私立大学として日本で初めて SAP を活用した学校会計システムを構築した早稲田大学。SAP システムは、創立 150 周年に向けた中期計画「Waseda Vision 150」で策定した施策の一環として導入し、これまでに業務の標準化や効率化に大きな役割を果たしてきました。そんな早稲田大学が次のステップとして取り組んだのが SAP システム基盤のクラウド化です。BCP / DR 対策の強化や運用効率化を目指すうえで、最適な基盤として採用したのが Microsoft Azure でした。クラウド化にあたっては、マイクロソフトが実施したアーキテクチャデザインセッションや、パートナーとして参画した BeeX(ビーエックス)のサポートが大きなカギを握ることになりました。

私立大学として日本で初めて SAP を活用した学校会計システムを構築

1882 年に東京専門学校として設立され、2032 年に創立 150 周年を迎える早稲田大学。2012 年には創立 150 周年に向けた中長期計画として「Waseda Vision 150」を策定、「Vision1 世界に貢献する高い志を持った学生」「Vision2 世界の平和と人類の幸福の実現に貢献する研究」「Vision3 グローバルリーダーとして世界を支える卒業生」「Vision4 世界に信頼され常に改革の精神を持って進化する大学」を掲げ、さまざまな改革に取り組んでいます。

システム面での大きな改革の1つが、財務体質強化に資する情報システム基盤構築でした。2015 年に SAP の採用を決定し、2016 年からの 3 カ年計画のもと SAP ERP(ECC 6.0)とインメモリデータベース SAP HANA を基盤にしたシステムをオンプレミス環境に構築、運用してきました。私立大学として業務システムで SAP HANA を導入したのは日本で初めてのケースです。

続く 2018 年からの 3 カ年計画では「オンプレミスからクラウドへ」をテーマに、既存のサーバーハードウェアのリプレースを受けて SAP システムのクラウド移行に向けた取り組みを進めます。そのクラウド基盤に採用されたのが Microsoft Azure(以下、Azure)でした。「SAP on Azure」を推進した背景について、情報企画部 情報企画課 マネージャ 柴山 拓人 氏はこう説明します。

  • 早稲田大学 情報企画部 情報企画課 マネージャ 柴山 拓人 氏

    早稲田大学 情報企画部 情報企画課 マネージャ 柴山 拓人 氏

「Waseda Vision 150 をシステムの取り組みにブレイクダウンするなかで、クラウドサービスの利用を積極的に進めてきました。そのなかでオンプレミスの SAP システム基盤についてもクラウド化を積極的に進めることになりました。クラウド化により、サーバーのメンテナンスや運用管理の手間とコストを削減し、より効率良くシステム運用ができると期待していました。また、2021 年からの 3 カ年計画では『事業継続性の確保に向けた IT インフラの BCP 対策の推進』もテーマにしています。オンプレミス環境では難しかった BCP / DR 対策やシステムのスケーラビリティの確保、複数リージョンを活用したバックアップ、リモート保守などによる運用性の向上などを実現していくことができると考えました」(柴山 氏)。

早稲田大学では、ベンダーロックされない形でマルチクラウドやマルチベンダー対応を推進する動きがありますが、そのなかでもニーズに応じて適材適所で優れたクラウドや優れたベンダーとして今回マイクロソフトの Azure が、SAP システムのクラウド基盤として最適であると判断されたのです。

オンプレミス環境で運用してきた SAP システムを「SAP on Azure」へと移行

早稲田大学は、5 万人超の学生が学び、非常勤を含めた教員数は 5300 人、卒業生(校友)は 67 万人におよぶ、多彩かつ大規模な教育・研究機関です。会計規模も大きく、2021 年度の経常収入は、授業料・入学金などが 約640 億円、補助金などが 約120 億円、受託研究事業などが約 70 億円、入学検定料・試験料などが 約37 億円など、計 1012 億円規模となります。

「さまざまな学部・研究科があり、ビジネスロジックが複雑になっていました。SAP 導入にあたっては学校法人会計向けにシステムを作り込みながら、標準的な業務として構築する狙いがありました。構成としては、財務会計システムとして SAP を置き、その周辺に法人系システムとして大きく 5 つのシステムが配置されています。法人系システムは、教員の研究費などを管理する『研究支援システム』、出張費や精算手続きをワークフローで管理する『出張システム』、各種文書を管理する『文書管理システム』、承認手続に利用する『ワークフローシステム』、全銀ネットに接続する『全銀システム』などです。SAP と密接にシステム連携、データ連携することで、リアルタイムに財務状況を把握しています。クラウド化にあたっては、SAP システムを中心としたこの法人系システムをまとめて移行することが求められました」(柴山 氏)。

システムの利用者は、SAP に限ると職員が約 400 名、教員が約 1000 名です。SAP システム自体は、導入時にしっかりと作り込んでいたこともあり、アプリケーション面では課題を抱えていませんでした。クラウド化にあたっての要件について、情報企画部 情報企画課 アプリケーショングループ 磯崎 和洋 氏はこう説明します。

  • 早稲田大学 情報企画部 情報企画課 アプリケーショングループ 磯崎 和洋 氏

    早稲田大学 情報企画部 情報企画課 アプリケーショングループ 磯崎 和洋 氏

「クラウド移行で重視したのは、法人系システムとしてトラブルなく安定的に動作することです。クラウドで実現したかった BCP 対策の強化、コスト最適化、ハードウェア運用保守からの脱却、安定性の向上が実現可能かどうかをポイントに評価し、Azure を採用しました。採用の決め手になったのは、当学の他のシステムで採用実績があったこと、Azure には SAP の稼働基盤として豊富な実績があったことです。加えて、アーキテクチャデザインセッション(ADS)で信頼感が増したことも大きな要因でした」(磯崎 氏)。

アーキテクチャデザインセッションと BeeX の支援により移行の課題を解決

アーキテクチャデザインセッションとは、マイクロソフトの SAP エキスパートと 2 日間のディスカッションを通して、ビジネス目標やシステムアーキテクチャ、サービスの実装方法などを確認するミーティングです。マイクロソフトからは SAP on Azure によって実現できる複数のプランと、それぞれの簡単なコストの見積もりや ROI などを具体的な数値として提示されました。

これにより「Azure の機能を理解し、移行方針と手法についてのイメージを描くことができました。おおよその構成例とそれぞれの金額感を把握したことで、将来のビジョンを明確に共有できました」と磯崎 氏は振り返ります。

ただ、実際に移行作業を始めてみると、技術的に対応できない課題が出てきたといいます。その 1 つがマイクロソフトの標準移行ツールである Azure Site Recovery(以下、ASR)が一部で利用できないことでした。

「SAP システムはおおむね仮想化された Windows Server で構成されていましたが、HANA サーバーだけは Red Hat Enterprise Linux で稼働しており、特定のマウント方法をとっていた一部のストレージ領域については、ASR を使った移行が実施できなかったのです。自分たちだけでは対応することが技術的に難しいことからマイクロソフトに支援を仰ぎ、パートナーとして BeeX(ビーエックス)をご紹介いただきました。BeeX は SAP の経験が豊富なだけにアドバイスも的確で、1 を聞くと 10 返ってくるといった頼もしさがありました。それらのやり取りの過程で信頼感が増し、移行作業そのものを支援していただくことを決めたのです」(磯崎 氏)。

BeeX では、HANA サーバーの移行課題について、アプリケーションサーバーを ASR を使って移行させる一方、HANA サーバーについては SAP が定めるマイグレーションのパターンに沿って移行することですばやく解消しました。BeeX のシニアテクニカルコンサルタントの田村 泰俊 氏はこう話します。

  • 株式会社BeeX シニアテクニカルコンサルタント 田村 泰俊 氏

    株式会社BeeX シニアテクニカルコンサルタント 田村 泰俊 氏

「当社には SAP パートナーとして豊富な実績があります。当社が培ってきた移行ノウハウを生かすことで、移行をスムーズに終えることができました。Azure 上で HANA のバージョンにあった OS のバージョンを用意するなど、トラブルの少ない移行を実現しています」(田村 氏)。

BeeX のアソシエイト 大河 ともみ 氏もこう話します。

  • 株式会社BeeX アソシエイト 大河 ともみ 氏

    株式会社BeeX アソシエイト 大河 ともみ 氏

「法人系システムでは HANA を除いて標準的なデータベースとして Oracle Database が採用されていました。サイズが大きく、許容可能なダウンタイム間で ASR を利用した Azure 移行ができなかったのですが、ディスクを VHD ファイルに出力し、Azure Blob Storage に転送のうえ、VHD ファイルからマウントする方法で移行しました。このあたりも BeeX の移行ノウハウが生きたところです」(大河 氏)。

  • システム概要図

    システム概要図

BCP 対策の強化、コスト最適化、HW 運用保守からの脱却、運用性の向上を実現

マイクロソフトによるアーキテクチャデザインセッションは 2019 年末に開催されました。その後、コロナ禍により、プロジェクトはフルリモートでの実施となりましたが、Web 会議やチャットなどを活用しながらスムーズに進行することができたといいます。プロジェクト推進体制としては、SAP 関連の移行作業と技術支援を BeeX が、SAP 以外の移行作業を早稲田大学の関連会社である株式会社早稲田大学アカデミックソリューションが、全体管理を情報企画課がそれぞれ担いました。

要件定義は 2020 年 12 月までに、本番環境のコピーなどの移行 PoC は 2021 年 3 月までに実施し、2021 年 4 月からは、移行設計や移行に伴うプログラム改修の設計・開発を行って、6 月からの移行リハーサルとテストを行い、2021 年 10 月頭にはすべての移行プロジェクトが完了しました。移行作業自体は、約 6 カ月という短期間での移行を実現しています。

柴山 氏と磯崎 氏は、SAP on Azure によって得られた効果として、以下の3点を挙げます。

1 つめは、BCP 対策の強化です。これまでのオンプレミス環境では SAP システムの冗長化ができていませんでした。バックアップも学内だけで取得していたので、学内のサーバー群が被災すると復旧できない状況だったのです。「Azure 移行後は、Azure Backup で Geo 冗長ストレージ(以下、GRS)を利用することで、日本国内の東日本・西日本でバックアップ データを保持することができ DR 対策を強化することができました」(柴山 氏)。

2 つめは、コスト最適化です。Azure への移行により、従来よりもトータルコスト(イニシャル+ 5 年間のランニングコスト)が削減される予定です。「今後、リザーブドインスタンスの利用や開発・検証機を中心に未使用時間帯にインスタンスを停止することで、さらなるコスト削減を見込んでいます」(磯崎 氏)。

3 つめは、ハードウェア運用保守からの脱却と運用性の向上です。クラウド化によってハードウェアの運用保守が必要なくなりました。あわせて、従来はハードウェアと、基盤ソフトウェア・アプリで別々だったベンダーを 1 社に集約し、運用体制も見直しました。「複数ツールにまたがっていた管理ツールも Azure Portal に一元化し、ワンストップで利用できるようにしています。仮想マシンのバックアップやデータベースのバックアップも他のバックアップツールを使わず、Azure の機能だけで実現することで、運用性は大きく向上しました」(磯崎 氏)。

Azure Virtual Desktop や Power Automate を活用、Azure の強みを引き出していく

SAP on Azure を実現したことで、今後は、Azure というプラットフォームの優位性を活用した取り組みを推進していく予定です。まずは、リザーブド インスタンスを活用し、さらなるコスト最適化と運用性向上をはかっていきます。さらに、Azure のネイティブサービスを活用することも視野にいれています。

「大学の教育環境整備という視点では、BYOD の推進のために Azure Virtual Desktop の活用が考えられます。法人系システムを Azure に移行したことで、Azure が提供する他のサービスも利用しやすくなっています。また Microsoft Power Automate を使ってSAP への入力業務などを自動化する検討もすでに始まっています」(柴山 氏)。

また BeeX によると、SAP on Azure の環境は日々進化を遂げており、ユーザーの利便性も大きく向上しているといいます。例えば、海外リージョンでは SAP 環境の稼働監視を Azure Monitor で行うための新機能もリリースされています。

「SAP の基盤として Azure を採用するメリットは、Azure の機能で一元的に SAP 環境を管理できることです。Azure Backup を使って、仮想マシンから SQL Server、HANA データベースまでをバックアップできます。また、GRS を使うことで、低コストでなおかつ簡単に DR 環境を構築することができます。利便性と信頼性の高さは、ほかの SAP 向けクラウド環境に比べて優れている点だと思います」(田村 氏)。

現在、SAP システムについては、アプリケーションのアップグレード作業を進めているところであり、法人系システムの高度化に取り組んでいく予定となっています。また、多くの教育機関を顧客に持つマイクロソフトに対しては、教育・研究・大学運営それぞれの文脈での最新の技術や業界動向の共有および共同研究に取り組むことや、すでに早稲田大学で利用している Microsoft 365や Microsoft Teams、Microsoft Power Automate、そして Azureなどの継続的なサポートやトラブルシューティングに期待を寄せています。

「Waseda Vision 150」の実現に向けて、マイクロソフトはさらにサポート体制を強化していきます。

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