富士フイルムソフトウエア株式会社は、富士フイルムグループの事業横断的ソフトウエア開発会社として、同グループの展開する各種事業における製品・サービスの中核となるソフトウエアの開発や、IT インフラの構築・運用を担っています。今回、フォトイメージング事業として一般消費者向けの写真関連サービスや法人向けのビジネスソリューションサービスを提供しているシステムが老朽化したことに伴うシステム刷新計画に携わった同社は、ハイブリッド構成でのクラウド移行を選択し、本システム初の本格的なクラウド移行プロジェクトを始動させます。そこで選択されたクラウドサービスが Microsoft Azure です。コスト面の優位性や既存システムとの親和性などが採用の決め手となりました。
80 のサービスを提供するオンプレミスのシステムをハイブリッドクラウドへ移行
富士フイルムグループのフォトイメージング事業を支えてきた既存システムは、オンプレミス環境のサーバー 153 VM、物理機器 69 台で構成され、個人向け・法人向けに 80 のサービスを提供しています。2006 年より稼働を開始したシステムで、グループ会社が主管となり、マルチベンダーにてアプリ開発、富士フイルムソフトウエアのインフラチームが構築・保守・運用を担ってきました。今回の移行プロジェクトを開始する前にもクラウドの活用が話題にあがることはありましたが、システムが成長して大きくなりレガシー化も進行していたため、検討自体に労力(コスト)を要することや、クラウドへ移行することでアンコントローラブルになる部分に対する不安も相まってなかなか本格的な活動に進めない状況にありました。プロジェクトリーダーとして今回の取り組みを統括した富士フイルムソフトウエア ソフトウエア技術本部 IT ソリューショングループの溝口 権介 氏は、本プロジェクトが始動した経緯をこう語ります。
「今回のプロジェクトの企画を開始する直前の 2019 年当時、今後 1 ~ 2 年以内に老朽化対策に伴う高額投資が発生する見込みとなっていました。慣性の働くまま、従前通りに老朽化対策する道もあったと思いますが、既存システムを取り巻く状況を踏まえると、ここで本システムのあるべき姿について検討し先へ進んでいくべきであると考えました。既に富士フイルムグループ全体ではクラウドの活用が広がっていましたので、本システムのクラウド移行を候補とすることに障壁はありませんでした」(溝口 氏)。
今回のクラウド移行に関してはインフラチームの主導で推進され、まずは老朽化対策を機に解決したい事業課題の洗い出しを実行。「IT 投資の最適化と予測不能な将来への対応」と「老朽化対策の繰り返しからの解放」の 2 点をビジネスゴールとして定め、システムの選定に着手します。
最初からクラウドに一本化したわけではなく、オンプレミス環境の維持も選択肢として残しながら課題解決に最適な構成を検討したといいます。オンプレミス環境を継続した場合とクラウドへ移行した場合のパフォーマンスやコスト、運用の負荷などを比較した結果、ストレージのみオンプレミス環境を継続し、それ以外をクラウドへリフトするハイブリッド構成が選択されました。採用の要因は、コストの最適化が図れることと、アプリケーション側に負荷がかからないことだったと溝口 氏は語ります。
「単にオンプレミスとクラウドの比較というだけでなく、フルクラウドとハイブリッドクラウドの比較や、PaaS、SaaS の活用、すなわちクラウドへの最適化も見据えて比較検討を行いました。理想としてはクラウド最適化を目指したかったのですが、その場合は大幅なアプリケーションの改修が必要となります。多数のアプリが存在し、マルチベンダー体制で開発していたこともあって大きな労力がかかるため、2 年間でこれをやり遂げるのは現実的ではありませんでした。オンプレミス、フルクラウド、ハイブリッドクラウドそれぞれの TCO を試算し、最終的にハイブリッド構成を選択しました。また、本システムでは 80 のサービスを運用していますが、その中に、1 年のうちの数日間だけ非常に多くの負荷がかかるサービスがいくつかあります。毎年この負荷への対策を講じてきましたが、結局のところオンプレミスのシステムでは物理的な上限を超えることはできないことと、数日間のためだけにリソースを増やす効率の悪さが問題でした。こうした問題の解決が見込めたことも、柔軟性の高いクラウドへの移行を決めた要因の 1 つといえます」(溝口 氏)。
システムのクラウド移行プロジェクトでは、事業部門などが主幹を務めてインフラエンジニアやアプリケーション開発者に話がおりてくるケースが一般的といえますが、今回のプロジェクトにおいては終始インフラエンジニア主導で展開しました。インフラチームから事業部門への提案を行い、設計・実装・運用までをリードしたことで、一貫性のある推進に繋がったと溝口 氏は振り返ります。
Microsoft Azure 採用の決め手は、Windows Server との親和性によるコスト的なメリット
老朽化したシステムへの対処としてハイブリッドクラウド環境の構築を選択した富士フイルムソフトウエアは、次のステップとして基盤となるクラウドサービスの選定と要件定義に着手します。本プロジェクトのサブリーダーを務め、実際のシステム構築を担当した海老澤 弘明 氏は、事業主管の要望に合わせたクラウド基盤の要件について解説します。
「できるだけアプリケーションの改修などを行わず、ハイブリッド環境に既存のシステムをそのまま移行させることを前提に、インフラ基盤の機能、非機能(セキュリティ・可用性・性能など)を現行踏襲できることを重視して主要なクラウドサービスを比較検討していきました。ただし、移行対象のシステムは 15 年ほど運用を続けており、運用開始当初の担当者はすでにおらず、『現行』の定義が存在していないという状況でした。そこで、まずは要件定義を行い、現行を再定義する必要がありました」(海老澤 氏)。
溝口 氏も「現行の再定義」の過程が重要と捉え、多くの時間と労力を費やしたと振り返ります。「アプリケーションの開発は別会社が担当し、事業主管が全体を取りまとめているという構図のなか、現行の定義を見直す作業はかなり大変でした。アプリケーションチームから情報収集が難しかったこともあり、ネットワーク回りの通信状況から推測するといったアプローチで現行踏襲のための整理を進めていきました。プロジェクト全体を見据えると、この要件定義が重要な意味を持つと考え、全力で取り組みました」(溝口 氏)。
前述したように、今回のプロジェクトでは“システムを横断的に熟知している”インフラチームが主導権を持ちました。このため、アプリケーションチームとの調整を行い、足りない情報をシステム(ネットワーク)側から収集するなど、地道なアプローチで要件定義を進められたといいます。
こうして再定義した要件を踏まえた現行踏襲を実現できるクラウドサービスとして、同社が選択したのが Microsoft Azure(以下 Azure)です。機能的には主要クラウドサービスに大きな差異はなく、オンプレミスからクラウドへの移行を支援するサービスも各クラウドベンダーから提供されていたといいます。そのなかで Azure を採用した要因として、海老澤 氏は「コスト面の優位性」と「将来を見据えた既存システムとの親和性」をあげます。
「今回のシステムの多くは Windows Server で稼働しており、データベースもマイクロソフトの SQL Server を利用しています。この PaaS のデータベース部分で、Azure にはコストの優位性がありました。また、将来的にクラウドへの最適化を進めることを考えても、現状ほとんどのシステムで使っている Windows Server と親和性が高い Azure の選択は必然といえました」(海老澤 氏)。
溝口 氏は、初期のシステム構成の検討からマイクロソフトの支援があったことも Azure を採用して本プロジェクトをスピーディに進められた大きな要因と語り、「コスト面はもちろん、セキュリティに関してクラウドベンダーの責任範囲がどこになるのかなど、事業主管への説明もマイクロソフトのサポートが得られたことでスムーズに行え、納得してもらうことができました」と、社内調整の段階から期待以上のサポートを得られたことを評価します。
Azure SQL Database Managed Instance や Azure Site Recovery を利用して移行計画を推進
2019 年からスタートした本プロジェクトは、システム構成の検討から要件の再定義、Azure の採用までを経て、2020 年から本格的なシステム設計・構築に着手します。本プロジェクトチームには本格的なクラウド導入を行った経験者が少なく、現行システムの情報も不足している状況のなか、マイクロソフトの支援を受けながら移行作業を進めていきました。
「現行をリフトするのが前提ですが、それではオンプレミス環境の課題もそのまま持っていくことになります。従って、全体の設計方針としては現行踏襲ですが、できる限りクラウドの恩恵を受けられる構成を目指しました」(海老澤 氏)。
同社では、改修や再構築などアプリケーション側にタスクが発生するのを避けるため、仮想マシン部分は IaaS として移行することを選択しました。それに対し、現行のシステムで課題を抱えていたデータベース部分では、SQL Server とのほぼ完全な互換性を持つ PaaS のマネージドサービス Azure SQL Database Managed Instance を採用しています。「Azure SQL Database Managed Instance に移行してマイクロソフトの管理範囲を増やすことで、前述したピーク時期の負荷に関する課題に対処できるのではと考え、採用を決めました」と海老澤 氏。PaaS のデータベースを利用した経験がないことや、80 のサービスを載せ換える際に発生する改修コストなどの懸念点はあったものの、マイクロソフトの密接なサポートによりクリアできたと振り返ります。
「マイクロソフトの支援で PoC を行い、課題をクリアできることが確認できました。開発会社と組んで、『レガシー化が進行していて』『利用する機能の網羅性が高い』サービスを抽出してどのような対応が必要となるのかを洗い出し、それを他のサービスに横展開することでコストを抑えることに成功しています」(海老澤 氏)。
また、仮想マシンの移行には、仮想マシンを Azure 上に新規インストールするという形ではなく、OS イメージをそのまま持っていくことが可能な Azure Site Recovery(以下 ASR) を利用しています。同社では ASR についても利用実績がなく、15 年間使い続けてきた環境をそのまま移行できるか不安を抱えていましたが、こちらもマイクロソフトのサポートで PoC を実行し、細かな課題はあったものの全体的には大きな問題なく移行できたといいます。
「本番移行を考えると、現行システム側のサービスをユーザーに提供したまま、150 台ほどの仮想マシンのイメージを Azure に持っていく必要があったため、ASR の採用を検討しました。サービスに問題が生じることはビジネス的に問題が大きいため、こちらも PoC を行い検証していきました」(海老澤 氏)。
緻密な計画によりスムーズなクラウド移行を実現、物理機器の 90 %削減に成功する
こうして設計・構築が進められた本プロジェクトは、2021 年 6 月に切り替え本番を迎えます。フルクラウドやクラウド最適化の方式ならば段階的な移行も可能でしたが、現行のストレージを利用したハイブリッド構成では一括移行する必要があり、すべての移行作業が一晩の間に行われました。当日は、インフラチームが詳細な部分までをカバーする移行計画を用意して臨み、マイクロソフトがリアルタイムのサポートを行ったこともあり、移行作業は想定どおりに完了したといいます。現在、クラウド環境で約 4 カ月運用を続けていますが、大きな問題はなく安定稼働しており、海老澤 氏は「既存システムで課題となっていた一部サービスにおけるピーク時期はこれからですが、問題なく乗り越えられると思います」と力を込めます。ハイブリッド構成にしたことでの懸念となっていた、クラウドからストレージへのレイテンシなどのパフォーマンスも問題は発生していません。
すでに定量的な成果も現れています。クラウド移行によって物理機器が約 90 %削減され、老朽化対策の繰り返しからの解放をほぼ達成。システム運用の負荷も大幅に軽減され、人件費でも約 20 %の削減を実現しています。さらに溝口 氏は、企画段階で試算したコストどおりに構築・運用できていることも大きな成果だと語ります。
「インフラの刷新・移行プロジェクトでは、検討時に想定していたより多くのコストがかかってしまうケースも少なくありません。検討段階から切り替え完了に至るまで我々インフラチームが一貫してプロジェクトを主導できたことが、軌道修正の少ない最短ルートでプロジェクトを成功させることができた一番の要因だと感じています。また、Azureの利用料金が想定通りとなっていることは、当初クラウドの利用経験が足りていなかった我々がクラウドの支出モデルを理解して正しく試算できるようになった証明であり、大きな財産になったと思っています」(溝口 氏)。
海老澤 氏も「プロジェクト全体を通してマイクロソフトにサポートしていただいたのが大きかったと思います」と成功の要因を分析し、クラウド移行に関する経験不足をマイクロソフトの知見で補えたと実感しています。
今回の経験を踏まえ、同社では今後もレガシーシステムをクラウドに最適化する取り組みを加速していく予定です。現状では新サービスの提供をクラウドファーストで進めているほか、今回のシステムでオンプレミス環境に残したストレージに関しても、保守が終了する前にクラウド化を進めていきたいと溝口 氏。ストレージ利用コストの改善やサービスの拡充を含め、Azure の更なる進化を期待しています。
富士フイルムソフトウエアとマイクロソフトが推進する Azure 活用は、前述した通り一般的なアプローチではなく、前例のない取り組みを行い成功しています。システムのレガシー化に悩み、クラウドへの移行を検討している企業担当者にとっては1つの選択肢として学ぶことも多いのではないでしょうか。彼らの活動は、今後も注視していく必要がありそうです。
[PR]提供:日本マイクロソフト