マンションブランド「Brillia」などで知られる総合不動産会社である東京建物がクラウド活用を本格化させています。2018 年にグループの「標準クラウド」として Azure を採用。クラウド移行を段階的に進め、2021 年にはグループ会社の東京建物不動産販売において Red Hat Enterprise Linux で構築された基幹システム「仲介業務支援システム」の Azure 移行を完遂させました。移行にあたっては、運用保守パートナーである日立システムズと連携して「クラウド構築ガイドライン」を策定、グループ全体に適用することで、Azure 移行と適材適所のマルチクラウド戦略を加速させる方針です。

グループリソースを一元化する取り組みを推進、クラウドの共通基盤として Azure を採用

1896 年に旧安田財閥の創始者・安田善次郎によって設立された、日本で最も歴史ある総合不動産会社である東京建物。新築・分譲マンション「Brillia」に代表される住宅事業や、東京・池袋の「Hareza(ハレザ)池袋」、東京・八重洲一丁目地区での再開発プロジェクトなどのビル事業を中心に、商業施設、物流施設開発、アセットサービス、駐車場、リゾート、海外、不動産ファンドなどの事業を展開しています。企業理念としては「信頼を未来へ」を掲げ、2030 年ごろを見据えた長期ビジョン「次世代デペロッパーへ」を目指し、2020〜2024 年の中期経営計画を推進しています。

IT システムはこれまでグループ各社ごとに構築・運営されてきましたが、2015 年のグループ再編を契機に、グループでの IT リソースの有効活用を目指し、共通の IT 戦略と IT インフラをもとにグループ一丸となって実施する体制に移行しました。デジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みについても、2020 年に ICTデジタル推進部を発足させ、2022 年からは DX推進部として取り組みを加速させようとしています。

DX推進部長 鳴海 徹 氏は、東京建物におけるデジタル化の取り組みについて、こう説明します。

  • 東京建物株式会社 DX推進部長 鳴海 徹 氏

    東京建物株式会社 DX推進部長 鳴海 徹 氏

「まずは、さまざまな業務のなかにデジタル化の流れを組み込むことからスタートし、その先に DX が実現されていくと考えています。中期経営計画では 2024 年に事業利益 750 億円を目指しており、システムについても大きく成長させる必要があります。このためシステムインフラについても既存のままとどまっているのではなく、グループ全体で新しいアーキテクチャを取り入れつつ、システムが業務の足かせにならないよう整備していくことを目指しています。また新しいビジネスモデルの創出についても会社として取り組みを進め、大きな柱に育てていこうとしています」(鳴海 氏)。

システム基盤に求められる要件としては、これまでのような堅牢さや信頼性を維持しつつ、環境の変化に耐えられる柔軟で高いセキュリティを確保することが重要だといいます。特に顧客とのリレーションを強化する業務をシステムとして強くサポートすることで、既存業務の成長や新しい業務の創出に取り組むことを目指しています。

「こうした取り組みでカギになるのがクラウドです。これまでは各システムに合わせてクラウド基盤を調達してきましたが、グループにおけるクラウド活用を効率的に推進するため、グループで共通利用するシステムの構築ガイドラインを策定し、ガイドラインに沿ってクラウド活用を進めているところです。その中核サービスとして選択したのが Microsoft Azure(以下、Azure)です」(鳴海 氏)。

Red Hat Enterprise Linux を採用しアプリケーションを自社開発、クラウド移行では Azure が前提に

Azure をグループ共通のクラウド基盤として選定した背景には、グループで利用している Microsoft 365 と親和性が高いこと、システム構築・運用パートナーである日立システムズにノウハウが蓄積していたこと、Azure に関する調査や先行導入した事例から信頼性やセキュリティの高さなど、Azure のメリットを確認できていたことがあるといいます。

Azure の採用が決まった後、基幹システムのクラウド移行の最初の事例となったのが、グループ企業である東京建物不動産販売が展開する仲介業務支援システムです。東京建物不動産販売 経営企画部 担当部長 五十嵐 紀元 氏はこう説明します。

  • 東京建物不動産販売株式会社 経営企画部 担当部長 五十嵐 紀元 氏

    東京建物不動産販売株式会社 経営企画部 担当部長 五十嵐 紀元 氏

「東京建物不動産販売は、グループのなかで、仲介、アセットソリューション、賃貸の 3 つの事業を展開しています。仲介業務支援システムは、仲介業務の全般を管理する基幹システムで、集客から成約の進捗、業績の管理と仲介業務支援を一貫して行います。仲介業務支援システムを移行することを前提に、まず、勤怠システムなどの情報系システムを Azure に先行して移行させました。その結果を確認しながら、基幹システムの移行に踏み切ったという流れです」(五十嵐 氏)。

Azure 移行の背景にはこれまで利用していたデータセンターのサービス停止により、他の移行先を探していたという経緯もあったといいます。東京建物不動産販売 経営企画部 ICT推進グループ グループリーダーの波形 義幸 氏は、こう話します。

  • 東京建物不動産販売株式会社 経営企画部 ICT推進グループ グループリーダー 波形 義幸 氏

    東京建物不動産販売株式会社 経営企画部 ICT推進グループ グループリーダー 波形 義幸 氏

「当社のサーバー環境は大きく、データセンター内のハウジングによるオンプレ構築のもの、ホスティングサービス利用で IaaS サービスで利用しているもの、PaaS サービスを利用しているものの 3 つに分類できます。このうち、2 つめのホスティングサービス利用の IaaS サービスがデータセンター事業者からサービス提供を受けられなくなりました。IaaS サービスでは、Red Hat Enterprise Linux を基盤として自社開発した仲介業務支援システムを稼働させていたので、別の環境に移管する必要があったのです。そこで、Red Hat Enterprise Linux が稼働するシステムをアプリケーションの改修なく移行できるクラウドとして、実績や信頼性、セキュリティ、コストなどの面から真っ先に候補になったのが、Azure でした」(波形 氏)。

仲介業務システムは、2 システム 9 サーバー(仮想マシン)で構成されていました。また、3 つめの PaaS サービスを利用しているサーバーのなかにも、Red Hat Enterprise Linux を基盤としてシステムが存在していました。Red Hat Enterprise Linux システムは Azure 上でいち早くサポートされたこともあり、他社の移行実績が多数存在していました。また、Azure ハイブリッド特典(Azure Hybrid Benefit)を利用することで、従量課金に対してライセンスコストを低減できたり、サポートをマイクロソフトに一元化できたりするといったメリットがありました。東京建物のケースでは、特に移行コストで大きな成果が見込めるとわかったことも Azure 採用を後押ししたといいます。

「クラウド構築ガイドライン」を標準文書として作成、グループ各社に展開し移行を効率化

東京建物では、グループの共通基盤として Azure を採用していますが、既存システムのうち他クラウドに移行したシステムは継続して利用する、マルチクラウド戦略を推進しています。DX推進部 ICT戦略推進グループ 課長代理 兼 DX推進部DX推進グループ 課長代理 高本 真琴 氏はこう説明します。

  • 東京建物株式会社 DX推進部 ICT戦略推進グループ 課長代理 兼 DX推進部DX推進グループ 課長代理 高本 真琴 氏

    東京建物株式会社 DX推進部 ICT戦略推進グループ 課長代理 兼 DX推進部 DX推進グループ 課長代理 高本 真琴 氏

「財務会計や人事をはじめとした社内業務システム、ビルの空調や温度センサーなどのビル管理の情報収集を行うシステムは、導入時の経緯からそれぞれ別のクラウドを利用しています。クラウドにはそれぞれ特徴があると考えていますが、どのサービスがどのようなポテンシャルを持っているかは使ってみなければわかりません。標準的なクラウドとして Azure を採用し、より強みが発揮できそうな場合には他のクラウドを適材適所で活用して、多角的な視点で評価しようとしているところです」(高本 氏)。

こうしたマルチクラウド戦略を遂行するうえで重要になるのが、標準的な利用ルールやガイドラインです。東京建物では Azure の採用とともに、Azure 利用の基準となるガイドラインを作成しました。ガイドライン作成の依頼を受け、実務にあたった、日立システムズ 産業・流通事業グループ 産業・流通インフラサービス事業部 第一インフラサービス本部 第二システム部 第二グループの山口 沙織 氏はこう説明します。

  • 株式会社日立システムズ 産業・流通事業グループ 産業・流通インフラサービス事業部 第一インフラサービス本部 第二システム部 第二グループ 山口 沙織 氏

    株式会社日立システムズ 産業・流通事業グループ 産業・流通インフラサービス事業部 第一インフラサービス本部 第二システム部 第二グループ 山口 沙織 氏

「2018 年から Azure 環境の構築がスタートし、その後、業務システムを中心に仮想マシンを数台ずつ Azure への移行を進めてきました。移行を進めるなかで、どのようなルールで移行すればよいか、移行にあたって注意すべき点は何かなどが明らかになっていきました。そうしたルールや注意点をまとめておけば、グループ全体で Azure を利用する際の参考になり、より効率的で質の高い移行が可能になります。そうしたノウハウをまとめたのが Azure クラウド構築ガイドラインです」(山口 氏)。

Azure クラウド構築ガイドラインは、Azure を利用する際に必要となる基本的な用語の解説から、移行時に気をつけるべきセキュリティ対策、アクセス権管理、BCP/DR、バックアップの考え方や手法、具体的な手順などがまとめられた文書です。A4 換算で約 50 ページの分量になり、移行作業のたびに見直しを行ないながら、グループ全体で参照する標準文書となっています。

「グループ各社が Azure を利用する際に、事前に調査や検証などをしなくても、一定の手順にそって構築すれば安全で効率的な移行ができることを目指しています。用語やキーワードは Azure のものですが、そのエッセンスを使って他のクラウドでも活用できるように作成しています」(鳴海 氏)。

グループの情報システム部門として、クラウドを活用した取り組みを支援しやすくなった

仲介業務支援システムのクラウド移行でも、クラウド構築ガイドラインに記されたノウハウを活用して、スムーズに移行を完了することができたといいます。

仲介業務支援システムは計 9 台の仮想マシンで構成されていました。大きく、物件・顧客を管理するシステムと顧客ニーズをマッチングさせるためのシステムに分かれ、それぞれにアプリケーションサーバー、データベースサーバー、テストサーバーなどが仮想マシンとして構築されている構成です。Azure への移行作業を支援した日立システムズ 産業・流通事業グループ 産業・流通インフラサービス事業部 第一インフラサービス本部 第二システム部 第二グループの浅賀 亮平 氏はこう説明します。

  • 株式会社日立システムズ 産業・流通事業グループ 産業・流通インフラサービス事業部 第一インフラサービス本部 第二システム部 第二グループ 浅賀 亮平 氏

    株式会社日立システムズ 産業・流通事業グループ 産業・流通インフラサービス事業部 第一インフラサービス本部 第二システム部 第二グループ 浅賀 亮平 氏

「2018 年に Azure 環境のインフラ周りを構築し、その後、業務システムなどを段階的に移行してきました。今回の仲介業務支援システムは、これまでの移行案件と比較して規模が大きく、重要度の高いシステムでしたので、移行にあたっての注意事項や制約、移行要件に問題がないかをチェックしながら、移行をサポートしました。既存アプリケーションとの接続においてトラブルはあったものの、マイクロソフトの的確なサポートのおかげで、問題なく移行させることができました」(浅賀 氏)。

仲介業務支援システムの Azure 移行は、Azure を基盤としたグループのクラウド活用の土台を作る取り組みでもありました。その効果について高本 氏は、グループの情報システム部門の目線から次のように説明します。

「Azure という基盤が構築でき、ガイドラインも策定されたことで、新しいシステムやサービスの相談を DX推進部として受けやすくなったと感じています。物理サーバーなどの調達の必要もなく、仮想マシンの構築も簡単にできるので、何かサービスや機能開発の依頼がきたときもスムーズに対応できます」(高本 氏)。

また、Microsoft 365 のほか、アカウント管理の Active Directory やデバイス管理の Microsoft Intune などマイクロソフトのサービスを数多く利用しているため、サポート窓口が一本化されたことも大きいといいます。運用コストの面からも大きな効果を挙げており、仲介業務支援システムのクラウド移行によるコスト削減効果について、波形 氏はこう説明します。

「移行コストを試算したところ、オンプレスミスの定常費用の 4 分の 1〜3 分の 1 で移行できることがわかりました。移行には移行コストや移行後のランニングコストもかかってきますが、3 年目以降は、移行コストが相殺され、利用を継続すればするほどメリットが得られる状態になることもわかりました。今後のシステム移行が増えれば状況は変わってくるものですが、移行によって高いコスト効果が得られたことは間違いありません」(波形 氏)。

ゼロトラストへの対応や仮想デスクトップを活用した事業継続でも Azure を活用

仲介業務支援システムのクラウド移行が成功したことを受け、今後は、クラウド移行を加速させる方針です。現状では、オンプレミスに残っている基幹システムも数多くあるため、更改時期や保守サポート期限などを考慮しながら、順次、クラウドに移行していきます。今後の取り組みで 1 つのポイントになっているのが「ゼロトラスト」だといいます。

「コロナ禍で社内システムにリモートでアクセスするケースが増えましたが、われわれの場合はマイクロソフトの DirectAccess を使って問題なく業務を継続できました。ただ、今後はクラウドの利用が増えてくることから、社内にアクセスせずに直接インターネットを利用してセキュリティを確保し、社内のシステムを利用する方式が重要になってきています。そこでマイクロソフトの技術を使ってゼロトラストへの移行を進めているところです。具体的には、Microsoft 365 E5 Security、Microsoft Intune、条件付きアクセス、MCAS(Microsoft Cloud App Security。新名称はMicrosoft Defender for Cloud Apps)などです」(鳴海 氏)。

仮想デスクトップサービスも Azure Virtual Desktop(以下、AVD)へと切り替えています。従来から BCP が発動される非常時にのみ、仮想デスクトップで業務を継続する仕組みを構築していましたが、ライセンスの持ち込みが可能な AVD へ移行することでコスト効果を高める狙いがあります。

日立システムズでは「大規模な環境でのクラウド移行というと高いハードルがあると感じてしまいがちですが、スモールスタートで少しずつ移行していくことで、ノウハウも溜まり、グループ展開もしやすくなります。日立システムズが持つ実績やノウハウも十分に活用していただけたと思っています」(山口 氏、浅賀 氏)と振り返ります。

また、東京建物不動産販売でも「ここ数年は運用業務で忙しく戦略や企画業務に手を出しにくい状況でしたが、クラウド移行後は、グランドデザインのもと日立システムズのアドバイスを受けて、戦略や企画に集中できる環境ができました」(波形 氏)、「運用に人的なリソースが割きにくくなっていますが、Azure Monitor や Azure Sentinel など素晴らしいサービスもあり、それらをうまく使っていきたいと思います」(五十嵐 氏)と話します。

鳴海 氏は「システム会社ではないユーザー企業にとっても、インフラは大変重要です。ただ、そこに割けるリソースが少ないのも現実です。その意味で、日立システムズに運用保守を依頼し、安心と安定稼働を提供してくれる Azure を採用したことは東京建物にとっての最適解でした。日立システムズとマイクロソフトには、これからも安定した高いサービスを維持し、より強くサポートしていただければと思っています」と、今後の Azure の発展とサポートに期待を寄せました。

*Red Hat、Red Hat Enterprise Linux、Red Hat logo および OpenShift は、米国およびその他の国における Red Hat, Inc.およびその子会社の商標または登録商標です。Linux® は、米国およびその他の国における Linus Torvalds の登録商標です。

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