500 社以上のグループ企業を擁し、金属資源、エネルギーをはじめとした 7 つのオペレーディングセグメント、16 の事業本部でグローバルに事業を展開する三井物産株式会社では、デジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉が浸透する以前からデジタル技術のビジネス活用を推進してきました。2017 年 5 月には大手総合商社としてもっとも早く CDO(Chief Digital Officer:最高デジタル責任者)のポストを設置。2020 年 4 月に最高情報責任者(CIO:Chief Information Officer)と統合して CDIO にしました。また、同月にデジタル総合戦略部を設立。DX 総合戦略を掲げ、全社的な DX 推進に取り組んでいます。そして今回、DX 総合戦略の一環としてマイクロソフトの提供する特別支援プログラム「Data Hack」を活用。三井物産のデジタル総合戦略部・事業部とマイクロソフトの協業で、データ分析を活用した事業課題の解決に取り組んでいます。
データ分析・活用の内製化を見据えて、マイクロソフトの Data Hack を活用
さまざまな領域でビジネスを展開する総合商社ではデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みも多岐にわたり、組織全体の DX を体系化してナレッジの共有を図ることが重要となります。三井物産では 16 の事業本部に対応した DX 支援を行うフロント部署と、デジタル技術を軸にソリューションを展開する COE(Center of Excellence)を中心に DX 推進体制を構築。DX 事業戦略と DD(データドリブン)経営戦略を骨子とした DX 総合戦略を掲げ、商社のオペレーションの根幹を成す「OT(Operational Technology)」と、AI / IoT /ロボティクス/ビッグデータといった「Digital Power」の組み合わせによる新たな価値の創造を目指しています。COE を構成する組織の 1 つとなるデジタル総合戦略部 データドリブン経営戦略室の室長を務め、Data Hack を用いたデータ分析プロジェクトを統括している鈴村 良太 氏は、同社の DX 総合戦略が見据えるビジョンについて、こう語ります。
「三井物産が推進する DX 総合戦略の 2 つの柱となる DX 事業戦略と DD 経営戦略では、デジタル技術を活用することで生まれるビジネスの革新をビジョンに掲げ、『DX を標準装備とした次世代型経営人材を輩出』し、『DX による絶え間ない革新を企業文化として定着』させることを目指しています。今回の Data Hack プロジェクトもその一環で、データ分析の内製化と、ビジネスとデジタルに精通した DX デジタル人材の育成に向けた取り組みとなります」(鈴村 氏)。
「人とデータの三井へ」をスローガンに全社的なデータ利活用体制の整備を進めている三井物産では、Mitsui DX Academy を立ち上げ、全社員必須の e-learning 研修を実施するなど組織全体の意識改革も推進しています。研修を受けた事業部の担当者からは AI / ML を活用したいという声も高まってきており、デジタル総合戦略部への相談も増えているといいます。こうした状況のなか、Microsoft Azure を使ってデータ分析・活用を進めたいという企業向けに無償提供される特別支援プログラムである「Data Hack」の存在を知った同社は、データ分析により事業部の課題を解決することを検討。デジタル総合戦略部と事業部でチームを結成し、プロジェクトが始動しました。今回の取り組みにおけるプロジェクトマネージャーである三井物産 デジタル総合戦略部 ユーザーエクスペリエンス改革室 兼 データドリブン経営戦略室 室長補佐の柳澤 透 氏は、Data Hack を採用した経緯を次のように説明します。
「弊社では以前からマイクロソフトとさまざまな取り組みを進めており、Microsoft 365 をはじめ Power BI、Power Platform といったツールもフル活用しています。Power BI に関しては 2020 年頃からデジタル総合戦略部主導で本格的に活用を促進し、現在は毎月数百のユーザーレポートが作成・更新されている状況です。このように、Power BI などを使った『データの可視化』が進んでいる一方、自社内でのデータ活用はこれからというところで、マイクロソフトから Data Hack を紹介いただいたのは、まさに渡りに船といえました」(柳澤 氏)。
データ分析・予測を行うプロジェクトは既に多数立ち上がってはいたが、そこで得られたナレッジは組織全体に共有されていなかったと柳澤 氏。「データ分析のナレッジを、より多くの案件で活用したいと考えており、その意味でもデータ分析の内製化を推進するためのプログラムである Data Hack に対する期待は大きいものがありました」と当時を振り返ります。同社では、DX 総合戦略の柱となる DMP(Data Management Platform)の構築も進めていますが、そのアーキテクチャもすべてマイクロソフト製品で構成されています。こうしたマイクロソフト製品中心の社内 IT 環境も、Data Hack の採用を後押ししたといいます。
DXチーム・事業部・マイクロソフトの協業体制で、リアルなデータ分析・予測を実践
このような経緯で立ち上がった三井物産の Data Hack プロジェクトは、デジタル総合戦略部フロント部署から 2 名、実際にデータ分析・予測の対象となる業務を担う事業部から 2 名の 4 名体制でスタートしました。本プロジェクトメンバーに選定された三井物産 デジタル総合戦略部 DX第二室 兼 DX人材開発室の入村 隼斗 氏は、AI プロジェクトの可能性を感じて今回の取り組みに参画。フロント部署である DX 第二室の立場で、事業部と連携してプロジェクトを推進していきました。
「従来の業務は Azure や AI / ML 関連ではなかったのですが、Power BI や Power Apps といったツールの活用でマイクロソフトとの接点はあり、今回のプロジェクトへの参画を希望しました。AI / ML によるデータ活用に大きな可能性を感じていたので、本プロジェクトメンバーに選ばれたときは本当にうれしかったです」(入村 氏)。
プロジェクトマネージャーを務めた柳澤 氏も、事業部門でキャリアを重ねてきた経歴を持ち、Azure や AI / ML との接点はほとんどなかったといいます。さらに事業部から選出された2名も、Mitsui DX Academy を通じて AI を活用したいという意欲は高まっていましたが、具体的なデータ分析・活用方法に詳しいわけではありませんでした。このため、まずは今回のプロジェクトのテーマを選定した背景や目的を整理し、デジタル総合戦略部と事業部の意思を統一するところから始めたと柳澤 氏は語ります。
「マイクロソフトの Data Hack 担当者と打ち合わせる前に、今回のプロジェクトのテーマとなるビジネス上の課題を整理し、AI を使った予測をどのように活用するのかについて事業部を交えて検討しました。そこから今回のテーマに資するデータを洗い出し、同時に社内の関連部署にも話をして、必要となるデータを探っていきました。こうした準備を約 1 カ月かけて行い、ある程度固まったところでマイクロソフトの担当者と最初の打ち合わせを行いました」(柳澤 氏)。
今回のプロジェクトでは、マイクロソフトのカスタマーサクセス事業本部から、望月 氏、永田 氏、岩淵 氏の 3 名が参画。後に本番稼働や具体的な運用をサポートする武田 氏も加わり、合計 4 名体制で三井物産のデータ分析プロジェクトを支援しています。こうして三井物産 デジタル総合戦略部と事業部、マイクロソフトの協業体制による Data Hack の取り組みが開始されました。
「まずはマイクロソフトの担当者も交えて必要なデータの整理、テーマの定義、さらに分析アプローチの定義に着手しました。そのなかでマイクロソフトには、弊社側で想定していなかったデータの活用など、さまざまなアドバイスをいただきました」(柳澤 氏)。
こうして分析に必要なデータの収集が進められ、続いてデータ分析の環境構築と基礎集計が行われました。本プロジェクトでは、三井物産が運用している DMP ではなく、Azure 上に構築した独自のデータ分析基盤が使われています。環境構築を支援したマイクロソフトでは DMP での本番稼働を見据えて、大きく変更する必要がないアーキテクチャを意識したといいます。
基礎集計のフェーズでは、Power BI を使ってさまざまなインサイトが得られたと柳澤 氏。「事業部のメンバーも、自身が業務のなかで培ってきた知見が、データを見ただけのデータサイエンティストに抜き去られたことに驚いていました」と事業部の反応を語り、基礎集計フェーズで得た成果を喜びます。また、マイクロソフトも基礎集計は以降のデータ分析アプローチを判断するためにも非常に重要な工程と捉えており、この工程は事業部メンバーにとって最終的な予測モデル以上の副産物(新たなインサイト)が得られることを改めて実感したといいます。
続く「データの取込・加工」と「予測モデル作成」は、今回のプロジェクトでもっとも時間がかかったフェーズとなりました。その理由について入村 氏はこう語ります。
「AI 活用は一度モデルを作成したら終わりではなく、成績によっては前の工程に戻ってデータを足したり減らしたりする反復性が求められます。今回作ったデータセットは、1 つの数値を予測するために 100 程度の変数を入れる大がかりなもので、ユーザの業務を効率化するシステム開発の中では比較的ライトな EUC(End User Computing)を中心として取り組んでいた私にとってはかなりストレッチしたフェーズでした。そのなかで最後までやり切れたのは、マイクロソフトのサポートがあったからだと考えています。データセットやモデルの作成方法から、ツールの使い方までを丁寧にレクチャーいただき、さらに我々のレベルが上がったことを認識して説明を徐々に省いていくなど、内製化に向けた人材育成も意識したサポートをいただけました」(入村 氏)。
マイクロソフトの Data Hack チームも、本プロジェクトにおけるデータ加工、モデル作成フェーズは、他の Data Hack プロジェクトと比較して難易度が高いと認識しています。そのなかで、紹介した機能をすぐに取り込んで自らのロジックとして組み立てていく三井物産 Data Hack チームの吸収力には驚いたといいます。
柳澤 氏は「プロジェクト開始前の自分からは、今の自分が想像できないほど成長できたと思います」と手応えを口にします。入村 氏も「一般的な機械学習に必要なプログラミングスキルがなくとも GUI で操作することで必要なアウトプットが得られることがわかり、データ分析に対する意識が変わりました」と語り、今回のプロジェクトで得られたノウハウを他のテーマでも活かせるという自信が付いたと力を込めます。
自社内に Data Hack チームを組成し、データ分析のナレッジを全社的に浸透させる
こうしてモデル精度の向上に向けた改善を繰り返したことで、事業部メンバーも納得の予測結果を得ることに成功し、本プロジェクトのPoCが終了。経営陣が注目するほどのインパクトを社内に与え、現在は本番稼働に向けた準備が進められています。
「今回のプロジェクトを通じて想定以上の結果を得ることができました。現在は本番稼働に向けて DMP への環境移行を進めているところです」(柳澤 氏)。
Data Hack プロジェクトを統括している鈴村 氏は、今回の取り組みにおけるスピード感とアジリティを高く評価する一方、PoC と本番運用における大企業ならではの違いを、解消すべき課題と捉えています。
「今回の Data Hack プロジェクトでは、マイクロソフトの密接なサポートもあって環境構築もスピーディに行えましたが、本番環境を弊社のシステム内に構築するのはまったく別の話となります。Azure 上の環境構築ひとつとっても各ユーザが勝手に作ることはできず、弊社のインフラチームが社内のガバナンス・ルールに則り構築する必要があります。今回は Data Hack 第一号ということもあり、後続の Data Hack 案件の見本となるよう本番運用を考慮したリソース命名規則や運用ルールの整備も時間をかけて実施しており、次回以降にナレッジを継承できるように取り組んでいます。小さな積み重ねですが、これを乗り越えることで AI / ML の内製化を実現できると考えています」(鈴村 氏)。
内製化を進めるうえで重要な「人材育成」の面でも、今回のプロジェクトで得られたものは大きいと鈴村 氏。「マイクロソフトのサポートもあり、リアルプロジェクトを推進しながら、データを利活用できる人材を育てられる環境を構築できたことは大きな成果です」とマイクロソフトの支援を評価しています。入村 氏も「人材派遣やコンサル系のサービスは契約のスコープ・工数の関係上、必要なことを聞きたいといった場合に、サポートが受けられないというケースもありますが、マイクロソフトの Data Hack では、取り組みの先にある内製化を見据えた質問に対しても丁寧に答えていただきました」と、手厚いサポートに感謝しています。
今回の取り組みで得たナレッジを踏まえ、三井物産は 2022 年 2 月に Data Hack チームを組成。マイクロソフトの紹介を受けたデータ分析支援コンサルと連携して、新たな事業テーマで Data Hack 2 を開始しました。「データドリブン経営戦略の観点では、システムごとにサイロ化したデータの整備は喫緊の課題です。その一環が DMP の構築であり、今回のプロジェクトを踏まえたデータ利活用体制の構築になります」と鈴村 氏は Data Hack 2 以降の取り組みに期待を寄せています。Data Hack チームをまとめる柳澤 氏も「今回の Data Hack を単独のプロジェクトで終わらせたくありませんでした。データ予測が活用できる事業案件はまだまだあり、今回の取り組みで得たノウハウを活かしていきたいと思っています」と意気込みを語ります。
マイクロソフトの Data Hack をフックにデータ分析・活用の内製化を推進し、ビジネスとデジタルに精通したデータサイエンス人材の育成と、DX による絶え間ない革新を当たり前のものとする企業文化の醸成を目指す三井物産の DX 総合戦略。Data Hack 2 以降の取り組みにも目が離せません。
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