する形でサービス化を果たしています。
このプロジェクトを牽引したジョンソンコントロールズ株式会社の谷井 裕之 氏は、早期から AI に着目して取り組みを進めた経緯をこう振り返ります。
「FDD サービスへの AI 実装には兼ねてより可能性を感じていました。ですが、正直なところ『実装にはまだ早いのではないか』『実用化はまだ難しいのではないか』という印象も持っていました。そうした折、当社の IT 構築と運用を 10 年以上サポートいただいている富士ソフトから、AI の最新潮流について伺う機会がありました。そこでは、既に AI が実用段階に入っていること、さまざまな産業で実装が試みられていることを、専門的な目線から具体的に示していただけました。リーディング カンパニーとして常に最先端の仕組みづくりに取り組んできた当社ですから、AI についても早期にチャレンジすべきだと判断し、プロジェクトをスタートしました」(谷井 氏)。
続けて、ジョンソンコントロールズ株式会社の地田 清和 氏は、早期の実用化を目指すべく、富士ソフトと共同してプロジェクトを進めたことを明かします。
「AI についての研究は自社でも実施してきました。ですが、まだまだ知見が十分でなかったため、当社だけで AI モデルを成熟させることは困難でした。ならばパートナーと共同して作業を進めるべきだと考えました。ただ、サービスへの AI 実装は、当社内の業務フロー自体にも変化をもたらします。システム開発の技術だけでなく、業界特有の文化、言語などにも精通したベンダーを選定する必要がありました。その理解が欠けていると、プロジェクト中で多くのロスが発生してしまうのです。富士ソフトをパートナーとして選定した理由は、長年の関係性の中で当社を深く理解してくれていること、そして SI だけでなく AI インテグレーターとしても高い技術力を有していることが挙げられるでしょう」(地田 氏)。
初期構築後の運用や改良を見越して、Azure Machine Learning サービスを採用
ジョンソンコントロールズが従来運用していた FDD サービスでは、ルールベースのシステムによって異常を検知していました。これは、あらかじめ定義されたパラメーターに応じて空調システムの動作に不具合を引き起こすフォルト (不具合) を検知するというものです。しかし、どんな組み合わせのフォルトが不具合の原因になるのか、またどの程度のフォルトが発生すると不具合が生まれるのかなど、ルール ベースのシステムでは明確に異常有無を判断することが困難だったと、地田 氏は言います。
「たとえば『室温が暑すぎる』という不具合が発生した場合、従来のシステムではフォルトを 0 か 1 でしか判断できなかったため、『どのフォルトがどれだけ不具合に影響しているのか』を明確化することができませんでした。不具合を引き起こす要因は非常に複雑です。単純にフォルトが多ければ悪くて、少なければ良いとは言い切れないのです。状況に応じた複雑な診断を AI によってどれだけ平易化できるか、これが、サービス品質向上の鍵でした」(地田 氏)。
AI によって不具合検知を高度化すべく、同プロジェクトでは、中央管視センターに集積した実稼働データを学習データとして、AI モデルの構築が進められました。この作業は、実際にどのようにして進められたのでしょうか。構築を主に担当した富士ソフト株式会社の刈込 大祐 氏はこのように語ります。
「学習モデルの精度を高めるためには、DNN (ディープ ニューラル ネットワーク) や学習データを調整しながら、[ 学習→評価→再学習] というデータ分析サイクルを回すことが求められます。この過程ではハードウェア リソースやミドルウェアなどを常に変化させていかねばなりません。今回のプロジェクトでは、スケーラビリティが高く、各種 DNNや R 言語のような各種オープン ソース言語を柔軟に利用できる Azure Machine Learning サービスを開発環境とすることで、早期に AI モデルを完成できるよう作業を進めました。同開発基盤が持つ柔軟性によって、複雑な学習であってもスムーズに作業を進めることができたと感じています」(刈込 氏)。
Azure Machine Learning サービスは、AI モデルの開発に必要な、仮想マシンや DNN といった一連の機能を提供するマイクロソフトの開発プラットフォームです。谷井 氏は、柔軟性にくわえて管理性と GUI に優れていたことも、Azure Machine Learning サービスを採用した大きな要因だったといいます。
「FDD サービスを支えるシステムに AI モデルを実装すること、これがゴールかというとそうではありません。サービス イン後も再学習によって精度をより高めていく必要がありますし、VAV 空調システム以外のビル内設備に展開させていくことも構想段階では考えていました。Azure Machine Learning サービスではコマンド ラインだけでなく GUI ベースでもデータの再学習や新たなモデル開発が行えますので、初期構築が完了してシステムを引き取った後も、当社で運用と開発を継続的に行えると判断しました」(谷井 氏)。
続けて刈込 氏は、AI モデルの構築と運用においてはモデル管理が複雑化することを挙げ、そこでも Azure Machine Learning サービスには利点があったと補足します。
「AI モデルの構築に際しては、いくつかのパターンで並列的に学習を行い、成績の良いモデルをピックアップしていくアプローチが必要です。再学習や新たな環境構築を重ねるにつれて AI モデルも増えていきますので、どの世代のどの AI モデルがどんな特性を持っているのか、これを把握することが困難になっていくのです。Azure Machine Learning サービスでは、Workbench という機能を使うことによって各世代の情報を視覚化された形で管理可能ですし、Docker コンテナ機能を使用すれば特定のAI モデルをすぐデプロイすることもできます。単に AI をサービスに組み込むだけでなく、その先の発展性も見据えるのであれば、Azure Machine Learning サービスの採用はベターな選択だと思います」(刈込 氏)。
AI によるサービス品質の向上が、市場に認められる
既述のとおり、ジョンソンコントロールズでは 2016 年度より、FDD サービスへの AI 実装を構想。翌年度でプロジェクト化のうえで、構築作業をスタートしました。およそ 1 年後となる 2018 年 9 月には第1次構築を完了させ、オプション サービスとして提供を開始しています。「既に複数のお客さまに採用していただいています。サービス インからまだ間もないなかで実績が生まれていること自体が、AI をもった O&M の最適化が大きな市場価値を持つことの証でしょう」と、齊藤 氏は笑顔をみせました。
また、小柳 氏は、今回のプロジェクトを経てビッグデータを活用するという企業文化が加速したと語り、これ自体が大きな成果でもあると続けます。
「AI は FDD サービスだけでなく、BASや BEMS が目指す『室内環境とエネルギーの最適化』をさらに深化させていくための鍵となるはずです。今回の取り組みでわれわれ自身が AI に関する知見とノウハウを獲得できたこと、またテクノロジーへの投資を強化し、最先端技術と当社の長年のノウハウを集結した JEM がグローバルで生まれたことは、ジョンソンコントロールズが今後さらに推進力を持ってスマートビル・スマートコミュニティの実現にコミットする姿勢を示しています」(小柳 氏)。
"FDD サービスに AI を実装したことで、お客さまの快適環境をより高品質に保てるようになりました。また当社においても保守点検作業の効率化につながっています。富士ソフト様の支援のもと早期に実現できお客さまに価値を提供できたことは、当社の市場価値を高めたという意味で大いに意義があったと考えています。"
-小柳 吉正 氏: ビルテクノロジー&ソリューション 執行役員 サービス推進本部長
ジョンソンコントロールズ株式会社
さまざまなサービスへ、AI を実装していく
ジョンソンコントロールズにおける AI の取り組みは、FDD サービスにとどまりません。次の展開を視野に入れた動きが、すでにはじまっています。
「現在は単一の AI モデルを用いて FDD サービスを提供していますが、ビルの間取りの違いが AI の診断に影響を及ぼすことを考慮して、AI モデルを間取りのパターンごとに構築して案件ごとに切り分けるための準備を進めています。こうして得られる知見を、他サービスへも展開していきたいと考えています」(谷井 氏)。
"2018 年 9 月に AI モデルを引き取りましたが、その後も当社では、AI モデルの再学習といったサービスのさらなる発展に向けた作業を随時進めています。Azure Machine Learning サービスは GUI ベースにこういった作業が進められますので、非常に助かっています。"
-谷井 裕之 氏: ビルテクノロジー&ソリューション 執行役員
ソリューション開発本部長
ジョンソンコントロールズ株式会社
「今回構築したしくみは、データの可視化にマイクロソフトの Power BI を利用するなど、可能な限りサーバー レスな設計をとっています。サーバーレス設計の強みは、機能開発とそのサービス実装が容易にできるという俊敏性の高さです。Microsoft Azure の持つアジリティと当社の技術力を加えることで、ジョンソンコントロールズ様の AI 活用を今後も支援していきたいと思います」(刈込 氏)
オフィスビルや商業施設、空港、学校など、世界のあらゆる建物で、ジョンソンコントロールズは快適な空間を提供し続けています。そこで過ごす人の多さを想像すれば、快適さという価値が、いかにかけがえのないものかが分かるでしょう。AI やクラウドといった先進テクノロジーが加わっていくことによって、同社は今後も、より快適で、よりスマートな社会の創造に貢献していくに違いありません。
[PR]提供:日本マイクロソフト