建設業界は「人手不足」という深刻な課題をかかえています。帝国データバンクによる調査 ( 人手不足に対する企業の動向調査 : 2018 年)では「正社員が不足している」と回答した建設事業者が 68% に達していることを報告。高齢化の加速もあり、建設現場で働く職人とこれをマネジメントする従業員の確保が困難になっているのです。
慢性的な人手不足に悩まされる中にあっては、1 人あたりの生産性を飛躍的に高めることが不可欠となります。こうした状況下で、スーパー ゼネコン 5 社の一角を占める竹中工務店は、いま、建設現場の業務体系の抜本的な見直しに取り組んでいます。同社は2017 年に、クラウドと AI 技術を駆使した「施工管理作業の自動化」について、検証をスタート。翌年 6 月からはじまる建設現場に新システムを試験導入するなど、着々とこのあゆみをすすめています。
建設業務で義務づけられている施工管理には、多大な負荷がかかる
「働き方改革関連法案」が成立し、労働時間にかかわる制度が大きく変わろうとしています。中でも特に影響力の強い法改正が、「時間外労働の上限規制導入」です。2019 年 4 月より、一部職種を除き、時間外労働の上限が月 45 時間、年 360 時間に定められます。深刻な人手不足、受注量が激しく変動する、業務効率が天候に左右されやすいなど、建設業は特殊な産業構造を持つために働き方の是正が困難といわれていますが、同産業も例外ではなく、2024 年 4 月より時間外労働の上限規制が適用されます。
建設作業はそのほとんどが、人の手でしかできない工程で占められています。近年のロボティクス技術の発展はめざましいものですが、複雑な建設作業をオートメーション化するまでにはまだ時間がかかるでしょう。働き方改革への対応を迫られる中においては、建設業界が一丸となって、短期的に生産性を向上させる方法を見出す必要があるのです。
こうした中、高層ビル、商業施設、スタジアム、研究所、伝統建築といったさまざまな分野において日本を代表する建築の数々を手がけてきた竹中工務店は、業界のリーディング カンパニーとして、「労働環境の改善」「人手不足の解消」といった産業課題に対する取り組みを強く推進しています。株式会社竹中工務店 技術研究所 先端技術研究部 ロボティクスグループ長の宮口 幹太 氏は、現行技術とし ての AI に着目し、建設現場への適用をすすめていると説明します。
「私ども技術研究所の命題の 1 つは、先端技術の建設現場での適用によって生産性を高めることです。AI については、第二次 AI ブームと呼ばれる 1980 年代からその可能性を模索してきましたが、当時はまだ『基礎研究』のフェーズでした。しかし、技術の進化にともなって、AI はいまや『活用』の段階へとシフトしています。この動きを見定めて、当社では AI の現場適用をテーマに、サービス実装と展開をすすめています。2018 年度には、実際の建設現場での試行をスタートさせました」(宮口 氏)。
宮口 氏がリーダーとなって AI の現場適用検討をすすめている対象の 1 つが、鉄筋工事やコンクリート工事、内装工事といった作業の進捗状況や検査状況をカメラで撮影して保存し、報告書などを作成する、「施工管理の写真関連業務」です。
施工管理は法律で義務づけられている業務であり、安全性や施工品質に対する社会要請を背景に撮影する写真の枚数も年々増加しています。建築延べ床面積 1 平方メートルあたりの撮影枚数をみると、2003 年時点では約 1 枚だったのが 2018 年では約 10 枚と、10 倍に膨れあがっているのです。
株式会社竹中工務店 東京本店 技術部 計画2グループ 課長の栗原 淳 氏は、同作業の課題について、「建設現場では 8 時から 17 時まで工事がおこなわれますが、その時間、当社の従業員は写真撮影を含む現場管理業務に追われています。また、工事が終了した夕方からは進捗状況の確認と翌日の作業に関する従業員間の打ち合わせが行われます。必然的に、写真の整理や書類の作成業務は、定時終了間際でのスタートとなるのです。この作業では、写真をアップするだけでなく、撮影日時や立ち会い者の名前、作業内容なども情報入力する必要があるために、従業員のリソースを大きく圧迫していました」と説明します。同作業を AI によって自動化でき れば、従業員の作業負荷を大きく引き下げることが可能です。
AI サービスの開発は、パブリッククラウドの活用が前提だった
こうした建設業界のかかえる問題は、今この瞬間も各地で起こっています。竹中工務店がすすめる AI 活用は、同社だけでなく、業界全体が早期の実現を切望しているといえるでしょう。そのために、株式会社竹中工務店 技術研究所 先端技術研究部 知能情報グループ 主任研究員 髙井 勇志 氏は、AI のサービス実装に際しては、開発の手間やコスト、効果を重視したと説明。この結果、パブリック クラウドの採用に至ったと語ります。
「AI ロジックの精度を高めるためには、フレームワーク (ディープ ニューラルネットワーク : DNN )や学習データ、GPU リソースを調整し、学習と評価、再学習を繰り返すという PDCA が不可欠です。必然的にアジャイル的な進行になるのですが、オンプレミスで都度物理リソースを用意したり、OS、ミドルウェアなどのプログラミングをおこなったりしていては、時間がいくらあっても足りません。AI ロジックを早期に開発するためには、スケーラビリティの高いパブリック クラウドを採用すべきだと考えました」(髙井 氏)。
高度な技術サポートと AI 開発に優れた機能を有する Microsoft Azure を採用
竹中工務店では、同プロジェクトの開発基盤、サービス基盤の双方にMicrosoft Azure を利用しています。髙井 氏はこの理由について、はじめてマイクロソフトへ相談をおこなった当時を振り返りながらこう説明します。
「AI、Deep Learning に関する技術力の高いテクニカル エバンジェリストが、最初のミーティングから同席されたことが印象的でした。機械学習やシステム開発のプロセスについて議論がはずみ、数か月後に控える Microsoft Hackfest ( 企業とマイクロソフトによる共同ハッカソン)で POC ( 概念実証)を実施しようかというところまで話がすすみました。マイクロソフトのサポートを受けてプロジェクトをすすめれば早期のサービス実装が実現できるだろうと確信したことを覚えています」(髙井 氏)
また、Microsoft Azure が備える Azure Machine Learning サービスの存在も、竹中工務店で高く評価されました。同サービスは AI 開発に必要な一連の機能、仮想マシン、DNN を提供する開発プラットフォームです。
他のパブリック クラウドでもこういった AI 開発に必要なサービスを提供している中、竹中工務店は Azure Machine Learning サービスをどのように評価したのでしょうか。株式会社竹中工務店 技術本部 技術企画部 主任企画担当の松岡 康友 氏は、つぎのように説明します。
「Microsoft Azure の利点は、オープンな DNN を複数統合しながら容易に学習モデルの開発が進められることです。現在稼働しているシステムでは DNNに Keras を利用していますが、モデルの精度向上にあたっては TensorFlowや Chainer などを使ったり、またこれらを組み合わせたりして PDCA を回していきました。Microsoft Azure が特に優れていると感じたのは、こうした異なる DNN、異なる世代の学習モデルについて、ライフ サイクルを容易に管理することができる点です。通常の AI 開発ではモデル管理が複雑化してしまうのですが、Azure Machine Learning Workbench を用いると、各 DNN、世代の学習状況がビジュアル表示されますので、成績の良いモデルを的確に判断し、深掘りすることができます。Docker コンテナーを利用すれば、ポータル画面から特定のモデルを簡単にデプロイできます」(松岡 氏)。
試験導入をスタートする建設現場にて、作業負荷の大幅軽減を期待
竹中工務店が Microsoft Azure に感じた多くの強みは、開発がスムーズに進んだという形で成果に現れています。同社は 2017 年下旬の POC を経て、翌年 1 月より開発をスタート。第一次開発はそこから半年足らずで終了し、大規模建設現場での試験適用を開始する予定です。
実利用を計画している同システムについて、宮口 氏と栗原 氏はつぎのように期待を寄せます。
「このシステムは『何の作業の写真なのか』を自動判別するものになります。配筋検査写真や高力ボルトの本締め写真など、学習した 19 種類のシーンをその写真から読み取ることが可能です。さらに、撮影端末の固有情報や、別途用意したビーコン情報を組み合わせることで、『撮影者』『日時』『場所』も自動的に記録する機能を加えることが可能です。昨年度から国土交通省が営繕工事における電子黒板の運用を開始したことにより、工事記録として電子黒板を採用するプロジェクトが増えてきました。つまり、本システムによって施工管理における写真関連業務の『入力作業』の一部が自動化されることになります」(宮口 氏)。
「ユーザーは撮影した写真をアップするだけで、施工管理業務をすすめることができます。アップ自体は必要なため作業時間がゼロにはることはありませんが、それでも従業員の作業負荷が劇的に削減されることは間違いないでしょう。実際の建設現場での試験適用が間もなくスタートします。AI という先進技術によって大きな効果が生まれることを期待しています」(栗原 氏)。
竹中工務店が開発したシステムでは、第一次開発が完了した段階で、90% 以上の精度で作業内容を分類することが可能だといいます。同システムの今後の発展構想について、髙井 氏と松岡 氏はこう語ります。
「現在は、建設プロジェクトの躯体工事における主な 19 の作業を分類することが可能です。しかし、建設プロジェクト全体では、約 400 種類もの作業が存在します。すべてを包括的に分類することは技術上困難ですので、『初期』『中期』『後期』といったフェーズ単位、もしくは『鉄骨』『鉄筋』『配管』といった作業カテゴリ単位にシステムを分けることで、それぞれに特化した AI ロジックを整備していきたいと考えています。ロジックを使い分けて活用することで、建設プロジェクト全体を網羅する事が可能になるでしょう」(髙井 氏)。
"Microsoft Azure の仮想マシンや各機能は非常に優秀で、必要な機能を必要な時に、効率よく利用することができました。おかげで高精度なモデルを早期に生み出すことができたと感じています。Microsoft Azure を活用し、第二次、第三次と開発をすすめていきたいと考えています。 "
-髙井 勇志 氏:技術研究所 先端技術研究部
知能情報グループ 主任研究員
株式会社竹中工務店
「マイクロソフトから優秀なエンジニアを紹介頂いたこともあって、第一次開発におけるモデル設計とその成熟化は迅速に進めることができました。今後もこういった助けを借りることで、試験適用している建設プロジェクトのフェーズに合わせながら AI ロジックも用意していくことができると考えています」(松岡 氏)。
先進技術を駆使することで、建設業の在り方そのものを一新していく
竹中工務店の開発したシステムがもたらすのは、現場従業員の作業の効率化だけにとどまりません。建設現場の作業状況がいつでもクラウド上で確認できるということは、本部の管理者、顧客にとっても大いに価値があるのです。
また、建設現場において AI が活躍できる場面は他にもあるでしょう。たとえば定点撮影している映像を自動診断すれば、現場にどのような危険、リスクが存在するのかを検知することが可能です。こうした「安全」で「働きやすい」世界の実現に向けて、宮口 氏はこのように展望を語ります。
「そもそも人が写真を撮るのではなく、現場を動き回る装置が自動的に撮影するということも夢ではないと思っています。ロボティクス技術はまだ未来のもののように思われていますが、屋内用ドローンや地面を自在に歩くロボットの登場によって、多くの作業のオートメーション化が現実味を帯びてきました。こうした物理世界の先端技術と AI 技術をうまく組み合わせることで、働き方だけでなく、業界全体のイメージを改善していきたいと思います」(宮口 氏)。
"マイクロソフトはクラウドだけでなく、エッヂとなる端末にも力を注いでいます。現場で稼働するあらゆる端末が、情報を収集する、AI が稼働するデバイスとして機能すれば、建設作業のオートメーション化も夢ではなくなるでしょう。こうした世界を実現すべく、マイクロソフトの技術には大いに期待しています。 "
-宮口 幹太 氏:技術研究所 先端技術研究部
ロボティクスグループ長
株式会社竹中工務店
超高層ビルから伝統建築まで、これまでに竹中工務店はいくつものランドマークを建設してきました。ランドマークとは建築物単体として機能するだけでなく、その場所の象徴となり、環境に作用し、街や国のイメージを刷新するものです。竹中工務店は、いま、建設業界の「働き方」という環境の中に、AI という先進技術を駆使したあらたなランドマークを築こうとしているのです。それはきっと、人が本当に生き生きと働ける世界のための、大きな目印となることでしょう。
[PR]提供:日本マイクロソフト