あらゆる事業でデジタル化が加速する状況下において、1962 年の創業以来、複合機やプリンターなどのオフィス機器を中心に「紙に情報を複写する」というビジネスを展開してきた富士フイルムビジネスイノベーションでは、事業構造の転換を推進。オフィス機器の提供だけにとどまらず、顧客の DX(デジタルトランスフォーメーション)やデジタル化を支援するソリューションを提供することで価値を創出する事業へのシフトを進めています。この事業改革と併行して社内の業務改革を推進する基幹システム刷新プロジェクトを立ち上げ、業務 DX の一環として入金消込 AI のシステム構築に着手。そのクラウド基盤として採用されたのは、同社の基幹システムである Dynamics 365 との親和性に優れる Microsoft Azure でした。

基幹システム刷新プロジェクトが展開する AI 活用プロジェクトとして「入金消込」の効率化に着手

富士フイルムグループの企業理念のもと、“変化に先駆けビジネスに革新を起こし続ける”という事業理念を掲げて事業を展開する富士フイルムビジネスイノベーション。グループ全体で推進しているデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)への取り組みにおいては、複合機ビジネスからソリューションビジネスへの移行を実現するための「製品・サービスDX」を軸に、バックオフィスの変革を図る「業務DX」と、DX を支える人材の育成を担う「人材DX」の 3 本柱で進められています。なかでも特に製品・サービスDX を支える業務DX に力を注いでおり、社内の業務改革を担う 基幹システム刷新プロジェクト内に DX推進部を設立し、さまざまな業務DX のプロジェクトに取り組んでいます。基幹システム刷新プロジェクトを統括する富士フイルムビジネスイノベーション 取締役 常務執行役員の稲永 滋信 氏は、同社が推進する業務DX が担う役割について解説します。

  • 富士フイルムビジネスイノベーション株式会社 取締役 常務執行役員 稲永 滋信 氏

    富士フイルムビジネスイノベーション株式会社 取締役 常務執行役員 稲永 滋信 氏

「富士フイルムグループでは、弊社が展開するビジネスイノベーション分野をはじめ、メディカル、ヘルスケア、イメージングなど、非常に広範囲にビジネスを展開しています。DX の目指す方向性は事業によって異なりますが、事業そのものを変革する製品・サービスDX と、その実現を支える業務DX、人材DX の 3 本柱を軸に進めるというグループ全体の方針は共通しています。富士フイルムビジネスイノベーションも同様で、事業そのものの変革を図る製品・サービスDX を主軸と捉え、そのベースとなる業務DX を推進するための 基幹システム刷新プロジェクトを立ち上げました。プロジェクトでの取り組みとしては、基幹システムとして Dynamics 365(Dynamics 365 for Finance and Operations、Dynamics 365 Customer Engagement)を導入し、Microsoft Azure(以下、Azure)を中心にクラウド化を推進。基幹システムと現業の間を Microsoft Power Platform(以下、Power Platform)や Microsoft 365 といったツールでつなげて業務全体のデジタル化、効率化を進めています」(稲永 氏)。

基幹システム刷新プロジェクトで業務DX を推進するにあたり、AI を活用した業務の効率化・自動化は極めて優先度の高いミッションであると捉えていたと稲永 氏。全社的なヒアリングを実施し、AI を活用することで課題解決が期待できる業務の洗い出しを行ったと振り返ります。それにより 40 件以上の業務がピックアップされるなか、AI 活用の効果を見積り、優先度を検討しました。そのなかのひとつが「入金消込」業務でした。基幹システム刷新プロジェクトに参画し、業務DX の推進に携わっている DX推進部の伏見 俊彦 氏は、その経緯をこう語ります。

  • 富士フイルムビジネスイノベーション株式会社 DX推進部 伏見 俊彦 氏

    富士フイルムビジネスイノベーション株式会社 DX推進部 伏見 俊彦 氏

「営業をはじめ、企画・調達・アフターサービス、関連会社も含め、あらゆる部署から業務課題をヒアリングし、スペアパーツの需給予測や音声データのテキスト化など、他の案件も含めて 10 件ほどの PoC を実施。もっとも重要度の高い業務のひとつとして入金消込を選択しました。入金消込は人的負荷が高く、一部アウトソーシングしている部分もあり、AI 活用による投資対効果が大きいと判断しました」(伏見 氏)。

入金情報と請求書を紐付けて売掛金の消込を行う入金消込は、非常に時間と手間がかかる作業です。特に月 10 万件を超える入金があり、月 120 万件に及ぶ請求書を扱う富士フイルムビジネスイノベーションでは、膨大な作業量となっています。同社のコンタクトセンター業務、請求書発行などを担う富士フイルムサービスクリエイティブ サービス企画部 変革推進グループの坂井田 慎 氏は「10 万件の入金情報を請求書と紐付けている毎月の作業は非常に手間のかかる作業で、月末月初の繁忙期には専任の担当者だけでは処理が追いつかず、周囲のチームに業務を割り振っていました。顧客名の特定、金額の組み合わせ確認など、ベテランの経験と勘に頼っている部分も少なくありませんでした」と入金消込業務における負荷の高さを説明します。

  • 富士フイルムサービスクリエイティブ株式会社 サービス企画部 変革推進グループ 坂井田 慎 氏

    富士フイルムサービスクリエイティブ株式会社 サービス企画部 変革推進グループ 坂井田 慎 氏

長年に渡り経理関連業務に携わってきたという稲永 氏も、入金消込業務の“大変さ”を熟知しており、AI の活用が課題の解決につなげられることを期待したとプロジェクト始動の経緯を振り返ります。

「膨大な顧客数と複雑な業務といった要因により、富士フイルムビジネスイノベーションにおける入金消込は極めて負荷の高い業務になっています。お客様によっては、複数の契約の請求をまとめて行うケースもあり、契約、請求、入金の対応が難しいケースも少なくありません。いわば 1 件の入金に対して 120 万枚の請求書のなかから 10 枚を紐付けるような作業で、当然効率化するためのツールは導入していますが、それだけでは対応できない部分が残っている状況です。このため、AI 活用プロジェクトとして有効であると考えました」(稲永 氏)。

AI システムの基盤に Azure を採用し、技術部門と業務部門の並行開発でプロジェクトを円滑に推進

こうして業務DX の一環として採用された入金消込 AI プロジェクトは、2020 年夏に始動します。プロジェクトの開始段階で基幹システムに Dynamics 365 が採用されることが決まっていたため、システム基盤となるクラウドサービスとしては Azure が最有力候補となりました。

「もともとは保守期限を迎えたことを機に、基幹システムの刷新を検討しており、クラウドネイティブで BI ツールや Microsoft Office アプリケーションとの連携に優れた Dynamics 365 を採用したという経緯があります。このため、AI システムの基盤となるクラウドサービスも Azure になるのは必然的でした。他のクラウドサービスとの比較検討も行いましたが、総合力で見て Power Platform などの優れたツールが利用できる Azure が最適であると考え、採用を決定しました」(稲永 氏)。

システムの構築にあたっては、業務ロジックの組み込みや社内のセキュリティポリシーへの適用といったカスタマイズが必要だったこともあり、Azure の AI サービスではなく、独自 AI を開発。Azure 上の VM、Azure Storage、Azure Machine Learning、そして Azure CLI を利用してシステムが構築されました。基幹システム刷新プロジェクトで AI 活用の技術開発を推進し、今回の入金消込 AI プロジェクトにおいても、AI 技術開発とシステム開発の責任者を務めたビジネスソリューションサービス事業本部 技術開発グループの安藤 正登 氏は、入金消込 AI のシステム構成についてこう解説します。

  • 富士フイルムビジネスイノベーション株式会社 ビジネスソリューションサービス事業本部 S&S技術グループ 安藤 正登 氏

    富士フイルムビジネスイノベーション株式会社 ビジネスソリューションサービス事業本部 技術開発グループ 安藤 正登 氏

「RPA を介して、Azure と基幹システムである Dynamics 365 が連携するようなシステム構成で構築を進めました。間違いが許されない経理というプロジェクトの性質上、AI の確信度によって自動化する処理と手動で行う処理を振り分けるという工夫を施しました。この部分に関しては業務部門が Power Automate で作り込みを行い、AI の部分は技術部門が構築するという分業制の並行開発を採用することで、プロジェクトのスピードアップを図っています」(安藤 氏)。

実際に入金消込業務を行う現場の目線で、自動化する処理と手動で行う処理の振り分けを行った坂井田 氏は、AI に対する認識の面から変えていく必要があったと、業務部門としてプロジェクトに携わったことの苦労を語ります。

「勉強不足の面もあったのですが、AI が出した解答は 100 %正しいといった思い込みがあり、間違った答えが含まれていることへの対応に苦労しました。業務で利用することを考えた場合、ミスが 1 件でも存在することは避けなければなりません。そこで、これまで積み重ねてきた業務ロジックを組み込み、混ざり合った正解・不正解のなかから正解だけを取り出す仕組みを構築。AI が書き出した結果に対して、再度ロジックで計算することで、自動処理と人手による処理の振り分けを行いました」(坂井田 氏)。

こうした業務部門の作り込みは、AI 開発においても相乗効果があったと安藤 氏。「現場とのヒアリングのなかで精度に直結する特徴量を見つけ出し、結果に違和感のある部分に関しては、こういったパラメータが必要なのでは、といった議論を重ねるなど、アジャイル的な開発サイクルで AI の改善を進めていきました」と語り、業務部門と技術部門の密接なコミュニケーションが効果を発揮したと力を込めます。実際、ベテランの暗黙知となっている特徴量をヒアリングから見出すのは簡単なものではありませんが、同社では数十年に渡り AI の研究開発を行っており、その経験とノウハウがプロジェクトの円滑な推進に活かされたといいます。また安藤 氏は、独自 AI の開発も含め、本プロジェクトにおいてはマイクロソフトの密接なサポートがあったと語り、繁忙期とそれ以外の期間でのスケーリングや、セキュリティを担保しながら Azure のパフォーマンスを最大限に引き出す仕組みなど、さまざまな部分でマイクロソフトの支援を受けられたと喜びます。

  • 入金消込システム概要図

    入金消込システム概要図

ビジネス自体の変革を進める一方で、マイクロソフト製品を使ったデータ利活用の取り組みも加速させる

マイクロソフトのサポートもあり、技術部門と業務部門の協業体制により進められた入金消込 AI プロジェクトはスムーズに進行し、2022 年 2 月から正式稼働を開始しています。従来の入金消込業務では、ツールの導入やロジックの適用により 66 %の入金が自動消込できていましたが、本プロジェクトにより、残り 34 %の手動消込分における効率化を実現。これまでベテランの経験と勘に頼っていた作業を AI が行うことで、作業工数の大幅な削減に成功しています。PoC の段階では、手動消込作業の 10 %程度を自動化するという目標を設定していましたが、技術部門、業務部門それぞれが改善を積み重ねることで、現在は目標を大幅に超える約 20 %の自動化を達成。現場の担当者からは喜びの声があがっていると、坂井田 氏は本プロジェクトで得られた成果を語ります。安藤 氏も「自動化した部分以外でも、7 割を超える正解率で消込候補を出すことができており、手動処理の時間を短縮できています」と導入効果を実感しており、今回の取り組みでバックオフィス業務の効率化における AI のコア技術が獲得できたと手応えを口にします。

業務DX を推進してきた伏見 氏も「複合機の開発など事業部門での AI 活用は行われていましたが、業務部門の AI 活用で成果が得られたのは本プロジェクトが初めてです」と語り、今回の取り組みが AI 活用から一歩進んだ BX(ビジネストランスフォーメーション)展開につなげられる事例になることを期待しています。

  • 入金消込 AI の導入効果

    入金消込 AI の導入効果

今後の展望としては、Azure や Power Platform といったマイクロソフト製品を活用した AI 活用を加速させ、社内業務プロセスの見直しを図っていきたいと伏見 氏。具体的な取り組みとして、Azure の音声認識サービスを利用したシステムをリリースして、これまで業者に出していた音声データの文字起こしの内製化と効率化を実現していく予定であると語ります。

安藤 氏も「基幹システムとして Dynamics 365 を採用し、Azure の活用も進めているので、今後も技術部門のみならず、現場主導でもマイクロソフトが提供するサービスを活用していきたいと考えています」と語り、個人的に注目している Azure のサービスとして、OpenAI のGPT-3モデルへのアクセスを実現する Azure OpenAI Service を挙げます。

富士フイルムビジネスイノベーションの業務DX を担う基幹システム刷新プロジェクトを統括する稲永 氏は、同社の DX が見据えるビジョンを「事業そのものの変革」と説明し、今後の展望を語ります。

「これまでは複合機のビジネスが中心でしたが、冒頭で述べたように、デジタル化が進み、紙によるコミュニケーションが減少している状況においては、ビジネスそのものを変えていく必要があります。事業構造を変えなくてはならないタイミングで DX の流れが来たことは、ある意味格好のチャンスであると考えています。その主軸は顧客の DX を実現するためのソリューションであり、たとえば Dynamics 365 を外販する際にも、インテグレーションや、その前段となる業務改善の方向性も含め、トータルで支援していくことが製品・サービスDX のゴールであると捉えています。一方の業務DX においては、すべての業務データを集約して誰もが活用できる環境を構築することが重要なミッションとなります。その中核となるのは基幹システムである Dynamics 365 で、現在は、この導入とデータ利活用に向けた周辺システムの整備に取り組んでいるところです。そのなかでは、AI が重要な役割を担うと考えており、Power Platform や Microsoft 365 といったマイクロソフト製品の活用が重要になってくると想定しています」(稲永 氏)。

基幹システムに採用した Dynamics 365 と Azure のサービスを活用し、製品・サービスDX・業務DX・人材DX を推進する富士フイルムビジネスイノベーションの取り組みには、今後も注視していく必要がありそうです。

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