政府が進める「クラウド・バイ・デフォルト原則」やコロナ禍でのリモートワークの拡大などを受けて、地方自治体におけるシステム運用のあり方が大きく変わりつつあります。そんななか、Microsoft Azure のさまざまなサービスを組み合わせて「自治体 DX の推進」を支援しているのが、山梨県甲府市を本拠に全国規模でサービスを展開するエーティーエルシステムズです。社内システムのクラウド化や新組織クラウドテクノロジーユニットの設置など、Azure の知見とノウハウを社内に蓄積する自社実践の取り組みを強化している同社に、取り組みの経緯と狙いを聞きました。
甲府市を地盤に自治体向け「行政情報分析基盤」や「LGWAN-ASP」サービスを提供
2008 年に山梨県甲府市で創業し、自治体向けに ICT システムを開発・提供する企業として成長してきたエーティーエルシステムズ(以下、ATL)。現在は、甲府本店のほか、東京オフィス、北関東オフィス、名古屋オフィスという 4 つの拠点を有し、全国の地方公共団体や教育機関、民間企業に対して、ネットワークとデータという大きく 2 つの領域でソリューションを展開しています。
ネットワークソリューション事業では、LAN・WAN からルーターなどの機器の設計設置といったインフラ構築から、サーバー仮想環境の設計などのプラットフォーム設計・運営までをトータルで支援しています。例えば、庁舎移転にともなうネットワークシステム構築支援や、GIGA スクール構想向けタブレット提供や教育系 Wi-Fi 整備などがあります。
データソリューション事業では、2016 年に施行された「官民データ活用推進基本法」を受けてニーズが広がる、自治体におけるデータ活用を支援するさまざまなソリューションを提供しています。例えば、地方自治体 CMS 構築や庁内ポータルサイト構築・保守から、データ活用システム構築、データ活用を目的としたアプリ開発、自治体向け閉域網「LGWAN-ASP」サービスなどです。安全なデータ利活用に向けた自社開発のパッケージソリューション「行政情報分析基盤 for LGWAN-ASP」「行政情報分析基盤 for セルフBI」も提供しています。
ATL の執行役員でネットワークソリューション事業部 部長を務める寉田 悟氏はこう話します。
「政府の情報システム方針として『クラウド・バイ・デフォルト原則』が推進されるなか、地方自治体向けシステムでも、クラウド活用を第一候補として検討していく動きが加速しています。また、コロナ禍で社会や経済のあり方が大きく変わるなか、地方自治体や民間企業においても、テレワークやリモートワークに対応するためにネットワークを活用する動きが進んでいます。そんななか、ATL では、ネットワークソリューション事業とデータソリューション事業をさらに強化する一方、2 つの領域の技術が必要になるクラウド事業を担うクラウドテクノロジーユニットという組織を新たに立ち上げ、変わりつつある地方のニーズに応えています」(寉田 氏)。
地方自治体や教育機関、民間企業におけるクラウド活用を加速するために ATL が重要視したのが、社内での実践事例をもとに知見やノウハウを蓄積していくことです。そこで社内システムのクラウド移行を本格化させ、そのクラウド基盤として Microsoft Azure(以下、Azure)を採用しました。
オンプレミスのサーバールームで管理していた仮想マシン約 50 台を 3 カ月でクラウド移行
ATL では、自治体向けシステムの開発や提供基盤として Windows Server や SQL Server を採用してきました。社内システムについても Windows Server と SQL Server で構成されており、オンプレミスのマイクロソフト製品については、開発環境を含め多くのノウハウとスキルを蓄積してきた経緯があります。
「ATL でもマイクロソフト製品をベースにクラウドのメリットを生かしたサービスを提供していく機会が増えていました。お客様のニーズに応えるためには、自社内に Azure の知見やノウハウを蓄積し、それをお客様向けサービスとして活用することが重要です。すでに外部公開向けのホームページについては Azure を採用していましたが、クラウド事業を推進するにあたって、他のシステムについても全面的に Azure に移行することを決めました」(寉田 氏)。
社内システムのうち、クラウドへの移行を計画したのは、大きく 2 つのシステム群です。1 つは、顧客向けの検証サーバー環境です。自治体向けシステムを開発する場合、自治体ごとに個別に開発・検証環境を作成し、1 つの仮想基盤上で管理していました。もう 1 つは、社内で利用する業務サーバー環境です。同じく仮想化された環境で、基盤上には会計システムなどさまざまなシステムが稼働していました。クラウド移行プロジェクトのプロジェクトマネージャを務めた古澤 祐一 氏は、こう話します。
「お客様向けの開発・検証環境として仮想マシン約 40 台を専用ラックで管理していました。一方、社内の業務サーバーは、会計システムやファイルサーバー、Active Directory(AD)サーバー、ウイルス対策サーバー、資産管理サーバーなど約 10 台を別のラックで管理していました。いずれも本社内のサーバールームに設置していたのですが、ハードウェアの老朽化や新社屋への移転と重なったこともあり、クラウド事業立ち上げとともに、Azure に基本的にすべてのシステムを移行したのです。クラウド移行によって拡張性や柔軟性を高める狙いもありました」(古澤 氏)。
本社移転は 2021 年 11 月に実施されましたが、それに先立つ 2021 年 8 月からクラウド移行の計画を立て、3 カ 月でシステムのクラウド移行を完遂させるというスケジュールでした。短期間でのクラウド移行が実現した大きな理由は、Azure が持つ優位性とマイクロソフトが提供するさまざまなサービスの活用にあったといいます。
既存の SQL Serverや Active Directory との親和性や連携性を評価し、Azure を採用
Azure の優位性について、開発・検証環境の移行計画を立てた鍋島 千夏 氏はこう話します。
「Azure には、オンプレミスで利用している Windows Server のライセンスをクラウド側でも利用できる仕組み(Azure ハイブリッド特典)や、テストや検証環境に適したサブスクリプションなどが用意されています。また、移行のためのツールやソリューションも充実しており、コストや手間の点で有利でした。特に、今回は既存の Windows Server や SQL Server などに手を加えず、そのまま仮想マシンとして利用するかたちでのクラウド移行だったため、ライセンスコストやサブスクリプション面でのメリットは大きな評価ポイントでした」(鍋島 氏)。
クラウドサービスの選定にあたっては、こうしたコストメリット以外にも、既存の技術との親和性や、既存のビジネスとの親和性、クラウドとしての将来性なども考慮したといいます。
ATL が提供する自治体向けのデータソリューションは、コアテクノロジーとして SQL Server を活用しています。例えば、「行政情報分析基盤」では、SQL Server のレポーティング ツール「SSRS(SQL Server Reporting Services)」や、セルフサービス BI 機能「SSAS(SQL Server Analysis Services)」、ETL 機能「SSIS(SQL Server Integration Services)」などをフル活用して、住民基本台帳情報を活用した人口動態分析や、市民の利用状況分析などを行っています。古澤 氏はこう話します。
「クラウドサービスの選定にあたっては、Windows Server の仮想マシンが問題なく動作するというだけでなく、ATL がお客様にソリューションを提供する際に必要となる SQL Server の技術や、AD 環境との親和性、LGWAN-ASP などのネットワークサービスとの連携性を評価していきました。既存のサービスがマイクロソフト製品ベースであるため、最初から Azure が第一の選択肢ではありました。ただ、クラウド移行で現状よりもコストがかかってしまうと意味がありません。そこで、実際に Azure 以外のクラウドも評価してみて、どのクラウドが最も効率良くシステムを運営できるかを評価し、最終的に『Azure が最適』との評価に至りました。他のパブリッククラウドでは、やはり Azure ほどのメリットを見いだせませんでした」(古澤 氏)。
マイクロソフトパートナー向け「CED プログラム」を活用してスムーズな移行を目指す
実際のクラウド移行では、Azure が提供しているクラウド移行サービス Azure Migrate を活用しました。移行作業を担当した森村 美稀氏 は、こう評価します。
「仮想基盤は VMware vSphere で構築されていましたが、合わせて約 50 台の VMware ベースの仮想マシンを Azure Migrate で迅速に変換できました。仮想マシンは Windows Server が中心ですが、一部 Linux が混在していたり、OS やミドルウェアのバージョンが異なっていたりといったケースもありました。それでも、特に目立ったトラブルはなく、スムーズに Azure の IaaS 環境へと移行することができました」(森村 氏)。
社内ファイルサーバーは、IaaS として移行せずに、オンプレミスと PaaS を併用する構成としました。具体的には、ファイル同期サービスの Azure File Sync を使って、オンプレミスのファイルサーバーと Azure のストレージサービスとを同期することで、従来通りファイルサーバーを利用しながら、クラウドストレージをバックアップサイトとして利用する構成です。
「Azure File Sync を利用することで、ファイルサーバーに BCP / DR 対策を施すことができます。また、仮想マシンについても、これまでオンプレミスで仮想マシン単位でバックアップを行なっていた仕組みを、クウラドのバックアップサービス Azure Backup を使う構成に切り替えました。Windows Server にエージェントをインストールするだけでクウラドバックアップが可能になることは、BCP / DR を効率良く、低コストで実施するという観点から大きなメリットでした」(森村 氏)。
サポートの充実という点では、クラウドイネーブルメントデスク(Cloud Enablement Desk /以下、CED)プログラムの存在も大きかったといいます。CED は、Microsoft Partner Network(MPN)に参加しているパートナー企業のうち、Azure ビジネスを始めたばかりという企業や、コンピテンシーの取得を目指している企業、マイクロソフトとの共同販売を目指している企業が利用できるプログラムです。
「CED を利用すると、CED スペシャリスト担当者によるビジネス成長のための支援や各種オンボード支援、パートナーテクニカルコンサルタント(PTC)による技術支援を受けることができます。Azure Migrate を利用するにあたって、当初は技術的にわからないことが多くありました。ただし限られた期間でスピーディーに移行する必要があったため、CED の活用を前提にしていたのです」(森村 氏)。
稼働条件や運用状況を可視化して、仮想マシンの運用コストを半分以下に最適化
もっとも、実際に移行計画を推進する段階でマイクロソフトが提供するMicrosoft Docs などの各種ドキュメントを読み込んでみると、必ずしも CED プログラムを利用しなくても移行が可能だとわかったといいます。鍋島 氏はこう話します。
「マイクロソフトが提供するクラウド移行のためのドキュメントはかなり充実しています。日本語で読むことができることはもちろん、技術面で必要なことや問題になりそうなことも整理されています。CED プログラムを利用する前に、ドキュメントを見ながら手を動かしてみたら、通常のテクニカルサポートの範囲で十分対応できることがわかったのです。また、いざというときに CED プログラムを利用すればよいことが不安を取り除いてくれた面もあります。なにかあっても頼れる先があることで、安心して試行錯誤できるようになりました」(鍋島 氏)。
実際にクラウド移行で難しかったのは、移行後にコストを抑えた運用をどう行っていくかだったといいます。コストを抑えるためにリザーブドインスタンスの利用なども検討しましたが、それでも想定していた予算を上回っている状況でした。運用コストの面で当初は稟議も通らなかったといいます。
「移行する仮想マシンが開発・検証環境と社内の業務サーバーということもあり、利用しないときに仮想マシンをシャットダウンすることでコストを最適化しようと考えました。全案件の担当者に稼働条件や実際の運用状況などをヒアリングし、常時利用するものとしないものに分けました。常時利用する場合も夜間は検証作業をしないので自動シャットダウンするよう設定し、就業時刻に合わせて複数のサーバーを適切な順序で安全に自動起動するためのプログラムを作成しました。プログラムといっても、テンプレートを利用してパラメータを設定するだけです。24 時間稼働の仮想マシンを 8 時間稼働にするだけで稼働にかかる料金は 3 分の 1 になります。実際、全体で見ても、運用コストを半分から 3 分の 1 程度に最適化でき、オンプレミスと同等のコストで運用できるようになりました」(鍋島 氏)。
コスト以外でも、クラウド移行によって、サーバー機器の故障対応や、ビル施設の点検に合わせた計画停止対応が不要になったことや、顧客のニーズにあわせてインフラを柔軟にスピーディーに拡張できるようになるといったメリットが得られました。
Azure サービスを組み合わせて、地方自治体や民間企業に新しい提案を行なっていく
最も大きな効果は、社内システムのクラウド化によって、社内にクラウドの知見やノウハウが蓄積し始めたことです。古澤 氏はこう話します。
「多くの自治体がクラウド移行についてさまざまな悩みを抱えはじめています。実際、ATL にも『庁舎の老朽化と新庁舎移転にともなって、既存環境をクウラド化したい』『自然災害やサイバー攻撃などに対応するために、BCP / DR 環境をクラウドを使って見直したい』『予算確保の難しさから ICT 整備が遅れていて相談に乗ってほしい』といった要望が数多く届いています。以前はそうしたご相談に対して明確な答えを提示できないこともあったのですが、今は、自分たちの経験をもとに、Azure のサービスを活用した具体的な支援策を提案できるようになっています」(古澤 氏)。
また、Azure が提供するさまざまなサービスを自治体向けサービスに組み込んで提供することも可能になりました。寉田 氏はこう話します。
「データソリューションという点では、行政情報分析基盤のなかで Azure が提供する AI サービスやテキスト分析サービスなどを組み合わせて、新しい仕組みを提案することができるようになりました。また、ネットワークソリューションという点では、例えば、自治体向けに Azure Virtual Desktop を活用したネットワーク分離環境での VDI の提案や、自治体で利用が増えている Microsoft 365、Microsoft Teams などと連携したサービスの提供、ゼロトラストセキュリティ環境の提供など、提案の幅が広がっています」(寉田氏)。
ATL はこれまで、データとネットワークに関する技術を強みとして自治体向けビジネスを展開してきましたが、今後は、新設したクラウドテクノロジーユニットを中心に、データとネットワークの強みを組み合わせたクラウドソリュシーョンの提供にも力をいれていく予定です。
「クラウドに対しては、雲の上にあり、とらえどころのない存在だと感じている方も多くいらっしゃいます。お客様に寄り添って、身近なところから、新しい提案を行なっていきたいと考えています。また、今後は、自治体や教育機関などに閉じてシステムを運営するのではなく、民間企業と共創しながら課題解決を図っていくシーンも増えていくと感じています。Azure を活用しながら、地方の自治体や教育機関、民間企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を支えていきたいと思っています」(寉田 氏)。
ATLの取り組みを、マイクロソフトは今後も強力に支援していきます。
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