市場がめまぐるしく変化する今日、企業は事業の発展を絶えず継続しなければ、変化の波に淘汰されてしまう恐れがあります。ゴルフというテーマに対して「ゴルフ用品販売」「ゴルフ場予約」「ゴルフ メディア」の3つの領域からワンストップでサービスを提供する株式会社ゴルフダイジェスト・オンラインは、2000年の設立後、まさに先の発展を継続し続けることで、競争の激しい市場において高いプレゼンスを堅持し続けている企業です。

2017年現在、国内ゴルフ市場は縮小傾向にあります。この状況を鑑みて、同社は2016年より、「GDO NEXT from Scratch」と称する中期経営計画を推進。従来の枠組みにとらわれない新たなビジネスの創造を目指しています。同計画では、ビジネススピードをこれまで以上に加速するとともに、その速度へIT側が追従するための IT基盤整備も必要となります。この基盤整備において株式会社ゴルフダイジェスト・オンラインが選択したのが、SAP ERP環境にMicrosoft Azureを採用した、IT基盤のフルクラウド化です。

株式会社ゴルフダイジェスト・オンライン

プロファイル

2000年に設立された株式会社ゴルフダイジェスト・オンラインは、インターネットで、ゴルフのワンストップ・サービス(見る・買う・行く・楽しむ)を展開する会社です。同社が運営するGDOクラブ会員は、2017年に320万人を突破し、ゴルフを愛する人には欠かせない企業へと成長を遂げています。

導入の背景とねらい
加速するビジネススピードに追従すべく、クラウドを活用したIT基盤の見直しを実施

株式会社ゴルフダイジェスト・オンライン CTO 経営戦略本部 本部長 渡邉 信之氏

東京都品川区に本社をおく株式会社ゴルフダイジェスト・オンライン(以下、GDO)は、ゴルフという分野においていち早く、インターネットを利用したサービスを確立した企業です。ゴルフ場予約からスタートした同社は、ゴルフメディア、ゴルフ用品販売とサービス領域を拡大。今では、ゴルフを楽しむ人にとって欠かせないサービスとなっています。

ゴルフ場数の減少傾向にも表れているように、国内のゴルフ市場は昨今、横ばい、ないしは多少緩やかながら下降の傾向を示しています。しかしそのような中、GDOは設立から約 20年の間、順調に業績を伸ばし続けています。株式会社ゴルフダイジェスト・オンライン CTO 経営戦略本部 本部長 渡邉 信之氏は、現在も、2016年を第二創業期と据えた中期経営計画(2016-2018)「GDO NEXT from Scratch」に取り組んでいる最中だと語ります。

「国内市場の低迷が予測される中でビジネスを拡大し続けるには、海外市場を視野に入れた展開や新規事業が不可欠となります。また、国内のゴルフEC市場においてシェアNo.1を保持している一方で、小売全体におけるEC市場はまだまだ成長余地があるため、既存事業についてもいっそう強化していかなければなりません。こうした当社を取り巻く環境を踏まえ、今を第二創業期と据えてゼロベースから事業を再スタートする『GDO NEXT from Scratch』を現在進めています。この計画を進めるうえで、ビジネス スピードの加速は何よりも重要な要素となります。万が一、ITがその足を引っ張る存在となってしまっては、計画の進行に大きな支障を引き起こすでしょう。そのため、『GDO NEXT from Scratch』の初期フェーズでは、IT基盤のゼロ ベースでの見直しを実施しました」(渡邉氏)。

GDOが運用しているITは、フロントシステムと基幹系システムの2つに大きく分類されます。ユーザーがアクセスするフロントシステムにはWebアプリケーションやDB、課金システムといったシステムを集約。これが、在庫管理や入出荷の制御といった機能を備えるSAP ERP(基幹系システム)とリアルタイムに連携されることで、日々の安定したサービス提供を実現しています。これらのシステムは、GDOにおいて欠かすことのできないミッション クリティカルなシステムだといえるでしょう。

株式会社ゴルフダイジェスト・オンライン インフラマネジメント室 室長 白尾 良氏

同社では従来、オンプレミスに構築した約300インスタンス規模の仮想化環境のもと、これらのITを運用。しかし、「GDO NEXT from Scratch」を進めるうえでは、ビジネススピードに追従するための俊敏性がIT基盤に求められることとなります。オンプレミスではこの俊敏性の確保が難しく、渡邉氏は「クラウドではなくオンプレミスを利用し続ける理由を探す方が難しかった」と、IT基盤の見直しを検討した当初から、クラウドの活用を視野に入れていたと述べます。

クラウドが備える拡張性は、きわめて高い俊敏性をIT基盤にもたらします。ですが、GDOがクラウドに期待したことは、この拡張性以外にも存在していました。株式会社ゴルフダイジェスト・オンライン インフラマネジメント室 室長 白尾 良氏は、クラウドに期待した事項について、次のように説明します。

「IT部門においては、いかにして最適なコスト、工数で安定したサービス提供を実現するかが求められます。しかし、我々の部署はそれほど人数が多いわけではありません。オンプレミスではハードウェア側も管理せねばならず、どうしても定常運用に多くのリソースを割くことになります。クラウドの活用は、拡張性を高めるだけでなく、定常運用に割くリソースの削減にも期待できました。クラウドの活用でリソースに余裕が生まれれば、それを新たなITの企画や開発など『攻めのIT』へ投じることができるでしょう。『GDO NEXT from Scratch』をIT側から強く支援するうえで、拡張性とリソースが確保できるクラウドの活用は不可欠だといえました」(白尾氏)。

システム概要と導入の経緯、効果
フルクラウド化を決断したGDO。信頼性を評価し、Azure上でのSAP ERP環境の構築を決定

株式会社ゴルフダイジェスト・オンライン ビジネスデザイン室 八巻 竜太氏

安定稼動を維持しながらビジネスの発展を絶えずITで支援していく。これを実現すべく、GDOではクラウド活用を視野に入れてIT基盤の見直しを進めます。このことは、クラウドファーストが加速する今日においては必然の動きだといえるでしょう。ですが、GDOが進めたクラウド活用は、1つ大きな特徴を持っています。それは、全システムをクラウド化するフルクラウドを選択したことです。

移行の難易度を考慮するのであれば、一部システムをオンプレミス上に残す「ハイブリッドクラウド」を採用することが1つの最適解といえます。しかし、GDO内で稼動するフロントシステムと基幹系システムは、双方のリアルタイム通信を必要とするきわめて連携性の高いシステムとなります。一部でもオンプレミスに残した場合、定期開発や新規開発などオンプレミス側の構築で要するタイムロスが、クラウド側の環境に少なからず悪影響を及ぼすことが懸念されました。

市場とビジネスの変化にITが追従するための「俊敏性の獲得」、そして攻めのITにリソースを投じるための「定常運用負荷の軽減」。これらの実現を本質的に果たすのであれば、たとえ難易度が高くともフル クラウドを選択することが、GDOにおいて最善といえました。GDOは2016年6月にこの判断を下し、フロント システムとSAP ERPの両環境をクラウド上に構築すべく、プラットフォームの選定を開始します。

株式会社ゴルフダイジェスト・オンライン ビジネスデザイン室 八巻 竜太氏は、プラットフォームの選定において、マルチクラウドという選択肢を設けて比較検討したと語ります。

「管理の簡素化を追求するのであれば、プラットフォームを同一サービスで統一することが望ましいでしょう。しかし、クラウドサービスと一概にいっても、事業者ごとに得手不得手があります。今後、IT基盤を最適な形に発展させていくのであれば、適材適所のプラットフォームを採用すべきだと考えました。そこで、基幹系システムについては、2011年にSAP ERPの導入を支援いただきその後も取引を継続しているアビームコンサルティング株式会社(以下、アビームコンサルティング)へ相談し、専門家の目線から『SAP ERPを稼動する環境としてどのプラットフォームが適しているか』を提案いただくことにしました」(八巻氏)。

いうまでもなく、SAP ERPは業務に欠かすことのできない重要なシステムです。これをクラウド上で構築するためには、SAP ERPへの深い理解とクラウドに関する多くの知見が求められます。八巻氏はSAP ERPのクラウド構築について、「MM(在庫、購買管理)やSD(販売管理)といったロジスティクスが絡む案件となる場合、『支援できます』と自信を持って回答するベンダーは数少ない」と続けます。難易度が高い案件についてアビームコンサルティングへ相談したことは、同社への期待、そして信頼の表れだといえるでしょう。

アビームコンサルティング株式会社 シニアコンサルタント プロセス&テクノロジービジネスユニット ITMSセクター 櫻井 一徹氏

この期待を受けて、アビームコンサルティング株式会社 シニアコンサルタントプロセス&テクノロジービジネスユニット ITMSセクター 櫻井 一徹氏は、2種の提案をGDOへ行い、比較検討の結果、Azure上でSAP ERP環境を構築することが決定したと語ります。

「SAP ERPのクラウド構築について、当社からはマイクロソフトが提供するAzureでの構築、そしてAWSでの構築の2種を提案しました。GDO様では、フロントシステムへのAWSの採用を既に決定されていたため、AWSでの構築は管理性を重視したものとなります。一方、Azureでの構築は、システムとの親和性や信頼性を重視したものです。GDO様で稼動するSAP ERPは、バックエンドにSQL Serverを利用しているため、AzureでSAP ERPを構築して運用することは、親和性とコストの側面で大きなメリットがありました。また、当社の技術検証で、Azure環境でもSAP ERPが問題なく動作することを既に実証できていたため、稼動性についても間違いがないと考えました。これらをGDO様へお伝えした結果、信頼性を高く評価いただき、Azure上で構築する案で進めることとなりました」(櫻井氏)。

GDOでは、Azureでの基幹系システムの構築について、「現環境の移行」ではなくSAP ERPのバージョンアップを伴う「新たな環境の構築」としてプロジェクトを開始します。アビームコンサルティングにアプリケーションの構築とデータ移行を、パナソニックインフォメーションシステムズ株式会社(以下、パナソニックIS)にインフラ側の構築を依頼し、2017年2月のサービスインをターゲットとして作業を進行。同プロジェクトは、構築後のインフラ運用をパナソニックISに委託することによって、定常運用のリソースを可能な限り削減することも目指しました。

パナソニックインフォメーションシステムズ株式会社 エンタープライズソリューション事業部 クラウド・運用サービス部 上本 健太郎氏

パナソニックインフォメーションシステムズ株式会社 エンタープライズソリューション事業部 クラウド・運用サービス部 上本 健太郎氏は、インフラの設計と構築のポイントについて、次のように説明します。

「ミッションクリティカル性がきわめて高いシステムをマルチクラウドに分散したことにより、システム間通信の低レイテンシと可用性の両方が課題でした。AzureとAWSの間では絶えず情報がやり取りされるため、帯域とセキュリティを確保すべく、接続にはExpressRouteを使用。また、エクイニクスが提供するCloud Exchange上に2台設置したL3スイッチでAzureとAWS間の接続を冗長化することで、安定性と性能の双方を担保しています。構築に際しては、マイクロソフトから情報提供やPowerShellのサンプルスクリプトの提供などの支援をいただいたこともあり、スムーズに作業を進行することができました」(上本氏)。

Azure上のシステム構成。常時安定してサービス提供すべく、Azure上の環境とネットワークが統合監視できるMicrosoft Operations Management SuiteのLog Analyticsが組み込まれている

導入の効果
クラウドの拡張性を活用して移行時間を最小化。オンプレミスよりも安定したサービス提供も実現

上本氏が触れたように、同プロジェクトはスムーズに進行。当初の計画どおり、フルクラウドによる新たなIT基盤は無事、2017年2月にカットオーバーしています。

このカットオーバーに際しては、旧環境からデータを移行する「移行時間」についても高い要件が求められたといいます。バージョンアップを伴う環境構築となるため、旧環境と新環境を並行稼動させて瞬時に本番環境を切り替える手法はとることができません。つまり、本番環境の切り替え場面では、どうしても旧環境からデータを移行する間、システムを停止することが求められたのです。

櫻井 氏は「一般的に、このようなSAP ERPの本番環境の切り替えにおいては、48時間ほどの時間を要することとなります」と説明します。48時間、つまり2日間のシステム停止がその間のビジネスに多大な悪影響を及ぼすことは、想像に難くありません。しかし、同プロジェクトでは、22時~翌日10時という比較的ユーザーが少ない時間帯のわずか12時間で、本番環境の切り替え作業を完了しています。

短時間でシステムの切り替えを実現したことは、サービスの提供を可能な限り継続し、ユーザーからの信頼を堅持するという点で、大きな成果だといえるでしょう。白尾氏はこの点について、高く評価します。

「不具合の発生リスクなども加味すると、通常2日を要する本番環境の切り替えを短時間で進めることは大きなチャレンジだったといえるでしょう。しかし、今回、アビームコンサルティングとパナソニックISより、懸念点と準備すべき事項を事前に整理いただけたこともあり、大きなトラブルなくこれを進めることができました。また、テスト環境や高性能な中間機などを、クラウドの拡張性を活用することで随時スクラップ&ビルドしたことも、移行時間の最小化を果たすことができた1つの要因といえるでしょう」(白尾氏)。

フルクラウド化によって、GDOは、「GDO NEXT from Scratch」でいっそう速度を増すビジネススピードにも追従できるIT基盤を獲得しました。たとえばWebサイトやアプリケーションの反応速度を高める場合、物理環境の性能限界を背景に、これまではアプリケーション側へのチューニングしか方法がありませんでした。フルクラウド化によって物理環境側の制約が解消されたことは、IT部門で対応できる範囲の拡大を意味するでしょう。

渡邊氏は、今回の取り組みによって、俊敏性の確保と定常運用負荷の削減という、フルクラウド化に期待した事項を無事実現することができたと、笑顔で語ります。

「実をいうと、SAP ERPがクラウド上で安定稼動するかどうかは稼動開始まで懸念していました。しかし結果として、Azureへの切り替え後、アプリケーションレベルではオンプレミスよりもむしろ安定してサービスが稼動しています。これは、AzureとSAP ERPとの親和性の高さを表したものといえるでしょう。Azure環境の管理をパナソニックISへ委託したこともあって、今回の取り組みでは、我々のリソースを大幅に削減しつつ、安定性を向上させることを実現しています。今後、このリソースをもって、クラウドならではのスケーラビリティを最大限活用しながら『攻めのIT』やコストの最適化を進めていきます」 (渡邉氏)。

今後の展望
DWH や機械学習でのPaaS活用も見据えて、フルクラウド環境の最適化にアプローチしていく

GDOが実施したフルクラウド化は、第一に「安定動作」を重視し、新たな機能拡張やコスト削減といった取り組みは次期フェーズに対応する形で進められました。渡邉氏が触れたように、今後GDOは、拡張性という新たな武器を活用することで、「攻めのIT」とコスト最適化を進めて行くことを計画しています。

現在、Azure上の環境はIaaSをベースとして構築されていますが、白尾氏は今後、PaaSの活用も視野に入れて、環境の最適化を進めて行くと意気込みます。

「ビジネスは拡大しながらもITに要する負荷とコストは一定で維持している、という姿が、システム運用の理想形だと考えています。今後はこの理想を実現すべく、安定性を維持しつつ、環境の最適化を進めていきます。そこでは、現在IaaSで構築している環境をAzure SQL DatabaseといったPaaSに置き換えていくことが有効でしょう。また、自力では構築が難しい機械学習やAIといった先進ITについても、PaaSを活用すれば容易に実装できます。特に機械学習については、現在社内でも活用可能性について研究を進めている最中であり、今後Azure Machine Learningを活用する可能性は大いにあるでしょう。マイクロソフトには今後も、他社にはない『マイクロソフトらしさをもったサービス』をどんどん拡充していただきたいですね」(白尾氏)。

設立から約20年を迎えるGDOは、今、「GDO NEXT from Scratch」の名が示すとおり、従来の枠組みにとらわれない新たなビジネスの創造に取り組んでいます。その初期段階に実施したフルクラウド化は、10年、20年先に続く事業の発展を支える基盤となることでしょう。

「実をいうと、SAP ERPがクラウド上で安定稼動するかどうかは稼動開始まで懸念していました。しかし結果として、Azureへの切り替え後、アプリケーション レベルではオンプレミスよりもむしろ安定してサービスが稼動しています。これは、AzureとSAP ERPとの親和性の高さを表したものといえるでしょう。Azure環境の管理をパナソニックISへ委託したこともあって、今回の取り組みでは、我々のリソースを大幅に削減しつつ、安定性を向上させることを実現しています。今後、このリソースをもって、クラウドならではのスケーラビリティを最大限活用しながら『攻めのIT』やコストの最適化を進めていきます」

株式会社ゴルフダイジェスト・オンライン
CTO
経営戦略本部
本部長
渡邉 信之氏

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