都市部への人口集中と地方部の人口減少が、さまざまな産業に影響を及ぼしています。その代表例として挙げられるのが、地域銀行です。人口流出によって市場が縮小するにつれ、中長期的には地域銀行の経営基盤たる預金量、貸出金量もまた減少していくことが想定されます。地域銀行は今、単なる金融機関としての機能だけでなく、地域内で資金が循環するしくみを生み出すことも求められているのです。こうした情勢の中、スマートフォンアプリ「Wallet +」をもったローカル エコ システムの構築を進めているのが、ふくおかフィナンシャルグループの新規事業構想の中から生まれた iBankマーケティングです。
個人と地域企業を「つなげて」ローカル エコシステムの構築を目指す、Wallet +
Wallet + は、2016 年 7 月に福岡銀行のオフィシャル アプリとして提供を開始した新しいマネー サービスです。サービス インから 8 か月後の 2017 年 3 月に 10 万ダウンロードを記録し、2017 年末には30 万ダウンロードに到達するなど、同アプリは金融機関のオフィシャル サービスとしては異例の成長を遂げています。
Fintech (フィンテック) という言葉が浸透する今、多くの金融機関が、IT を活用して既存事業の価値向上を目指す取り組みを進めています。そうした中、iBankマーケティング株式会社 代表取締役 永吉健一 氏は、同社が提供する Wallet + について「従来型サービスとはコンセプトが異なるマネー サービス」だと説明します。
「金融機関が保有する『お金にかかわる情報』は、きわめて有用な資産です。これを活用して個人と地域企業を『つなぐ』ローカル エコ システムを構築したい、そう考えて開発したのが Wallet + です。たとえば福岡銀行では、560 万人の個人顧客のほか、北部九州を中心に 22 万もの法人、事業者を有しています。これら個人と地域企業との接点を創出して地域経済を活性化すれば、福岡銀行のビジネス フィールドを拡充することができます。短期的な目線ではなく、地域づくりという長期的なアプローチをもって将来の顧客基盤や取引量増を目指す。こうした『まったく新しいマネー サービス』であるために、Wallet + にはさまざまな機能を実装しています」(永吉 氏)。
金融機関が提供する多くのサービスは、預金残高や収支の管理を主な用途としています。Wallet +がユニークなのは、こうした基本機能に加え、貯蓄の目的となる結婚、旅行といった非日常消費をユーザーへ喚起させる「情報ポータル」を非金融サービスとして実装していること、そしてこの非日常消費の達成をサポートする「目的預金」機能を備えることにあります。金融サービスと非金融サービスを融合することで、ユーザーは Wallet + の支援を受けながら貯蓄目的を「発見」し、それを「かなえる」ことができます。そしてこの「かなえる」過程で、ユーザーと地域企業との接点が生まれるというわけです。
高齢化が深刻な社会問題となりつつある今日、地域づくりにおいては、「若年層との取引拡充」を強く意識しなければなりません。これを見定め、iBankマーケティングではスマートフォン アプリに特化して Wallet + を展開。着実に若年層のユーザーを増やし、結婚や住宅取得といった「これから発生するライフ イベント」における消費ニーズを生み出しています。そしてこの消費ニーズを地域企業へ還元することで、ローカル エコ システムの構築が進められているのです。
同サービスを提供するうえで、性別、年齢、職業といった「デモグラフィック情報」、預金残高や保有資産、収支といった「ビヘイビア情報」、普段の活動エリアや情報閲覧履歴から推測される「価値観、行動理由 (サイコグラフィックス情報)」などをもったユーザー プロファイリングは、不可欠となります。iBankマーケティング株式会社 ICT 事業部 シニアマネージャー植原 健介 氏は、ユーザー プロファイリングを含めたデータ分析こそが、iBank 事業の中核となっていると語ります。
「サービスを持続的に成長させるためには、まずターゲットとなる層に『これは自分にとって “使える”( 有用な) サービスだ」と認めてもらわなければなりません。ユーザー コメントやアプリから得られる行動データを分析して、より最適な UX/UI を検討し、アプリを継続して改善する。そうすることで、利用者数を増やし、ユーザーの利用頻度や継続利用率を高める。また、行動データから個別の顧客プロファイルを作成し、これを活用して地域企業のマーケティング活動を支援する。というように、UX/UI 改善、顧客プロファイル作成、マーケティング支援というローカル エコ システムに欠かせない各プロセスにおいて、データ分析は非常に重要な要素となっています。iBank 事業 の根幹がこうしたデータ分析にあることは間違いありません」(植原 氏)。
Wallet + におけるデータ分析領域 | |
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① | 「有用」というユーザー認知によって利用者数と利用頻度を高めるための、「UX/UI 分析」 |
② | デモグラフィック情報やビヘイビア情報、サイコグラフィック情報によって顧客増を立体的にとらえるための、「プロファイル分析」 |
③ | 消費ニーズを地域企業へ還元するための、「マーケティング分析」 |
金融機関の利用に足る信頼性を備えた Azure で、ライフ スタイルの変化に対応可能なデータ分析基盤を構築
iBankマーケティングでは現在、大手国内 IT ベンダーが整備、運用するプライベート クラウドをシステム基盤として Wallet + を提供しています。そのシステム基盤では重要度の高いデータを取り扱うため、プライベート クラウドでこれを運用することは、必然だといえるでしょう。
一方、データ分析基盤については、PC ローカルと Azure のそれぞれの環境で整備し、分析用に加工したデータを用いて運用されています。データ分析は事業の根幹とも表された重要な作業です。そこにパブリック クラウドを利用する理由として、永吉 氏は「変化への対応力」を挙げます。
「ライフ スタイルは急激な速度で変化します。これに伴って UX や消費などに対するユーザー ニーズも日々変わっていきます。的確にこれをつかむために、データ分析基盤はアジリティを備えることが第一に求められました。プライベート クラウドを利用する手もありますが、クラウドと名がついていてもその実体は『単なる仮想化基盤』です。どうしても物理環境に依存する部分があるため、リソースの拡張性、機能実装の迅速性で限界があります。パブリック クラウドを利用すれば、こうした限界を打破して時代の変化に対応していくことができると考えました」(永吉 氏)。
アジリティを獲得すべく、iBankマーケティングは Hadoop 分散処理を実現する Azure HDInsight を利用してデータ分析基盤を整備。バッチ処理によってデータを匿名化、抽象化したうえで、システム基盤上のユーザー情報を Azure のデータ分析基盤に蓄積しています。
金融系のデータを含む以上、たとえ匿名化、抽象化しているとはいえ、データの取り扱いには最大限セキュリティに配慮しなければなりません。そしてこのセキュリティに対する高い対応レベルこそが、Azure を採用した理由だったと植原 氏は明かします。
「各クラウド事業者がセキュリティ ポリシーや SLA などを Web サイト上でうたっていますが、ユーザーとしてはなかなかその実体、実情がつかみづらく、真偽を確かめることは困難です。しかし、今回マイクロソフトには、私たちのパブリック クラウド導入検討に際して Azure のデータ センターを見学するツアーを組んでいただきました。これに参加して感じたことは、我々が思っていた以上にセキュリティや可用性に対して厳格に管理がなされていることです。また、Azure は全世界でサービス ポリシー/ サービス レベルを統一しています。これはつまり、見学で実感した質の高いクラウド サービスが全世界統一で提供されているということであり、私たちのサービスで取り扱うデータを預けるに足る信頼性を十分に有していることを示しています」(植原 氏)。
"「お金」に関する情報はマーケティングにおいてきわめて有用なデータなため、クラウド事業者側で有事が発生した場合にはデータをクラウドから手元に戻す必要があります。Azure は海外のサービスながら日本の国内法に基づいた対応が可能です。こうした安心感も、採用を決定する大きな理由となりました"
-植原 健介 氏:ICT 事業部 シニアマネージャー
iBankマーケティング株式会社
既存サービスの改修、改善に向けたデータ分析が迅速化される
既述のとおり、iBankマーケティングでは現在、PC ローカルと Azure にある各データ分析基盤を、用途に応じ使い分ける形で運用しています。サービス イン当初は分析業務をまずは小さくスタートして最適な手法を固めるというアプローチをとったことが現在の運用形態となっている理由ですが、同社は近い将来、Azure にデータ分析基盤を統合することを計画しています。iBankマーケティング株式会社 事業開発部 データクリエイショングループ 今村 拓己 氏と江里口 剛喜 氏は、基盤統合を進めることが、サービス価値のさらなる向上へとつながると語ります。
「データは日々肥大化が進んでいます。分析作業に有する処理時間も増す一方です。Azure HDInsight を利用してまず驚いたことは、この処理時間を劇的に短縮できる点です。今後は機械学習など大量の計算処理を必要とする機能実装も計画しているため、Azure のデータ分析基盤を主としていくことは間違いないでしょう。ただ、今まで PC ローカルのみで分析作業を実施してきたこともあって、Azure と PC ローカルの間で、スクリプトや実務内容にギャップが存在しています。ですが、Azure への基盤統合が分析作業のさらなる迅速化、高精度化に貢献することは疑いようがありません。新たな知識の会得やガイドラインの策定などに工数を割いてでも、早期にこれを進めていきたいと考えています」(今村 氏)。
「現在は Apache Hadoop をフレームワークに利用していますが、これをリアルタイム処理エンジンである Apache Spark へ変更することを構想しています。マーケティング分析の領域において、リアルタイム性は重要な要素となります。たとえば、『まさに今このタイミングで預金の使い道を考えている人』と『昨日預金の使い道を考えていた人』がいたとして、前者とのビジネス マッチングの方が有効であることはだれの目にも明確でしょう。Azure HDInsight は PaaS という性質上、新たに環境を手配せずとも早期にフレームワークを切り替えることが可能です。こうした拡張性を活用することで、高価値なサービスづくりを迅速に進めていきたいですね」(江里口 氏)。
Wallet + と連携してビジネスを提供する地域企業の数は、2017 年 12 月時点で約 70 社を数えます。現在は、Wallet + 上で非金融系サービスの購買を直接行う機能、データ分析基盤上のデータを地域企業が直接活用するようなしくみは未実装となります。しかし、iBankマーケティングでは次期フェーズで、提携企業との API 連携も構想。今後、ユーザーと地域企業がよりシームレスにつながる世界が実現されていくでしょう。
永吉 氏は、「利便性を高める意味でも、顧客プロファイルやマッチングの整合性を高める意味でも、分析データを根拠とした既存サービスの改修、改善は不可欠といえます。今回の取り組みで、この分析作業を迅速化できたこと、また、新たな分析手法が早期に開発できるスケーラビリティを獲得したことは、今後の事業成長に向けた重要な成果といえるでしょう」と、Azure の採用を高く評価します。
沖縄銀行でも採用。全国規模で地方創生を支援していく
iBankマーケティングが進める地域づくりは、地方創生の活動とも言い換えられます。そして同社が取り組む地方創生は、福岡、九州というエリアに限定したものではありません。Wallet + は福岡銀行のオフィシャル アプリとしてサービス インしましたが、iBankマーケティングはプロジェクトの初期からマルチ バンクの構想を掲げ、これを進めてきました。「福岡銀行の取り組みを初期事例とし、そこで蓄積した知見、ノウハウを他地域にも展開することによって、全国規模で地方創生を実現することを目指してまいります」と、永吉 氏は意気込みます。この言葉のとおり、2017 年 11 月には2 行目の取り組みとして、沖縄銀行が Wallet + を採用することが公表されています。
"全国規模で地方創成を実現する。今後これを高いスピード感で進めるうえで、多様な地域特性をサービスに反映していくことが求められるでしょう。Azure で整備したデータ分析基盤を最大限活用することによって、ここへの対応を進めていきたいと考えています"
-永吉 健一 氏: 代表取締役
iBankマーケティング株式会社
全国規模の地方創生という大きなビジョンの達成に向けて、植原 氏はマイクロソフトに対し、今後さらなる支援を期待したいと語りました。
「クラウド サービスを検討した当時、機能の充実度は各ベンダーがほぼ横並びの状況でした。しかし近年、マイクロソフトはデータ分析や AI といった機能を強化しており、サービスとしての特徴が明確に表れてきていると感じます。他のベンダーもこういった先進技術の実装を進めていますが、マイクロソフトはその中でも秀でて迅速であり、当社の目指す構想と同じ方向を向いていると感じています。今後も Wallet + や提携する地域企業様、地域銀行様のビジネスを高い水準でサポートしていただきたいですね」(植原 氏)。
さまざまな社会問題が深刻化する今日、いくつかの銀行は、これまでの銀行の枠を超えた斬新なサービス展開に着手しています。ふくおかフィナンシャルグループや沖縄銀行、そして iBankマーケティングの取り組みは、まさにそのような活動の最前線に立っているといえるでしょう。福岡から始まった Wallet + による地方創生は、今、その規模を全国へと広げようとしています。Wallet + や iBankマーケティングの今後の動きは、他の銀行も注目すべきところでしょう。
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