三菱ケミカルグループのヘルスケア領域を担う田辺三菱製薬が、コロナ禍で顕在化したさまざまなコミュニケーション課題の解消に取り組んでいます。喫緊の課題の 1 つに挙げられたのが、マスクで口元が見えないなかで、聴覚障害を持つ社員とどうスムーズな意志疎通を図るかでした。また、ビジネスのグローバル展開が加速するなか、英語でのコミュニケーションが人手による翻訳や議事録作成などのコストにつながっていました。そんな課題を解決するために採用したのが、サービス提供基盤としてMicrosoft Azureと AI サービス群の 1 つである Azure Cognitive Services の Speech Services を活用したフェアユースの「リアルタイム翻訳ツール」です。社員の生産性向上と働き方改革にどのようにリアルタイム翻訳ツールが貢献しているのか、話を聞きました。
グローバル化の流れが加速する製薬業界、英語-日本語の翻訳ニーズが急拡大
三菱ケミカルグループにおけるヘルスケア領域を担う企業として「病と向き合うすべての人に、希望ある選択肢を」を MISSION に、一人ひとりに最適な医療を届けることを目指している田辺三菱製薬。「レクサプロ」「ステラーラ」といった自己免疫疾患や生活習慣病向けの医療用医薬品、ワクチンを中心に事業を展開しています。また一般には、OTC 医薬品である皮膚疾患治療薬「フルコート」、胃腸薬「タナベ胃腸薬」、滋養強壮ドリンク剤「アスパラドリンクα」などの提供で知られています。
国内の医薬品市場は人口減や医療費抑制などを背景に市場の縮小傾向が続いていますが、世界的に見れば治療が行き届かない患者さんも多く、医薬品へのニーズは高まっています。そんななか田辺三菱製薬では欧州、米国、アジアを中心にグローバル展開を加速させ、患者さんのさまざまなニーズに応えています。同社の IT 部門に求められる役割について、IS/T本部 ファーマIS/IT部 グローバル&インフラサービスグループ グループマネジャーの安達 洋樹 氏はこう話します。
「グローバル展開が進むなかで、医薬品の創製やワクチン製造開発などを中心に海外拠点とのやりとりが大きく増えてきました。そこで重要になってきたのがコミュニケーションのあり方です。以前は海外拠点に出張してフェイスツーフェイスで英語によるコミュニケーションを取っていましたが、近年はコロナ禍もあり、オンライン会議が主流です。以前なら相手の顔を見ながら身振り手振りで意志疎通できていたシーンでも、きちんと言葉を使って表現しなければならなくなりました。オンライン会議をサポートする IT システムへの期待が大きくなっていたのです」(安達 氏)。
コミュニケーションは英語話者同士の通訳・翻訳だけにとどまるものではありません。オンライン会議への移行で顕在化してきた課題の 1 つに障害者とのコミュニケーションがあります。IS/T本部 ファーマIS/IT部 グローバル&インフラサービスグループ 主査の吉信 ゆう子 氏はこう話します。
「聴覚障害者は、身振り手振りや口の動きで会話の内容を把握しますが、マスクの着用や、オンライン会議によって、コミュニケーション自体が非常に困難になります。会議の内容は文字に起こして共有することもできますが、タイムラグが生じます。また、オンライン会議の増加に伴い、会議の議事録作成や配布、共有を効率良く行う必要もでてきました。オンライン会議への移行に合わせて、社員の多様な働き方をどうサポートしていくかが大きな課題になっていたのです」(吉信 氏)。
マスク越しのコミュニケーションで悩みを抱えた聴覚障害者に寄り添う
オンライン会議での英語コミュニケーションから、聴覚障害者とのマスク越しでのコミュニケーションまで、コミュニケーションのあり方をシステムとしてサポートするために採用したのが、フェアユースが提供する「リアルタイム翻訳ツール」でした。
リアルタイム翻訳ツールは、Microsoft Teams(以下、Teams)と連携して、Teams 会議でやりとりされる音声をリアルタイムに翻訳、テキスト化するツールです。日本語で発話された内容をそのまま文字起こしすることはもちろん、英語での発話を日本語に翻訳したうえで日本語のテキストとして文字起こししたり、逆に、日本語での発話を英語に翻訳して、英語話者とコミュニケーションするといったことができます。
「すべての社員が英語でスムーズに意志疎通できればいいのですが、すぐに全員がスキルを身につけられるわけではありません。工場勤務の社員のように絶対に英語が必要というわけでもない社員もいます。ただ、ビジネス展開における英語の重要性は高まってきていますから、誰もがストレスなく英語での会議に参加できることが重要でした。また、聴覚障害者が現実に抱えている悩みに対応することが急務の課題になっていました。そんなときにフェアユースから、リアルタイム翻訳ツールをご紹介いただいたのです」(吉信 氏)。
聴覚障害を持ち、リアルタイム翻訳ツールが普段の業務のなかで欠かせないツールになっているという、IS/T本部 ファーマIS/IT部 プランニング&ビジネスソリューションの金村 清一 氏はこう話します。
「以前は、対面のときにスマホの音声認識アプリを使ったりしていましたが、オンライン会議では声を拾ってくれなかったり、精度が落ちたりといった課題がありました。リアルタイム翻訳ツールは、会議の音声をリアルタイムに認識して文字にしてくれるので、相手の口元が見えていないときでも、PCの画面を見ていれば相手が何を話しているかがわかります。心理的に楽になりますし、会議の内容に集中できるようになりました」(金村 氏)。
田辺三菱製薬では、2021 年 9 ~ 10 月の間に、聴覚障害者、創薬・研究、海外開発、工場・サプライチェーンなどの部署から 100 名を募ってリアルタイム翻訳ツールのテスト導入を行いました。その際に「非常に便利だ」と利用者から高く評価する声が多数届いたことを受け、本採用を決めました。2022 年 4 月からの利用を希望した約 200 人からスタートし、海外拠点を含めて必要に応じて順次利用拡大を進めているという状況です。
リアルタイム翻訳ツールがユーザーから支持された3つのポイント
リアルタイム翻訳ツールが高く評価された点は、まず、翻訳の精度が高く、業務に役立つという点です。テスト導入の際の利用者アンケートでは「(いままでなんとなく理解していたような)英語の細かいニュアンスまでわかった」「(業務を行なう上で)非常にサポーティブ」といった声が多かったといいます。吉信 氏はこう解説します。
「ふだんの会議中の英語は、すべてを正確に翻訳する必要はないと思っています。7 ~ 8 割を翻訳してくれるだけでも『楽さ』が違います。翻訳に頭を使うのではなく、会話の内容に集中できるようになります。これはリアルタイム翻訳を導入してあらためて実感したことです」(吉信 氏)。
また安達 氏も「会議では議論が白熱してネイティブだけで話が進んでしまうことがあります。日本人がいると気を使ってゆっくりと話してくれますが、ネイティブ同士だと早口で聞き取れないことも増えます。そんなときもうまく内容を拾ってくれるので、内容についていくことができます。また、ファシリテーターが翻訳や議事録作成などを同時に担う必要もなくなるため、担当者の業務負荷の軽減につながります」とその効果を説明します。
2 つめの評価された点は、Teams や Web ブラウザーなどと連携して簡単に利用できることです。Teams で利用する場合、Teams アプリとして登録し、Teams から呼び出して使います。リアルタイム翻訳ツールには、ほかにもブラウザー上で利用できるエディションやPCにインストールして利用するデスクトップ版もあります。金村 氏はこう説明します。
「すべてのユーザーがアプリをインストールしなくても、翻訳や文字起こしを利用できます。会議を行なうときに相手に専用アプリをインストールしてほしいとは言いにくいです。リアルタイム翻訳ツールは主催者などがインストールするだけでいい。準備の必要がなくすぐに利用することができることはコミュニケーションツールとして大きなポイントです。PC のマイクで音声を拾うことができれば翻訳や文字起こしができるので普段の業務で使いやすいということもポイントです」(金村 氏)。
3 つめに評価された点は、ユーザーの使い勝手を考慮した、気の利いた UI / UX を備えていることです。ユーザーアンケートでは「文字起こしだけでなく、リアルタイムで英語と日本語が表示されるのでわかりやすい」といった声が多くありました。また、英語と日本語だけでなく、中国語や韓国語などアジア圏の言語にも対応していることも評価されました。例えば、台湾の拠点では、中国語を英語に翻訳しながら日本人とコミュニケーションしているといいます。
「ネイティブとの英語で苦労した経験」からサービスを開発
このようなリアルタイム翻訳ツールの特徴は、フェアユースの創業者である代表取締役社長 足立 洋介 氏の実際の経験や顧客の声を反映させた製品づくりから生まれたものです。
足立 氏は、新卒で日本マイクロソフトに入社し「ネイティブとの英語でのやりとりで非常に苦労した」という経験を持っています。同じように英語で苦労する人を減らしたいという思いから日本マイクロソフトを退職し、2010 年にフェアユースを創業。Skype に組み込んで利用する音声認識・翻訳ツールの提供を開始しました。
その後、Teams への対応やサービス提供基盤としてのMicrosoft Azure(以下、Azure)の採用、翻訳・テキスト化エンジンとしての Azure Cognitive Services の Speech Services の採用など、顧客からの製品フィードバックをもとに機能改善を繰り返し、使い勝手、翻訳の精度、レスポンス、安定性、セキュリティなどを大きく進化させてきました。足立 氏はこう話します。
「3 年ほど前から吉信さんとやりとりさせていただきましたが、そのときは機能や使い勝手が不足していたこともあり、採用には至りませんでした。その後、コロナ禍でビジネス環境が大きく変わるなか、吉信さんから聴覚障害者向けの文字起こしツールとして使えないかというご相談を受けました。そこで、機能を作り込み、金村さんに実際に使っていただきながら、使いやすさの向上や機能の改善に取り組んでいきました」(足立 氏)。
要望を受け改善したものの中には、翻訳したテキストを後から修正する機能があります。障害を持つ人へ、意図やニュアンスがうまく伝わらないと思ったときにすぐに修正できるので、コミュニケーションの不安が減るといいます。こうした機能改善を施した結果、障害者を中心としてリアルタイム翻訳ツールへの反響が一気に高まりました。多くの顧客で採用が進み、足立 氏のもとには「コロナ禍で困っていた聴覚障害者が普段通り業務に参加できるようになりました。非常に助かりました」といった声が非常に多く寄せられました。足立 氏は「障害者の方に喜んでもらえたことは、このサービスを作っていて最もうれしかったことの 1 つです」と振り返ります。
加えて、セキュリティや安定性、ユーザーサポート、今後の発展性なども採用の決め手になりました。
「パブリッククラウドを基盤として利用する場合、どこか我々の知らないところにログが残り続けるのでは、ビジネスとしてリスクになりかねません。リアルタイム翻訳ツールは、Azure の当社専用のテナントで処理され、データもクラウドに格納され続けることもないということで、企業として安心して利用することができます」(安達 氏)。
工場担当者や国内営業担当も利用開始、生産性向上や働き方改革のキーに
リアルタイム翻訳ツールの利用がスタートしてから数ヵ月が経ちましたが、テスト導入で検討したポイントのほかにも、さまざまなメリットや効果を確認しているといいます。
「想定外の利用も増えています。例えば、営業担当者のなかには、英語に強い人たちも多くいますが、勤務は国内限定だと英語を使う機会が少ないのですが、実際には『使いたい』という声が多くありました。理由を聞くと、海外で開催されている学会のビデオから文字起こしをして情報収集したいというニーズでした。リアルタイム翻訳ツールは英語の音声があればアプリに関係なく利用できるので、講演のビデオの翻訳など幅広い業務で使うことが可能です。また、英語を使う機会がないと考えていた工場の担当者からも、海外製品について英語で問い合わせる際に翻訳を利用したいというニーズをもらいました。こちらが考えている以上に、翻訳のニーズが高まっていると感じています」(吉信 氏)。
もちろん、グローバル展開を加速するなかで、英語を使ったコミュニケーションでリアルタイム翻訳ツールが活躍するシーンは増えています。日本でツールを利用した担当者が海外拠点に赴任し、そこで活用の場を広げていくケースが多いといいます。海外拠点は、米国や台湾のほか、英国、カナダ、中国、韓国、シンガポール、マレーシアなどにあり、今後は、要望を受けてライセンスの展開を図っていく予定です。
また、導入は生産性の向上にもつながっています。従来は、翻訳のための映像記録や議事録の作成、人手での追加翻訳やコメント付与など、さまざまな付帯業務が手間になっていました。総務部で働き方改革の推進も担っている吉信 氏はこう語ります。
「現在は、会議をリアルタイムに翻訳して、テキストログも CSV で保存して後から確認できるようにしています。これにより、翻訳に伴う業務負荷は大幅に削減されました。コミュニケーションのためのコストが減ったことで、議論に集中したり、削減した手間をほかの業務に振り分けたりすることができるようになっています」
また、田辺三菱製薬が属する三菱ケミカルグループでは現在、中長期経営基本戦略「KAITEKI Vision 30」をもとにグループ全社規模で DX を推進しています。AI 創薬やプレシジョンメディシン、患者さんの利便性向上などの R & D に関する取り組みはもちろん、グローバル安定供給・欠品ゼロなどのサプライチェーン改革、デジタルマーケティング強化や地域医療モデルの構築などの顧客接点の改革など、7 つの柱を軸に取り組みを進めています。
「リアルタイム翻訳ツールは社員一人ひとりのデジタルケイパビリティを高め、真の働き方改革の実現に欠かせない重要な取り組みだと考えています。三菱ケミカルグループ全体へのリアルタイム翻訳ツール展開も視野にいれつつ、社員を支え、働き方改革をさらに推進していきます」(安達 氏)。
マイクロソフトは今後も、田辺三菱製薬の取り組みを力強く支援していきます。
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