SAP システムのクラウド移行を 7 ヵ月という短期間で実現した JFEスチール。この移行プロジェクトには、SAP 社の SaaS ソリューションである RISE with SAP をプライベートクラウド環境で提供する S/4HANA Cloud Private Cloud Edition ( PCE ) を採用しています。そして、PCE の基盤には Microsoft Azure (以下、Azure )が選定されました。短期間での移行を実現できた背景にあるものとは――JFEスチールにおける Azure への深い理解と実績、ベンダーから利用部門に至るまでの“風通しのいい”コミュニケーションを重視したプロジェクト推進体制を紐解いていきます。
DX 戦略を支える SAP システムの稼働基盤として Azure を採用
「常に世界最高の技術をもって社会に貢献します」を企業理念とし、独自性や機能性の高い鉄を製造し、社会に提供している JFEスチール。鉄を中心とした事業に加え、鉄を起点として生み出され人々の安全で快適なくらしを支えるエンジニアリング事業や、それらの生み出す多様な価値を世界中に届けるグローバルな商社事業もJFEグループの強みとなっています。
JFEグループでは 2021 ~ 24 年度の 7 次中期経営計画において「豊かな地球の未来のために、創立以来最大の変革に挑戦」を掲げています。中期経営計画のなかでは「 DX 戦略の推進による、競争力の飛躍的向上」も大きなテーマになっており、この戦略について、IT改革推進部 業務改革グループリーダー 田村 祐子 氏は次のように話します。
「 DX 戦略では『革新的な生産性向上』『既存ビジネスの変革』『新規ビジネスの創出』という三つの柱で取り組みを推進しています。革新的な生産性向上では、製鉄所基幹システムの刷新や DX 推進拠点 JDXC ( JFE Digital Transformation Center )の開設、データ解析プラットフォームによる業務最適化など、社内における生産基盤強化と業務効率化を進めています。社内の取り組みで培った知見、技術、データをもとに、お客様やステークホルダー、ひいては社会全体に向けた取り組みを強化していきます。例えば、既存ビジネスの変革では、遠隔監視拠点の開設、新規ビジネスの創出ではAIによるソリューションビジネスの展開などがあります」(田村 氏)。
グループの DX 戦略は、事業会社ごとの具体的な施策として実行されています。JFEスチールでは、革新的な生産性向上に向けて、全製造プロセスの CPS ( Cyber Physical Systems )化、リモート化・自動化・ロボット活用、DX 人材育成と活性化や、新規ビジネス創出に向けてソリューションビジネス拡大のためのプラットフォーム構築に取り組んでいます。さらにこれらを推進する基盤として、レガシーシステム刷新とオープンプラットフォーム化、DX 推進のための機動的かつ柔軟なプラットフォームの確立に取り組んでいます。この基盤構築における最重要プロジェクトの 1 つが、SAP システムのクラウド化です。
「 JFEスチールでは2017 年よりSAP システムを全社基盤として活用してきました。以前はオンプレミス環境で稼働させてきたのですが、DX を加速させるため、SAP システムを最新バージョンにアップグレードし、クラウド化することに着手しました」(田村氏)。
この DX 戦略を支える SAP システムの稼働基盤として採用されたのが Azure です。
フルマネージドな SaaS である RISE with SAP を選定、バックエンドで Azure を活用
SAP のクラウド移行プロジェクトを実施するうえで、課題としては大きく三つがありました。一つ目はハードウェアの保守切れです。SAP システムはデータベースとして SAP HANA へ移行していましたが、この HANA データベースを稼働させていたハードウェアが保守切れを迎えつつありました。
二つ目は定期的なソフトウェア面でのバージョンアップと柔軟な基盤の拡充です。SAP の機能を活用していくためには定期的なバージョンアップが必要でした。さらに DX を見据えて機能を活用するうえでは基盤を柔軟に拡張できることが必要になっていました。
三つ目はハード、ソフト両面での細かなライフサイクル管理です。技術の進歩に合わせてタイムリーに新機能のメリットを享受していくために欠かせないものでした。
プロジェクトオーナーを務めたJFEスチール IT改革推進部 主任部員 遠藤 渉 氏は、こう話します。
「SAPを活用したグループ共通経理システム『J-FACE』が稼働から5年以上が経過し、ハード、ソフト面で課題が出てきていました。ハードは1年の延長保守が視野に入ってきており、期限内に対応が必要でした。また、SAP基盤を使った資材刷新のプロジェクトが立ち上がっており、ソフトのバージョンアップが必須でした。さらに、システムの維持管理の面でも、ハードの更新作業に労力が割かれ、業務・アプリケーションに注力することができていないことが課題でした。こうしたなか、ハード、ソフトを両面でのバージョンアップを図り、定期的なライフサイクル管理を行っていくことを目指したのです」(遠藤 氏)。
クラウドを利用すると、ハード面での老朽管理を外部委託でき、業務やアプリに専念できるようになります。そこでオンプレミスでのリプレースだけでなく、SaaSやIaaSの利用も比較検討しました。SAPシステムは、各パブリッククラウドベンダーのIaaSサービス上で仮想マシンとして稼働させることができるほか、SAP社や各パブリッククラウドベンダーの基盤を活用したSaaSサービスとして利用することもできます。JFEスチールではさまざまな選択肢のなかから、SAP社が提供するSaaSサービスRISE with SAPを選択します。
「RISE with SAPでは中核的なサービスとして、プライベートクラウド環境でS/4HANAを提供するS/4HANA Cloud Private Cloud Edition(PCE)を提供しています。PCEでは各パブリッククラウドベンダーの基盤を利用できます。そこでPCEの基盤にAzureを採用し、SAPによるフルマネージドなSaaSとして利用することを決めたのです」(遠藤 氏)
グループの全社基盤となっていたマイクロソフトのサービスがアドバンテージに
SAP システムを SaaS で利用することを決めたポイントは、メンテナンスの手間やコスト、新機能の活用にあったといいます。プロジェクトマネージャーを務めた JFEシステムズ 東京事業所経営管理システム開発部の粕谷 悦男 氏は、「 IaaS はオプレミスのような物理的なハードウェア調達は不要になりますが、オンプレミス同様に定期的なデータベース更新やバージョンアップが必要です。それに対し SaaS はインフラ作業がなくなり、アプリ運用保守に集中することが可能です。また、専任のサービス担当マネージャによる製品サポートで新機能を積極的に活用できます。さらに、JFE のペースに合わせたアップグレード、パッチ適用が可能です」と、SaaS の利便性を強調します。
ラウドのなかで Azure を採用した理由は、JFEグループにおける全社的な基盤としてすでにマイクロソフトのサービスが活用されていたためです。
「品質、コスト、納期の三軸でオンプレミスと各種クラウドを検討しました。Azure はまず品質面での信頼が当社にはあり、社内にもノウハウが蓄積していました。また、Microsoft Power Platform なども積極的に活用しており、製品間の親和性、連携性が高いことを評価しました。コスト面ではネットワークを既設の機器を利用できることや納期面でも問題ないものでした。他社クラウドも検討はしましたが、納品までに時間を要することや、ネットワーク環境を新規構築する必要もあり、実質的にクラウドなら Azure しかないという状況でした」(粕谷 氏)。
スケジュールとしては、2021 年 10 月からオンプレ・クラウドの比較検討を開始し、2022年から非互換影響調査や各種方針、本投資に向けた実行計画を策定しました。プロジェクトが実質的にスタートしたのは 2022 年 6 月で、プロジェクト完了日は、ハードウェア延長保守期限となる 2023 年 10 月末までに設定されました。
「 2023 年 10 月を最終的な期限に設定していましたが、実際には、延長保守や資材調達、システム停止時間などを考慮し、2022年の年末年始期間を利用して本番移行する必要がありました。間に合わなければ、ゴールデンウィークまでスケジュールが延期されることになり、資材刷新プロジェクトにも影響がでます。また、経理システムの J-FACE はグループ会社も利用するため遅れの影響はグループ全体に及びますし、決算への影響も甚大です。約 7 ヵ月の短納期プロジェクトをどう乗り切るかは重要なテーマでした」と、粕谷 氏は当時の状況を振り返ります。
RISE with SAP 構築・移行において約 7 ヵ月という前例のない短納期を実現
実際にはプロジェクトは本番稼働までまったくといっていいほどトラブルなく進み、2022年の年末年始のシステム移行を完了させることができました。PCE を利用した RISE with SAP 構築としても前例のない短納期プロジェクトでした。
プロジェクトをリードする IT改革推進部、ユーザーとなる経理、設備計画、技術企画などのユーザー部門、システム構築を担った JFEシステムズといった関係各所が密に連携できたことが、成功への大きなポイントになったといいます。
「アプリケーション面では SAP 社から Customer Success Partner ( CSP ) がアサインされ、各種疑問点をサポートいただきました。また、サーバーやネットワークを中心とした基盤構築の面では、マイクロソフトから Azure の各種サービスについてアドバイスをいただきました。さまざまなステークホルダーが共同しながら密にコミュニケーションをとったことで短納期でのプロジェクトを完遂できたと思っています」(遠藤 氏)
短納期対応という点では、計画段階から、SAP の標準ツールを用いて影響範囲を特定し、品質を担保しつつ費用を抑えたプロジェクト計画と体制を整備したと思います。また、既存ドキュメントも有効活用し、新規製作分を極力排除したことや、ベーシス、基盤( ネットワーク・サーバー )、アプリ(経理・設備計画・技術企画)の三領域の状況や課題の共有化、横展開を目的とした会議体を定例開催し、相互コミュニケーションを確実に実施することに努めたといいます。
「特に、プロジェクト開始時に周知計画を策定し、はやめにエンドユーザーに周知することを心掛けました。リハーサルも、移行リハ 1 、移行リハ 2 、本番リハ、本番運用リハと四段階で実施しています」(粕谷 氏)
ユーザーとのコミュニケーションや複数回・複数種類のリハーサルについて、移行当時、経理部経理室で主任部員 ( 副部長 ) を務めていた JFEスチール 監査部長 中井 水奈子 氏はこう話します。
「プロジェクト当初は、画面や機能は従来から変わらないという話でしたが、実際に環境ができてくると、ボタンの位置や操作感が少し異なるということが多くありました。経理業務はわずかなマイナーチェンジが担当者の業務効率に大きく影響することが多いです。グループ各社の担当者に変更の意図や今後の使い方などをしっかりと伝えていくことが重要です。そうした調整やコーディネートのために十分な時間をとっていただくことを要望しました」(中井 氏)
Azure や Power Platform を活用して労働生産性 20 % 向上を目指す
経理システムの J-FACE を利用するグループ企業は 50 社超に上ります。プロジェクトが始まってからは中井 氏が中心となって、各企業と頻繁に連絡を取り、システム移行にともなう変更を丁寧に説明し、必要に応じて相談を受けるようにしたといいます。
「 S/4HANA がバージョンアップされたことで、最初は画面に違和感を覚えることもありました。ただ、使い方に慣れるとなぜ配置が変わったか一つひとつの変更理由も実感できるようになり、さまざまなシーンで使い勝手が向上しました。レスポンスが速くなったことも大きいです。これまでは大量のデータを抽出するのに時間がかかっていたのですが、バージョンアップ後の S/4HANA はすぐに処理できるようになりました。ドラッグ&ドロップ操作で画面の項目が変更できる点などにも良い評価をいただいています」(中井 氏)
基盤として Azure を採用したことで得られた効果について、粕谷 氏はこう話します。
「 Azure を利用することで、通常は数ヵ月かかる基盤構築などの作業を約 2 ヵ月で実現できたことは大きいです。インフラ構築が短くなったことでユーザーとのコミュニケーションやユーザーの要望を取り入れた模擬決算テストの実施、複数回のリハーサルなどに時間をかけることができました。また、スキルを持ったエンジニアを確保しすばやく対応できました。加えて、コスト面でも保守費を削減できるなど効果を確認しています。Azure を選択していなければ、短期間で効率の良い SAP クラウド移行は実現できていなかったと思います」(粕谷 氏)
今後は、SAP システムを他の業務領域へ展開することや、SAP Ariba などのクラウドサービスとの連携を強化していくといいます。また、Azure の活用について遠藤 氏は、「すでに JFEシステムズのクラウド基盤サービス JGranz で、Azure を活用しています。これまで JFEスチールではプライベートクラウドを中心に利用してきましたが、クラウド基盤とハイブリッドに活用することでコスト最適化を図っていきます。たとえば、データサイエンス、デジタルトランスフォーメーション推進のなかで、Python 社内開発環境の整備に取り組んでいますが、こうした開発環境において、Azure クラウド上の仮想開発環境にアクセスする仕組みを整えているところです。また、製鉄所のデータや販売・物流などのデータを一元管理し、経営・意思決定に寄与する全社的なデータ活用基盤(データレイク)の構築でも Azure を活用することを検討しています」と、さらに広い領域での Azure 活用を目論みます。
さらに全社的な DX の取り組みにおいても、「マイクロソフト製品の活用も進めています」と、田村 氏は展望します。
「中期経営計画では労働生産性 20 % 以上アップを目標に、設備生産性向上・安定操業、QA ・ QC 向上、お客様満足度向上に取り組んでいます。これらを支援するツールとして Power Platform の活用が本格化しています。さまざまな領域で知見が溜まってきている Azure とあわせ、マイクロソフトのクラウドを活用して、DX を進めていきたいと考えています」(田村 氏)
基幹システムのクラウド移行を実現し、DX を加速させる JFEスチールをマイクロソフトはこれからも支援していきます。
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