ミッションクリティカルで機密性の高い情報を扱う ERP は、かつては、パブリッククラウドには不向きであると考えられていました。しかし現在は、激しい変化を続けるビジネス環境へ柔軟に対応し、リアルタイムでデータを処理・活用していくために、クラウドの活用は当然のものとなりつつあります。
常に革新を続けるソフトバンクは、2020 年、SAP ERP を Azure へと移行しました。事業拡大とともに扱うデータが急激に増大していく中、より柔軟に対応できる基盤を同社は手に入れたのです。
パフォーマンスの低下とサポート終了によって、SAP の見直しが必要だった
各種通信サービスから、ロボットや人工知能を活用したソリューション、さらには IoT の領域まで、多方面で次世代の ICT インフラを構築するソフトバンク。その名前をニュースで聞かない日はないほどに、事業拡大を重ね、革新的な挑戦を続けています。
そんなソフトバンクの事業を支えているのが、システムの開発、保守、運用を担う同社のコーポレートIT本部です。
成長戦略上、事業の拡大や変化は不可欠なものですが、扱う業務データ量の急激な増加は、システム運営者にとっては悩ましいものでしょう。ソフトバンクでは自社のデータセンター(DC)で 2003 年から SAP R/3 を、2011 年から SAP ERP(ECC6.0)を利用してきました。しかし、2017 年頃から、「パフォーマンスとサポートの問題」が浮かび上がってきたと、ソフトバンク株式会社 エンタープライズシステム統括部 ERP システム部 ERP サービス課 堀口 大輔 氏は言います。
「データ量の肥大化にともない、処理の長時間化が見られるようになっていました。月次処理・年次処理などの際に『処理時間がかかる』という苦情が聞こえるようになっていたのです。加えて、利用していた機器やデータベースのサポートが切れるという問題もあり、SAP の刷新が決まったのです」(堀口 氏)。
ハードウェアを交換してオンプレミスで対応するか、それとも、新たにパブリッククラウドを基盤として利用するのか。両者の比較検討には時間をかけたと、堀口 氏は続けます。
「当社はこれまでクラウドを基盤として利用した経験が浅かったために、複数のベンダーに声がけして、知恵を借りつつ考えていきました。そして最終的には『初期投資が抑えられる』『業務ピーク時に合わせたインフラ設定ができる』『災害復旧(DR)対策のコストが抑えられる』といった特徴を重視して、クラウド基盤が選択されました」(堀口 氏)。
堀口 氏が語る通り、オンプレミスの場合では、サーバーなどの機器調達に多額の初期投資が必要です。クラウドならば、導入費用を抑えることができ、さらにサーバーのスペックアップ・ダウンを設定だけで対応可能です。また、DR 対策のために、サーバーをもう一セット他地域に用意するにはコストがかさみますが、これもクラウドならば、遠隔地でのバックアップの費用を削減できます。
一方で、ソフトバンクの事業規模で SAP ERP をクラウドに移行するには、大きな制約もありました。今回、移行が決まったモジュールは、在庫購買管理(MM)と財務会計(FI)、そして固定資産管理(AA)ですが、同社の物流システムと連携していたために、移行作業を 48 時間以内で終えなければなりませんでした。
「その条件では難しいと言うベンダーもいる中、大規模な移行経験に最も長けた電通国際情報サービス(以下、ISID)が、Microsoft Azure への移行を提案してくれたのです。また、実際に Azure で固定資産台帳処理についての PoC を実施したところ、劇的な短縮効果が見込めました。こうして、SAP に最適化された“ SAP on Azure”への移行を決断したのです」(堀口 氏)。
Microsoft Azure(以下、Azure)にはエンタープライズ向けクラウドとしての魅力も大きかったと、ソフトバンク株式会社 エンタープライズシステム統括部 ERPシステム部 システムデザイン課 二甁 良介 氏は付け加えます。
「Azure は、エンタープライズ向けの管理・運用機能に優れていると感じました。他のクラウドの場合はミドルウェアを組み合わせないとできないことでも、管理画面で設定できるサービスとして存在しているのです」(二甁 氏)。
こうして、SAP ERP を Azure へと移行するプロジェクトが始まりました。
Azure で細かくリハーサルを実施することにより、移行時間を約 3 分の 1 に短縮
Azure 基盤への SAP 移行に際しては、社内の「ルールづくり」に苦労したと、プロジェクトマネージャーを担当したソフトバンク株式会社 エンタープライズシステム統括部 ERPシステム部 ERP サービス課 益子 智弘 氏は振り返ります。
「Azure に対する要求は、部署によって変わります。『効率的に使いたい』『セキュリティを徹底的に守りたい』『新機能を実現したい』といった意見を集約して、基盤としての Azure を利用する方針を固めるには、組織を横断した調整が不可欠でした。その分、今回のプロジェクトは、システムを Azure に移行する際の先行事例として、社内に貢献できたと思います」(益子 氏)。
プロジェクト最大の懸念点は本番環境への移行時間でした。最初にテストした際は 108 時間かかってしまったと、株式会社電通国際情報サービスエンタープライズIT事業部 EITコンサルティング1部グループマネージャー 小枝 康二 氏は苦笑します。
「108 時間というのはお客様から許容されていた停止時間の 2 倍以上です。正直、少し焦りましたが、リハーサルを繰り返して最適化することにより、どんどん時間を削っていきました。たとえば、本番直前までテーブル分割をシミュレートしたり、Azure 上に高性能な"中間機"を 2 台用意して、そこで SAP Basis のバージョンと DB 暗号化を実施、本番環境にデータを移行するといった構成の工夫をしています。最終的には、3 分の 1 近くまで時間を短縮することができました」(小枝 氏)。
こうしたチューニングは、オンプレミス環境ではできなかったと益子 氏は感慨を漏らします。
「ハードを調達していては、とても気軽に実験などできません。しかし Azure を使えば、打ち合わせの後、すぐにサーバーを用意することが可能です。移行作業の時だけハイクラスなディスクを利用するなど、リソースを柔軟に扱えることがクラウドの良さだと改めて感じました」(益子 氏)。
データ移行の短縮化に加えて、もうひとつ技術的な課題があったと、小枝 氏は言います。
「過去のシステムでは、オンプレミスのストレージ機能を使って、毎朝夜間処理の後に本番環境のコピーが作られていました。そのデータ量は 4TB にも上ります。Azure でも同様のことをするために、プロジェクトの初期段階からマイクロソフトと密な相談をしながら検証し Azure 上でも実現することができました。また、大規模なバッチ処理でパフォーマンスが劣化する課題がありましたがAzure の近接通信配置グループ (PPG)という、AP サーバーと DB サーバーの物理的な距離を近接化することでネットワークの遅延を最小化する新機能を使うことによって、この課題をクリアできました」(小枝 氏)。
また、ソフトバンクでは SAP の使用開始から今に至るまで、さまざまな仕様でインタフェースを開発・実証しており、全体把握が困難なことに加えて、仕様の統一化を検討するもなかなか着手できないといった状況が続いていました。そういった状況を踏まえ、今回のプロジェクトにおいてソフトバンクは、インタフェースの棚卸および、統一化の着手も希望。携わった株式会社電通国際情報サービス エンタープライズIT事業部 EITコンサルティング1部 内藤 和紀 氏は、移行時の苦労と感慨をこのように振り返ります。
「IF の移行については苦労しました。移行時のリスクを最小限に抑えるために対象を絞って移行したのですが、その場合、旧環境に残るものと、Azure に移行するものが存在し、フォルダ構成、ジョブ、SAP バリアントなど影響箇所の特定が大変でした。早いうちから対面で何度もお客様と打合せを重ね、その結果大きな障害なく稼働できた点はほっとしています」(内藤 氏)。
処理パフォーマンスも向上し、スムーズな移行が実現
2020 年 8 月 23 日から 24 日にかけて、SAP ERP の Azure 移行が実施されました。制限時間の 48 時間に対し、実際にかかったのは 38 時間。かなり余裕を持って作業は完了しています。しかし、その後月末・月初までの約 1 週間は心配が続いていたと、堀口 氏は語ります。
「それは、トラブルが無かったからです。何もなさ過ぎて、何か見落としていないか、逆に心配でした。毎日同僚と顔を合わせては『何も起きないね』と話していたものです」(堀口 氏)。
そして、移行から 4 カ月経ったいま「業務影響障害は起きなかった」と堀口 氏は感激をあらわにしながら言います。
「これだけの規模にかかわらず、処理の遅延も起きず、業務影響障害も出さずに切り替えできました。切り替え後は、毎回数十時間かかっていた月次処理や年次処理が半分の早さで実行できるようになりました。今後データ量が増えていったとしても、決算のタイムスケジュールを守ることができるでしょう」(堀口 氏)。
また、オンプレミスからクラウドに SAP 基盤を移行したことについて、益子 氏は次のように評価します。
「検証段階では、Azure で時間がかかってしまう処理もあったのですが、チューニングを重ねることによって、従来と同等に持っていくことができました。ユーザーは移行したことをそれほど意識せずに済んでいると思います。運用側としては、保守の制約から解放され、不要な時間を費やすことが無くなったことはとても大きいです。」(益子 氏)。
特性に合わせてシステム基盤としてのクラウドを活用していく
2020 年 12 月現在、ソフトバンクでは、DB 本体やライセンスの移行、パフォーマンスの最適化など、さらなる SAP on Azure の導入を進めています。
「スペックの適正化が済み次第、定額かつ割引価格で利用できる“予約インスタンス”への置き換えを考えています」(益子 氏)。
最後に、今後の Azure の活用について、ソフトバンク株式会社 コーポレートIT本部 本部長 北澤 勝也 氏は、次のように話してくれました。
「もともと私たちは自社で DC を持っていたこともあり、パブリッククラウドをシステム基盤に使うことはありませんでした。しかし、事業規模や管理体系が変わったり、新型コロナウイルス感染症の流行など大きな社会変化が起きたり、短期間に対応することがオンプレミスでは難しいという弱点も見えてきました。今回の移行は、クラウドの特徴を学ぶ良い機会になったと思います。特定の期間にだけアクセスが集中したり、短期間で管理メッシュを変更したりする必要がある場合は、クラウドを第一に考えていくべきでしょう。今後も、Azure にしていくべきところをうまく見極めて、利用していきたいと思います」(北澤 氏)。
ソフトバンクは「時代の変化に伴うニーズを先取りして、さらなる革新と挑戦を続けていきます」というメッセージを掲げています。SAP on Azure は、そんな同社の未来を、より柔軟に支えていくことでしょう。
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