プリンター・複合機や工作機械、家庭用ミシン、業務用通信カラオケシステムなど、幅広い分野で製品・サービスをグローバルに展開するブラザー工業は、事業継続性を担保するため SAP システムの移行プロジェクトに着手しました。2014 年に第一ステップとして愛知県名古屋市にある本社ビルに構築されたシステムを東京のデータセンターへと移行。さらに 2020 年からは、DR 対応を見据えた第二ステップとしてパブリッククラウドへの移行プロジェクトをスタートさせます。DR 対応・ダウンタイムの最小化・パフォーマンスの担保など、さまざまな要件をクリアするクラウド基盤として同社が採用したのは Microsoft Azure でした。
【パートナー】
アビームシステムズ株式会社
株式会社JSOL
BCP 対策を強化し“SAP を止めない”環境を実現するため、二段構えの移行プロジェクトが始動
ブラザー工業は、プリンター事業を軸に、産業機器の製造をはじめ、さまざまな分野で事業を展開。2022 年度よりグループビジョン「At your side 2030」を掲げ、売上収益が米州で約 30 %、欧州で約 30 %、日本・アジア他で約 40 %と国内・海外市場向けにバランスの取れたビジネスを推進し、アジアを中心にサプライチェーンを構築しているグローバル企業です。同社のビジネスを支える基幹システムの中核を成す SAP システムは、愛知県名古屋市にある本社ビルのデータセンターで運用されてきましたが、2011 年の東日本大震災の影響で BCP 対策の重要性が高まったこともあり、来るべき東南海地震に備えるべく、システムの移行+ DR 対応が検討されました。グループ企業も含めた同社の IT インフラを統括する IT戦略推進部 IT企画管理グループでシニアチームマネジャーを務める中島 裕規 氏は、SAP システム移行プロジェクトが始動した経緯を説明します。
「グループ全体で活用しているブラザー工業の SAP システムは事業全体を支えており、止まってしまうとすべてのビジネスがストップしてしまいます。このため、IT戦略推進部にとっても“SAP を止めない”ことを最大使命として取り組んでいます。SAP システムを置いていた本社は、もともと海岸線があった場所にあり、大地震が発生した際に液状化する危険がありました。東日本大震災で顕在化した津波による被害も考えられるなか、そのような場所でビジネスの継続に不可欠な SAP システムを運用することのリスクが議論されました。その結果、最終的にはクラウドを利用した DR 構成を目指すという方向性になったのですが、今までオンプレミス環境にシステムを構築していたものを、いきなりクラウド化するというのはハードルが高く、まずは第一ステップとして安全性の高い場所にシステムを移行し、そこから第二ステップでクラウド移行と DR 対応を実現するという 2 つのステップで推進することになりました」(ブラザー工業 中島 氏)。
こうして SAP システムの移行+ DR 対応プロジェクトが始動します。第一ステップは 2013 ~ 2014 年にかけて行われましたが、同社の SAP システムはアジア全域をカバーする巨大なシステムであり、違う場所に移行するだけでも極めて困難なミッションになるということが予想されました。本プロジェクトでは、グローバルに同社の SAP システムを含む、IT システム全体を構築・運用しているアビームシステムズに加えて、SAP システムやプライベートクラウド構築において豊富な実績を持つ JSOL も参画。3 社の協業体制で検討が進められ、移行先は東京のデータセンターに構築したプライベートクラウドが選定されました。この第一ステップで、JSOL の技術力・解決力が確認できたと中島 氏。「東京のデータセンターへの移行と、その後 6 年にわたって運用を支援していただいたなかで、満足できるレベルのナレッジと解決力があることがわかり、第二ステップにおいてもパートナーとして JSOL に参画してもらうことに決めました」と語ります。
移行先のクラウドに Azure を採用、PoC を実施しパフォーマンスレベルが担保できることを確認する
第二ステップの検討は 2018 年末から開始され、3 社の協議によって構成が固められました。移行先として複数のクラウドが比較検討され、システム移行と DR 実現の両方に対応するAzure Site Recovery(以下、ASR)サービスが利用できる Microsoft Azure(以下、Azure)が採用されました。東西リージョンを利用した DR 構成が容易に実現できることに加え、他のクラウドサービスと比べてトータルコストが抑えられたことも Azure を採用した要因の 1 つと中島 氏は語ります。
また、大規模な SAP システムの移行という前例の少ないプロジェクトのため、2 カ月ほどかけて Azure 上で PoC を実施し、パフォーマンスを担保できることを検証。問題がないことを確認したうえで、2019 年末から各種方針を策定し、2020 年 1 月より本格的にプロジェクトがスタートしました。JSOL 側のプロジェクトリーダーを務める JSOL プラットフォーム事業本部 プラットフォームビジネス第一部 ITプロフェッショナルの平田 和久 氏は、プロジェクトを進めるにあたり重視したポイントをこう語ります。
「基幹システムの軸となる SAP システムのクラウド移行ということで、安全・安心・確実に移行することを重視して進めていきました。またグローバルで利用しているシステムのため、ダウンタイムを極力短くすることも求められており、並列作業を用いた移行時間の短縮など、体制面の整備も含めて、確実かつ短時間での移行を意識しました」(JSOL 平田 氏)。
アビームシステムズ側のプロジェクトリーダーであるアビームシステムズ インフラソリューショングループ Managerの田辺 雅史 氏は、PoC を実行したことで、SAP on Azure のパフォーマンスが必要なレベルに達していることが判断できたと当時を振り返ります。
「SAP システムはブラザー工業様にとってもっとも重要な基幹システムの 1 つで、国内・海外含めて数千人におよぶユーザーが利用しています。SAP システムのパフォーマンス遅延はビジネス影響が大きく、少しでも遅くなると問い合わせをいただくため、弊社関係者では、Azure 上でユーザーを満足させるパフォーマンスを実現できるのか不安視しているメンバーも少なくありませんでした。PoC では本番環境を Azure 上にコピーして、主要な業務プロセスを実行する形で検証したのですが、結果的には心配していたパフォーマンス低下は見られず、処理によっては高速化している部分もあり、安心して Azure に移行できると全員一致で判断しました」(アビームシステムズ 田辺 氏)。
移行+ DR 対応に Azure Site Recovery を利用し、週末 2 日間・30 時間での移行完了を実現
PoC の結果を受けて本格的に始動した本プロジェクトでは、Azure 側の環境構築と併行して、SAP システムの移行に利用する ASR サービスの検証が行われています。プロジェクトには、新型コロナウイルス感染症拡大の影響による凍結期間はありましたが、2021 年 1 月から移行リハーサルを 2 回行い、2021 年 6 月をターゲットに移行準備が進められました。今回の取り組みでブラザー工業側のプロジェクトリーダーを務めたブラザー工業 IT戦略推進部 IT企画管理グループの森 司 氏は、プロジェクトを推進するうえで苦労したポイントをこう語ります。
「SAP は日本国内だけでなく弊社の海外拠点でも使われているシステムのため、停止調整の際のステークホルダーが非常に多く、止めない前提のシステムを停止させることもあって調整に苦労しました。さらにプロジェクトの期間がコロナ禍と同時期だったため対面でのコミュニケーションが難しく、3 社間の連携を密にする部分でも苦労しました。ただ、このような状況の中でプロジェクトを成功させるためにはどうすればよいかを3社で議論し、Microsoft Teams を利用してコミュニケーションロスを最小化するといった工夫が講じられたことは、大きな経験になったと実感しています」(ブラザー工業 森 氏)。
前述したとおり、本プロジェクトは SAP システムの停止期間を最小限に抑えることを目標に推進しています。システムを移行する際には、移行先に新しいシステムを構築して、そこに既存システムのデータを移行させる方式が一般的ですが、今回は SAP がインストールされた状態の仮想マシン自体を Azure 上にコピーする方式が採用されました。そこで活用されたのが、マイクロソフトが DR 向けに提供しているASRサービスです。移行作業に携わった JSOL プラットフォーム事業本部 プラットフォームビジネス第一部 第三課の川辺 優 氏は、移行作業の詳細とタイムスケジュールについて以下のように解説します。
「今回のプロジェクトは大規模な SAP システムの移行だったこともあり、リハーサルでは ASR の同期が追いつかないといった事態も生じました。そこで別途バックアッププランを用意し、データベースの SQL Server 側の機能でもデータのコピーを行うという二重の体制で本番移行に臨みました。もちろん、これだけで Azure 側のシステムを稼働させられるわけではなく、他にも細かな調整やアプリケーション側の動作確認も不可欠です。このため、土曜日の 18 時から日曜日の 24 時までの 30 時間で、既存システムの停止・データのコピー・ Azure 上のシステム起動・調整・動作確認を実行してユーザーが使える状態にする必要がありました。タイムスケジュール的には、土曜日にシステムを停止して夜間にデータのコピーと OS レベルの調整を、日曜日の午前中にアプリケーションレベルの調整を実施。昼からは SAP システムとして稼働している状況にして、一部ユーザーにチェックしてもらいながら、アプリケーション部分の確認を行っています」(JSOL 川辺 氏)。
SAP がインストールされたままの状態でコピーされ、ASR サービスが OS の立ち上げまでを実行してくれるため、移行にあたって SAP の専門的な知識はそれほど必要にはならなかったと川辺 氏。とはいえ時間的な制限は厳しく、JSOL だけで 30 名余りが投入され、5 つの並列作業で移行を進めたと語ります。プロジェクトリーダーの平田 氏も「JSOL のなかだけでも 3 カ所くらいに分かれて並列で作業を進めました。並列化できたのは Azure を採用したメリットといえますが、並列作業にあたってはかなりの人数が必要になりました」と当日の状況を振り返ります。
既存システムの停止とアプリケーションの動作確認を中心に担当したアビームシステムズも、移行当日は 30 名近くのメンバーで対応。「実際には SAP システム停止に伴う関係者との調整など、事前準備にも人数をかけており、細かなジョブ調整などを含めると当社だけで 100 名近くが関与していました」という田辺 氏の言葉からも、大規模なプロジェクトだったことがわかります。
また、日曜日の 24 時に Azure の東日本リージョンで SAP システムが稼働を開始した段階で、同じく ASR サービスを利用して Azure 西日本リージョンへのコピーを実行。多大な労力を費やすことなく DR 構成の構築に成功していることも本プロジェクトにおける見逃せないポイントです。「DR 構成を自前で構築することもできなくはありませんが、相当のコストと人的リソースが必要になります。その意味でも、容易に DR 対応が行えるクラウド(Azure)への移行は大きな意味がありました」と中島 氏。将来的には他の基幹システムも Azure 上に移行して DR を実現し、さらなる事業継続性の向上を目指していきたいと今後の展望を口にします。
3 社+マイクロソフトの密接な連携で Azure の活用を推進し、BCP 対策+社内 DX を加速させる
本番前に 2 回の移行リハーサルを実施していたこともあり、移行作業はスムーズに完了し、大きな問題は生じませんでした。とはいえ時間的にはかなりギリギリで、移行作業中に判断が必要になるトラブルも起きていたと森 氏。「関係者を緊急招集してミーティングを実施しなければならない場面もありましたが、そのなかでも JSOL、アビームシステムズの皆さんにはさまざまな手を尽くしていただけました。その甲斐もあり、目標どおりのダウンタイムで移行できたと感じています」と語り、3 社の密接な連携がプロジェクトの成功につながったと評価しています。
また、アビームシステムズの田辺 氏は、本プロジェクトにおけるマイクロソフトのサポートについてこのように言及します。
「週次で実施したプロジェクトの定例会議にはマイクロソフトの担当者にも出席していただき、技術面でのサポートをはじめ、さまざまな相談に乗っていただきました。ASR サービスを利用して移行を実行していることもあり、当日はマイクロソフトのサポートメンバーにすぐに連絡を取れる体制を組んでいただきました」(アビームシステムズ 田辺 氏)。
マイクロソフトも含めた 4 社が尽力することで、短期間かつ確実な SAP システムの大規模クラウド移行を実現した本プロジェクト。本番稼働後も大きなトラブルは起きておらず、数千人のユーザーはシステムの移行を意識することなく業務を行っています。
「PoC では実際に数千人のユーザーが利用するところまでの検証ができておらず不安を感じていました。本番稼働後にパフォーマンスの定点観測を実施したところ、既存システムと比べて最新のハードウェアリソースの組み合わせが実現できたことで、全体的にパフォーマンスが向上していることが確認できました」(アビームシステムズ 田辺 氏)。
また DR についても、2021 年~ 2022 年の年末年始に DR 訓練を実施するなど、実践的な検証が進められています。JSOL の平田 氏は「ASR は DR 向けのサービスとして提供されており、例えば本番同様の環境で OS のパッチを当てて検証したいといったニーズにも容易に対応できます」と語り、任意のタイミングで環境を整えられるという意味でも、Azure で DR を実現したことの効果は大きいと力を込めます。
ブラザー工業では、今後の展望として Azure の DR 構成を SAP システム以外の基幹システムに適用させていくほか、今回の取り組みで得た知見を活かして、Azure のサービスを社内 DX に活用していきたいと考えています。また、アビームシステムズを中心に SAP S/4 への移行プロジェクトも推進されており、マイクロソフトのさらなるサポートとサービスの拡充を期待しています。
「今回のプロジェクトでは、ASR サービスを SAP システムの移行に利用しましたが、正直なところ、まだサービスとして未成熟な部分もあります。今後も継続的な改善を進めて、非常時にも安心して使えるサービスとしてブラッシュアップしていただければと思っています」(ブラザー工業 森 氏)。
「現在は SAP S/4 への移行プロジェクトを進めていますが、こちらもダウンタイムを最小化することが強く要求されています。現在 Azure を利用しているメリットを活かして、一時的にサーバーのリソースを増強することでダウンタイムを短縮できないかといった案も検討しています。それ以外の場面でも Azure のリソースは非常に重要な要素ですので、引き続き安定したリソース供給を期待しています」(アビームシステムズ 田辺 氏)。
「アビームシステムズを中心に推進し、弊社も携わっている SAP S/4 への移行プロジェクトでは、SAP のデータベースである HANA を利用することになります。Azure 標準のバックアップ機能は HANA のバックアップにも使えるようになり、さらにスナップショット的な機能も追加されていますが、今後 S/4 を運用するという観点においては、さらなる機能の拡充を期待しています」(JSOL 平田 氏)。
事業継続性の向上や DX の一環としてのクラウド移行を見据えて、3 社+マイクロソフトの協業により Azure 活用を推進するブラザー工業の取り組みには、今後も注視していく必要がありそうです。
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