今、建設業界の ICT 化が急速に進んでいます。3D データにより操縦をアシストする建機や自動運転トラックが現場に導入され、ホロレンズを用いて、現実世界に完成予定の建物を投影することも可能となりました。
こうしたデジタライゼーションによる生産性向上は、大規模な工事の進捗管理においても同様に取り組まれています。
株式会社安藤・間(以下、安藤ハザマ)は Microsoft Azure の AI サービス" Cognitive Services "によって、画像解析による工事進捗管理システムを構築しました。従来は職人的な"勘"と経験に頼らざるをえなかったことも、定量的な把握が可能となったのです。
進捗管理を効率化するために、カメラ映像の AI 解析に挑戦
安藤ハザマは、土木事業を得意とする間組と、民間建築を得意とする安藤建設が合併したことで、2013 年に誕生しました。
中山競馬場スタンドや黒部ダム、東京ビッグサイト、首都高速中央環状線など、国土を守るインフラや都市のランドマークなどを手がけてきた同社は、現在、東日本大震災の復興工事やリニア中央新幹線の建設にも携わっています。
安藤ハザマは、茨城県つくば市に 7 ヘクタールもの敷地を持つ技術研究所を有しており、都市土木、建築材料、防災、文化財保全といったさまざまな研究を進めてきました。先端・環境研究部では、ドローンとレーザースキャナーによる工事現場の 3 次元計測や、AR ・ VR による完成予想図のプレゼンテーションなど、新技術を土木建築に応用するための取り組みがおこなわれています。
ICT 機器を活用することによって、建設現場の効率化・省力化を図る取り組みを「 i-Construction 」と呼びます。国土交通省が主導したコンセプトであり、建設業界全体で推進されています。
i-Construction を推進する背景について、安藤ハザマ 建設本部 技術研究所 先端・環境研究部 先端グループ 研究員 早川 健太郎 氏はこう説明します。
「最も大きな要因は、建設業界の人手不足です。マンパワーに頼ることなく生産性を向上させるために、測量の 3 次元化や、ICT 建機による情報化施工など、現場に新技術が次々と導入されているのです」(早川 氏)。
i-Construction の取り組みの一つが、工事現場における定点カメラの設置です。遠隔地からでも現場を見ることができるので、ちょっとした状況把握のためだけに、往復 1 時間以上かけて技術者が出向く必要は無くなりました。また、現場からの相談に対しても、映像で事態を理解することによって、素早く的確に返答できるようになりました。
しかし、ただカメラを置くだけでは高度な管理が難しいと、安藤ハザマ 建設本部 土木技術統括部 技術第二部 地盤グループ 主任 木付 拓磨 氏は言います。
「映像だけでは、工事の完成形に対してどの程度の進捗率なのか、正確に把握することが困難なのです。また、映像から距離や面積といった定量的な情報が取得できませんし、建機の稼働状況を知るために、ずっと画面を眺めているわけにもいきません。当社では 2018 年から定点カメラ映像から進捗管理を図る技術開発を始めたのですが、さらなるプラスアルファを試みたいとずっと考えていました」(木付 氏)。
こうした課題に対して、安藤ハザマは 2019 年「 4K 定点カメラ映像による工事進捗管理システム」の開発プロジェクトをスタートさせました。
このシステムは、リアルタイムの映像に完成形の 3D データを重ねたり、映像から距離や面積を算出したり、オルソ画像(真上から見たようなズレのない写真)を自動生成することによって、工事の進捗確認や、今後の施工計画の立案を効率化することができます。
そして、定量的な進捗管理をするために、同システムには「建機検出 AI 」が組み込まれています。この AI の開発に使われたのは、Microsoft Azure Cognitive Services内の画像認識 AI " Custom Vision "でした。
Custom Vision により、建機検出 AI を短期間で構築
「建機検出 AI 」は、ダンプやバックホー、ブルドーザといった建機が何台現場に出入りしているのか、算出することができます。こうしたことが、なぜ工事の進捗管理において必要なのでしょうか? その疑問に対して、木付 氏は次のように答えます。
「とりわけ重要なのが、ダンプの台数計算です。例えば防潮堤工事の場合、盛土によって土台をつくるわけですが、ダンプは 1 台につき約 5 立方メートルの土を運びます。この台数をカウントすれば、現場に今どれだけの土があるのか分かるのです。 1,000 立方メートル必要なのに 800 立方メートルしかないのであれば、早急に手を打たなければなりません。従来は、ドライバーが何往復したのか記入し、それを Excel で集計して進捗管理をしていました。このやり方では、台数の確認が翌朝になってしまい、リアルタイムに状況を把握することが困難だったのです」(木付 氏)。
工事現場に出入りする建機数を算出するために、Microsoft Azure Cognitive Services内の Custom Vision を提案したのは、建機検出 AI の開発を担当した富士ソフト株式会社でした。同社の MS 事業部 MS サービス推進室 室長/フェロー 増田 裕正 氏は、その理由をこう明かします。
「機械学習ワークフレームを使ってゼロから新たに開発することも検討したのですが、プロジェクトが短期間であることから、スピーディーな開発が可能な Custom Vision を提案いたしました。AI の開発には、教師データの収集、加工、学習、展開といったプロセスが必要ですが、Custom Vision であればこの工程をぎゅっと短縮することができるのです」(増田 氏)。
建機検出 AI システムでは、まず、建設現場に設置された 4K 定点カメラから、ネットワークビデオレコーダーを介して、動画ファイルが Azure のストレージにアップロードされます。次に、Azure App Service の機能である WebJobs によって、動画を 1 分単位の静止画に切り出します。この静止画に対して、Custom Visionで学習した AI が建機を検出し、Web Apps で台数の推移をレポート表示します。
実際に進捗確認をするレポーティング機能について、富士ソフト株式会社 MS事業部 クラウドソリューショングループ リーダー 朝倉 健介 氏は次のように説明します。
「赤色の折れ線でダンプ台数の計画線を表示し、青色の折れ線で AI の検出結果から算出したダンプの台数を表すようにしました。AI は100% 検知することが難しいため、誤差による台数の振れ幅を青い帯で表現しています。『青い帯が赤い線を上回っていれば、計画を満たしている』ということがひと目で分かるように工夫しました。また、ダンプを含めた他の建機についても稼働状況がグラフで示されており、大きく傾向が変わるようなことがあれば、トラブル発生の可能性があります。そのときは、時間帯に合わせて現場の写真を確認することができます」(朝倉 氏)。
こうしたシステムを開発する上で、最も苦労したのは AI の精度向上だったと増田 氏は苦笑します。
「現場に出入りするダンプは、日によって色や車種が変わりますし、前から見るとそっくりな資材運搬用のトレーラーやタンクローリーも走っています。何より、工事現場は地形自体が刻々と変化するので、それに合わせてカメラに映る車の角度も変わっていきます。すべてのバリエーションに対して学習を施し、精度を高めるには試行錯誤が必要でした」(増田 氏)。
リアルタイムな進捗管理を実現。異常検知もスピーディーに
安藤ハザマによる「 4K 定点カメラ映像による工事進捗管理システム」は、プロジェクトの一歩目として、東日本大震災で被災した水門の土木工事を対象に開発が進められました。
屋外の工事現場では時間や天気、進捗によって状況が次々と変化します。こうした制度向上に対してのハードルがあったにも関わらず、工事建機検出 AI システムはわずか 4 ヶ月で完成し、岩手県大槌町の防潮堤工事で導入されました。
これだけの短期間で開発ができた要因の一つに、増田 氏は Custom Vision の「学習の早さ」を挙げます。
「一度きりの学習で実用化できる AI はありません。学習データを調整しながら、何度も繰り返し学習させることによって、精度を向上させていくのです。その点、Custom Vision は学習スピードが非常に速く、1 日かかるようなデータ量でも、1 時間程度で学習が完了します。そのおかげで、検証により多くの時間を割くことが可能となり、効率的に試行錯誤することができました」(増田 氏)。
工事建機検出 AI システムについて、木付 氏はこのように評価します。
「建設現場では必ずお昼に打ち合わせをするのですが、このシステムを使うことによって、その段階で午前中の進捗を確認することができるようになりました。今までは、経験からくる"勘"でしか捉えられなかったものが、具体的な数字で話し合えるようになったのです。たとえトラブルが発生したとしても、素早く気付くことができるので、より柔軟な対応が可能となるでしょう」(木付 氏)。
早川 氏は、AI の検出率が 100 %でなくとも十分に活用できると言います。
「検出率が 70~80 %もあれば、大きなトレンドを把握することができます。工事が順調かどうかを判断する材料の一つとしては十分でしょう。生身でずっと映像を見ているのは辛いですから、まずは AI に任せて、明らかな異常値があった場合に、AI と工事どちらに問題があるのか、原因を探すのが人間の役割となります。A Iと人間がうまく役割分担をすることが、効率化に繋がっていくのだと考えています」(早川 氏)。
「4K 定点カメラ映像による工事進捗管理システム」の導入によって、大槌川水門土木工事では、技術者が 1 日 6 回程度現場に行っていたのが、4 回程度で済むようになりました。さらに、「現場に行ったけど工事が予定通り進んでいない」あるいは「現場監督が来ていないから次のステップに進めない」といった理由で発生していたアイドルタイムも、平均 15 分程度から 5 分程度と大きく短縮できています。
同システムは、国土交通省の2019年度「建設現場の生産性を飛躍的に向上するための革新的技術の導入・活用に関するプロジェクト※」において、総合的な進捗管理の実現と高精度な AI が評価され、最高ランク「 A 」を受けました。
※安藤ハザマと富士ソフトに加え、日本マルチメディア・イクイップメント株式会社、計測ネットサービス株式会社、宮城大学の 5 社によるコンソーシアムで開発・試行
全国の現場に展開するために、より汎用的な AI の開発へ
大槌川水門土木工事は 2021 年 3 月終了予定ですが、盛土の工程はすでに完了しています。「 4K 定点カメラ映像による工事進捗管理システム」は、次なる現場での展開に向けて、準備を進めていると木付 氏は言います。
「さまざまな現場での試行・検証を繰り返すことによって、AI の精度向上だけでなく、教師データの作成を含めた学習プロセスそのものを効率化していきたいと考えています」(木付 氏)。
早川 氏も、より汎用的な AI システムの実装に向けて意気込みを見せます。
「環境が一定な生産工場と比べて、状況が刻々と変わっていく工事現場は AI に不向きだと一般的には言われていますが、人間と役割分担をすることによって、上手く AI の強みを引き出していきたいと思っています。汎用性の高い AI システムを構築することによって、全国の現場職員の業務をどんどん効率化していきたいです」(早川 氏)。
国土交通省は「建設現場の生産性を 2025 年度までに 2 割向上させる」ことを目標に、i-Construction を推進しています。Custom Vision の画像認識 AI を駆使した安藤ハザマの工事進捗管理システムは、今後日本の建設現場を革新していくことでしょう。
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