旭化成は、レガシー化した SAP システムの S/4HANA 移行にあたって「SAP HANA Enterprise Cloud With Microsoft Azure」を採用しました。業務プロセスとシステム基盤を新規に構築し、同社が掲げる DX ビジョン「DX Vision 2030」の実現に向けて取り組みを加速しています。S/4HANA 移行にあたり、より多くの工数と費用がかかるとされる新規構築を採用した背景には、世界最大の SAP ユーザーである米マイクロソフトの取り組みと将来ビジョンがあったといいます。「デジタルの力で境界を超えてつながる」ことを目指す、旭化成の SAP 刷新プロジェクトの内容を担当者に聞きました。
「DX Vision 2030」のもと事業・経営全体での DX 推進や人財育成に取り組む
1922 年に創業した総合化学メーカーの旭化成。水電解の水素を利用するカザレ法でアンモニアを合成することに日本で初めて成功するなど、合成化学や化学繊維事業からスタートし、日本経済の発展や社会構造の変化に合わせて事業を多角化してきました。現在では、繊維・ケミカル・エレクトロニクス事業からなる「マテリアル」、住宅・建材事業からなる「住宅」、医薬・医療・クリティカルケア事業からなる「ヘルスケア」という 3 つの領域で事業を展開しています。
グループ理念としては「世界の人びとの“いのち”と“くらし”に貢献する」を掲げ、中期経営計画「Cs+(シーズプラス) for Tomorrow 2021」を推進するなかで、同社の特徴である「多様性」と「変革力」を活かしながら、持続可能な社会への貢献と、持続的な企業価値の向上を図っています。デジタル戦略については「DX Vision 2030」のなかで「デジタルの力で境界を超えてつながり、“すこやかなくらし”と“笑顔のあふれる地球の未来”を共に創る」ことを目指し、個別業務から事業・経営全体に DX の領域範囲を拡大させています。旭化成 IT統括部 鈴木 明 氏は DX 推進のロードマップと取り組み状況についてこう説明します。
「2018 年からの取り組みをデジタル導入期、2020 年からをデジタル展開期、2022 年からをデジタル創造期、2024 年からをデジタルノーマル期に位置づけています。これまでにデジタルマーケティングや研究開発の加速、生産技術革新、戦略の高度化など、約 400 件の DX プロジェクトを推進してきました。現在は、利益寄与、コスト削減効果、期間短縮、性能改善率などを KPI に設定し、DX による経営革新の実現を目指しています。また、DX リーダーの育成やデジタルプロフェッショナル人財の育成にも力を入れています。来期からは、ビジネスモデル変革、無形資産の価値化、経営戦略や意思決定への活用、人財マネージメントへの活用を図っていく計画です」(鈴木 氏)。
こうした DX の実現には IT システムの力が欠かせません。DX にあたっては、特に基幹システムを中心にレガシー化したシステムが取り組みの阻害要因になるケースが指摘されています。そんななか旭化成が特に力をいれて取り組んだのが、SAP で構築された基幹システムの刷新とクラウド化でした。
「20 年前の古い設計思想で構築された業務プロセスを変革し、デジタル技術やクラウド技術を活用して標準化、近代化することを目指しました。そこで採用したのが Microsoft Azure(以下、Azure)でした」(鈴木 氏)。
SAP S/4HANA への移行にあたりシステムと業務プロセスを新規構築
旭化成では、2013~2014 年にかけて、それまで国内グループ会社内に 11 個存在していた ERP システムを、1 つの事業会社を除いて SAP を中心にした 1 つの基幹システムへと統合しました。さらに2018 年には、オンプレミス環境で稼働していた SAP システムをクラウド環境へリフト&シフト方式で移行しました。SAP を稼働させるクラウド環境として採用されたのが Azure です。旭化成 IT統括部の塩月 修平 氏は、こう説明します。
「2015 年までにオンプレミスのホスト上で統合した SAP システムを Windows Server と Oracle Database で構築した Azure の IaaS 上にある弊社のテナント上で稼働させるかたちへと刷新しました。いわゆる SAP on Azure と呼ばれる方式であり、SAP ERP 6.0 が稼働しています。もっとも、クラウドへの移行は完了したとはいえ、業務プロセスについては 20 年前に設計したものを踏襲したままでした。そのため、中期経営計画や『DX Vision 2030』の推進にあたって、クラウドへ移行しただけの SAP システムでは変革の足かせになる懸念もありました」(塩月 氏)。
SAP システムは、ERP 6.0 のサポート期限が近づくなか、SAP HANA をプラットフォームとした S/4HANA へのアップグレードが強く推奨されています。SAP ERP 6.0 だけでなく、データベースの HANA への移行や SAP BASIS の移行も必要になるため、どのようにシステムを移行していくかは世界中の SAP ユーザーにとって大きな課題になっています。
「当社においても、レガシーな業務プロセスを標準化、近代化しながら、DX を推進できるシステム基盤をどう構築していくかが課題になりました。クラウドへ移行したシステムをアップグレードしただけでは、ブラックボックス化し、担当者の退職などでメンテナンスが難しくなった業務プロセスの課題を根本的に解消できません。一方で、業務プロセスを変革しながらシステムを S/4HANA に移行していくことは、多大な工数がかかることが問題でした」(塩月 氏)。
そこで旭化成が選択したのは、S/4HANA 上での業務プロセスとシステムの新規構築でした。
「DX の取り組みへスピーディーかつアジャイルに対応するためには、業務プロセスの刷新は必須と考え、S/4HANA 移行はグリーンフィールドでの実施としました。また、『SAP HANA Enterprise Cloud(以下、HEC) With Microsoft Azure(以下、HEC With Azure)』を採用し、Azure 上の基盤で SAP 社が運営する HEC をマネージドサービスとして利用することで、将来的にクラウドネイティブのメリットを引き出すことを目指しています。現在、2023 年 4 月の本稼働を目標にプロジェクトを推進しているところです」(塩月 氏)。
世界最大のSAPユーザーであるマイクロソフトの取り組みを参考にAzureを採用
SAP システムと業務プロセスの新規構築による S/4HANA 移行は、グリーンフィールド(Greenfield)と呼ばれ、既存のトランザクションデータを移行せず、新規に作り直すことで標準化や近代化に取り組みやすいことがメリットです。一方で、既存の設計や基盤の運用管理ノウハウも作り直すことになるため、規模の大きいシステムの場合、マイグレーションに比べて工数と費用がかかることが課題とされます。
旭化成では、工数と費用が増えることを受け入れつつ、DX を中心とした新しい取り組みの推進を目指したことになります。この意思決定の背景には「SAP の世界最大のユーザーであるマイクロソフトの取り組みがあった」と旭化成 IT統括部の上杉 俊太 氏は説明します。
「JAPAN SAP USERS' GROUP(JSUG)の部会で、2019 年にマイクロソフトのシアトル本社へのツアー企画があり、そこでマイクロソフトがどのようなビジョンのもと SAP を活用していこうとしているのかを直接知ることができました。特に印象的だったのが、今後、HEC With Azure のサービス拡充をしていくこと、医薬業界で求められるコンピュータ化システムバリデーション(CSV)などの法規制も含めた HEC With Azure の実績があったことでした。HEC では SAP システムに『ログインするまで』を SLA で担保しています。HEC With Azure への移行でユーザー側での CSV 対応の手間を軽減できることは大きなメリットでした」(上杉 氏)。
また、SAP システムとマイクロソフトの製品と組み合わせることで実現する将来ビジョンも魅力的だったといいます。
「Power Automate を使った自動化や Power BI を使った可視化、AI や機械学習でのデータ分析など、SAP システムのデータをマイクロソフトのサービスと連携させて、さまざまな新しい取り組みができることを実際に自分の目で見ることができました。過去のデータをデータレイクに構築し、きちんとクレンジングされた状態で参照できるようにする仕掛けなど、データを活用して DX を推進するための方向性と全体像を示してもらったのです」(上杉 氏)。
実際、HEC With Azure では、Azure 上で提供されているさまざまなサービスをシームレスに活用することが可能です。DX を推進する際には、そうしたクラウドネイティブな技術やツールを活用していくことが重要とされます。現行の IaaS 上で稼働している SAP on Azure を、Azure 環境のまま PaaS サービスの 1 つとして、HEC With Azure の利用形態に移行することは「S/4HANA への移行を検討したときに、ごく自然な選択でもあった」と塩月 氏は振り返ります。
SAP データとさまざまな SaaS、PaaS を組み合わせることで DX を加速
実際、2018 年から IaaS としての SAP on Azure を利用してきた実績から、Azure が備える信頼性や堅牢性、機能の充実ぶりは十分に認識していたといいます。旭化成 IT統括部 宮川 大和 氏は、こう説明します。
「ミッションクリティカルなシステムを稼働させるための高い信頼性を備えていて、オンプレミスから Azure に移行してからも、基盤を原因とするトラブルは起きていません。むしろ、今後、Azure 上にさまざまなシステムを集約していくことで、アプリケーションを利用する際の通信速度の向上や体感速度の向上が期待できます。HEC With Azure においても、現在 Microsoft 365 において利用している ExpressRoute を活用し、SAP アプリケーションの通信速度や信頼性を高めることができます。また、VNet ピアリングを利用することで、Azure の仮想ネットワークをバックボーンで接続し、SAP システムの周辺システムとの通信も広帯域化できます。HEC With Azure は、運用管理面だけでなく、ユーザーにとっても大きく利便性が上がると考えています」(宮川 氏)。
開発やテストにおいても、リソースの調達がはやくなり、サンドボックス環境でさまざまなトライ&エラーがしやすくなるというメリットがあります。
「開発やテストで一時的にサンドボックス環境を作りたいというニーズが多くあります。期限が決まっていないなかで、利用する期間だけ環境を立ち上げることで、費用をおさえ、調達がボトルネックにならないかたちで、すばやく低コストで対応できるようになります。こうしたクラウドのメリットは、SAP アプリケーションだけでなく、今後の DX の取り組みのなかでさまざまなかたちで現れてくると考えています」(宮川 氏)。
旭化成では、SAP システムの刷新プロジェクトのほかにも、データマネジメント基盤の構築や人財マネージメントの取り組みを並行して推進しています。HEC With Azure の採用は、そうした取り組みを支える基盤になるものだと鈴木 氏は言います。
「データマネジメント基盤の活用事例としては、例えば、温室効果ガスの削減効果の算出が挙げられますが、それらをマイクロソフトのデータレイク製品やデータカタログ、DWH、ETL などの製品を使って実現していこうとしています。また、人財育成という点でも、Power Automate や Power Apps を使ったノーコード・ローコード開発がカギになると考えています」(鈴木 氏)。
「デジタルの力で境界を超えてつながる」ことを目指していく
今後、旭化成では DX Vision 2030 の実現に向けて、デジタル化とデジタル活用の取り組みを加速させていく構えです。2024 年からの「デジタルノーマル期」では、全従業員がデジタル化活用のマインドセットで働くことができる「4 万人デジタル人財化」を目標に据えています。
「マイクロソフトには、そうした取り組みを今後も支えていってほしいと思っています。SAP システムの再構築はハードルが高い取り組みであり、期限と予算を守ることを必須事項で対応しています。さらに、Azure を活用しながら、データ活用に向けたクラウドネイティブなサービスを組み合わせて発展させていくことを目指します。SAP 環境に閉じた取り組みではなく、DX という広い文脈のなかで、SAP のデータにさまざまな SaaS、PaaS を掛け合わせていくことがポイントになってきます」(塩月 氏)。
「レガシーな業務プロセスを捨て、新しい業務プロセスとして再構築することは、DX1.0 の取り組みだと捉えています。1.0 の取り組みで終えるならば Azure は必要なかったかもしれません。そうではなく、次の DX 2.0 を目指したからこそ、Azure を選択したのです。DX2.0 で重要なことは、DX Vision 2030 にもあるように『デジタルの力で境界を超えてつながる』ことです。HEC With Azure のもとで、グローバルにつながっていくこと、グループだけでなく他社ともつながっていくことを目指します。Azure はそのポテンシャルがあるサービスだと確信しています」(鈴木 氏)。
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