『情報通信白書 令和元年』によれば、クラウド サービスを一部でも利用している日本企業の割合は、2018 年度に約 6 割となりました。クラウドは新しい技術から、当たり前の技術になりつつあると言えるでしょう。
しかし、クラウドを使う側の組織が、その価値を真に引き出せる体制になっているとは限りません。ビジネスを加速させる「変化の主役」となるべき情報システム部門は、依然として、多くの企業でコスト センター扱いされる現状です。
柔軟かつ迅速なIT インフラを使いこなすためには、マインド チェンジの視点が欠かせません。
2017年に「クラウドフ ァースト」を掲げた東京ガスは、「Microsoft Azure」 に多数のシステムのマイグレーションを進めています。CCoE(Cloud Center Of Excellence)の役割を担う東京ガスiネット デジタル化推進部は、「130 年以上前に創業したエネルギー インフラ事業者」である東京ガスグループに対し、いかにしてクラウドの思想を浸透させているのでしょうか。
過去の技術追求から、クラウドの活用へ
世界最大規模の都市ガス事業者である東京ガス。渋沢栄一によって創立され、日本で初めて液化天然ガス(LNG)を導入した同社は、「LNG バリューチェーン」によるスマートなエネルギーネットワークの構築に取り組んできました。
そんな東京ガスグループの一員であり、エネルギー事業の情報システム部門を担っているのが、東京ガスiネットです。生活や産業に無くてはならないガスや電気を、常に行き渡らせるために、公共性・公益性の高いサービスを提供しています。
日本のエネルギー産業は、2016 年の電力自由化、2017 年のガス自由化を背景に、環境が激変しました。社会インフラ企業といえど、競争が避けられないことになったのです。そこで東京ガスは、デジタル化の推進により付加価値を高めていくことを決意します。その一つのキーワードが「クラウド ファースト」でした。
しかし、グループの IT をこれまで支えてきた東京ガスiネットは、エネルギーの「安心・安全・信頼」を担保するために、過去の技術によって、できるだけ安定したシステムを構築することを文化としていました。クラウドという新しいテクノロジー、新しい思想に切り替わることは、容易なことではありません。
同社は、クラウド活用を推進するCCoEチームとして2018年度に「デジタルトランスフォーメーションセンター」を立ち上げ、クラウド ファーストの推進を進めてきました。2020年度からは「インフラ技術グループ」に業務を集約し、クラウドとオンプレミスの共通基盤を含めた全体の最適化が検討できるような体制になりました。この部署の役割について、東京ガスiネット デジタル化推進部 インフラ技術グループ 課長 小栗 達也 氏は次のように説明します。
「デジタル化推進部は、東京ガスのデジタル化を推進する部署として発足しました。なかでもインフラ技術グループは、クラウド化を含めた、情報インフラの総合的な見直しを使命としています。インフラだけでなく、アプリケーションやネットワークなど得意分野の異なるメンバーが集まっており、東京ガスグループ全体を俯瞰した立場で動くことを特徴としています」(小栗 氏)。
2017年、東京ガスは、それまで自社のデータセンターで運用していたシステムのクラウドマイグレーションを本格的に開始しました。2017年から複数年の期間をかけ、自社データセンターにある数百システムのクラウド移行のロードマップを検討しています。
この大規模な移行の共通基盤として選ばれたのは、Microsoft Azure(以下、Azure)でした。小栗 氏は、選定の理由を次のように示します。
「もちろん複数の角度から比較検討をしましたが、もっとも大きな理由は『エンタープライズ系のサポートが手厚かった』ことです。実際にクラウド移行するシステム担当者はクラウドの知見やノウハウが十分ではなかったことから、当社の視点に立ち、私たちと一緒に歩んでくれるパートナーとして、マイクロソフトを選びました」(小栗 氏)。
オープンな情報発信により、新たな技術に向き合う環境を短期間で構築
東京ガスでは、営業系のシステムやサプライチェーン管理システム、防災システムなど、多数のシステムが存在しますが、2020 年 8月時点で、既に約 100 システムが移行を完了しています。大規模なマイグレーションにも関わらず、短期間でプロジェクトが進んでいると言えるでしょう。
しかし、その期間が決して順風満帆だったとは言えません。東京ガスiネット デジタル化推進部 インフラ技術グループ 内山 夏子 氏は次のように振り返ります。
「クラウドという未知の領域にシステムを移すことについて、当初は強い抵抗感がありました。個別のシステムごとに、運用担当者とオーナーに対する説明を果たすために、毎日毎日、打ち合わせだらけでした」(内山 氏)。
プロジェクト推進の秘訣について、「オープンに情報発信をしながら進めたこと」と小栗氏は言います。
「『クラウド ファースト』という言葉を打ち出した時は、共通基盤の構築も、事業部ごとの請求スキームも、何も決まっていませんでした。それをまず正直に伝えて、要望を受け取って進めていったのです。こちらが勝手に決めるのではなく、『一緒に作っていきましょう』と巻き込めていったことが大きいと感じています」(小栗 氏)。
徹底した情報発信のために、小栗 氏らは「TG-Azure」というポータル サイトを立ち上げました。「セキュリティは大丈夫なのか」「オンプレミスと比較して何が変わるのか」「概算コストはいくらなのか」といった FAQ から、セキュリティ要件を満たすために必要な設定方法、アーキテクチャ構成のテンプレート、社内の個別事情に合わせたサンプルコード、過去の検討資料まで、マイグレーションに関する情報がすべて網羅されています。
情報をオープンにしていく上では、「Microsoft Teams(以下、Teams)」も活用したと、東京ガスiネット デジタル化推進部 インフラ技術グループ 村山 領 氏は言います。
「Teams は社内に導入されていたのですが、誰でもやり取りが見えるオープン チャネルを立ち上げたのは、デジタル化推進部が初めてでした。チャネルを見れば、クラウド化について過去に誰がどんな質問をして、その疑問はどう解消されたのか、すべて分かります。関係者をこのチャネルに誘導していき、600 人を超えるコミュニティになりました。今ではユーザー同士による問題解決が積極的におこなわれています」(村山 氏)。
現場でクラウドを使う敷居を下げるために、運用ルールも工夫したと村山 氏は付け加えます。
「オンプレミスとクラウドでは概念がまったく異なりますが、インフラ担当者の役割を一気に変えてしまうと、反発が生まれることが予想できました。そこで、Azure を使いこなす自信がないうちは、仮想サーバーとして従来とほぼ変わらない運用を可能にしたのです。もちろん PaaS の活用など、Azure の機能を発揮できる伸びしろは設けてあります」(村山 氏)。
この他、東京ガスiネットは、グループ全体に対するデジタル化の勉強会を定期開催したり、クラウドに特化した教育カリキュラムを用意するなど、新しい技術と思想を学ぶための場を多く設けてきました。
「アジャイル開発」を本当の意味で実現
2030 年を見据えたシステム マイグレーションという意味では、東京ガスiネット の取り組みはまだ道半ばですが、それでも目に見えた効果が上がっていると、小栗 氏は言います。
「不安視されていたセキュリティに関しても理解が得られつつあります。オンプレミス環境にある閉域網全体をしっかり守る、という考え方から、クラウド環境に適したマイクロセグメンテーションを守る、という考え方にシフトしてもらっています。安全な環境に守ってもらうという意識が、自分のシステムは自分で守るという風に変わっていくことで、一層のセキュリティ向上につながっていくことも期待できます」(小栗 氏)。
こうしたクラウド環境に適したセキュリティの考え方を取り入れつつ、システム開発のスピードも格段に早くなったと、東京ガスiネット デジタル化推進部 インフラ技術グループ 南雲 雅之 氏は続けます。
「Azure の社内共通基盤が確立されたのはとても意義深いです。検証用環境が必要なときすぐに構築できるため、ユーザーに対するフィードバックが速くなりました。しかし、ウォーターフォール型で行うプロジェクトが多いなど開発の仕方は大きく変わっていません。アジャイル型で開発スピードの向上を図るためには、開発環境をサービスとして利用する PaaS の活用がポイントとなります」(南雲氏)。
こうしたスピードの向上は、「クラウド ファースト」本来の目的である付加価値向上に繋がるものだと村山 氏は語ります。
「オンプレミスからクラウドへの移行は、単にテクノロジーを置き換えするものではありません。『アプリ担当者がインフラ担当者をアサインして、仕様や費用のすり合わせをして、インフラ環境の構築が終わるのを待って、使い始める』という従来のオペレーションを変革することで、ビジネス スピードを加速させることが狙いです。今、少しずつその成功体験が積み上がっています」(村山 氏)。
インフラとアプリケーションが融合する「DevOps」の実現へ
クラウドの文化へとマインド チェンジが進みつつある今、次なる課題は「DevOps」の浸透だと、村山 氏と内山 氏の両名は言います。
「Azure に慣れることによって、インフラ担当者にはなるべくアプリ担当者に近い視点を持ってほしいと思っています。新サービスの実現を高速化する DevOps の実現には、開発者と運用者の連携が欠かせません。そのため、インフラとアプリの担当者をもっと寄せていきたいと思っています」(村山 氏)。
「インフラとアプリが別れていると、どうしてもロスが発生してしまいます。Azure にある自動化の仕組みを活かしながら、システム プロダクトをワン チームで作れるような環境を提供していきたいと考えています」(内山 氏)。
また、南雲氏は、今後はリザーブド インスタンスの適用によって、さらにコストを最適化していきたいと語ります。
「オンプレミスで利用してきた統合仮想基盤のランニング コストは東京ガスの IT 部門で一括して費用化しています。このためユーザー部門にとって仮想サーバーやストレージはコストとして意識しにくいものになってしまっています。今回のクラウド化は、コスト管理を見直すきっかけでもあり、クラウドに移行したものについては、ユーザー部門に対し使った分だけ課金される形としました。今後も継続して経理部門と連携しながら、事前に仮想マシンを予約することでコストを大幅に削減できる『Azure Reserved VM Instances (RIs) 』や、 RIs をより有効に活用するべくコスト管理を行うための『Azure Cost Management』の活用も検討していきたいと考えています」(南雲 氏)。
最後に小栗 氏は、Azure による「働き方改革」と「人材育成」をこう展望します。
「これからの時代、パブリック クラウドの活用とゼロトラスト セキュリティの構築によって、どこにいても仕事ができるような環境を整備することが、社会的に求められていると思います。また、従来の開発は IaaS ベースで考えていましたが、今後は PaaS を上手く使えるような人材を育てていきたいと思います。クラウドをただのテクノロジーに終わらせずに、社内のマインド チェンジを進めていきます」(小栗 氏)。
東京ガスiネット デジタル化推進部 インフラ技術グループのメンバーは、「オープンな情報公開とコミュニケーション」によって、130 年以上の歴史を持つ東京ガスにクラウドの思想を浸透させていきました。その姿勢そのものが、クラウド ネイティブであると言えそうです。これまでに無い柔軟さとスピードを獲得した東京ガスグループは、次世代のエネルギー インフラを今後もリードしていくことでしょう。
「もちろん複数の角度から比較検討をしましたが、もっとも大きな理由は『エンタープライズ系のサポートが手厚かった』ことです。クラウドのプロフェッショナルではない我々とともに歩んでくれるパートナーとして、マイクロソフトを選びました」
――小栗 達也 氏 課長 インフラ技術グループ デジタル化推進部 東京ガスiネット株式会社
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