1919 年の創業以来、100 年にわたって物流を支えてきたヤマトグループ。同社が1976年に開始した「宅急便」は、愛らしい「クロネコ」のトレードマークとともに、今や宅配便の代名詞的なサービスブランドになっています。ヤマトグループの持株会社であるヤマトホールディングスでは、2020 年 1 月に、経営構造改革プラン「 YAMATO NEXT100 」を発表。このプランの基本戦略の一つであるデータ・ドリブン経営への転換に向けたデータ分析基盤として、同社は Microsoft Azureの「 Azure Synapse Analytics 」を採用しました。

データ・ドリブン経営への転換が「次の 100 年」へ

YAMATO NEXT100は、2019 年に創業 100 周年を迎えた同社が、次の 100年を視野に入れ、目指していく方向性を示した中長期の経営のグランドデザインです。このYAMATO NEXT100では、社会インフラを構成する重要な企業となった同社が、次の時代も豊かな社会の創造に持続的に貢献を果たす企業となるために、いかに取り組んでいくかを示しています。

YAMATO NEXT100 では、3 つの基本戦略(「お客様、社会のニーズに正面から向き合う経営」「データ・ドリブン経営」「共創による物流エコシステムの創出」)を核として、「3 つの事業構造改革」と「3 つの基盤構造改革」を推進していくことが謳われています。

事業構造改革には「宅急便のデジタルトランスフォーメーション( DX )」「 EC エコシステムの確立」「法人向け物流事業の強化」が、基盤構造改革には「グループ経営体制の刷新」「データ・ドリブン経営への転換」「サステナビリティへの取り組み」が、それぞれ挙げられています。

このプランの実現に重要なのは、組織構造を改革していくと同時に、「デジタル化」と「データ活用」を強化していくことです。同社では、2020 年からの 4 年間で約 1,000 億円をデジタル分野に投資するとともに、社内外のデジタル・ IT 人材を結集し、2021 年 4 月には 300 人規模の新しいデジタル組織を立ち上げる計画を明らかにしています。この取り組みの中では、アカウントマネジメントの強化に向けた法人顧客データの統合、流動のリアルタイム把握、稼働や原価の見える化などによるリソース配置の最適化・高度化に加え、企業全体でデータの活用レベルを高めるための環境づくりを進めています。

ヤマトホールディングス 専務執行役員 経営戦略統括・経営構造改革担当 牧浦 真司 氏は、企業にとって、環境変化に対応していくことの必要性を次のように話します。

「企業にとって、環境変化に対応していくことが必要だというのは、従来から言われてきました。しかし近年は、企業による改革努力のスピードを、環境変化のスピードが上回る状況が続いており、ヤマトグループでも懸命に取り組みを進めてきました」(牧浦 氏)。

ヤマトホールディングス 専務執行役員 経営戦略統括・経営構造改革担当 牧浦 真司 氏

ヤマトホールディングス 専務執行役員 経営戦略統括・経営構造改革担当 牧浦 真司 氏

YAMATO NEXT100は、これまでに行ってきた取り組みについての成果と課題、外的環境の変化を踏まえ、策定されています。このプランでは「データ・ドリブン経営」を基本戦略の一つに挙げていますが、グループとしてのデータ活用については、1 年以上前から概念実証( PoC )をスタートしており、既に宅急便の現場にも導入しはじめています。

「ヤマトグループが持っている大量のデータを活用すれば、現場だけでなく経営にも大きなインパクトを出せる確信を得ています。この経営構造改革を着実に実行していくことで、ヤマトグループは、これまで誰も見たことのないような、大きな変革を成し遂げられると考えています」(牧浦 氏)。

さらに牧浦氏は「企業の DX は、業務のデジタル化やデータプラットフォームの構築だけでは成し遂げられない」と強調します。旧来からある組織の「壁」や「風土」を変革してこそ、DXを実現できるというわけです。

全アセットのデジタル化を視野にデータ分析基盤を再構築

DX に必要な「組織改革」と「デジタル改革」の両輪のうち、特に デジタル に関わる側面をつかさどる統一基盤を、同社では「 Yamato Digital Platform 」( YDP )と呼んでいます。また、YDP の中で、特に BI やアナリティクス、AI といった「データ活用」に深く関わる部分は「クロネコ・ビッグデータ基盤」( KBD 基盤 )と名付けられています。

ヤマトホールディングス 執行役員 データ戦略担当 中林 紀彦 氏は「 KBD 」は、YAMATO NEXT100 で挙げられている経営課題を解決していくために必要な、データセットとアナリティクス環境の集合体を指しています。」と話します。基本戦略である「データ・ドリブン経営」を具現化していくために、KBDは中核的な役割を果たします。

ヤマトホールディングス 執行役員 データ戦略担当 中林 紀彦 氏

ヤマトホールディングス 執行役員 データ戦略担当 中林 紀彦 氏

中林 氏によれば、YDP と KBDは、3 つのフェーズで進化していく計画だといいます。最初の段階は、課題解決に必要な情報アセットのデジタル化を推し進める「データ ファースト」のフェーズ。続くフェーズは、荷物・人員・車両・倉庫など物理的なものを含むすべての事業アセットなどをデジタル化する「トランスフォーメーション」のフェーズです。この2つめのフェーズに達すると、IT プラットフォーム上に構築されたデジタルツインを通じて、各企業と新たなビジネス価値を共創できる段階に入ります。これが最終段階である「イノベーション」フェーズの基礎となります。

しかし、その道のりは決して容易なものではありません。同社が資産として所有するアセットは極めて膨大だからです。配送トラック等の自動車は約56,000台、全国 4,000超の営業所、70 カ所のターミナル、100拠点の倉庫がその代表です。さらに、C向けサービスである「クロネコメンバーズ」の会員数は 4,000万人、ビジネス顧客は 120 万社、宅急便の取扱店舗は 18万店を超えます。そして、宅急便取扱い個数は年間約 18 億個にのぼります。

「すべてのアセットがデジタル化され、荷物ごとの配送ルートを詳細かつリアル タイムにトラッキングできるようになれば、ルートやオペレーションのさらなる最適化や、きめの細かいプライシングなども可能になるでしょう。また、集配の時間や場所も、今以上に柔軟に設定できるようになります。お客様にとって、最も良いタイミングに、最も便利な場所で、荷物を受け取れるサービスが実現できます」(中林 氏)。

KBDを構成する基盤には、高いスケーラビリティおよびパフォーマンスが求められます。同社では、以前よりデータ分析の取り組みを進めており、そのための環境は既にクラウドに構築されていました。ただし、その利用方法は主に IaaS 的なもので、構築した VM 上に DWH やミドルウェアを独自に導入し、自分たちで運用管理するという形態でした。分析を行うユーザーの要求に応じて、機能を随時付加しながら拡張を続けるうちに、運用管理にかかる手間や時間は増大。環境を構成する OS や DWH、ミドルウェアなどにパッチを適用するため、月に 1 回の定期メンテナンスも必要でした。また、データ量の増加に伴うストレージやリソースの拡張時にも、データベースの再構築が必要になっており、結果として、クラウドのメリットを十分に活かせない状況になっていました。

新たな KBDを実現するにあたり、同社ではこれらの課題の解決を目的に、データ基盤の抜本的な再構築を決断します。それと並行して、綿密なアーキテクチャの検討、データ モデルの再設計を進めていきました。

PaaS のメリットを最大限に活かし運用管理負荷を低減

新しい KBDでは、クラウドベンダーが提供する PaaS の機能を積極的に活用することで、自社での運用管理コストを下げつつ、経営課題の解決に貢献するため、より価値の高いタスクに対し、人材リソースを積極的に投入する方針がとられました。

メガ クラウド ベンダー数社のデータ分析基盤を慎重に比較検討した結果、ヤマトホールディングスは「 Azure Synapse Analytics 」の採用を決定しました。

採用決定の要因について、ヤマトホールディングス デジタル戦略推進機能 アシスタントマネージャー 中田 勇気 氏は「検討にあたっては、実際に自分たちが使用している実データと SQL を使って、パフォーマンスや機能、コストなどを比較検証しました。Azure Synapse Analytics は、パフォーマンスがトップ クラスだったほか、カラム名に日本語を含むデータの処理も問題なく行えたこと、クエリに対する料金が固定で、結果量の増減でコストが大きく変動しない点などが決め手になりました。」と話します。そのほかにも、実運用で必要になる外部システムやパートナーとの連携、ニーズに応じたリソースの拡張が容易な点なども考慮したと言います。

KBDを、Azure Synapse Analytics による環境へと移行したことにより、導入前に問題となっていた運用管理の負荷は大きく軽減されました。データ メンテナンスは以前より容易になり、計画停止の回数も削減されました。今後、社内での運用体制もPaaS 前提としたものに変更することで、そのメリットはさらに大きくなると、同社は期待しています。

「以前は、DWH へのクエリが何らかの理由で一気に増えた場合のパフォーマンス低下に苦慮していたのですが、現在の環境では、Data Warehouse Unit ( DWU )の設定値を変えるだけで、クエリ周りのパフォーマンスを向上できるようになりました。これは運用チームだけでなく、分析を行う社員にとってもメリットが大きい改善だと感じています」(中田 氏)。

ヤマトホールディングス デジタル戦略推進機能 アシスタントマネージャー 中田 勇気 氏

ヤマトホールディングス デジタル戦略推進機能 アシスタントマネージャー 中田 勇気 氏

刷新された KBDは、実際のビジネスにも徐々にインパクトを与え始めています。

「以前は、分析をリクエストすると、担当者が必要なデータを用意し、分析を済ませるまでに数ヶ月かかるケースもありました。新しい KBDには、分析に使う数百のデータ セットがあらかじめ用意されており、日次、あるいは日に複数回といった適切なスパンでアップデートされます。既に、これを利用した MLOps のような取り組みも始まっています。例えば、機械学習で作成した予測モデルを、現場の担当者が参考にしながら配送センターの人員配置を決めるといったものです。荷物量の予測については、従来の経験や実績等を参考にした試算ではある程度の誤差が出ることもあったのですが、AI の活用によって、その誤差を縮小できています。当社の場合、予測精度が 1 % 上がれば、大きなコスト削減につながりますので、これは極めて大きなビジネス インパクトです」(中林 氏)。

新たなデータ プラットフォームをベースにした、新サービスもスタートしています。ヤマト運輸が 2020 年 6 月 24 日にスタートした「 EAZY 」は、EC 事業者が商品発送に利用することで、購入者がインターネットを通じて、配達直前まで、受け取り場所の変更ができ、さらに対面に加え「置き配」の指定なども行える新サービスです。急な用事や天候の変化などで、受け取り方法をフレキシブルに変えたい購入者にとって、より利便性の高い配送サービスを実現しています。この EAZY は、今後、KBDを利用したデータ分析や予測モデルの活用によって効率を向上させ、EC 事業者やパートナーの企業価値向上、消費者ユーザーのさらなる利便性向上を図っていく予定です。

単なるクラウド ベンダーではなく DX ジャーニーのパートナーとして期待

YAMATO NEXT100 の実現に向けた、ヤマトグループにおける組織改革と デジタル 改革は、今後、さらに加速していきます。データ活用の取り組みについては、現在、50名以上の体制で運用しているアナリティクスチームを拡充していくと共に、より多くの現場ユーザーが、タイムリーなデータ分析結果や予測モデルを、個々のアクションに活かせる環境を構築していく予定です。

「今後は、データ分析を行うだけでなく、分析結果から必要なデータを参照して、意思決定に活用できる機会も増やす計画です。ただ、それぞれにとって価値の高い分析結果はどのようなものか、それを活用するために、どう見せていけばいいのかといった運用面は、これからの課題です。Azure Synapse Analyticsと親和性の高い Power BI は、その際に役立つと考えています。マイクロソフトには、KBDの構築にあたって、非常にレスポンス良くサポートをしてもらったのですが、これからも、継続して良い関係が構築できることを期待しています」(中田 氏)。

また、牧浦氏は、「組織改革」と「デジタル改革」の両輪で DX を推進するヤマトグループにとって、マイクロソフトは「最良なパートナーだと感じている。」と高く評価しています。

「 DX の実現のため、最も優れた技術を持つパートナーと連携したいと考え、検討を続けてきました。スタートアップから、大企業まで、徹底的に調査し、ヤマトグループにとって一番良いところを選んだ結果が、マイクロソフトでした。また私は、同社のCEO であるサティア・ナデラ氏が、自ら実践した企業変革について著した本を読んで感銘を受け、マイクロソフトに対する理解を深めました。企業変革に重要なのは、企業風土そのものを変えていくことだという思想に立脚したマイクロソフトのトランスフォーメーション ジャーニーは、今、DX を求められている日本企業にとって、一つの良い手本だと思います」(牧浦 氏)。 

  • ヤマトホールディングス  中林 紀彦 氏、中田 勇気 氏

「ヤマトグループが持っている大量のデータを活用すれば、現場だけでなく経営にも大きなインパクトを出せる確信を得ています。この経営構造改革を着実に実行していくことで、ヤマトグループは、これまで誰も見たことのないような、大きな変革を成し遂げられると考えています」


――牧浦 真司 氏:専務執行役員 経営戦略統括・経営構造改革担当 ヤマトホールディングス株式会社

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