イオングループが展開する都市型の小型スーパーマーケット「まいばすけっと」。関東地方においては、まいばすけっと株式会社(以下、まいばすけっと)が東京都内と神奈川県横浜・川崎両市で約 930 店舗を出店しています。同社ではこのほど、Microsoft Azure(以下、Azure)上で提供される AI を活用したクラウドサービス「Azure Cognitive Services」による開発者向け API を利用し、店舗の発注・オペレーション業務最適化に向けた取り組みをスタートさせました。マイクロソフトでは、リテール業界で誰しもが簡単にデータ AI を活用し、経営や業務改善を行う Tech Intensity やデジタル民主化を推進しています。
本稿では同社のシステム開発担当者、及び店舗を管轄するエリアマネージャーの話をもとに、その取り組みの詳細について紹介していきます。
マイクロソフトの提供する流通業界向けのトレーニング施策で出会ったサービスを自社で活かす道筋を模索
イオングループのSM(スーパーマーケット)事業の一員であるまいばすけっとは、2005 年 12 月に 1 号店をオープンして以来、東京・横浜・川崎の各地域において毎年約 100 店のペースで積極的に店舗を拡張しています。また、それらの店舗ではパート・アルバイトを中心とする店舗スタッフのオペレーションや店長の発注・管理業務をサポートするため、IT システムの導入も進めています。
同社の IT に対する考え方について、システム企画を担当する金山 宗司 氏はこう語ります。
「“攻め”と“守り”の双方で臨んでいます。まず“攻め”に関しては、デジタルサイネージを 1 店に 2 つ用意し、お客様誘導に活用しています。また、新型コロナウイルス対策も兼ねてセルフレジを積極導入し、決済手段の拡充と併せて顧客データ分析も進めようとしています。一方の“守り”の部分では、ローコストオペレーションの要となるような業務の効率化を図るシステム開発を順次進め、発注の自動化、業務の標準化に取り組んでいます」
その同社が Azure Cognitive Services と出会ったのは、2019 年にイオングループの主催で実施された、マイクロソフトの提供する流通業界向けのトレーニング施策「Microsoft Smart Store」の研修会であったといいます。この研修に参加した、同じくシステム企画担当の柳田 信一 氏は、経緯を次のように振り返ります。
「研修で Azure のクラウドサービスについて学び、これを使って当社の課題解決に関わるシステム開発ができるのではないかと考えました。中でも着目したのが、Azure Cognitive Services の画像検知です。AI の活用というと難しさを感じてしまいますが、学習済み AI が用意された同サービスを利用すれば、比較的簡単にシステム開発ができそうだと期待しました」
柳田 氏から情報を聞いた金山 氏も、「Azure Cognitive Services は、AI に関する高度な知識がなくても AI アプリを作成できるハードルの低いサービスだ」との印象を受けたといいます。金山 氏は後日、本プロジェクトで画像検知のモデル作成を担いましたが、実際に使ってみた感想としても「誰でも簡単に使えるものと感じました」と強調します。
また、研修当日に講師として参加した日本マイクロソフト エンタープライズ事業本部 流通サービス営業統括本部 インダストリーテクノロジーストラテジスト 岡田 義史 氏は、マイクロソフトの狙いをこのように説明します。
「マイクロソフトでは流通業界に向けて、データや AI を限られた技術系の限られた人材だけでなく、ビジネスを理解する方が使いこなすことで、効果的な企画、課題解決、業務改善につなげたいと思っています。これが小売業界のビジネスモデル上重要だと考えております。ビジネスやテクノロジーを分けて考えることはせず、経営とデジタルの双方向性、差別化すべき領域と、協調すべき領域に対してデータ戦略を創り上げていくことが重要です」
店舗スタッフの負担となる業務の最適化を目指す
柳田 氏と金山 氏は、Azure Cognitive Services の活用によって解決につながりそうな同社の課題を探っていきます。そこで浮かび上がってきたのが、パン棚の状態を可視化するシステムの開発でした。
小売店の売り場のなかでも、パン棚はいわゆる“乱れやすい”とされる売り場です。パンの持つ「賞味期限が短い」といった特性もあり品物の動きが激しく、特定のパンが一定程度売れると、棚の奥にある商品を手前に出す前陳(前出し)という作業が必要になります。加えて、欠品すれば新たな品出しも求められます。棚の状態を最適化するこれらの作業は売上を高めるために欠かせない作業であり、店舗スタッフの業務全体においては 1~2 割を占めるといいます。これら作業の最適化は、業務効率化の観点からみても大きな要素となっています。営業本部やエリアマネージャ、店舗の責任者たちは日々、売上実績や在庫状況などを確認して、業務のオペレーションを日々行っています。
ただスタッフは、当然ながらパン棚に関連した業務だけを行っているわけではないため、前陳や品出しの判断を常に適切に行えるわけではありません。そのため、店舗内の特定の業務領域であり、かつ利益などが出やすい重点売り場に対する人的なコストと利益のバランスを取ることの課題がありました。そこで、パンが多数並べられている棚の状態を天井上部にセキュリティカメラの映像をもとに AI を活用して、棚の状態を簡易に評価・点数化するシステムを社内のリソースのみで開発しました(内製化)。これを検証前から外部の ITベンダー等に依頼することなく、Azure Cognitive Services を使い、自分たちで AI を活用して、パン棚の「あれやすさ」の状態の定量化、売上実績、廃棄等のバランスを考慮した利益の追求。そして、前陳や品出しといった作業のオペレーション最適化を目指そうという方針が打ち出されたのです。
システムの開発にあたっては、2019 年 11 月に検討を開始し、12 月に内製での開発をスタート。同社では従来、コーディングなどは主に外注を行っていましたが、前述のように「Azure Cognitive Services であれば自社ですべてを開発できる」という感触を得られたことと、今回は PoC の時点で頻繁なモデル修正が想定されたことから、外部企業の技術支援を受けつつ内製による開発を選択したといいます。
また、さまざまな売り場の中からパン棚を選んだ理由は、乱れやすい売り場であることに加えて、既存の安全カメラで最も映りが良い棚であることも大きかったといいます。PoC では安全カメラの映像から時間帯ごとの売り場の状態に点数をつけ、4 段階のスコアで表すことでオペレーションの最適化に役立てるとともに、最終的には売れる数が急激に落ちる売り場状態のしきい値を特定することを目的としました。
「パンは商品特性として、あるパンが売り切れていても別のパンで満足できるケースが多いので、棚の状態を点数化し、前陳のオペレーションを適切なタイミングで行うことが売上アップに直結すると考えたのです。ところが実際に可視化してみると、朝の出勤時間帯などそもそもパン棚から商品自体が足りなくなるという課題が見えてきたため、まずはお客様の目線からパンが見えていない状況に対して、時間帯と売上の相関を取ることからはじめました。商品点数に対して、発注数を変更すべきなのか、バックヤードやパンの品出しオペレーションを変更すべきなのか、店舗内の業務全体の流れを検証しつつ、最終的には発注の改善にフォーカスすることにしました」(柳田 氏)
見えてきたデータをもとに有効な打ち手を実施
今回の PoC は川崎市の川崎チネチッタ通り店で実施されました。PoC のスタート時に同店を担当していたエリアマネージャーの北條 義之 氏は、発注やオペレーションの課題について次のように話します。
「まいばすけっとの営業時間は 7 時から 24 時ですが、1 人の社員が複数店舗の運営に携わっているため、社員はすべての時間帯に常駐しているわけではありません。もちろん従来の POS レジのデータからも、ある商品を何個発注して何個売れたか、最後に販売したのが何時だったかといったデータはあとから確認できるのですが、その商品が何時頃にどのような状態にあり、何時に欠品したかをリアルタイムに把握することはできませんでした」
北條 氏は金山 氏とチームを組み、金山 氏がAzure Cognitive Servicesを使って作ったPython のプログラムの運用を、2020 年 6 月から同店で始めました。現場の負担にならないよう最大限配慮しながら、安全カメラで取得したパン棚の映像をもとに売り場の状態を点数で可視化。そこから得られる改善のヒントを同店にフィードバックし、売り場の改善に適用していったといいます。
「今回の実証では、可視化されたリアルなデータを見て現場の店長が腹落ちしたうえで、時間帯ごとの売り場の状態から問題点を把握し、発注を増やす、前陳を行うといった改善の施策を打ちやすくなりました。現場業務の最適化に大きな効果があったと感じています」と北条 氏。
また、北条 氏のあとを継いで同店担当のエリアマネージャーとなった山田 歩 氏も「当社は現場からの意見をベースに、エリアマネージャーと密に連携しながらボトムアップで改善を行っていく風土があります。この取り組みで現場が数字から売り場状態を見られるようになり、問題解決への近道が生まれたと実感しました」と話します。
如実に現れた売り場変革の成果と今後への期待感
実際に、こうした数値を参考に発注の変更を北条 氏のもとで行った 1 度目の実証の成果として、売れたパンの数が取り組み導入前の 109.7%になり、昨対比で 107.4%に伸長しました。「時間帯ごとの状態が可視化されたことで、同店の場合は朝に来客が多く、パンもよく売れることがわかったため、この時間帯に投入する商品を増やし、良い結果を得られました」と北條 氏は解説します。
続いて、山田 氏のもとで行われた 2021 年 3 月の 2 回目の実証では、取り組み前比 114.9%、昨対比 118%というさらに大きな伸びを見せました。「2 回目の緊急事態宣言明け直後という特殊なタイミングで、売上が一気に増え、過去のデータだけに頼ると品切れが出てしまうような状況でしたが、時間帯別データを参考に発注を増やしたことで成果につながりました」と山田 氏は評価します。今後、データをもとに前陳のオペレーション改善を進めれば、売上の数字もいっそう伸ばせると両氏は手応えを感じています。
今後については、システムを導入する店舗、及び対象とする売り場の拡大を検討している状況だと金山 氏は話します。北條 氏や山田 氏は、パンだけでなく弁当やおにぎりなど他の商品売り場への展開も期待しています。
ただ、現状のシステムは売り場の安全カメラの映像の利用を前提としたもので、画角などの制約や売り場構成の問題から、他店舗・他商品に展開するにはさらなる工夫が必要になります。この点について柳田 氏は「安全カメラ以外のデバイスも試してみるなど、可能性はいろいろと感じています。今回を良い先行事例として、これからアイデアを創出していきたいと考えています。Azure Cognitive Services を使えば AI を活用するシステムを手軽に作れるので、期待感は高まっています」と話します。
ちなみに同社では、Microsoft Azure 上でデータ基盤の構築やそれらをすぐに可視化できる仕組み、自動発注等のプロジェクトを推進しています。その他にも、農産品の鮮度を画像から自動判定し、納品前のタイミングで鮮度不良品を減らすためのシステム開発にも着手しており、ここでも Azure Cognitive Services を活用しています。「Azure Cognitive Servicesのようなサービスが、今後さらに増えていけばうれしいですね」と金山 氏。こうした期待に応えるべく、マイクロソフトでは Azure と関連サービスのさらなる進化を目指していきます。
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