全国に設置した約 25,000 台の専用 ATM をプラットフォームとして、従来の銀行にはないオリジナリティあふれるサービスを展開しているセブン銀行。近年では先進技術を積極的に検証し、世の中の流れを見据えたイノベーションを推進するコーポレート・トランスフォーメーション部を中心に、組織変革、ビジネスモデル・プロセス変革に取り組んでいます。今回、その一環として同部と業務部門である ATMオペレーション統括部、マイクロソフトの 3 者協業によるプロジェクトが始動。AI を活用した ATM 入出金差額予測モデルの構築を行い、データ活用を企業全体に浸透させるための人材育成・内製化を加速させています。その実現を強力に支援したのは、マイクロソフトが展開する特別支援サービス「Data Hack」でした。
データチーム・業務部門・マイクロソフトの協業 AI/データ活用を推進
「数年前から金融業界の再編成が加速しており、銀行と他の金融事業との垣根がなくなってきています。こうした状況のなかでは、新しいビジネスを見据えた自己改革を続けていくことが重要となります。そこで私たちも、新しいテクノロジーの検証とビジネス実装に向けた取り組みを推進してきました」(松橋 氏)。
セブン銀行の DX 推進を担うコーポレート・トランスフォーメーション部(以下、CX部)を統括する専務執行役員の松橋 正明 氏は、銀行業界の現状についてこう語ります。同社は以前より、オープンイノベーションによるスタートアップ企業との協創をはじめ、社会課題を解決するためのサービスを展開しています。そのなかで松橋 氏は「AI/データが世の中を変える」と実感し、同社事業における AI 活用を考え続けてきたといいます。「Data Hack」を活用した今回のプロジェクトはその一環であると同時に、データ活用を全社に浸透させるビジネスモデル・プロセス変革の取り組みと語ります。
「最近ではモバイルアプリを使ったサービスを積極的に展開しており、データを我々自身で活用していくための環境構築が不可欠となってきました。新たな価値創出の実現にはビジネスモデル・プロセスを変革してデータ活用を全社的に広めていく必要があり、部門横断型の組織である CX-PT を設立。続いて CX部を立ち上げて、本格的な AI/データ活用に着手しました。これまでの事例としてはすでに ATM の定期点検レスの実現をはじめ、ATM の設置場所を人流データを使って AI で探索するなど実際のビジネスにおける活用も進んでおり、今回のプロジェクトもその一環といえます」(松橋 氏)。
今回のプロジェクトは、CX部と 業務部門である ATMオペレーション統括部、さらにマイクロソフトの 3 者協業で推進されました。プロジェクト進行を務めた CX部の高尾 庄吾 氏は、プロジェクトが発足した経緯をこう語ります。
「当部のデータチームでは以前から業務部門と連携したデータ活用に取り組んできました。ここでよりスコープを広げ、取り組みを全社に広げていくためには業務部門の方がデータ分析・活用のスキルを持つことが必要だと実感していました。
この解決の一環として業務部門の方にデータ分析のチーム自体に入っていただく体制を考えていました。これには二つの目的があります。一つは業務改善に取り組まれている各業務部門をサポートして DX 推進すること、もう一つはプロジェクトを行う中で業務部門の方にデータ分析のスキルをシェアすることです。
データ分析には扱うための基盤やツールの知見が欠かせません。マイクロソフトの『Data Hack』を採用したのは、こうした技術サポートを受ける目的もありました」(高尾 氏)。
ATMオペレーション統括部では、全国に 26,000 台(2021 年 12 月 17 日現在)ある ATM の運用を所管していますが、重要な業務の一つに現金管理があります。入出金の予測をすることで計画を策定し「止まらない ATM」を担っているのです。たとえば、予測の精度が低下すると、入金・回収作業にズレが生じることにより、ATM が使えない時間が発生するといったリスクが増大します。そのため、AI/データ分析を活用した入出金差額予測の実現に向けた取り組みがスタートしたのです。
マイクロソフトの特別支援サービス「Data Hack」
今回のプロジェクトでは、Microsoft Azure(以下、Azure)を使ってデータ分析・活用を進めたいという企業向けに無償提供される、マイクロソフトの特別支援サービス「Data Hack」が適用され、マイクロソフトの全面的な支援のもと、テーマ設定から環境構築、モデル作成といったプロセスで進められました。Data Hackはマイクロソフトが企業のデータ分析・活用を代行するのではなく、分析に伴う作業を顧客主導で行うための支援をするもので、セブン銀行が見据える DX 推進のための人材育成・内製化のニーズに最適なサービスだったと高尾 氏は振り返ります。
「Data Hack を採用した理由の 1 つは、分析スキルシェアやデータ分析プロジェクトのリードの仕方を、マイクロソフトのデータサイエンティストチームと協働することで学べることにあります。これまではデータチームがデータ分析を行い、業務部に還元するといった活動を行ってきましたが、今回のプロジェクトでは業務部門の担当者がデータ分析を行い、データチームがフォロー、全体的なデータ分析・活用の進め方や Azure の環境構築方法などをマイクロソフトが支援するといった役割分担で推進しました」(高尾 氏)。
テーマ設定から必要なデータの選定・収集、クラスタリング、予測モデルの作成、データ加工、検証などの作業を行った ATMオペレーション統括部の片田 絵理 氏も、Data Hack を採用した効果を実感しています。
「ATM の集配金などの現金管理は各地に所在する現金センター単位で計画が立てられ、実行されています。このため、今回のプロジェクトでは、入出金差額予測を現金センターごとに求めることをゴールに設定しました。データチーム、マイクロソフトとディスカッションを重ねて、どうすれば正確な入出金差額予測が行えるかを詰めていきました。AI/データ分析に携わるのは初めての経験でしたが、Data Hack の手厚い支援もあり、スピーディにデータ活用の知識を吸収できたと感じています」(片田 氏)。
こうして 3 者が密接に連携しながら、業務部門(ATMオペレーション統括部)の経験が盛り込まれた入出金差額予測モデルが構築されていきます。データの基礎集計の工程では、ATMオペレーション統括部の知見を活かしてそれぞれのデータにどのような特徴があるのかを解釈。17 億件にも及ぶトランザクションデータを複数の要素で分類するクラスタリング・モデルが作成されました。本プロジェクトに携わる ATMオペレーション統括部の石松 真実 氏はこう語ります。
「具体的にどういった特徴でグループ分けを行うのかを決めるのに時間をかけました。セブン銀行の ATM は、セブン-イレブン店舗内はもちろん、駅や空港、商業施設などさまざまな場所に設置されています。基礎集計やクラスタリングを行った結果、各グループで ATM の利用状況データが異なっていることを改めて確認しました。異なるグループのデータを同一視して予測モデルを構築すると、精度向上が難しい傾向にあります。このため今回は複数のモデルを構築することとしました」(石松 氏)。
そして、すでに結果の出ている期間のデータを使って従来の予測との比較を行い、精度を確認していったと石松 氏。「足りないデータや精度の低いデータを洗い出し、検証と改善を繰り返してモデルを作り上げていきました」と語ります。
また、CX部の高尾 氏は「目的に合わせてデータ要件を定義するところのハンドリングに苦労しました」と振り返ります。
「今回はATM個台ごとのトランザクションを学習してモデルを作成したのですが、17 億件以上の膨大なデータを収集・加工するのは非常に困難なミッションとなりました。業務部門、マイクロソフトの担当者と一緒に、データ分析をどうしていくかディスカッションしながら進めていきました」(高尾 氏)。
今回のプロジェクトにおける検証環境は Azure 上に構築され、Azure Data Factory でデータを統合・編集する ETL 機能、Azure Machine Learning で機械学習のモデルを作る機能を実装しています。「分析結果を確認するための機能なども含め、マイクロソフト(Data Hack)の支援を受けながら検証環境を設計しました」と高尾 氏。GUI ベースでコーディングの必要なくデータの編集が行える Azure Data Factory を採用したことで、業務部門が実際にデータ加工を行える環境を実現できたと力を込めます。片田 氏も「最初は全然わからなかったのですが、データチームやマイクロソフトの担当者が実際に操作しているところを見せてもらい、徐々に使いこなせるようになりました」と ETL 機能の使いやすさを喜びます。
今回の ATM 入出金差額予測モデルでは、17 億件以上のデータをベースに多様な特徴量を追加していくことを踏まえ、並列分散処理を前提に設計されました。Azure Data Factory では GUI の ETL 機能でありながら、実行基盤には Spark を使用した並列分散処理を実現。データウェアハウス(DWH)も並列分散型のものを採用し、機械学習のモデル作成も複数モデルを並列で作れるようにしています。本プロジェクトでは全部で 12 のモデルを作成していますが、1 つのモデルを作るためには 20~30 のモデルを作成して最も高精度なモデルを各々選定することを行っていましたが、精度の高いモデルをチューニングする上でも、並列分散処理が行えることのメリットは大きかったとのこと。Power BI で予測結果を可視化する際にも、Azure Synapse Analytics 機能を用いたチューニングによって、大量データの可視化をスムーズに実現できたといいます。
現金センター 37 カ所中の 29 カ所で現行の予測精度を上回り、AI/データ活用の内製化に向け大きな手応えを得る
2020 年の夏にスタートした本プロジェクトは、2021 年 2 月に一通りの検証を完了。現在も作成したモデルに新たなデータを取り込み、さらなる改善とビジネスへの実装に向けた取り組みを進めています。ATMオペレーション統括部における入出金差額予測の精度向上だけにとどまらず、「内製化を推進する」という観点においても大きなメリットが得られたと、CX部の澤田 慧一 氏は語ります。
「CX部では Python などでコーディングして、データ集計や機械学習モデルを作るうえでの特徴量作成を行っていますが、そうした経験のない業務部門にとっては、コーディングが必要な作業はハードルが高い。その意味でも、今回の環境で Azure Data Factory を採用して GUI(ノンコーディング)で特徴量作成やデータ管理が行えるようにしたのは、内製化を進めるうえで重要なポイントといえます。機械学習モデル作成においても Azure Machine Learning の Auto ML 機能を使うことで、多面的にさまざまなモデルを試しながら作っていける環境を実現しています。Data Hack の密接なサポートにより、業務部門のメンバーが迷うことなく AI/データ分析を使いこなせるユーザーフレンドリーなフレームワークが構築できたと思っています」(澤田 氏)。
片田 氏も「ATMオペレーション統括部としては、AI にはじめて触れ、理解が深められたことがもっとも大きな成果です」と語り、データを分析することで、これまで見えていなかった部分が可視化され、ATM がどう使われているのかをより理解できるようになったと手応えを口にします。実際、今回のプロジェクトの実証実験では、37 カ所ある現金センターのうち、29 カ所で現行の予測精度を大きく上回る分析結果が得られたといいます。
すべての社員がデータを活用できる環境の構築に向け、セブン銀行の DX は加速する
セブン銀行では、分析環境や経営管理情報データベースを Azureで構築しており、今回のプロジェクトを含め、 Azure を使ったデータ活用基盤のエンハンスを予定しています。松橋 氏は、同社の今後の展望についてこう語ります。
「全社員がデータを活用してビジネスを展開できる環境へとアップデートしていく予定です。『インフラを整える』『フォーメーションを整える』『カルチャーを整える』という 3 つの側面で、マイクロソフトに強力なサポートをいただいています。人事、会計などバックオフィス系のシステムも SaaS に置き換える検討を始めています。そのデータとの連携・活用においてもマイクロソフトの支援を期待しています。Data Hack に関しては、データ活用に関する技術やノウハウを共有してくれるプログラムと捉えており、今回のプロジェクトでデータサイエンスをどうバックアップすれば社内に広がるのかが理解できました。独自に蓄積してきたノウハウも含め、全社でデータを活用できる環境・文化の醸成に活かしていきたいと考えています」(松橋 氏)。
「組織」と「ビジネスモデル・プロセス」の両面から企業変革に取り組むセブン銀行。すべての社員がデータを活用できる環境構築の第一歩ともいえる今回のプロジェクトが、同社が目指す企業変革の実現に大きな影響を与えることは間違いないでしょう。Azure の機能を効果的に活用するセブン銀行の DX には、今後も注視していく必要がありそうです。
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