日本の 18 歳人口は、2021 年頃より減少曲線に入ることが予測されています。これに伴い、今後、経営難に陥る高等教育機関が顕在化していくことは、残念ながら避けようがありません。限られた人材、限られた経費のもとで、教育と経営の双方を良好に運営する。こうした「選択と集中」とも呼ぶべき視点をもって業界内で強いプレゼンスを示していくことが、いまの高等教育機関には求められています。

こうした中、クラウド技術を活用して「選択と集中」を進めるのが、京都府宇治市にキャンパスを構える京都文教大学・京都文教短期大学(以下、京都文教大学)です。同大学は 2018 年、日々の教育提供に欠かすことのできない教務、校務システムを対象とし、Microsoft Azure への移行を実施。拡張性に優れたプラットフォームに提供基盤を移すことで、経営資源を最適化し、ICT を活用した教育サービスの発展性も獲得しました。同環境の情報は、SINET 接続によってきわめて高いセキュリティ水準のもと管理されています。

1人の専任者が 3,000 ユーザーの利用する ICT サービスを担当。従来基盤では安定稼働と発展性に限界があった

学問の基盤となる「知力」と、それを現場で発揮するための「実践力」。京都文教大学はこれらの相乗的な練磨を、教育の理念に掲げています。同大学は、フィールドワークをはじめとする地域と密着したカリキュラム構成、親身に寄り添う教職員のサポートをもって、先の理念を確かな教育サービスとして学生へ提供してきました。

こうした「高品質な教育の提供」が大学の本分であることは、言うまでもありません。そしてこの教育を高品質かつ安定的に提供する上で、いまや ICT は、欠かすことのできないインフラとなっています。中でも教務、校務システムと呼ばれる ICT は、履修登録、成績情報といった「学び」に関わる情報を管理する、きわめて重要な ICT です。

京都文教大学は従来、教務、校務システムをオンプレミスで運用してきました。しかし、京都文教大学で総務部長をつとめる石田 晋治 氏は、従来の ICT には、改善すべきさまざまな課題があったと語ります。

「大学経営のための経費、人材には、当然上限があります。『選択と集中』という言葉にもあるように、『高品質な教育の提供』に経費や人材を割くためには、そのぶんのリソースを他の領域から捻出せねばなりません。物理ハードウェアに依存して運用してきた従前の ICT は、この視点から、改善すべき余地がいくつも存在していました」(石田 氏)。

課題の 1 つは、情報関連経費の増加です。履修登録が集中する 4 月、9 月と夏季休暇などの長期休暇シーズンとでは、教務、校務システムへのアクセス量に大きな差異があります。しかし、オンプレミスの場合、どうしてもアクセスの最大量にあわせてサイジングをせねばなりません。「ハードウェアのイニシャル コストだけでも数千万円かかります。運用コストもあって、物理リソースの存在は情報関連経費を圧迫する大きなボトルネックだったのです。」と、石田 氏は説明。つづけて、京都文教大学 図書館情報図書課長の荒木 浩一朗 氏は、情報関連経費だけでなく、ICT を管理する人材面でも課題があったと述べます。

京都文教大学で ICT を利用するユーザー数は、学生や教職員などを含め 3,000 人を超えます。これだけの規模でありながら、同大学には ICT の専任部署が存在しません。荒木 氏は、「システムが関わる領域によっては教務課、総務課などの関連部門と共同して企画管理することもありますが、基本的には私 1人だけが ICT の専任担当となります。定常運用にリソース のほぼすべてがとられてしまうため、どうしても『いまある ICT』を安定して提供することで精一杯となります。本来は ICT を活用した教育施策を企画、構築するなどをせねばなりませんが、そこまで手が回らないというのが実情でした」と、この課題が内包する問題点を指摘しました。

SINET 接続によるパブリック クラウド移行によって、セキュリティ担保と経営資源最適化の両立が期待できた

大学経営に割り当てることのできる経費や人材には上限があります。京都文教大学のように ICT 人材の不足に頭を悩ませる大学は、決して少なくありません。「教育における ICT の有効性は、多くの実績からも明白です。しかし、これを推進するためのリソースが捻出できなければ、実現はおろか、既存サービスの安定提供も危ぶまれるのです。」と荒木 氏は語り、少人数の ICT 人材で「安定したサービス提供」と「あらたな教育施策の実行」が行える環境を求めたといいます。

こうした情報関連経費、ICT 人材の両側面にある課題を解消するために京都文教大学で計画されたのが、パブリック クラウドの活用です。パブリック クラウドではハードウェアをはじめとする下層レイヤーの管理が不要なため、定常運用業務を大幅に簡素化することが可能です。ピーク タイムに合わせてリソースを調整すれば、情報関連経費を削減することもできます。

パブリック クラウドが有する利点は、こうした経営資源の最適化に留まりません。荒木 氏とともに同検討を進めた京都文教大学 教務課の寺尾 健志 氏は、学生にとって有益な教務サービスを提供していく上でも、パブリック クラウドへの移行は有効だったと語ります。

「教員や地域の方々といった『人の力』は、教育上不可欠なものです。しかし、今日の教育に求められる 1 人ひとりに寄り添った教育、いわゆるパーソナライズ化した教育を提供するには、『ICT の力』も有効利用せねばなりません。そこではこれまで集積してこなかった学生情報をデータ化することが求められますし、場合によっては AI のような先端技術の活用も迫られるでしょう。今日のパブリック クラウドは専門知識を持っていなくても先端技術を事業に取り入れられるよう、PaaS という形でそこに必要な機能を取り揃えています。将来的な教務 ICT の可能性を広げていくという意味でも、パブリック クラウドへの移行は有効でした」(寺尾 氏)。

  • 人物①

もちろん、パブリック クラウドへの移行に際して懸念点がなかったわけではありません。たとえばセキュリティの問題が挙げられます。京都文教大学がパブリック クラウドへ移行する対象とした教務、校務システムには、成績など学生の個人情報が集約されています。これを学外のデータセンターに置くことに対し、異論を唱える人もいるでしょう。しかし、荒木 氏は、「本学でもこれまでセキュリティを懸念してオンプレミスでの ICT 運用を方針に定めてきましたが、近年、学術情報ネットワークである SINET と接続可能なパブリック クラウドが増えています。これにより、学内と同等のネットワーク配下であるセキュアな環境としてパブリック クラウドが活用できるようになってきたのです。」と説明し、パブリック クラウド移行の検討を本格的に着手したと語ります。

構築ベンダーに NTT西日本を選択したことで、長年の課題であったパブリック クラウド移行を実現

京都文教大学がパブリック クラウドへの移行を正式に決定したのは、2017 年 7 月のことです。同大学はベンダーに西日本電信電話 (NTT 西日本)を、またパブリック クラウドに Microsoft Azure を選定した上で、環境構築と移行作業を進行。同年 12 月には、校務、教務システムの移行を完了しています。

一見するとスムーズに進んだプロジェクトのように見えますが、実は京都文教大学では 2015 年 よりパブリック クラウドの活用が検討されていました。長年にわたり同検討が頓挫していた理由を、荒木 氏は次のように説明します。

「校務、教務システムとして本学では日本システム技術株式会社 (JAST) が提供する『GAKUEN』という製品を利用していますが、実はこうした既存パッケージ システムをパブリック クラウドへ移行することは、容易ではありません。というのも、まずこれを提供するベンダーに打診してパブリック クラウドへの対応を求めなくてはならず、場合によっては DBMS ベンダーとの調整もくわわったり、追加ライセンスが発生したりすることがあるのです。仮にアプリケーション側の調整ができても、今度は SINET 接続にともない、回線事業者、クラウド事業者などとコミュニケーションを進める必要があります。専任部署がなく日々の定常運用にも追われる中でこれらに対応することは困難でした」(荒木 氏)。

必要となる経費や期間が明確化されなければ、計画は進展しません。結果、パブリック クラウドへの移行は、京都文教大学にとっての「長年の課題」となっていました。そうした中、回線サービスですでに取引のあった西日本電信電話 (以下、 NTT 西日本) へこの状況を伝えたことで変化がもたらされたと、荒木 氏はつづけます。

「NTT 西日本へ現状をお話ししたところ、同社であればパッケージ ベンダー、ネットワーク ベンダー、クラウド ベンダー、3 社とのコミュニケーションと商流を一本化して対応可能という返事をいただきました。NTT 西日本は NIer と SIer の両側面を持つ企業です。われわれが求める各社との交通整理を担ってくれることにくわえて、高い技術力のもとでパブリック クラウド移行への支援をいただける期待がありました。実際、導入を決定してからは本当にスムーズにプロジェクトが進み、わずか半年で移行を完了できています」(荒木 氏)。

マイクロソフトの長期契約によって、情報関連経費を大きく抑えることができた

既述のとおり、京都文教大学はパブリック クラウドに Microsoft Azure を選択してパブリック クラウド移行を進めました。同大学がパブリック クラウドに求めた要件は、まず SINET での接続が可能なこと、そしてプラットフォーム自体が高いセキュリティ水準を有していることでした。同プロジェクトを支援した西日本電信電話 池邉 弘之 氏は、これらの要件に対するMicrosoft Azure の親和性について、次のように説明します。

「Microsoft Azure は、2016 年という比較的早期から SINET 接続への対応を完了しています。また、セキュリティ面でも国内でもっとも早く CS ゴールド マークを取得しているため、接続面と基盤面の双方で高いセキュリティ水準を保つことが可能です。また、グローバル サービスではあるものの、国内の東西 2 か所にリージョンを設けているため、データの所在地を国内とすることが可能です。これは、万が一ベンダー側で問題が発生した場合であっても、国内の管轄裁判所のもとで学生様のデータの引き戻しを要求できるという利点を持ちます」(池邉 氏)。

また、京都文教大学が求めた「経営資源の最適化」という側面でも、 Microsoft Azure の採用には大きなメリットがありました。西日本電信電話の平田 大輔 氏は、「『パブリック クラウド = コスト削減』になるかというと、すべてがそうなるわけではありません。必要となるリソース、用途によっては、意外とコスト効果を生み出すことが難しいのです。しかし、マイクロ ソフトは EES と呼ばれる教育機関向けの統合契約を提供しており、1 年間または 3 年間という長期契約を条件に、マイクロソフトの複数プロダクトを包括したディスカウントを受けることができます。さらに Microsoft Azure 自体も、1 年間または 3 年間の長期契約で適用可能なディスカウント プランである Azure Reserved Virtual Machine Instances を用意しています。これら 2 種を組み合わせることで、パブリック クラウドだけでなく Office など全体の情報関連経費を大きく削減しながらパブリック クラウド移行を進めることが可能です」と説明します。

  • 人物②
  • EES (左) と Azure Reserved Virtual Machine Instances (右) を活用することで、大学全体 の情報関連経費を最適化しながらパブリック クラウド移行をすすめることができた

    EES (左) と Azure Reserved Virtual Machine Instances (右) を活用することで、大学全体の情報関連経費を最適化しながらパブリック クラウド移行をすすめることができた

2017 年 12 月に無事カット オーバーを果たしたのち、Microsoft Azure 上で稼働する教務、校務システムは、ノン トラブルで稼働を続けています。翌年 4 月に迎えたアクセス集中時にも、動作が不安定になることはありませんでした。荒木 氏は、「SINET 接続によりセキュリティとネットワーク帯域が確保されていること、Microsoft Azure 自体が高い稼働率を有していることが、安定してサービスを提供できている理由だと考えています。また、長期契約のディスカウントによって、情報関連経費も当初計画より低く収まっています。」と笑顔をみせます。

"今回のプロジェクトで評価すべきは、少ない人材のもとで滞りなくパブリック クラウドへの移行が完了できたことです。GAKUEN を提供するパッケージ ベンダーへの交渉、パブリック クラウドに適したアーキテクチャ設計など、NTT西日本には技術とコミュニケーションの両側面から多大な支援をいただきました "
-荒木 浩一朗 氏: 図書館情報図書課長
京都文教大学

  • Microsoft Azure 上の環境へは学内ネットワークから SINET をつうじてアクセスする。 学内と同水準のセキュリティ水準のもと、パブリック クラウドを活用することが可能

    Microsoft Azure 上の環境へは学内ネットワークから SINET をつうじてアクセスする。学内と同水準のセキュリティ水準のもと、パブリック クラウドを活用することが可能

2018 年 5 月現在、京都文教大学では教務、校務システムを IaaS ベースで運用しています。ここに対して同大学は今後、認証や DNS などの各種機能を、 Azure Active Directory や Azure DNS といった PaaS へ置き換えていくことを計画。そこで見据えている効果について、石田 氏は次のように説明します。

「PaaS ではミドルウェア部の管理も不要となります。工数負荷が削減されることにくわえ、作業自体が簡素化されるため、業務を標準化することが可能になります。運用管理の属人性を排除すれば、これまで以上に安定的にサービスを提供し続けることができるでしょう」(石田 氏)。

"Microsoft Azure を活用してパブリック クラウドへの移行を進めたことによって、少ない ICT 人材のもとであっても安定してサービス提供をつづけられる体制が整備できました。情報関連経費も削減できたため、これらの経営資源をあらたな ICT 投資へ割り当てて、高品質な教育の提供を追求していきます"
-石田 晋治 氏: 総務部長
京都文教大学

教育のパーソナライズ化をめざし、 AI といった先進技術の活用を構想

Microsoft Azure への移行により、経営資源の最適化を進めた京都文教大学。同大学ではここであらたに生まれた経営資源を活用し、教務におけるICT 活用を加速することを構想しています。「教育のパーソナライズ化を推し進めることで、理想となる教育を実現していきます」と寺尾 氏は意気込みをみせ、今後の構想を語ります。

「たとえば、学生が提出した授業コメント情報を機械学習 API である Cognitive Services で分析すれば、『学生の意識、モチベーション』の可視化が可能になるかもしれません。また、表情から感情を読み取る Face API を利用してカメラなどの画像データを分析すれば、先の意識、モチベーションの分析精度を高めることもできるでしょう。今後、成績情報だけでなくこうした意識の領域まで学生の情報を把握し、より密接な教育サービスを提供していきたいと考えています」(寺尾 氏)。

"AI、機械学習などの先進技術に取り組む場合、オンプレミスでは環境の構築や専門知識の会得が必要であり現実的ではありません。Microsoft Azure の PaaS を活用することで、高度な知識がない状態でもこうした先進技術を教育サービスに反映することができます"
-寺尾 健志 氏: 教務部 教務課
京都文教大学

「人の力」は教育において欠かせないものです。しかし、「高品質な教育の提供」という本分へアプローチできるのは、必ずしも「人の力」だけではありません。テクノロジーが進化をつづける今日、「ICT の力」も、教育に対して大きな影響力を持っているのです。Microsoft Azure を活用して経営資源の最適化を進めた京都文教大学。この取り組みを 1 つのきっかけとして、同大学の教育が今後ますます発展していくことに期待が高まります。

  • 集合写真

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