静岡県磐田市に本社を構え、世界 180 の国と地域でビジネスを展開しているヤマハ発動機株式会社。その生産本部で 2016 年に設立された「デマンドチェーン革新部」では、製造(生産管理)部門、営業部門、物流部門が集まり、多様化した顧客のニーズに対応するための生産計画レベル向上を目指しています。その取り組みの 1 つが、工場から販売店までの情報を集約したデータ分析基盤の構築です。そして、このプロジェクトでクラウド基盤として選択されたのが「 Microsoft Azure 」(以下、Azure )でした。クラウドの活用やデータベース構築の経験を持たないデマンドチェーン革新部主導による内製でのシステム構築を実現した要因は、専門的なスキルがなくても使える Azure の機能やツールの活用にありました。

生産計画のレベルを向上させるためには、“情報の鮮度向上”が必要不可欠

テクノロジーの進化に伴い、顧客のニーズは多様化を続けています。目まぐるしく移り変わる市場の状況に対応して製品を提供するためには、顧客(消費者)の情報を起点に生産管理や在庫管理を最適化する“デマンドチェーンマネジメント”が重要な役割を担います。ヤマハ発動機で 2016 年に設立されたデマンドチェーン革新部は、その名が示すとおりデマンドチェーンマネジメントを推進するための部門です。デマンドチェーン革新部は、生産管理(製造)部門だけでなく、営業部門や物流部門のメンバーが集められているのが特徴となります。その使命は、デマンドチェーンでメーカーから顧客までをつなぐすべての情報を一元管理することで生産管理や在庫管理を最適化し、生産計画や供給計画のレベルを向上させること。その実現には、工場・倉庫・物流・販売店それぞれで生まれる「情報」を集約・活用するためのデータ分析基盤、すなわちデータウェアハウス( DWH )の構築が不可欠です。この DWH 基盤構築を担う部署である情報戦略グループでチームリーダーを務める、ヤマハ発動機 生産本部 生産戦略統括部 デマンドチェーン革新部 情報戦略グループ 主務の横山 研一郎 氏は、同社における課題をこう語ります。

「お客様のニーズが多様化してきたことで、以前にも増して需給調整の難易度が増しています。お客様が購入しようと思った時に製品をタイムリーに提供する為には市場の状況を瞬時に察知する必要があります。顧客満足度を向上させながら、在庫量を適正に維持する為には生産計画、供給計画のレベルを向上させる必要があり、その為には鮮度の高い情報を得ることが必要不可欠でした」(横山 氏)

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グローバルにビジネスを展開しているヤマハ発動機ですが、工場から出たあとの製品に関する情報は、物流や販社それぞれのシステムに跨っており、情報取得のスピードを改善する必要があったと横山 氏。こうした課題も、プロジェクトが立ち上がった背景にあると語ります。

「生産計画のレベルを向上させるには、鮮度の高い情報をタイムリーに得られる環境が必要です。製品が購入された瞬間に、在庫状況も含めた情報をリアルタイムに取得し、生産計画、供給計画に反映させることが重要と考えました。こうした課題を解決するには、製造エリア、物流エリア、販売(営業)エリアそれぞれの情報を集約する仕組みを構築する必要があり、今回の DWH 基盤構築プロジェクトがスタートしました」(横山 氏)

プロジェクトが始動、基盤には Azureを採用

同社では、製造部門・営業部門・物流部門それぞれが別個のシステムを運用しており、部門間でデータを共有するスピードを向上させる必要がありました。このため、デマンドチェーン革新部で、部門をまたいだデータ分析基盤の構築が進められました。実際にシステムの構築が行われたのは2019 年ですが、その構想は 2018 年初頭からあったと、本プロジェクトリーダーであるヤマハ発動機 生産本部 生産戦略統括部 デマンドチェーン革新部 情報戦略グループ 主事の山本 剛 氏は振り返ります。

「号機(オートバイ 1 台を表すユニーク番号)単位で『組み立てした日、工場を出た日、船に乗った日、相手国に到着して倉庫に入った日、お客様に売れた日』といったデータを管理して、人の手を介することなく正確な数値を取得するというイメージは、2018 年 1 月には構想として持っていました。スピード重視で導入したい。また将来的な追加開発の事も鑑み、保守運用も自分達で行いたいという思いがありました」(山本 氏)

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こうして、2019 年にデマンドチェーン革新部による DWH 基盤構築プロジェクトが始動。まずは最初の 3 カ月で最新情報基盤のトレンドや他社が採用したシステムなどを調査し、採用するクラウド基盤を 2 つの候補に絞り込んだといいます。3 月には、それぞれのクラウドサービスでハンズオンを実施、その結果を踏まえて採用されたのが Azure でした。

選択の決め手となったのは、高度な専門スキルがなくてもシステム構築が行えるユーザーフレンドリーな機能にあったと山本 氏は語ります。

「私たちが構想しているイメージを実現できる機能を持っているかというのが、クラウド基盤選定の大きな判断基準でした。製造、生産管理部門を中心に立ち上がったデマンドチェーン革新部は、データ分析基盤に関しては“素人”です。クラウドを使ったことも、データベース( DB )を作ったこともない素人が構築を行うための機能を備えているのか、この点を中心にチェックしていきました」(山本 氏)

山本 氏は選定の基準として、各製造・営業拠点にあるデータをクラウに吸い上げるツールが用意されていることや、データの加工ができるだけノンコーディングで行えること、さらに導入・運用コストが抑えられること、短期間でのシステム構築が可能なことなどをあげます。そして、2019 年 3 月に開催された株式会社ジールによるワークショップでハンズオンが実施され、Azure がすべての選定基準を満たすことが確認されました。

「ジールが実施してくれたハンズオンは我々にとってもわかりやすく、Azure が構想を実現できるクラウドサービスであることが確認できました。特にノンコーディングでデータ加工が行える『 Data Factory 』というツールの存在が決め手となりました。4 月には見積もりを出してもらい、6 ~ 7 月には契約手続きを行うなど、採用を決定してからはスピーディに導入を進めることができました」(山本 氏)

同社が、データの見える化を実現するための BI ツールとしてマイクロソフトの「 Power BI 」を採用していたことも、Azure の採用の決め手となりました。本プロジェクトで構築された DWH 基盤においても、Power BI は重要な役割を担っているといいます。

Data Factory を中心にアーキテクチャを構築、専門スキルなしでも使える DWH 基盤が完成

Azure の採用が決まってからは、プロジェクトはスピーディに進んでいきます。その要因は、ジールとマイクロソフトの手厚いサポートにあったといいます。今回のプロジェクトを支援したジール SIサービス第三本部 ビジネスアナリティクスプラットフォーム事業部シニアコンサルタントの永田 亮磨 氏はこう語ります。

「 2019 年 8 月に要件定義を行い、ヒアリングを実施。そこから 2 ~ 3 週間でシステム構築を行い、実際のデータを使った 2 回目のハンズオンを実施しました。基盤の構築イメージは、社内環境のデータは AzCopy を活用して Azure 環境の Blob Storage にアップロード。そこから Data Factory で加工を行い SQL Database につなぎ、Power BI を使って分析や加工を行えるような仕組みとなっています。Data Factory を中核にしているのがポイントで、基本的にコーディングの必要がない構成を目指しました」(永田 氏)

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    ジールより提案されたシステム構成イメージ

2 回目のハンズオンではスキルトランスファーが実施され、Data Factory の作り方や AzCopy の使い方などがデマンドチェーン革新部のメンバーにレクチャーされました。山本 氏は「実際のデータを使って、私たちがやりたいことを 1 つ 1 つの工程から丁寧に説明していただけたので、非常にわかりやすかった」とスキルトランスファーの効果を口にします。ジール 営業第二部 アカウントセールス の中村 健 氏も「 2 度のワークショップ、ハンズオンやスキルトランスファーで密接に連携したことで、スムーズにプロジェクトが進められたと考えています」と、両社のコミュニケーションによる効果を語ります。こうしたサポートに後押しされ、プロジェクトは順調に推移。10 月末からは Azure 上での DB 構築が実行されました。

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「 2 回目のハンズオン、スキルトランスファーを経て、2019 年 10 月末から実際に Azure での DB 構築を行いました。Microsoft Teams などを使って、ジールさんに技術的なフォローをしてもらいましたが、基本的に内製で進め、11 月末に構築を完了することができました」(山本 氏)

製造部門のメンバーがスムーズに DWH 基盤を構築できた要因は、Azure が持つ豊富な機能にありますが、プロジェクトを通じたジール、マイクロソフトの支援も大きかったと山本 氏は語ります。

「クラウドを使ったことも DB を構築したこともない素人が、世界中のオートバイの履歴を一カ所に集めて、誰もが活用できるデータ分析基盤を作れるのか最初は不安でした。何度かのワークショップやスキルトランスファー、Teams でのフォローをいただくうちに、その不安が自信に変わっていきました」(山本 氏)

部門をまたいだ情報の“見える化”と“効率化”を実現、今後の DX にも DWH 基盤を活用へ

こうして、2019 年 11 月末から運用が開始された DWH 基盤は、ヤマハ発動機の目指す“見える化”において、既に効果を発揮し始めているといいます。

「今回構築した DWH 基盤を運用することで、物流の状況や在庫状況等の情報取得スピードが向上し、“見える化”が大きく進展しました。現在、トライアル拠点にてその情報を活用した改善活動に取り組んでおります」(横山 氏)

店頭に在庫がなければ、顧客が望むタイミングで製品を購入することが難しくなると横山氏。店頭から在庫がなくなり、メーカーの倉庫から補充するまでの時間、すなわち供給スピードを上げるために、DWH 基盤が大きな役割を果たしてくれることを期待しています。

「現状はデータを活用した改善に取り組んでいる段階にありますが、今後グローバルに展開していく中で活動を加速させていきたいと考えています。Azure と Power BI の組み合わせにより、人の手を介することなくリアルタイムに得られるようになりました。こうした効率化によって各部門の人的負担が軽減されたことも、大きな効果と言えます」(横山 氏)

実際にシステム構築を行った山本 氏も大きな手応えを感じていると話します。

「今までは、号機に付随する情報を取得するには各部門に依頼する必要があり、情報を得るのに時間を要していました。今回 DWH 基盤を構築したことで、Azure と Power BI を使って瞬時にデータをダウンロードできるようになりました。この即時性は大きな意味を持つと思います」(山本 氏)

今後の展開としては、先進国から新興国まで DWH 基盤の活用をグローバルに拡大していく中で、“見える化”と“効率化”をさらに進めていく予定とのこと。既に各部門からの要望もデマンドチェーン革新部に届いており、本プロジェクトへの期待は高まっています。

「我々デマンドチェーン革新部が司る需給調整だけでなく、最終的には各関連部門が有効に活用できるものに仕上げていきたいと考えています。リアルタイムで情報を活用できる環境を構築することで、履歴管理や物流コスト削減など、様々な部門の改善活動につなげられると期待しています」(横山 氏)

同社では、最終的に生産計画を行うグローバル PSI システムに DWH 基盤をつなげ、海外拠点や各部門の担当者がそれぞれ調整できるシステムを構築したいと考えています。さらに、DWH 基盤を活用した AI による需要予測にも取り組んでいく予定だといいます。

さらに、2019 年より全社の情報基盤を統合するというデジタルトランスフォーメンションの取り組みも始まっています。今回、デマンドチェーン革新部で構築した DWH 基盤も、最終的にはこの統合基盤に合流していくと横山 氏は展望を語ります。

ヤマハ発動機におけるデジタルトランスフォーメーションと、その中核を成すデータ分析基盤を Azure 上に構築したデマンドチェーン革新部の取り組みには、今後も注視していく必要がありそうです。

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