GIS と CRM を組み合わせたセールスエンゲージメントのクラウドサービス(SaaS)「UPWARD」を提供する UPWARD が、サービス基盤の一部を Microsoft Azure へ移行しました。IaaS をベースに構築されてきたアーキテクチャをマイクロサービスアーキテクチャに変更、Azure の PaaS を組み合わせて、エンタープライズシステムに求められる信頼性と、環境変化に対応するためのスピードとアジリティを手に入れました。新たな基盤で目指したのは、CRM の複雑な機能を意識させない、現場が使えるサービスです。セールスエンゲージメント市場をけん引する SaaS 事業者に狙いを聞きました。
営業担当者を支援するセールスエンゲージメントサービスを提供
顧客のニーズを正確に読み取り、顧客が求めるサービスを迅速に提供することで、顧客とのよりよい関係性を構築していく──。そのような顧客エンゲージメントの醸成は、あらゆる企業にとっての重要な経営課題となっています。実際、多くの企業が顧客エンゲージメントを向上させるために CRM(顧客関係管理)システムを活用してきました。ただ、すべての企業が CRM システムを経営基盤として十分に活用できているわけではありません。
そうしたなか、CRM 活用が進まない背景には営業担当者によるデータエントリーの難しさやモバイルアプリの使いにくさがあると考え、独自の位置情報技術で CRM とシームレスに連携するクラウドサービス(SaaS)を提供しているのが UPWARD です。
UPWARD が提供するのは、高精度の位置情報サービスを活かしたモバイルアプリを通じて、営業活動データを自動で検知・記録し、現場の営業担当者の営業活動を支援する「セールスエンゲージメントサービス」です。営業担当者が外回りなどで営業先を訪れると、位置情報から自動的に訪問先を検知し、顧客接点データを負荷なく蓄積できます。過去に誰がどのような営業を行ない、どのようなステータスにあるのかもすべて顧客情報に紐づいた形でリアルタイムに可視化できるため、顧客との継続的な関係を築きやすくなります。代表取締役社長 CEO 金木 竜介 氏は、サービスが提供できるビジネス価値についてこう説明します。
「営業活動データを自動でエントリーできるなど、直感的でわかりやすい UI(ユーザー インターフェース)/ UX(ユーザー エクスペリエンス)を備えていることが大きな特徴です。UPWARD では、サービスを通して顧客に提供していく 6 つの体験価値を 6 UX Values としてまとめています。具体的には『あらゆるデータ入力を自動・簡単に』『ネクストアクションの提示方法を最善化』『顧客タッチポイントの情報を共有化』『シンプルなカスタマイズ性』『Time to Value の最短化』『シームレスなプロダクト体験』です。これらにより、現場のラストワンマイルを革新することを目指しています」(金木 氏)。
UPWARD のサービスは現在、大手企業を中心に 300 社以上に導入されていて、現場の営業担当者向けのクラウドサービスとしては国内トップシェアを誇ります。そんななか、現場のラストワンマイルの革新を"さらに上昇"させるべく、サービス基盤の刷新に取り組みました。そこで活用されたのが Microsoft Azure(以下、Azure)が提供する様々なサービス群でした。
究極の姿は、CRM の存在を現場が意識せずに使いこなせるようになること
UPWARD が現在の体制で事業を展開するようになったのは 2016 年です。もともと位置 情報サービスや地理情報システム(以下、GIS)を活用したソリューションを企業のニーズに合わせてオーダーメードで提供していましたが、同分野で豊富な経験と知見を持つ金木 氏が、エンタープライズ分野で拡大しつつあったセールスエンゲージメントのニーズを先読みし、SaaS での提供を開始しました。
「2014 年ごろから国内でクラウドやモバイル、GIS を活用しようというトレンドが広がり、クラウドベースの CRM や SFA(営業支援)サービスが脚光を浴びるようになっていました。ただ当時はまだ GPS の精度や様々な技術的な問題などもあり、GIS と CRM をうまく連携させてビジネスで活用できるようなサービスがありませんでした。特に外回りの営業の方が利用する CRM といえば、スケジュールや日報などがメインで、業務の効率化や売上拡大につながらないことが多かった。そこで、セールスエンゲージメントをテーマに新しい UI/UX を備えたクラウドサービスとして提供し始めたのです」(金木 氏)。
UPWARD の執行役員 CPO テクノロジーグループ統括本部長 剣持 卓弥 氏は、UPWARD が備える UI/UX とセールスエンゲージメントの関係について、こう説明します。
「DX 推進の流れを受けて、企業ではクラウド CRM を活用した顧客接点改革の取り組みが活発化しています。ただCRM に対しては、『現場で使うには難しい』という声が多くあることに加え、そのせいで使いこなすことができず、ユーザーは CRM が本来持っているポテンシャルを十分に享受できていないのが現状です。そこで『UPWARD』では地図を営業リストのように使って効率的に計画を立てられるようにし、その計画を実行する際に、CRM 活用で最もネックとなる営業履歴のエントリーを簡易に行うことができるようにしました。SaaS サービスの導入では、約 7 割の企業が現場の定着化に苦労しているといわれます。また、セールスエンゲージメント市場は 2023 年に 6000 億円規模に成長するともいわれます。『UPWARD』は 営業現場での CRM 活用の課題を解消することで CRM が持つポテンシャルを最大化し、顧客エンゲージメントの向上を支援するサービスでもあります。UPWARD が目指している究極の姿は、CRM システムの存在を現場が意識しなくても使いこなせるようになることです」(剣持 氏)。
エンタープライズのニーズに応えるため IaaS から Azure PaaS での基盤再構築へ、セキュリティ、拡張性、運用性の向上を目指す
UPWARD が対応する CRM システムは、 Microsoft Dynamics 365(以下、Dynamics 365)や Salesforce、Oracle CRM on Demand、SAP CRM といった、大手企業を中心に日本でも高いシェアを誇るサービスが中心です。サービス提供基盤の一部を Azure に移行する背景には、こうしたサービスの利用がさらに広がり、セールスエンゲージメント市場が拡大していくことに備える狙いがあったといいます。
「『UPWARD』が多くのユーザーに使っていただけるサービスに成長したことで、データ量が増え、サービスの提供品質もこれまで以上に厳しい水準が求められるようになりました。例えば、アプリケーション内でデータのやりとりをより素早くセキュアに行なう必要がありますし、より高度な ID 管理も必要になります。一方で、新しい機能を提供するために AI(人工知能)/ ML(機械学習)などの技術もスムーズにサービスに実装していくことが求められます。いままでの基盤に何か問題が発生していたというわけではなく、サービスの高度化に向けて最適な基盤を検討し、われわれの特性にあったサービスとして選定したのが Azure でした」(金木 氏)。
とはいえ、5 年にわたって提供してきたサービスのプラットフォームの一部を刷新することは大きなリスクを伴います。蓄積してきた技術やノウハウがそのまま通用するとは限らず、新しい知識を学ぶ必要もあります。そんななかリスクをとってでもプラットフォームを変更するに至った狙いについて、金木 氏はこう話します。
「ビジネスアプリケーションを取り巻く環境が変わり、エンタープライズが SaaS に対して求めるニーズが高度化してきたことが背景にあります。コンシューマアプリのような使い勝手の良さと同時に、エンタープライズの利用に耐えうる信頼性や拡張性、堅牢性を確保することが求められています。再構築し、プラットフォームを刷新することで高度化する要求に応えることは、SaaS 事業者として当然の対応だと考えています」(金木 氏)。
これまでの UPWARD の基盤は、パブリッククラウドの IaaS サービスと別のパブリッククラウドの PaaS サービスを組み合わせて構築していました。これまでのシステム構成について、シニアエンジニアの加賀谷 恒慈 氏はこう説明します。
「IaaS の仮想マシン上で GIS などのサービスのコアとなるエンジンを稼働させ、アプリ部分で別のクラウドの PaaS を活用するという構成でした。もともとオンプレミスでサーバ上に構築していたものを IaaS に移行したという背景があり、アーキテクチャもレガシー化しつつありました。そこでプラットフォーム変更に合わせて、PaaS サービスの組み合わせを基本にした新しいアーキテクチャへと刷新したのです。PaaS サービスを組み合わせながら、アプリケーションと基盤を柔軟に拡張する場合、マイクロサービスアーキテクチャが向いています。Azure は PaaS サービスが充実しているだけでなく、コンテナ関連のマネージドサービスが充実しているなど、アーキテクチャの面でも最適なサービスでした。今後のビジネス展開を踏まえると Azure 一択という状況だったのです」(加賀谷 氏)。
剣持 氏は、ビジネス面からシステムに求めた要件として「エンタープライズ用途に耐える大容量のデータハンドリング能力」「セキュアなシステム環境」「Microsoft Office や Microsoft Teams(以下、Teams)、Microsoft Outlook(以下、Outlook) などのビジネスアプリケーションとの親和性」「ID 管理や AI、データレイクなどの仕組みの充実」「パートナーシステムの充実」を挙げます。
一方、加賀谷 氏はシステム面から求めた要件について「マイクロサービスアーキテクチャへの移行」「クラウドサービスに対する高度なモニタリング」「高いスケーラビリティを備えたセキュリティ」「自動化が可能な高い運用性」を挙げます。
Azure Cognitive Search と Cosmos DB で地図情報データベースを再構築
こうしたビジネス要件とシステム要件を考慮し、拡張性、運用性、セキュリティ、サポートを重視しながら、IaaS ベースのシステムアーキテクチャをマイクロサービスアーキテクチャとして設計し直したといいます。剣持 氏は、「UPWARD」が提供する機能について、こう解説します。
「中心的な機能として、顧客データを可視化する『地図』や現在地付近の顧客をプッシュ通知で知らせる『プッシュ通知』、滞在先と活動時間を自動検知し CRM に自動で記録する『自動 Check-In/Out』、定型フォーマットでモバイルから報告する『かんたん報告』があります。このほかにも、CRM と連携して、電話の活動記録を CRM に自動で記録する『電話記録』などがあります。従来から提供してきたこれら機能を強化しながら、Teams 連携や AI 技術の活用により、既存機能をさらに高度化させられることが重要でした」(剣持 氏)。
また、加賀谷 氏は、新しいシステムの構成について、こう説明します。
「システム基盤は、サービスや機能ごとにアプリケーションをコンテナ化し、Kubernetes マネージドサービスである Azure Kubernetes Service(以下、AKS)上で管理しています。サービスのコアエンジンは、ジオコーディングと地理空間情報検索ですが、これらもコンテナアプリケーションとして稼働しています。地理空間情報のデータベースには Azure Cognitive Search と Azure Cosmos DB(以下、Cosmos DB)を使い分けています。もともと PostgreSQL と空間情報のライブラリを使って構築していたのですが、そのまま Azure 上に PostgreSQL や SQL Database に移行するとコストが高くなることがわかりました。一方、Azure Cognitive Search は、コストを下げながらパフォーマンスを 3 倍以上出せることがわかり採用しました」(加賀谷 氏)。
アプリケーションのデプロイは、Azure Container Registry と GitHub を使って自動化し、省力化とスケーラビリティの確保を実現しています。また、サービス監視には Azure Monitor を、アプリケーションのセキュリティには Microsoft Defender for Cloud を採用しています。
AKS 上のコンテナアプリを Azure Monitor と Defender for Cloud で監視
Azure をプラットフォームに採用した"新生 UPWARD"は 2020 年 7 月にリリースされました。基盤の刷新により、従来から提供されてきた機能が維持されたまま、セキュリティ、拡張性、運用性は大きく向上したといいます。
「セキュリティ面が強化された事例としては、例えば、新しい脆弱性への対応などがあります。Microsoft Defender for Cloud は、コンテナの中身までチェックしてくれるため、新しい脆弱性への対応が容易になり、SaaS 事業者としてサービスを提供する際の安心感を得ることができます。また、Azure Monitor では、実際のサービスの動きや API の応答速度なども見えるので、メンテナンス作業が非常にわかりやすくなります」(加賀谷 氏)。
運用管理面では、コンテナとマイクロサービスの採用により、アプリケーションを柔軟にスケールできるようになったことが大きいといいます。新しい機能を追加したときなどにスムーズに対応できるため、今後の機能拡張が容易になります。さらに、将来的には、Kubernetes 基盤をスケールさせたときの運用コストを下げるべく、AKS から Azure App Serviceと Azure Container Instance への移行も検討中です。
「マイクロソフトからは、データベースの使い分けやサービス選定など的確なアドバイスをいただきました。マイクロソフトの技術サポートの高さは、Azure を採用したことによる大きなメリットです」(加賀谷 氏)。
さらに、ビジネス面での効果としては、新機能の追加や機能拡張が挙げられます。
「特に、マイクロソフト製品との連携性が高まったことが大きいと思います。他のクラウド基盤では連携のために色んな作りこみが必要でしたが、基盤刷新後は、Teams や Outlook とシームレスに連携できるようになり、Microsoft 365 ユーザーに対してより活用しやすいサービスが提供できるようになりました。今後は、Dynamics 365 や Microsoft Power Platform(以下、Power Platform)との連携強化や、Azure が提供する AI 機能などを新機能として組み込んでいくことを検討しています。お客様に対して『いつも使っている Teams や Outlook と同じプラットフォームで提供しているサービスですよ』と言えることはビジネス的にも大きいと感じています」(剣持 氏)。
Azure を採用する最大のメリットは、高まるエンタープライズからの要求に的確に応えられること
マイクロソフト製品との連携性について、金木 氏はこう補足します。
「CRM の機能として、Dynamics 365 と Power Platform との連携は既に実現しています。従来の CRM では、データエントリーがしにくいところを UPWARD で補完し、より直感的で自然に CRM が使えている状態を目指していきます。営業の報告が簡略化されれば、よりクリエイティブな業務に時間を使えるようになります。Teams との連携においても、お客様とやり取りした活動の記録や報告ができ、自分たちのチームの顧客接点の管理や、Teams の UI 上でもグラフィカルに活動履歴を可視化し、地図上で行動計画を立てられるような機能の実装を構想しています」(金木 氏)。
そのうえで、金木 氏は、SaaS 事業者として Azure を採用する最大のメリットは、高まるエンタープライズからの要求に的確に応えられることにあると指摘します。
「マイクロソフトは、全世界で幅広くクラウドサービスを展開している企業であり、基盤に対する信頼性は非常に高い。また、スタートアップにとっても、最新技術による拡張性と堅牢性を提供するパートナーとしての心強さがあります。Azure を採用することで、われわれのビジネスの拡大をサポートいただけると感じています」(金木 氏)。
一般に開発プラットフォームを変更する場合、アプリケーションエンジニアやインフラエンジニアから抵抗を受けるケースが少なくありません。金木 氏も、そうした懸念が多少あったといいますが、実際はまったくの杞憂だったそうです。
「エンジニアのほとんどは、従来のクラウドサービスを使いこなしており、知見やノウハウも持っています。そうしたなかで、なぜ企業として Azure を選ぶのかを伝えました。ビジネス環境の変化やお客様の変化、お客様からの信頼に応えるためには、Azure が最適な選択肢だといった説明をしたのですが、エンジニアはすぐに腹落ちしてくれました。むしろ、加賀谷のように実際に複数のクラウドサービスを使いこなすことができるエンジニアほど、エンタープライズ向けの機能が充実した Azure を高く評価するようです。エンジニア自身がむしろ Azure を使いたいという意欲を持っていたと感じています」(金木 氏)。
金木 氏は今後のビジネス展開を次のように展望します。
「まずは国内のエンタープライズのお客様が求めている、よりセキュアで、より使いやすいアプリケーションを提供していきます。次に目指すのはグローバル展開です。UPWARD で支援させていただいている多くのお客様はアジア進出されていますので、まずはそういったお客様のアジア市場における営業活動の支援へ広げていく予定です。ゆくゆくは全世界の企業のセールスエンゲージメント向上に貢献していきたいと考えています」(金木 氏)。
Azure への移行で勢いを増す UPWARD。マイクロソフトはこれからも同社の取り組みを強力に支援していきます。
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